里佳子がキレた、そうあのピンクのウサギのように。そうそのウサギには傷がある。
学校の教室に着くとそこにはすでに何人か教室にいた。
彼は黙り込んだ。なぜなら彼の生活リズムがちょっとずつ乱れ始めていたからだ。
今までは、クラスで一番乗りで教室に入室していたのにここ最近は一番乗りの座を奪われていた。
「おはよ」
「里佳子、おっはよ!」
里佳子と出会ってからと言うもの、それ以前以上に彼女のことが気になり始めていた。
彼女の事は以前から多少の意識はしていたがそれを表ざたにすることもなかった訳だが、
これまた周囲の変化と言うやつであちこちで噂が絶えなかった。
まぁ、さすがにそれを誠の前で取り沙汰する勇気ある人物が現れることはなかったが・・・。
そのはけ口は全てが里佳子に向けられたが、彼女は彼女なりに大人な対応をしてやってのけた。
話を逸らすや元から相手の話を聞こうとしない完全無視など方法は多種多様だったが、
とにかく相手の話は基本スルーを敢行した。
しかし、相手も引き下がるわけがなく75日以上経ってもしつこくしつこく聞いてくる。
里佳子が折れるのを手ぐすね引いて待っているのだ。
鉄壁の口の堅さがもろくも崩れ去るその日を待ち続ける。“根競べ”と言うことがピッタリ。
誠の方にそれが及ばないのはまだクラスメイトから“不良”と言うレッテルが剥がれていないからだ。
須藤と前沢を除いて―――。
「久瀬君、なんでそう社交的になれんのかね」
「うるせぇ、ってか勝手に俺の席溜まり場にするなよッ。須藤と前沢!」
「だってさ数学教えてくれたんだから自然と喋りたくなるが人間の性でしょうが。ねぇ康博ちゃん」
「おうよっ」
何でこんな事になったのだろうか?誠の席はなぜかクラスの仲良し牛乳コンビ須藤・前沢ペアの
休み時間の溜まり場と化してしまったのである。もちろん2人の片手には牛乳パックがある。
「お前ら!!!」
「んっ!このミートボール美味しい♪さっすが私」
前沢のキャラクターの強さをこの時彼は初めて思い知らされる。
これは・・・、
百合奈以上のキャラクターの強さと鬱陶しさ。須藤はこの女子に何故惚れているのだろうか?
全く意味がわからない。人の好みを考慮しても、どうしても理解できなかった。
須藤自身は否定しているが100%奴は前沢 詩と言う女子に惚れている。
「久瀬君は、里佳子に惚れてんですかぁ?」
「前沢、何聞いてんだよ?」
「康博ちゃんも気になってんでしょ?」
「・・・・、まず質問が理解できないんだがよ」
「そりゃさ、みんなが噂してますし、里佳子が毎日質問攻めだよ」
と、前沢は里佳子の座っている方向に指をさして誠もその方向に目を向けると前沢の指摘どおり
里佳子が質問攻めにされていた。
「ほらっ、言ったとーりでしょ?」
「で????」
「里佳子が可哀相だなァって思ったことないの?」
「そりゃ、ちょっとはあるかもしれんが・・・」
「そんならさぁ、いっそ“白馬の王子様”になったらどう?里佳子の」
なぜだろう?
誠の目に映る前沢の背中には悪魔みたいな羽が生え頭からは犬みたいな耳が生えている様に見える。
要するに彼の目には前沢が何ともアンバランスな人物に見えているのだ。
「私が“キューピット”になろうか?久瀬君」
すると、須藤が話しに割り込んで一言。
「お前だと、ただの“小悪魔”だよっ」
「あっ確かに“小悪魔”もいいかもなぁ。そんな格好してみたいかも」
「前沢・・・、お前そんな趣味あったのか??」
「「おーい、久瀬くーん」」
「?」
誠の苗字に君をつけて呼んだのは里佳子の取り巻きの女子・時田陽菜と志賀唯の2人である。
陽菜と唯の目の前には里佳子の姿がある。なんだか頭を垂れている。
なんだろう?
立ち上がるとポケットに手を突っ込んで呼び出された机に素直に向かう。
「何の用だよ?」
不機嫌そうな目を見せると一瞬呼び出した側の女子2人は一瞬だけ怯んだが片方(唯)は里佳子の目を見
もう片方の女子(陽菜)が今まで全く話した事の無い相手(誠)に問い詰める。
「久瀬君はさ、里佳子の事好きなの?」
「ハァァァァァ!?まずどんな話がそこまで派生したんだよ!?」
「これは、久瀬君が詩と楽しそうに喋っていた時だったから5・6分くらい前かな?」
‐里佳子は久瀬君の事好きなんでしょ?はっきりいいなよ。
‐別に?私と“誠”は別にそんな関係じゃ・・・、あっ。
‐“誠”????
「と、ボロを出したのさ」
途端に里佳子の頬が真っ赤かに染まる。別に寒さから来ている赤さではない。恥から来ているのだ。
誠も誠の方で顔を赤くし里香子の方を睨み付ける。怒りからではない。救いを求めているのだ。
この状況からどうやって脱出しようと誠・里佳子で思案しあっている。アイコンタクトだけで。
だが、そんな事で救いの道が見出せるなら苦労はしない。当然のごとく答えが出る筈もなく、
ただ呆然と立ち尽くすだけだ。言葉すら浮かんでこない
“茫然自失”と言う四字熟語があるが正にこの事を指す。
「俺は・・・」
「俺はァ??」
余計に彼の顔は赤くなり始め頭のてっぺんから蒸気の塊が纏まって出そうな・・・。
「もういい加減にしてよ!」
里佳子が突然キレた。バンッと掌で机を叩いて予想だにしない彼女の行動に陽菜・唯ペアだけでなく
誠自身も怖気づいた。いつもなら・・・、いやっ。怒ることのなかった彼女が怒っている。
教室中の視線が里佳子に向けられた。
前沢・須藤ペアは牛乳パックの牛乳を飲みながらこちらを見ていた。
どうやら、あの2人は牛乳だけは手放せないようだ。
「こんなの、虐めと同じだよ!分かってる!?」
「おいっ、“里佳・・・”」
「あぁん?何か用かな?“久瀬君”」
「いっ、いや。何でも・・・」
“里佳子”と呼ぼうとしたら里佳子のギラギラ光る眼差しに圧倒されて誠は再び怖気づく。
こんな里佳子(普段はおしとやかな筈)見た事がない。
「ただいまー」
「いっ!!」
誠がいかにもビックリした様な目で教室に対して“ただいま”と言った人物を凝視する。
タイミングがあまりに悪すぎる。百合奈が生徒会から帰ってきたのだ。
「ありゃ?里佳・・・・子??」
「どうも、百合奈・・・」
「どうも、里佳子・・・さん」
里佳子の親友の百合奈でさえも“ブラック里佳子”に圧倒されていた。
片手を挙げたまま笑った口元が全く動かなくなっていた。
「里佳子さん、今とってもブラックな気分だよ・・・」
「あぁ、そうなんだ・・・、ブラ里佳さん久しぶり・・・かな??」
「うん、小学4年以来・・・」
「あっはははは、そういやあの時の男子たちは完璧チキンだったよね・・・」
「まぁ、あの時はチキンだったけど、今回は“たたき”にしてやろうかなっと」
「いやっ、たたきって」
ギロッと里佳子の目が陽菜と唯を見つめて怨念に満ち満ちた台詞を吐く。
「今日は、勘弁するけど次は本気で“たたき”か“ミンチ”にするから。OK?」
「うんうんうん!!!しないからァ!」
すると、ブラックオーラを放つ彼女は教室の扉をバタンッと大きな音を立てながら開けて
ドンッと大きな音を立ててドアを閉めた。
あまりにショッキングな光景を目の当たりにして誠や百合奈を含めて教室にいた全員が黙り込んでいた。
いやっ、黙り込んでいたわけじゃない。言葉が出なかっただけだった。
‐あぁん?何か用かな?“久瀬君”
アイツがあんな行動を取ったのはきっと俺の為だと誠は感じた。
そして、彼女自身のためでもあると―。
「誠君、ちょっといい??」
「百合奈?」