召喚聖女はさっさと帰りたい
転生悪役令嬢と召喚ヒロインが仲良くなる話を書きたくて
「初めまして。メイディア・シュナルド公爵令嬢」
驚いた。まさか、わたくしの実験室にいきなり異世界から召喚された聖女が現れるなんて……。しかも、
「礼儀や作法はまだ勉強中だし、妙な言い回しで伝えたいことを上手く伝えられないから簡潔にお願いしに来ました。――私を元の世界に帰して!!」
「まさかのBADEND希望――!!」
思わず叫んでしまった。
「BADEND……? って、なんでBADENDなんて言葉が、ゲームで失敗した時になるものだけど…………」
何でそんな言葉を知っているのとじっとこちらを見てくるの視線が鋭い。
知っているのは当然だ。
だって、わたくしは前世日本人で、乙女ゲーム【エターナルブルー】の王太子ルートで悪役令嬢に転生したのだから。
「……そのゲーム知らない」
転生者だと白状したら言葉が若干フランクになった。
「まあ、あちらの世界にはゲームが山のようにあったし、案外わたくしの住んでいた日本と茜さんの住んでいる日本ではパラレルワールドで若干異なる世界と言うこともあると思いますので」
最初聖女さまと呼んでいたら、茜で呼んで欲しいと言われたので名前呼びにした。さん付けだと不敬かと思ったのだが、さま付けされたくないかもしれないと思ったのでさん付け。それでも少し不満そうだったのは小声で呼び捨てでもいいのにと言っているのが聞こえたからそれでだろう。
………呼び捨ては公爵令嬢が聖女に向けて告げるのに障りがあるので勘弁してほしい。
「そんなものもあるんだ~。それにしてもお約束のトラ転って本当にあるんだね~」
「トラ転?」
聞いたことないと首を傾げる。
「トラック転生。トラックに轢かれたら転生ってお約束パターン」
「………それはわたくしに当てはまりませんね。病死でしたので」
目を閉じると脳裏に浮かぶ。奮発してくれたのかと思えるほどの病院の個室でゲームをしていた。そのゲーム画面で微笑んでいる攻略対象のグラフィックを。
「ごめんなさい…………」
頭を下げて言ってはいけないことを言ってしまったと反省している茜さんに、
「お気になさらずに。と言っても気になりますよね」
前世日本人だからその辺の気持ちは分かる。
「最初は嘆きましたよ。ただ体調を崩しただけだと思ったのに病気がどんどん悪化して、それでも気丈に振舞っていた妹や弟の気持ちを無碍に出来なくて……」
ああ、だからだろうか。
そっと、研究室の棚に飾ってあるぬいぐるみを手にする。
「ぬいぐるみ? あのキラキラの王太子みたい。推しぬい文化ってこの世界にもあったんだ」
「いいえ……」
首を横に振る。
「このぬいぐるみは物心ついた時からわたくしの宝物です。――妹がわたくしのために作ってくれた」
推しの王太子そっくりなぬいぐるみ。何故か、わたくしと共にこの世界に来てしまった。不思議なことに。
「乙女ゲームでのメイディアは異世界のことを研究する怪しげな悪役令嬢でBADENDでは聖女を異世界に戻してしまうと分かっていたのですけど、異世界を……わたくしが亡くなった後の残された家族の様子を知りたくて研究してしまっているのですよ」
女々しいですよねと話をしながらお茶とお菓子を差し出す。
「ああ、だからBADEND希望と叫んだんだ。で、さっきみたいな砕けた口調は?」
「申し訳ありません………あれは忘れてください……」
淑女としてあるまじき態度だったと穴に埋まりたいくらい恥ずかしいことなので忘れてほしい。
「えぇぇぇぇ!! 勿体ない!! もっと砕けた口調でいいんだよ!!」
「公爵令嬢らしくないので……で、帰す方法ですが、ありますよ」
無理やり話題を換える。
「あるのっ!!」
身を乗り出して目を輝かせている。
「あっ、でも、私を召喚した奴らはないって、この地で暮らしてくださいとか……。そう言えば、見張られているのかあっちこっちふらふらすると毎回誰かしらに会っていたけど、…………みんなイケメンだったわ」
「多分、攻略対象ですね。王太子、王弟、宰相ご子息。神官。騎士団長子息。辺りでしょう」
自分の婚約者もそこに含まれている事実に胸を痛めつつ、さらりと軽く流すように伝える。
「ああ。そんなこと言っていた」
「そ、そうですか……。聖女が国に留まり続ければ国が安泰。そのために聖女の心を留めるものを用意するのですよ。――そう例えば恋の相手とか」
乙女ゲームの世界に来て実情を知るとこんなものだと少し悲しかった。
「つまりハニトラってこと?」
「はい。――聖女がこの世界に留まりたいと思えば思えるほど、元の世界の繋がりが切れていきますので」
近くにあった黒板で――ちなみに紙は貴重品で何かを描く時は黒板の方が便利だったりする――分かりやすいようにイラストを描く。
「聖女を召喚する方法は釣りをするのに似ています。こうやっていくつかの条件を付けた釣り糸を垂らすと聖女が召喚……釣れます」
釣り人と釣り針にいくつかの条件を書いてたらした絵を描いた後に、釣れた聖女の絵を描く。
「だけど、聖女はもともとの世界があるのでその世界と聖女の間には繋がりがあるのです」
聖女の身体にぐるぐると巻き付くロープを追加する。
「聖女がこの世界に居続けたいと思ったらこのロープはどんどん薄くなってやがて消えます。だけど、帰りたいと思ったらロープをたぐっていけばいいのです」
召喚よりも帰還の方が簡単だと説明。
「だけど、それをさせたくない思惑があるのですよ」
「それでハニトラ。冗談じゃない!! 第一せっかくの初デートでおめかししていたら急にこの世界に連れてこられたのよ!! さっさと帰りたい!!」
ああ、初デートで気合入れていたんですね。それであの可憐な恰好だったのかと召喚された時の姿を思い出す。
「理屈は分かったわ。じゃあ、帰れるのねっ」
「準備さえ整えば」
「えっ? 今すぐじゃないの。そんな感じの説明に聞こえたけど」
拳を握って喜んでいたのを水差してしまったのは申し訳ない。
「先ほど、釣りの例えをしましたが、元の世界に戻るのは容易ですが、分かりやすく伝えたら、水着を着ないで海に飛び込む。しかも、潜水してかなり深いところに潜ると思ってください」
「普通に帰れるんじゃ…………」
気が付いたら召喚されていたのならそう思えるだろう。
「異世界を渡った時のことはわたくしも覚えていないので正しくないかもしれませんが、シャボン玉……いえ、ブドウの粒と思ってください」
黒板を一度消して、今度は大きな丸を二つ描き、丸の中に元の世界とこの世界と書いていく。
「こんな感じで壁があり、その壁が世界を超えてこようとするものを拒むのでそれに対しての防御をしないとけません」
「難しいのね……」
「だから時間が掛かります」
「分かったわ。じゃあ、そのために何をしたらいいの?」
早く帰りたいからかかなりやる気だ。そんな彼女を見てそこまで会いたがっている恋人に無事会えるようにそのための方法を考えることにした。
「シュナルド公爵令嬢!!」
王城で王太子教育が終わって帰ろうとした矢先にいきなり呼び止められる。
「お久しぶりです。マーズ神官さま」
攻略対象のうち一人、神官。
「お久しぶりです。――最近、我らの聖女が貴女の家によく遊びに行っていると聞き及んでいまして」
(我ら。ねぇ~)
茜さんは茜さんのものであって誰かのものではないのに。
「いったいどんな話をされているのかと」
「あら、無粋なことを」
口元に扇子を持っていき、
「女性にしか話せない悩み……そんなことをお聞きになりたいのですか」
ちなみにこの場には王城勤めの侍女達が普通に歩いている。聞き耳を立てていても顔色一つ変えないが、しっかり冷たい視線を神官に向けているのを見逃さない。
「で、ですがっ⁉」
「聖女がつつがなく過ごせている場合聖女の恩恵は行き渡る。だけど、心を曇らせることがあれば……ですよ」
彼女の事情に口挟むな。言外で伝えると、
「では、失礼します」
これ以上呼び止めるなと無言の空気を放つと一礼してその場を立ち去る。…………つもりだった。
「貴方が怪しげな研究をしていると聞きました。――聖女に危害を与えるつもりでは」
敵意丸出しの視線に、呆れたように溜息を吐いて、
「わたくしが危害を与えるような存在だったら聖女はわが家に来ないでしょう。それに貴方方を信頼しているのであればそんなの只の杞憂と笑い飛ばせるでしょうね」
異世界の研究をしているわたくしのせいで元の世界に帰還するのなら恋愛関係を築けなかっただけだでしょうと声を出さないが伝えておく。
実際、茜さんがこの世界にいたいと思ったら役に立たない研究なのだ。
歯ぎしりをして睨んでくるのを完全に無視して今度こそ出ていく。
「見事に悪役令嬢になってしまったわ」
ついそんな愚痴が漏れてしまった。
まあ、そんな覚悟をしていたけど、まさか翌日に。
「やあ、メイディア。君が最近王城の図書館でいろんな本を借りていると聞いたのでつい会いに来てしまったよ。――で、何を調べているんだ?」
不快気な顔。眉間にしわを寄せてこちらを睨んでくる様は、わたくしが聖女茜さんを異世界に戻そうとしているのを神官から聞いたからだろう。
聖女はいるだけでも国が安定する。そんな聖女を送還しようなどと許せるはずがない。
為政者として正しい判断をしたのだろう。そこに茜さんの気持ちを含んでいないが。
「魔術に関してならいくらでも調べたりないものですよ。殿下」
言葉を濁して微笑むと殿下がわたくしを壁まで追い詰めていく。
(壁ドン……本来の意味の方の)
少女漫画などであった甘い展開ではなく、相手を逃がさないように追い詰めていく本来の使い方をされて悲しくなる。
王太子とは婚約者同士だが、現実は悲しいことにやはりゲームと同じなのか王太子はわたくしに向けてくる視線は冷たく、いつも眉間にしわを寄せているか不機嫌そうな顔だ。
『君がメイディア? 初めまして仲よくしようね』
あの時の微笑みと差し出された手が脳裏に浮かぶ。もともと推しだったけど、あの瞬間恋に落ちた。
――だけど、同時に怖くなった。
わたくしはゲームの悪役令嬢メイディアと同じように恋に狂うかもしれないと。
ゲームと現実は違うはずだと自分に言い聞かせて、関係をよくしようと頑張ってきたつもりだが、上手くいかない。
本当は理解している。ゲームと異なる展開にしようと努力するなら異世界のことを研究するのを止めればいいと。
「誤魔化すな。君は他の世界とこの世界を繋げる研究をしているのだろう!!」
王太子の顔が怖い。
「――それがどうしましたか?」
臆するな。これで怯んでいたら茜さんを元の世界に帰すことを邪魔される。
「聖女がこちらの世界に来れるのです。ならば繋げることも可能かもしれないとただ試しているだけですよ」
それ以外他意はありませんとするっと王太子の腕の下を潜っていく。
「………なのか」
王太子が何か呟いたがよく聞き取れなかった。
「と言うことで探られています」
茜さんに報告すると、
「えっ? マジっ⁉ だって、王太子って、金髪金目のきらきらした人だよね。うわ~」
頭を抱えて机に伏していたが、
「……メイたんに乙女ゲームだと言われてからハニトラしてくる輩を見ていたらね……」
「メイたん」
いきなりなんか妙な名前で呼ばれたなと思っていたがそれよりも何かを言いたそうなのでじっと聞いていたら。
「銀色の人(王弟)とか、赤い人(騎士団令息)とか、青い人(宰相子息)に絡まれて困っているとさりげなく助けてくれていたのに気づいたんだ。他の人はお構いなしで付いてきているのにあの人はこちらを気遣ってくれて……」
「それは……」
茜さんの言葉が胸を刺す。茜さんには元の世界で恋人がいるのを聞いていたがもしかして王太子のことを好きなのかと疑ってしまう。
「でも、最近は王太子さまが向けてくる視線が怖いんだよね……」
「………殿下は常に厳しい顔立ちをしていますので」
常に眉間に皴。目つきは鋭い。子供に怯えられると落ち込んでいた事もあった。それでも、誰よりも優しくて目を細めて笑うこともあった――。
子供の方も殿下が優しい人だと気付くとくっついてきて大きな背中を山に見立てて登って行く猛者も居てあの時の困った顔は可愛らしかった。
「メイたん。王太子さまのこと好きなんだね~」
いきなり、そんなことを言われて、
「そっ、それは当然。です……。あの方は素敵な方ですし、前世でも推しだったので……」
きっと悪役令嬢だと知らなかったら喜べただろう。ましてやわたくしはゲームのメイディア通りに異世界の研究をしている。
「わたくしは嫌われていますよ」
そして、茜さんを帰還させたらますます嫌われる。
心を落ち着かせるために棚に置いてあったぬいぐるみを持ってきて膝に置く。不安になるとぬいぐるみを手元に置くのは昔からの癖だ。
――僕とそのぬいぐるみどっちが大事なんだよっ!!
あれっ、そういえば、昔そんなこと言われたような……。
「そうかな~。あれはどっちかというと~」
ソファでゴロンと横になりながらお菓子を啄むさまに、
「はしたないですよ」
注意をする。
「――ねえ、メイたん」
「はい」
「もしさ、私が帰る時に日本に一緒に帰らないと誘ったら」
「行かせない!!」
どうすると聞こうと思っていたのだろう言葉が途中で区切られる。窓から王太子が現れていきなりわたくしを腕の中に閉じ込めている。
「行かせない。メイディアは俺の婚約者だ。君が前世とやらを恋焦がれても絶対にここから連れて行かせない!!」
「で、殿下……」
「アレックスだ!! 幼いころは名前で呼んでくれたのに!!」
ああ。それは、わたくしが異世界の研究を始めたら殿下が機嫌悪くなったので嫌われたのかと思って遠慮してきたのだ。
「聖女殿。メイディアを誑かさないでください!!」
「あはっ。ごめんごめん。いやさ、私が好きな人いるから帰りたいというのに私の意思を尊重しない輩に対しての嫌がらせ?」
「効果があるのは俺にだけですが……」
困ったように告げる殿下に、
「あの、茜さん? でん」
「アレックスだ」
殿下と呼びかけたら遮られた。
「あの、ア、アレックスさま…………。いったい、これは…………」
「君が言っていたんだよっ!! 元の世界に帰りたいって!!」
絶対帰さないからときつく抱きしめられている状況で困惑していると、
「メイたん。もしかしたらさ、そこの王太子さま。メイたんに前世の記憶があるのを知っていて異世界のこと研究するの嫌がっていたんじゃない」
茜さんがいきなりとんでもない発言をするので、そんなわけありませんよと笑って答えようとしたのだが、
「………………………そうだと言ったらどうする」
殿下の顔が赤くなっているのが少しだけ見える。
「てっきり、嫌われているかと………」
「それはっ!!」
「言い訳したいんだろうけど、抱き付いたままなのやめなよ~。こっちは友也に会えないのに~」
不満げに言われて、そういえば抱き付かれたままだったと手を離してもらう。
ずっと抱き付かれたままだったなんて恥ずかしいと顔を赤らめたが、茜さんの口から恋人さんらしき名前を初めて聞いた。けど……。
「茜さんの恋人さんの名前友也っていうんですね」
どくんっ
もしかして…………。
「そっ、年の離れたお姉さんと仲いいんだよ」
「そっ、そのお姉さまのお名前は………」
もしかして……。
「んっ? 繭さんだよ……って、どうしたのメイたんっ!!」
茜さんが慌てふためく。
「家族です………たぶん……前世の……」
「「えっ?」」
茜さんと殿下が驚いたような声をあげる。
「はい……その名前は可能性が」
「殿下。聖女さまは無事でしたかっ?」
「異世界に強制的に送ろうとしていると聞いたぞ!!」
次々と他の攻略対象が現れて話を遮っていく。
「聖女さまを元の世界に送ることがどんな災いを起こすと思っているのですかっ!!」
彼らの言い分を聞いていた茜さんは、とうとう耐えられなくなったのか。
「煩いっ!! この誘拐犯ども!!」
そこからは怒涛の勢いだった。
家族や大切な人が元の世界にいたのに無理やり連れて来て強制的に何かをさせられる日々。
常に見張られていて、付きまとわれて疲れる。
この世界の常識を知らないで影で笑われて、勉強しているとこんなことも知らないのかと馬鹿にされる。
個室であるはずなのに鍵をかけている部屋に入ってくる輩が多くて安心できない。
「メイたん……メイディアさまだけが、私の立場の大変さも心細さも気づいてくれたのよっ!! 休めない私のためにソファを勧めてくれて、食べやすい食事を用意してくれて、どんな話をしても受け入れて分からないことを分かりやすく教えてくれて……自分の主張ばかり押し付けるあんたたちと違って!!」
気丈に振舞っていてもずっと苦しかったのだろう。茜さんの心からの叫びに男性陣は、
「聖女さまが変なことを言いだした……」
「これも公爵令嬢のせいで」
全く理解していなかった。
「だからメイたんは関係ないっ!!!!!!!」
茜さんが叫んだと同時に雷が攻略対象のほんの少し離れた場所で落下して一瞬にして晴天が大嵐になっていった。
どうやら、茜さんの怒りに影響されたようだ。
「聖女の意思を尊重する前提でないと聖女は力を貸さない。――そんな神託が下されたそうだ」
降り続く雨の中げんなりしたように王太子が報告をしてきた。
茜さんがそれ以来わたくしの家で住み続けて一向に帰る気なくなって、ハニトラ要員は全員侯爵家から締め出された。
「聖女が帰りたいと願うなら帰してやれと会議で話がまとまって帰すことが決定された」
「やった。帰れる!!」
大喜びの茜さんによかったですねと声を掛ける。
「…………メイディアは」
不安げな声。
「メイディアも連れて行くつもりなのか……メイディアは聖女に付いて行くのか?」
縋るように袖を掴まれる。
「メイディアが、前世の記憶を持っているのを知っていた。帰りたがっていたことも……」
殿下の話では、王太子教育をしていてわたくしがその内容の濃さに限界が来て倒れたことがあったとか。その際わたくしはぬいぐるみを抱いてずっと泣きながら元の世界に帰りたいと言い続けていて、ショックだったとか。
「………覚えていません」
「だと思う。数日間高熱で倒れ続けて、それ以後は勉強のペースを落としたから」
そのように調整したとか。
「……怖かったんだ。元の世界の方がいいと言われて嫌われるのではないかと」
研究を止めたかったが、止めて嫌われるのは嫌だ。でも、元の世界に行かれたくないと複雑な思いで冷たい態度になってしまったと。
「聖女と一緒に居るのを見ると不安だった。恐れていた現実が来たのかと……だけど」
行かないでほしいと縋る声。
「メイたんよかったね。ちゃんと両思いじゃん」
茜さんが口挟んでくるけど、そのセリフは少し早い。
「わたくしは戻りませんよ……」
懐かしみはするが、それはすでに去った過去だ。
「茜さんの恋人さんが、わたくしの前世の弟かもしれないと思ったらああ、幸せなんだなと想うだけで、戻りたいとは……まあ、里帰り程度はしたいというだけですね」
異世界同士で行き来しやすい研究でもしようか。異文化交流にもなるだろうし。
「あっ、それいい!! そうすれば、メイたんにもっと会えるし」
「駄目だ。どんな危険があるか分からないし!! それに……」
茜さんの言葉にすぐ止めたと思ったら言葉を中途半端に区切る。
「それに?」
「………………もしかしたらかの世界で好きだった人とかに再会して恋愛になったら困る……」
顔を赤らめて告げる様に王太子……アレックスの言葉に、
「素直になったら甘くなって~。よかったねメイたん」
「あっ、ありがとうございます…………」
ここでありがとうは正しいのかと思いつつ告げると、
「メイたんもさ。もっと素直になりなよ。悪役令嬢になるかもしれないとかさ、前世は推しだったからとかそんなことぐちゃぐちゃ考えないで、王太子さまと一緒に幸せになりたい。と言えばいいんじゃない」
「茜さん……」
「推し活なんてそもそも推しを幸せにしたいという思いから生まれたんでしょ。なら、幸せになれば推しと一緒に」
はっきりとした口調に、
「………目から鱗ですね」
思いつかなかった。
「前世の友也のお姉さんだし、メイたんは友達だからメイたんにも幸せになってもらいたいからね」
ニカッと笑う様に、
「……努力してみます」
と答えておく。
「努力じゃだめだよ。友也と繭さんにいい報告したいから」
逃げ場を塞がれて苦笑するしかない。
それからアレックスさまも協力して茜さんを元の世界に帰す方法を模索して、理論上は帰せる手段が出来上がった。
「お~じさま。すごい協力体制だったね。そんなに頼りになる男だって、メイたんに思われたかったのぉ~?」
「うるさい」
気が付いたら茜さんにアレックスさまがいじられるようになっていたのが気になるが……。
「そう言えば、メイたんの前世の名前は? きちんと聞かないと友也に話せないし」
帰還前に聞かれてそう言えば聞かれていなかったと思いだす。
「沙耶という名前だったんだ」
「じゃあ、沙耶さん。友也に報告しておくね。沙耶さんは生まれ変わって幸せだって」
久しぶりに呼ばれた名前につい涙ぐんでしまう。
「お願い……します」
それでも貴族令嬢らしさを損なわないように注意してそっと前世から持っていた推しぬいを渡す。
「これを……」
「えっ⁉ いいのっ!! だってこれ」
「もう大丈夫です。だって、わたくしには………」
そっとアレックスさまの手を繋ぎ。
「本物が居ますから」
宣言すると同時に魔力が発動して帰還魔法が行われる。
失敗したらどうしようという不安はある。だけど、ゲームではきちんと元の世界に戻れたからそれを信じるしかない。
「メイたん。――!!」
最後の言葉は聞こえなかった。でも、涙を流してそれでも笑って手を振る茜さんの姿に伝えたかった言葉は予想できた。
「わたくしも大好きです。会えてよかった!!」
そう言葉を返すと茜さんはひと際大きく手を振った。
気が付いたら友也とデートの待ち合わせにしていた水族館のからくり時計の前に立っていた。
「ごめん茜遅れた!!」
息を切らして走ってくる友也の姿。
「友也……」
ああ。デートの直前に戻してくれたんだ。その気遣いが嬉しい。
「んっ、どうした? ……そのぬいぐるみ……」
私の手にある推しぬいを見て、
「似てる……いや、似ているのはあってもおかしくないし……でも、このぬいの縫い方のいい加減なところは繭姉の……」
「さっき、沙耶さんに逢ったよ」
内心。実はメイたんの弟と同じ名前で違うかもしれないと不安だったけど、この反応からすれば同じ人だと安心して笑って告げる。
「今からでも、水族館に行ってからでもいいけど、友也の家族に会わせてもらっていい? 沙耶さんの話をしたいんだ」
信じてもらえないかもしれない夢の話だけど、メイたん……沙耶さんの転生して幸せになっている話を。
この後どちらの世界でも幸せになっていると思う