しししし
「上間大王、享年25歳だな?」
「はい」
俺は今、閻魔大王とやり取りをしている。噂で聞く地獄の最高裁判官。この銀河での死者の担当がこの閻魔大王であってよその銀河ではその限りではないらしい。閻魔大王のサイズは2階建ての一般住宅程。机のサイズも観光バス程の大きさである。手に握られているペンも人間サイズであると思ったらまんま人間であった。お気に入りの人間をコレクションして日用品に加工しているのだと言う。めちゃ怖い。その両側にも分かりやすい赤鬼・青鬼がトゲ棍棒を持って立ち、こちらをねめつけている。また俺の左右後方には20m程を空けてゆうに数百の鬼が静かにこちらの様子を伺っている。
「ふん。今回は見学が多いのぉ。働けと言いたいところだが……まぁ、、気持ちは分かる。」
閻魔大王がそう言うと左右の赤鬼・青鬼が数百の鬼を睨みつけるが、閻魔大王からまぁまぁと手で制するジェスチャーが入る。
「お前も名前に大王が入っておるのだな。まぁ儂の方は役職名ではあるが……
さて、まぁ……よくもこれだけの生命体を殺したのぉ。この宇宙でのランキングでぶっちぎり1位だぞ。」
閻魔大王は発言の内容に反して、どこかご機嫌そうに手元にある資料をぺらぺらとめくる。
「全宇宙の中でも99万7832位だ。おぉ~!!何と100万位内に入っているではないか!これは快挙だな!凄い事だぞ!」
閻魔大王が更にテンションを上げてそう言うと、周りにいる鬼からも大きな歓声が上がる。
俺にとってはピンと来ない話であるので黙しておく。
「お主の特殊能力が所以じゃな。ランキングがより上位の命の簒奪者にもその能力者が多くいたからのぉ。三次元を生きる生物ではお主の死屍視師が代表格であろうな。」
「死屍視師?」
生前。人生において3度。俺は霊現象だと思われるものに遭遇していた。閻魔大王の話からそれらは俺の能力であったかもしれないと考えた。
俺は2024年の7月に25歳の誕生日に自らの命を絶った。最後に殺したのは自分という生命であった。
生まれは1999年7月。生後間もないへその緒がついたまま河原で泣いていた所を発見される。それから養護施設で保護されるがすぐに養子として引き取り手が見つかり、生後6カ月で義理の父母のもとで暮らし始める。義父母の年齢は五十台。子のいない夫婦で、同級生の両親と比べてしまうと年齢がいっていた。しかし、とても深い愛情でもって俺を育ててくれた。義父母は天文学の権威であり小高い山の頂上付近に家があり、大きな望遠鏡が家の3階を占めている。夜には家族3人で天体観測をする事が毎日の日課となっていた。
「広い宇宙の中で私達の血が繋がっているとか繋がっていないとかどうでも良いわよね。私達夫婦も血なんて繋がってないわよ。」
「人が物に触っていると感じている時に、分子や原子レベルで言えば不思議な事に接触していないんだ。空に散らばる星々も地球から観れば重なって見えても実際は数億光年離れているなんて珍しい事じゃない。
血が繋がっていて同じ屋根の下で暮らしていても心が離れていることなんて世界中どこにでもある。だからせめて俺達3人の家族は3連星としていつまでも近くで尊重し合い心を通わせよう。」
俺は物心がついた頃から、養子である事は聞かされている。学校では習わないような専門的な天文の話を両親から聞き、互いに意見を言い合う日常はとても幸せであった。
では3度の霊現象だと思われたものに話を戻そう。
1度目の霊現象(?)は中学2年生の時。俺は同級生の女子に校舎の裏に呼び出されて、付き合って欲しいと告白をされた。学年の中でも1,2を争う程の美人。読者モデルをやっているだか、SNSでフォロワーが1万人いるだかで話題に事欠かない女子であったが、
なんと、、、
告白してきた時にその女子の肩に蟷螂が乗っていたのである。
その女子は肩の蟷螂に気が付いていない状態でこちらに対して真面目に
「ねぇ。ウチとお付き合いして欲しいんだけど?どうなの?」
と言っている。肩では蟷螂が鎌を交互に上下に動かし威嚇、俺の視線は完全に蟷螂と合っていた。
その時である。蟷螂を起点として炎が燃え上がり、俺は後ろに尻餅をつく。そして蟷螂とその女子をわずか10秒程で完全に燃やし尽くしてしまった。
蟷螂…はよく分からなかったが、その女子は【熱い】や【苦しい】と声もあげず、苦痛に顔を歪ませるでもなく、結果的にただただ消え失せた。その炎は見たことが無い白色。色が怪しいだけで、動きは炎そのものである。1m程離れた位置にいた俺にも熱や風の流れといったものは全く感じられなかった。
あまりにも荒唐無稽な状況であったので、その出来事は何かの心霊現象だか夢だかで片づけ、そそくさと自宅に帰り誰にも言わなかった。だが翌日からその女子は確かに消え、最期の話題を振りまいた。その女子が俺を呼び出した事は誰にも知られていない事だったようで、俺が誰かから事情を聞かれることはなく、その初対面の女子に対し罪悪感も当然なかった。あれは何だったんだろう?という不思議な気持ちだけが残った。
2度目は高校3年の時。学校帰りには小高い山を登る必要がある。夜7時過ぎ、自転車でのろのろと上り坂を登っていると、後ろからやってきたタクシーが俺の横を通り過ぎた。そしてその直後、タクシーの前に野良犬が飛び出し、
「キャインッ!!」
タクシーが犬を轢いてしまった。
ピクピクッ、、、と前脚の1本を動かしているが助からないだろう。タクシー運転手はきっと降りて犬の様子を確かめるだろうと思ったのだが、まさかアクセルをあけて犬を轢き逃げするつもりのようだった。それを顔を顰めて視ていると、犬とタクシーの後部タイヤが白く燃え上がり始める。ともに10秒程、わずかに辺りを照らしながら燃え尽き、やはり後には何も残らなかった。犬もタクシーも運転手も何もかもが消えてしまった。自宅に帰ると義父母が呼んだタクシーが来ないと言っていたが俺は聞こえないふりをしていた。
3度目は自死する直前。俺の尊敬してやまない義父母のお葬式。
義父母は道路に飛び出した保育園児を救うためとっさに2人ともが車道に飛び出し、園児の代わりにトラックに跳ねられた。幸い園児は擦り傷程度の軽傷で済んだのだが義父母は即死。救急車で病院に運ばれたとの一報を受けてから、病院に急行したのだが病院では死亡を確認したのみであった。2人の表情は死してなお穏やかであり生き様を表すようであった。
義父母2人のお葬式。助けてもらった園児の母が俺のところにやってきて
「ウチの子を助けてもらってありがとうございます。ご両親にはお悔み申し上げます。」
「はい。両親も子供が助けられて良かったと天国で思っているでしょう。優しい両親でしたから。」
と挨拶に来たのだが、少し距離が空いたところで、その園児の母のヒソヒソ話を聞いてしまった。
「ウチの子の1人を助けるだけだったら死ぬの1人でいいじゃんね?まぁ、そこにいる息子さんって本当の子供じゃなくて養子みたいだしそんなに悲しんでないよね。きっと。」
俺の視界のすべて。机も。椅子も。人も。棺桶も。すべてが白く燃え上がった。10秒後、読経が聞こえなくなった時。俺は更地に一人立っていた。
全てが夢であって欲しい
天使でも悪魔でも良い
家に帰ると義父母が
「「おかえり~」」
といつものように出迎えて欲しい
小高い丘の上にある家まで歩いて帰りつくころにはすでに深夜。ただただ明かりがついておらず人のいない寂しい漆黒の家が立っているだけだった。
3Fに登り、毎日のように3人で眺めていた星々を今日は1人で視る。
「家にロープだか、ベルトだかはあったかな」
そう独りごとを呟きながら真っ黒のネクタイを緩める。そして、その可笑しさにふふっと微笑む。
閻魔大王や鬼達は、俺の語る人生に口をはさむことなく最後まで聞いてくれた。
「生前も注目してお主を見てはおったが心の移ろいを当人から聞くとまた一入じゃな。起こった現象自体はやはり死屍視師の白炎であろう。高温を越えた超温。全ての粒子を引きちぎり内へ内へと増幅・分解する炎を生み出す。ただ通常であれば性的に興奮した際に集中して物体を凝視すると発動するんじゃがな。条件がお主だけ少しだけ違うのか、それともお主の性的倒錯が関係しておるのかは聞いた限りでは分からんし、そこまで興味も無いことだな。」
「お主はあれじゃろ?ノストラダムスとやらが予言していたアンゴルモアの大王そのものじゃろ?む?知らなかったか。まぁお主なんじゃ。あの予言は正しいからな。お主が死の直前に自宅3Fに登り、星を視たじゃろ?その時視た恒星・天体は全て白炎に捲かれて片っ端からすべて消滅したぞ。その周囲で生存しておった生命体は数秒~数十分の間で全滅じゃな。はっはっは、累計で死んだ生命体の数を言うのは恐れ多いな。銀河だけでも数百万は消失しておるしな。愉快にも恐ろしい無理心中じゃ。太陽系が無事であったのはある意味奇跡じゃな。太陽、月が空に出ていなくて良かったな。
うむ。空に消えた星々が見え続けるのは当然じゃ。光の速度は遅いからな。お主の白炎で消失したと地球で観測できるのが500億年以上も後という天体もある。」
「正確な予言ついでに言えばマヤの予言もあったな。マヤの予言は2012年12月21日になっておったがアレは長周期の計算を誤っておるぞ。5000年という期間を長期と捉えたのではなく、遠心力で太陽から地球がわずかずつ離れる事を計算に入れ1年を366日と計算にした事が長周期なのだ。14年と13日ずれて、2026年末からの地殻変動で地球の高さが均され陸地が水没する予言通りの事が起こるぞ。21世紀に入ってから加速度的に海水面が上がっている事にも人類は気付いているだろう?
地球で育ち繋いできた多くの知的生命の魂も後2年と少しで処分する事になる。転生先も他に使い道も無いからな。」
「まぁ、、、お前の死屍視による白炎で焼かれた他の星の生命体の魂も処分されてるんだ。地球だけ例外って訳にはいかないな。」
「さて。お主はどうする?残り2年と少しの地球に転生を望む魂は定員割れを起こしていてな。望めばお主をあと少しの地球に転生させてやるぞ。あぁ、人間は妊娠の期間もあるから産まれてから僅か1年半で死ぬことになるか。」
「では…転生でお願いします」
「そうか。判った。」
俺は地球への転生を希望する。今の記憶は無くなるだろう。赤子では意思表示や行動すら自らできないだろう。両親も知らない2人となるだろう。しかし、先に亡くなった義父母ならば必ず転生を希望しているはずだ。それが判ってしまう事も家族であった証拠である。転生後の地球上で遠く離れてしまおうが、もう一度同じ空の下で同じ空気を吸いたい。
死してから存在するこの世界も知れた。2年と少し後、俺と義父母の3人が同じ災害で死に、家族として魂の終焉を供にするため、死の星へと俺は再び赴くのだ。