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貴女のために

 治す方法の見つかっていない病だと告げられた次の日からは、もうすでに準備をしていた。


 大好きな婚約者、リースの、新しい婚約者探し。


「まずは、どんな時でも彼のことを支える覚悟を持っていることが大前提ね。仕事を手伝えるとなおよし、二人だけでも生きていけるような術やたくましさも兼ね備えているともっといい」


リースの婚約者探しのための条件を書きだしていく。


『ソフィの笑顔は見ていてすっごく幸せな気持ちになれるんだ』


「笑顔が素敵な人がいいのかも…」


『そんなことも知ってるんだ!すごいね、ソフィは物知りだなあ』


「彼の話に合わせられるように、たくさん勉強できる人じゃなきゃだめよね」


『ソフィ、いつもそばにいてくれてありがとう』


「ずうっと、彼のそばにいてあげられる人…」


ぽたり、ぽたりと涙がこぼれ落ちていく。

私にはどうやったって叶えられない。ずっとそばにいる、なんてきっとどんなことより簡単なのに。それができない。


———私には。もうリースと一緒にいる時間すら…


涙をごしごしと拭って、気合を入れ直す。

迷っている暇なんかないのだ。

どうせ自分は死んでしまうのだから、せめてリースが幸せになれるように精一杯尽くさなければならない。


それから、絶対にいやだ、そんなことできるわけないと抵抗する侍女たちに何度もお願いをして、私の悪い噂を流してもらった。


ソフィリアは、婚約者に見向きもせず、男性を引き連れてばかりで毎夜遊んでいる悪女である、と。


新しい婚約者が、リースはまだ死んだ婚約者のことが好きなのではないかと疑ってはいけない。それはリースの幸せにはつながらない。


あんな元婚約者など、愛していないに決まっている、と疑いすら持たせないような、そんな悪女にならなくては。


病が深刻化して夜会に出られないときには、『私が男性と遊んでいるから』

部屋からも出られず、高熱でリースに会えないときは、『男性と遊んでいるから』


そんな言い訳をして、必死に病のことを隠してきた。

私が死んだときには、『平民の男と駆け落ちした』ということにして、誰にも知られないようにひっそりと埋葬して欲しいと両親に頼んだ。


両親はずっと私の病の治療法を探してくれているけれど、これだけ探してもなかったのだ、きっと見つからない。

でもそれでいい。ここまで準備して、「婚約者のことなど愛していない悪女ソフィリア」になってしまった私では、たとえ奇跡的に助かったとしてももうリースのそばにはいられない。


リースはもう直ぐ公爵となる。そのとき、夫を支える立場である妻がいないのではいろいろと大変だ。ただでさえ忙しい彼が、私が死んだ後に新しい婚約者探しを本気でできるとは思えなかった。

責任感が強いリースのことだ。自分の妻のことなど家格が釣り合う適当な令嬢を側近にでも探し出させて決めてしまうに違いなかった。


そのことを私の母に話すと、母はリースの母であるウィンズ公爵夫人にも話したらしく、意見が一致した私たちは秘密裏に彼の婚約者探しを始めたのだった。


私からの最後のプレゼントだ。

今まで、もらってばっかりだったけれど。


王妃さまにも協力してもらった夜会には、リースの婚約者、側近候補の令嬢、令息を集めた。


中でも有力の婚約者候補だったのがボルチノ・ユリア伯爵令嬢だった。

リースと最近仲がいいと噂されている令嬢で、家格も釣り合っていて、取り巻きのひとが心酔するほどの心の持ち主らしい。


きっと彼女ならリースを支えてくれる。そう思っていたのに。


『確かにそうですけれど…でも、ソフィリア様に呼び出されて…行けなかったのです…』


『そんなのっっ、じゃあ貴女はできるっていうんですか!?!?』


嘘をついて人を貶めようとしてまでリースの隣に立とうとして。そんな彼女が、リースを本当に愛してくれるか、不安になって。


私にはもう、時間がないのに…


『だって…、どんなにそうしてあげたくっても…できないんだもの…』


ああ、こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。


『でも、私じゃもう、リースの隣にはいてあげられないから…』


ぜんぶ、台無しだ。こんなこと言ったら、今まで準備してきたものがなんの意味もなさなくなる。


それなのに、溢れてきた涙は止まらなかった。


誰よりも大切で、誰よりも大好きな婚約者。

もう会えないけれど、これから彼を支えてくれる人を、探しにここまできた。


リースを幸せにする。その覚悟だけは固めてあったはずなのに。


『ソフィリア…?』


最後、また会えたから。

それだけで、一生分の幸せをもらえたから。


『ソフィー!!!』


最後まで、ちゃんといい婚約者でいられなくてごめんなさい。リースの未来の幸せをちゃんと祈ってあげられなくてごめんね…


       ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎



「ソフィリアの容体は…!?」

スカイラー侯爵邸に転移してきたリースは、部屋に通され、ソフィリアの両親が入ってきたのを見るなり立ち上がった。


「治癒士が治癒魔法で現状維持するのが精一杯だ…」

ソフィリアの父であるスカイラー侯爵が、静かに口を開いた。


「だが、その治癒士ももう外そうと思う」


「な…っ!?」


現状維持をしている治癒士を外すということは、ソフィリアの治療をやめるということだ。

これはソフィリアの死を待つことと同じだった。


「どうして…ッ!?」

「これは、娘が望んだことなんだ…」


「え…?」


「最後に君に会えたから、もう未練はない、と」


涙を必死に堪えるような侯爵の姿を見て、これは本気なんだ、と思い知った。


どうすれば。どうしたらいい。

侯爵だって何も娘の治療法を探さず黙って過ごしていたわけではないだろう。きっと必死になって探して、それでも見つからないから治癒士の現状維持を選んだんだ。


ふと、まだひとつだけ残されているある可能性に辿り着いた。これなら、ソフィを救える。


でも…


いや、迷っている暇はない。

顔を上げて、侯爵に訴えた。

「すべて俺がなんとかします。朝までには絶対に戻ってくるので、どうか」


「どうか、治癒士を外さないでいただけますか」

真っ直ぐに侯爵を見つめる。

ソフィリアのことを大切に想っているのは侯爵だけではない。

俺だって、ずっと、ずっと大切だったんだ。

絶対に失いたくない。


俺の思いが伝わったのか、侯爵が静かに頷いた。


「それでは、朝までに。失礼します」


俺は踵を返し、すぐに学生時代の友人であるクリスに連絡をして、隣国へと向かった。


クリスは伯爵令息で、クリスの父である伯爵は隣国との交易も受け持っており、顔が広い。


その隣国には、どんな病でも治せる治癒魔法士がいるというのを聞いたことがある。


ただ、秘匿された存在でもあり、運良く彼に治療のお願いができたとしても、簡単にその願いが通るとは限らない。

その治癒魔法士は、その類まれなる力を多くの人に分け与えようとする人ではなかった。

治癒には、対価が必要となる。

貴族が一生遊んで暮らせるほどのお金や、世界に一つしかない宝石や、最古の魔道具まで、簡単には差し出すことができないようなものばかりが対価となる。

自分にそれほどまで価値のあるものなどないが、ひとつだけ、きっと満足してもらえるだろう対価がある。

これを手放すことに俺はなんの未練もないし、ソフィリアを救えるならなんだってする覚悟はもうとっくに決まっている。

ただ……


「おい、どうしたー?そんなに思い詰めた顔して」

隣国の法によって他国から来た者は簡単に転移することができないために馬車で移動している間、ずっと横に座っていたクリスが特に心配していなさそうな顔で言った。


「いや、別に…これから会う相手のことを考えていただけだ」

「そっか、まああの人めちゃくちゃ気難しいもんな。対価を支払って、それがなくなったことでソフィリア様に嫌われんのが怖いのか?」

「ぐっ」

図星だった。どうしてわかるんだ。別に何も言ってないよな?そんな顔に出てたか…?


ぐわんぐわんと考えていると、クリスはにかっと笑って言った。


「でも別に、ソフィリア様はお前から何かなくなってもなんも気にしないと思うけどな」


「なんでわかるんだ、そんなこと」


クリスはぽりぽりと頬をかきながら、思い出すように言った。


「俺さ、ソフィリア様が倒れる前まで、会場にいたんだけど、」

「な、いたのか…!?なんで!?」

「なんか呼ばれてて。今思えばお前の側近候補ってことだったんだろうけどさ、お前もいないし、特に仲良いやつもいなかったから帰ろうと思ってたんだけど」

なんて適当なやつだ。

いやまあ、そういうところが学院卒業後も友人としての関係が続いている要因ではあるが。


「ソフィリア様、お前の奥さんの座を奪い取りたくて仕方がないやつに言ってたんだ。


たとえリースが、美しいと言われる容姿をなくしても、仕事ができなくなっても、爵位を失って平民の暮らしをすることになっても、記憶を失って二度と愛してもらえなくても、

———なんにもなくなっても、それでもリースを愛せるのか、って。


まあ、それを言われたやつはできるわけないとかじゃああなたはできるのかとか喚いてたけども」


「それで…、ソフィリアはなんて返してたんだ」


「無理だって」


「え」


がーーん、とショックを受けている俺を腹がちぎれると言いながらひとしきり笑った後、クリスは言った。


「どんなにそうしてあげたくても、自分には時間がないからできないんだと、そう言ってたよ」


「ソフィリア…」

彼女は、これをどんな思いで言ったのだろうか。

「クリス」

「ん?」


「教えてくれてありがとう」


この言葉にどれだけ勇気をもらえたか。

クリスは不思議そうにこちらを見つめて、口を開きかけたとき、目的地に到着した。


そこは、真っ暗で何も見えない森の中にあった。風が音を立てて鳴り、動物たちの遠吠えが聞こえる森の中に、ひっそりと建っている家。

あそこに、ソフィリアの病を治せる治癒魔法士がいる。


すみません、と声をかける前に、ドアが開いた。


「何の用だ」

「救ってほしい人がいます。あなたのお力を借りたくてここに来ました」


その治癒魔法士は、上から下までじっくりとリースのことを見てから、やがて口を開いた。


「ここまでやってきて、願いに来るのは勝手だけど。私が対価を必要とするのは知っているかい」

「はい。ですので、対価をお持ちしました」


治癒魔法士はもう一度じろじろとリースを見た。

「とても私が心を惹かれるような対価を持ち合わせているようには見えないが?」

「物ではないのです」


リースはゆっくりと手を胸に当てた。

「ここに」


「ははあ、なかなかに面白いが、私は心臓がほしいわけではない。命を対価にしたいわけではないからな。交渉は失敗だな」

「いえ、私が差し上げるのは心臓ではありません」


リースは、胸に当てていた手を前に差し出した。その手からは、国の中でも三本指に入ると言われるほどリースが持つ、強く、大量の魔力が溢れ出していた。


「な…お前、本当にわかっていっているのか!?魔力は人の命と同じほどに貴重価値の高い物だ。なくなれば周りからの評価も下がり、信用もなくなる。不便なことも多いし、貴族として生きづらいことは明確だ」


「それを失ってでも、救いたいひとなんです。それに、彼女なら、何にもない俺でもきっとそばにいてくれるから」


クリスから話を聞いたからこそわかったことだ。なんにもなくなっても愛せるだなんて、普通は言えない。


リースの本気を感じ取った治癒魔法士は、真剣な顔つきになって言った。


「その魔力を失ってでも救いたい人っていうのは、どこにいる」


        ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎



夜の闇の中を抜け、スカイラー侯爵邸まで約束通り朝までに戻ってきたリースは、治癒魔法士をスカイラー侯爵に紹介し、魔力の受け渡しを行った。


「確かに受け取った。このお嬢さんは、必ず助けると誓おう」

治癒魔法士はリースから魔力を受け取ると、ソフィリアの治癒をしに部屋へと向かった。


「本当に、よかったのか…?」

その様子を見ていた侯爵が、呆然とした様子でリースに尋ねる。


「俺には、ソフィリアより大切なものなんてないです。彼女をこれから先永遠に失うなんて、耐えられるわけがない。俺の魔力なんかでも彼女を救えるなら、喜んで差し出します」


リースは、少し寂しげに笑った。

「ソフィには、また辛い思い、させちゃうかな」

それでもいいと、彼女は言ってくれるかもしれないけれど。


そんなリースの表情を見た侯爵夫人は、たまらずリースの手を握った。


「ソフィリアは、あなたのことがずっと大切なの。これからも絶対変わらないわ。だから、ソフィリアを頼みます…!」


その言葉に、ソフィリアの幸せを願うリースが頷くかどうか、迷っているときだった。


「治療は終わった。このお嬢さんは助かるよ」

「本当ですか!!」


治癒魔法士がソフィリアの部屋から出て、リースたちに告げた。


何度も頭を下げる侯爵たちに適当に会釈をしてから、リースに目を向ける。


リースは、治癒魔法士が言わんとすしていることを察して、深く礼をした。

「その魔力で、もっとたくさんの方を救ってくださいますか」


治癒魔法士は、その言葉にゆっくりと頷いてから、転移魔法で姿を消した。


侯爵に許可をもらい、ソフィリアの部屋でまだ意識を取り戻さない彼女の手を握る。


「ソフィ…ごめんね…君がどんなに辛い思いで俺の婚約者を探してくれていたかも知らないで、俺は勝手に君に裏切られたような気持ちになってたんだ…」


「ずっとずっと、君だけが大切なんだ。たとえ俺に何があっても、君だけは幸せで、笑っていてほしいよ」


そんなはずはないのに、もしかしたらこのまま目が覚めないんじゃないかと不安になって、ソフィリアの手に額を押し付けながら祈った。


そのとき、ソフィリアの手がぴくりと動いた。


「リース……?」

「ソフィ…!?」


ゆっくりとソフィリアのまぶたが開いて、リースと目が合う。その時にはもう、リースは我慢できなくなってソフィリアを抱きしめていた。


「ソフィ…ソフィリア…!よかった…本当によかった…」

「リース…どうしてここに?というか、どうして私は助かっているのかしら…」


声が震える。ソフィリアの目からは、ぽろぽろと真珠のような涙が溢れ出していた。


「リースとまたあえて、抱きしめてもらってる…すごく、あったかくて…こんなに、こんなに幸せなことって、あっていいの…?」


リースはその問いかけに答える代わりに、さらに強くソフィリアを抱きしめた。



読んでくださってありがとうございます…!

あと1話で完結予定です!


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