貴方のために
初投稿です…!
未熟なところばっかりだと思いますが、温かい目で見守ってくださると嬉しいです!
会場の中をゆっくりと進む令嬢の姿に、全体がざわめき出す。
「あの方、昔は『白薔薇の天使』だなんて言われて有名だった令嬢じゃない?」
「最近あまり見なくなったわよね」
「噂じゃ、いろんな男の方と関係をお持ちなのだとか…」
「まあ!あんなに素晴らしい婚約者をお持ちなのに、よくそんなことができるものね」
話の中心になっている令嬢は、スカイラー・ソフィリア侯爵令嬢。
長いまつ毛に縁取られた薄いラベンダー色の瞳に、銀色の美しい髪を持つ、儚げな雰囲気の令嬢で、まさに「白薔薇の天使」という呼び名がぴったりだった。
しかし、彼女の噂はあまりいいものではない。
毎夜複数の男性と出かけていて、幼い頃からの婚約者には目もくれず、遊び放題だというのだ。
そんな彼女の幼い頃からの婚約者というのは、ウィンズ・リース公爵令息。深いサファイアの瞳に、彼女と同じ美しい銀髪を持っていて、容姿端麗でもありながらこの国の権力を実質握っていると言われるウィンズ公爵の後継者でもある。
そんな彼らは、昔はお似合いの2人として可愛がられ、有名でもあったのだが、今は2人でいるところなど誰も見たことがないほど関係が冷え切っていると言われている。そんな機会を、玉の輿を狙う令嬢らが見逃すはずもない。
毎夜男性と遊んでおり、夜会になど滅多に顔を出さないソフィリアがいない時を狙って、多くの令嬢がリースに近づいていたのだった。
会場内を進むソフィリアの横には、1人の青年が立っていた。金髪の甘いマスクを持っていて、ソフィリアの横に寄り添うように立っている。ソフィリアのことを蔑んだような目で見つめる他の令嬢たちを見ると、気分が悪い、と言いたげな顔をして、小さく舌打ちした。
「無理しないでくださいね。こんなところすぐに出てしまっても俺は構いません」
「なに言ってるの。こうなることくらい承知で来ているわ。それに、キツくなったらちゃんというから」
親密そうな2人の距離に、ソフィリアとリースの関係が崩れるのももう間も無くだと、多くの人が思っていた。
「やっぱり、リース様の隣に立っていいのはユリア様だけですわ!」
「あの方よりよっぽど相応しいですわ」
令嬢たちが騒ぐその中心には、ピンクブロンドの髪をゆらゆらと揺蕩わせる可憐な少女の姿があった。
「みなさま、そんな…やめてくださいませ!ソフィリア様にはかないっこありませんわ…!」
しゅん…と肩を落とし、ぱっちりとした大きな瞳が長いまつ毛で伏せられる様子は、誰が見ても愛らしかった。
「そんなことありませんわ…!だってユリア様は、先日リース様にお出かけに誘われたのでしょう…!?」
「確かにそうですけれど…でも、ソフィリア様に呼び出されて…行けなかったのです…」
その話を聞いていた周りの令嬢や令息が一気にソフィリアに責めるような視線を送った。
「ソフィリア様…リース様を邪険にされていたのはあなた様の方でしょう!?どうしてユリア様の邪魔をなさるんですか!?」
「いくら幼い頃からの仲だとしてもこれはひどい」
「自分はたくさんの男性と遊びたいけれど、婚約者が本当に愛する人と結ばれるのは許せないとでも言うのですか!?」
ユリアを囲んでいた人が口々にソフィリアを責め立てる。それに、ソフィリアの横に立っていた青年が動き出そうとするのを制止して、ソフィリアが一歩前へ出た。
「申し訳ありませんが、ユリア様。今のお話、もう一度お聞かせ願えますか」
凛とした声が響き、ユリアはそれに一瞬狼狽えたが、気を取り直したように口を開いた。
「私とリース様は、本当は愛し合っているんです…!でも…ソフィリア様の嫉妬で、結ばれることなんてなくって…っ」
「具体的に、私がどんなことをしましたか?」
「そ、それは…えっと、」
まっすぐなソフィリアの瞳にユリアが戸惑っていると、取り巻きの令嬢、令息らが次々と口を開いた。
「ユリア様のドレスをズタズタにしたんだろう」
「ユリア様のお祖母様の形見のブローチを奪い取ったんですってね」
「ユリア様に罵詈雑言を吐き、殴ったり蹴ったりしたってきいたぞ」
ユリアを守るように前に出て、これは正義だと疑いもしない顔で続ける彼らに、ソフィリアは微笑みかけた。
「それはいつ?どこで行われたものですか?目撃者は?証言できる方はいらっしゃいますか?」
「いつ、どこで行われたかなんてわかりませんわ…ショックで何日も寝込んでしまっていたと後で聞かされたものですから…」
涙声で鼻を啜りながらユリアは続けた。
「目撃者も、証言できる方もいるはずがありませんわ…!だって…、だって、ソフィリア様が誰にも知られないようにこっそり行っていらっしゃったんですもの」
ソフィリアはゆっくりと目を細めた。
「そうですか…私はやっていない、と言っても、どうせ信じてもらえないのでしょうけれど…」
疑いの目を向ける周りをぐるりと見渡してから、もう一度ユリアに向き合う。
「せっかく久々に出られた夜会ですもの。みなさまを不快な気持ちにさせたくはないので、謝罪をすればいいのでしょうか」
「そんな、謝るだなんて……ただ、リース様を解放してくれればそれでいいのです」
ユリアの瞳が悲しげに揺れた。
「リース様にはもっと相応しい方がいらっしゃるんじゃないかと…あんなに私なんかにも優しくしてくださる素晴らしい人だもの…私、彼には幸せになってもらいたくて…」
遂にはその瞳をうるうるさせながら上目遣いで見上げてくる。
その瞬間、ソフィリアのまとう雰囲気が一気に変わった。
「つまり、あなたの方が私よりリースに相応しいと、そう言いたいのね?」
リースとの深い関係を示すように呼び捨てにしたソフィリアは、さらにユリアにたたみかけた。
「あなたには、本当にウィンズ・リース次期公爵の妻となる覚悟があると言えるの?」
「す、少なくともソフィリア様よりはリース様を支えられます!」
「たとえ彼が全身に火傷を負って、あの美しいと言われる容姿がなくなっても?」
「え…?」
「たとえ彼が急に病気にかかって何の仕事もできなくなったとしても?爵位を失って、貴族の暮らしには似ても似つかないような暮らしを送ることになっても?記憶を失って、二度と愛してもらえなくなっても?
———彼になんにもなくなったとしても、それでも彼を愛すことができるの?」
「…そんなのっっ、じゃあ貴女はできるっていうんですか!?!?」
叫び出すユリアに、ソフィリアは淡々と答えた。
「無理よ」
「は…あんなに偉そうに言ってたくせに何言ってんの!?そもそもリース様の婚約者なくせに、遊んでばっかりで汚らわしい!!どこが白薔薇の天使よ!私の方がずうっと美しいに決まって…」
喚きちらかしていたユリアがソフィリアを見て固まった。
「だって…、どんなにそうしてあげたくっても…できないんだもの…」
ソフィリアの瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
毎夜男性と遊んでばかりの悪女と言われていた彼女が、リースただ1人を想って堪えきれず涙を流すという衝撃的な光景に、周りの人全てが息を呑む。化けの皮が剥がれ、醜い姿を晒したユリアと、リースを想って涙を流すソフィリアはあまりにも対照的だった。
「私、実はずっと前から病気だったんです。もういつ死んでもおかしくないところまできてしまっている、とお医者様にも言われてしまいました…」
ソフィリアがぽつりぽつりと話し始めた。
「今日、リースの婚約者を探しにきたんです。私の代わりに、彼を支えてくれる人を、自分の目で確かめながら決めたくて。
すごく、すごく辛いけれど…でも、私じゃもう、リースの隣にはいてあげられないから…」
顔をそっと上げて、精一杯の笑顔を作ってみせる。
「リースは、昔から努力家で。お父上の期待に応えようって、ずっと、ずうっと頑張っているんです。責任感も人一倍強くて、誰よりも、気を遣える優しい人で……」
でも、
「でも、ほんとはすごく寂しがり屋なの」
かくれんぼをしたら、私の姿が見つからないことに怯えて、涙目になって私の名前を呼んでいた。熱を出して彼の家に遊びに行けなかった時、このままお別れはいやだ、なんて大袈裟に言って一日中看病してくれた。
今となってはもう、全部夢みたいに遠いことの話だけれど。
「彼が寂しさなんて感じないくらい、笑顔でいっぱいの時間を作ってくれるような、そんな人を、見つけたかったの…」
ユリアがされたという仕打ちは本当なのか。
ウィンズ・リースに相応しいのは誰なのか。
そんなものはとうに明らかだった。
ソフィリアのことを噂し合っていた人も、貶していた人も、ただ俯くことしかできない。
そのときだった。
「ソフィリア…?」
会場の入り口で、リースが呆然とこちらを見つめていた。
彼らにとっては、約一年ぶりの再会だった。
久々に目にした彼女が涙を流していることに、ただただ目を見張っている。
「ああ、間に合わなかったわね…」
そしてほぼ同じタイミングで現れたのは、この夜会の主催者である王妃だった。
「ソフィリアの言ったことが全てよ。この夜会は、私が主催した夜会ってことになっているけれど、実際はリースの婚約者や側近を見つけるための集まりね。これには私だけでなく、リースの母のウィンズ公爵夫人と、ソフィリアの母のスカイラー侯爵夫人も関わっているわ」
考えもしなかったほどの規模の大きさに、会場内のざわつきはより一層大きくなった。
「だから、リースには夜会の開始時刻を遅めに伝えてあったはずなのだけど…」
「どういう、ことですか…?新しい婚約者…?」
リースはまっすぐにソフィリアの目を見つめた。その瞳には困惑が色濃く滲み出ている。
ソフィリアにとっては、もう会うことはないだろうと考えていたリースとの思いがけない再会に胸がいっぱいだった。
最後に彼に会えた。なんて幸せなことだろう。
今までソフィリアを奮い立たせていた何かが解けていく。あなたを幸せにしたい。それなのに、あなたと目が合うだけで、こんなにも嬉しくて。
もっと一緒にいたい。
「ソフィー!!!」
病が悪化して、限界が近かったソフィリアが倒れ出したとき、真っ先に動いたのはそれまで静かに黙っていた金髪の青年だった。
「くそっ、だから無理はするな、っていったのに…!」
ソフィリアを抱え込むと、一度リースを睨みつけてから、王妃に一礼し、転移魔法で姿を消した。
「な…どういうことですか…っ?ソフィリアはなぜ倒れたのですか!?あの横にいた男は!?なんで…なんで俺の新しい婚約者なんか探しているんですかッ!?」
「リース、落ち着きなさい」
「落ち着けるわけないでしょう!?あなたなら知っているはずだ、どれだけ俺がソフィのことを好いているか!!」
「ええ、知っているわ…」
「だったら…!!」
「だからこそなのよ…」
王妃は涙を浮かべながら言った。
「あなたと同じくらい、ソフィリアもあなたのことを愛していたから…だから、断れなかったの…ソフィリアにとっては、あなたが全てだったのね」
王妃は呆然とした顔でこちらを見上げているリースに残酷な事実を告げた。
「ソフィリアは重い病よ。3年前から発症していて、貴方がソフィリアに避けられていると相談してきた1年前の頃には、だいぶ悪化して、部屋からも出られないほどだったの」
夜会に出られないのは、病で体が思うように動かないから。いつも男が寄り添っていたのは、治癒魔法に長けている彼らがすぐに治療し、動きにくい体を支えるため。
ソフィリアがリースを避けていたのは、リースに心配をかけないため。
「ソフィリアは今どこに?」
「さっきの青年がスカイラー侯爵家まで送り届けたと思うわ」
答えを聞くなり、リースは転移魔法で姿を消した。
リースの瞳は、今まで誰も見たことがないほど暗い色をしていた。




