77. 常盤さんの犬派猫派論
「だったらさー。『犬派』の人と『猫派』の人が結婚したら、子供はどうなるの?」
「猫とかの場合だとどうなるのかな? もしかしたら、猫の中にも『犬派』の猫とか『猫派』の猫とかがいたりするのかなー?」
「『犬派』の人間は『犬派』の人間としか結婚できないとか、『犬派』『猫派』だったら、同じ犬派同士とか猫派同士の人間の方が相性がいいとか、特にそんな要素もないようで、人類の起源から、『犬派』の人間と『猫派』の人間が普通に結婚して、今に至るまで何の問題もなく子孫を残し続けているみたいだよ。だから、現在ではほぼすべての人間が『犬派』と『猫派』のミックス人間になっているはずだ。もしかすると、純粋な『犬派』の人間とか『猫派』の人間なんかは、もうこの世界には存在しないんじゃないのかな。」
「だったら、なんで常盤さんは犬派になるの?」
「うん。それなんだけど、僕は『猫派』の人類より『犬派』の人類の血の方が濃いようなんだ。それで、便宜上自分は『犬派』ということに分類してるんだけど……でも面白いことに、それで計算してみても、現在でも『犬派』に属する人類と『猫派』に属する人類の構成比は、なぜかきっちりと6:5になっているんだよ。」
「ますますわかんねーな。」
「ふむ、まさにその通りだ。」
「ふーん。でも、それって何か意味があるのかなー?」
「先ほど言ったように、ほとんど、というよりすべての人間にとって、自分が『犬派』だろうが『猫派』だろうが、特に影響はないように見受けられるけどね。僕もまだまだ研究途中だからよくわからないけど、もしかしたら何か意味があるのかもしれないし、やっぱり意味がないのかもしれないね。」
「ねー。だったら私は犬派と猫派のどっちになるのかな?」
「うーん。赤澤君が『犬派』と『猫派』のどちらなのか、教えてあげたいのは山々なんだけど。……僕がどちらなのか、実はそれを調べるだけでもかなりの時間を浪費してしまってね。それでも、僕が犬派だってことがわかったくらいで、それ以外にはなんの研究成果も得られなかったんだ。申し訳ないんだけど、簡易的な調査方法が確立するまで、それまでは少し待ってもらえるだろうか。……それと、先ほど松山君の質問の、猫類に果たして『犬派』は存在するのかどうか――もしくは犬類に『猫派』は存在するのか――という件なんだけど。うん……確かにそれも興味深い調査対象であるかもしれないんだけど、この研究自体まだ始めたばかりで――現時点で端緒にも到達していない段階で――まずは何から調べたらいいのか、それも曖昧な状況でね。それに、実はこの研究をこのまま続ける意味があるのかどうか、それ自体についても、ちょうど疑問をもち始めてるところでね。」
「まあ、考える意味はなかろう。」
「そんなに大変だったら、別に調べてもらわなくていいけど。……ところで、常盤さんは私達と『犬派猫派』の話がしたかったの?」
「ふふふ。ある意味ではそうなんだけど……こういう意味があるのかよくわからない研究を継続する思いもよらない副次的成果として、人類にとってまったく意味がないものの中には、時として人類が決して到達することができない深淵が存在するっていうことがわかったっていうね。」
「シンエン?」
「人類、いや、宇宙の真理、まさにそのものとでもいうべきか。そして今日、なんと幸運にもその深淵を二つも拝むことができるんだ。」
「なんなの? その深淵って?」
「ふふふ。まずは、支子君が飼ってるメグのことだ。」
「メグが?」
「犬種はポメラニアンで間違いないようだけど、その外見的要素を観察した限り、愛玩犬に求められるありとあらゆるすべての要素が、不自然なほど自然に、すべてが完璧なバランスとアンバランスの上に成立している。引くところも、足すところもまったくない。人類がこの世界に存在させようとしても、決して創造することができない。まさに存在するはずがない存在が、まるでこの世に完璧な真円が存在するかのごとく、今まさに目の前に存在しているんだ。」
「えっ? つまり、それだけメグがかわいいってことが言いたいの?」
「うーん。彼女のことを的確に表現する言語が僕には見当たらないんだけど……なんというか、まるで僕が言った『犬派』の人類の起源でも見ているかのようだ。」
「ほう。なんと、そこまで導き出せる人間が存在するとは。」
「……てかさ……もしかして、だけど……メグ、さっきからちょくちょくしゃべってない?」
ルーシーがメグを指さしながら、おそるおそる指摘した。
「あっ……」
メグは、ものすごくわかりやすい、しまったという表情をしてひばりを見た。
「……いや……メグがしゃべってるように聞こえてるのって……ひょっとして、俺だけかもって思ってたんだけど……。」
「……やっぱり……聞こえてたんだ。……私、ずっと空耳かなんかだと思ってたよ……。」
常盤さんと犬派猫派なんかで盛り上がっていた科学教室が、一瞬にして静寂に包まれた。
「何やってんだよ、あんたーー!!」
それからワンテンポ挟んで、静寂を打ち破るひばりの怒号が教室中に響き渡った。




