74 常盤さんは犬派
「あっ、常盤さん。」
仲間内のいつものどーでもいい会話を楽しんでいたひばり達四人は、常盤さんから声を掛けられたのが全くの予想外だったので、ハッとして常盤さんの顔を見上げた。
(あれ? なぜか常盤さんの表情がおかしい。)
常盤さんといえば、普段はいつも眠そうにぼーっとして、目も開いてるのか閉じてるのかわからないくらいで、校内で見かけても、いつも何か上の空な感じなのに。でも、なぜか今目の前にいる常盤さんは、長い前髪に隠れていてもわかるくらい、目がぱっちりと燦然と輝いていて、白い歯がクッキリと見えるくらい満面の笑みである。
そういえば、常盤さんウオッチャーの同級生から聞いた話によると、常盤さんがいつもぼーっとしてるのは、24時間常に頭の中で、私達凡人が想像すらできないものすごく深いテーマについて、脳を全開にして働かしているからで、そのため、私達一般人に一々構っている余裕なんかないそうである。で、そのテーマというのが何なのかというと、何か人類の存亡とか宇宙の起源とかに関係する、とにかくものすごい事だそうで、そんな忙しい常盤さんから声を掛けられるという事は、常盤さんに才能を認められた証であり、特別で名誉な事なのだそうである。ちなみにその同級生は、常盤さんと一度もしゃべった事がなく、すべて彼女の想像の中の話である。
だといって、常盤さんのような殿上人が、私達のような一般人のたわ言に関心を示すはずがない。もしかしたら、常盤さんが好意でせっかく科学教室に入れてくれたのに、私達がそんな事もお構いなく教室内でくちゃくちゃうるさくして、常盤さんの邪魔をしちゃったんで、すごく怒ってるのかもしれない。常盤さんの顔、なぜかすごく笑ってるように見えるけど、実は怒ったら笑っちゃうタイプの人なのかもしれない。
「常盤さん。ごめんね。私達、ちょっとうるさかったよね。」
「ごめんなさい。私達、もう少し静かにするから。」
「お、おーよ。まあ、なんつーか、そこんとこよろしくだぜ。」
申し訳なさそうに、プル達三人が常盤さんに謝った。
「いやいや、君達が謝る必要なんてないよ。別に僕は全然気にしてないよ。そんな事よりも、君達さえよければ、僕も君達の会話に交ぜてもらえないだろうか?」
「えーっ? そんな事言われても……私達の話なんて全然つまらないし、とても常盤さんなんかと話せるような内容じゃないよ。」
「それに……常盤さんのジンギスカン。ちょうどいい食べ頃になってるよ。ほら。」
ルーシーが、常盤さんが教室の後方で調理していたジンギスカン鍋を指さした。
「確かに。僕のジンギスカン、松山君の言う通り、肉もしっかりと焼けて、野菜も羊肉の脂をよく吸っていて、まさに今が食べ時といっていいだろう。」
「えっ? 常盤さん、私の名前知ってくれてるんだ。」
「むっ? そんな事、当たり前じゃないか。君達と僕はクラスメイトじゃないか?」
「えっ? だったら私達の名前も知ってるの?」
「そんなの当然だろう。赤澤プル君、田辺ミア君、松山ルーシー君、支子ひばり君。みんな同じ2年D組のクラスメイトだよ。」
「わあ、常盤さんに私達の事知ってもらえてるなんて、なんだかうれしいな。」
プル達は、国家の至宝で、界隈では有史以来の天才などと謳われる有名人の常盤さんが、今年の春に同じ2年D組のクラスメイトになったばかりで、しかも同じクラスになってからも、ほとんど教室にいるのを見た事がなかったのに、まさか自分達の名前を知っているとは思わなかった。
「でも……私達、常盤さんの研究の邪魔しちゃってるよね。それに、ちょうどジンギスカンも食べ頃のようだし。私達そろそろ出ていくから。」
「うーん。君達は、どうやら僕の事を少々誤解してるようだね。常盤香という人物は、いつどこにいても常に研究に没頭し、研究の邪魔をされる事をなによりも嫌う。そして、研究を邪魔されると、怒りを制御するために満面の笑みを作る。それで研究を邪魔した人物は、学校を即時退学処分の上、家族まとめて国外追放になる……とかね。ふふふ。それはね、誰かが勝手に作ったまったくの作り話だよ。僕も腹が立ったら怒った顔をするし、うれしい事があったら素直に笑顔になる。それと、僕が普段ぼーっとしてるのは生来のものだから。もしもそれが君たちの気にさわったんなら、どうか気にしないでくれたまえ。そういうわけで、僕は今、まさに心の底から至福の感情が湧きあがっているんだ。まさか……僕の身にこのような事が起こるなんて……まったく予想してなかったよ。確かに、ジンギスカンの事も少し惜しい気がするが、だが、それよりも、今は何よりも君達と話がしたい。」
「うん……まあ常盤さんがよければ、私達も全然構わないけど。でも……」
「ありがとう。実をいうと、僕は犬派でね。それで、こんな素晴らしい子犬に巡り会えるなんて、夢にも思わなかったよ。」
「確かに。メグって、見た事がないくらいかわいらしい子犬だと思うけど。」
「でも、常盤さんって猫飼ってるよね。学校で飼ってるミカ、常盤さんのなんでしょ?」
「あー、あの子猫の事か。確かに、あの子猫も比類のない存在で、素晴らしい猫であるのは間違いない。でも、さっき言ったけど、僕は猫派じゃなくて犬派でね。そういう意味でいうと、残念ながら彼女は僕の研究の対象外で、あまり興味はないんだよ。」
「じゃあ、なんで猫飼ってんだよ。」
「別にいいじゃん。私も犬じゃなくて猫が飼いたかったし。」
「いや、お前もお前だよ。」
「犬派の僕が猫を飼ってるのがおかしいって? ……ああ、なるほど。君達は犬と猫のどちらの方が好きか。それで犬の方が好きなら犬派、猫の方が好きなら猫派に分類する。そういう意味合いでいう所の、『犬派猫派』の事を言ってるんだね。」
「えっ? 『犬派猫派』ってそういう意味の事じゃないの?」
「それ以外の意味なんて聞いた事がねーよ。」
「それとも、常盤さんが言ってるのは、『きのこたけのこ論争』とかそういうのと違う事なのかな?」
☆ひばりの幼馴染三人衆
赤澤プル 小さい娘
田辺ミア 中二病の娘
松山ルーシー 普通の娘




