72 (5-5) 昼休み屋上の二人 -1
昼休みのチャイムが鳴って、それを区切りに午前の授業が終了すると、露草詩叙は、クラスメイトの誰に気づかれるでもなく、いち早く2年D組の教室を後にすると、昼休みの時間は、いつも一人静かに過ごす場所である校舎の屋上へと向かった。そして誰もいない屋上に入ると、今朝コンビニで、特に食べたかったわけでなく、棚に置いてあった中から適当に取って買ったパンを無感想に頬張った。
詩叙は、何気なく空を見上げた。空は快晴で、昨夜の突然の豪雨が嘘だったかのように、青い空が周り一面にくっきりと描かれていた。彼女は、青空を見るのが昔から好きだった。澄み渡った青い空の海を白い雲が気持ちよさそうに漂っている姿を見ていると、平和でなぜか幸せな気持ちになった。この屋上は、そんな青空を独り占めする事ができる彼女にとって特別な場所だったが、今の彼女には、その青空は何の感動も呼び起こさなかった。
自分は、一生あの日の事を後悔しながら生きていくのだろう。それが、私が犯した罪に対しての、神様が私に課された罰なのだろう。だから、これからどんなに美しい青空を見たとしても、自分が平穏を感じる日が来ることは永遠に来ないだろう。
詩叙が無表情でボーっと空を見上げていると、後ろから不意に声が届いた。
「へー。学校の中にこんな所あったんや。知らんかったわ。」
詩叙は声がした方を振り向くと、D組のクラスメイトの江戸紫ゆかりが、持ち前の親しみやすい表情をして自分の方に向かってきた。
ゆかりは、ここ数年の間に彼女の身に立て続けに起こった不幸な出来事のせいで、少し卑屈でマイナス思考な人間になってしまっているが、元々は親しみやすく打ち解けた性格で、地元の関西では、おもろい娘として人気な女の子であった。ゆかりは、あまりクラスメイトと仲良くなってしまうと、休日に彼女達と一緒に遊びにいけない身の不幸を感じてしまったり、逆に彼女達に妙に気をつかってもらうのがイヤで、普段はクラスメイトとは常に一定の距離をとって付き合うようにしていた。彼女は、普段昼食はクラスメイトと一緒に食べていたが、今日は授業が終わるとすぐに詩叙が出て行ったのを見て、その後を追いかけてきたのだった。
「あっ……。」
詩叙は、屋上に予期せずやってきた突然の訪問者に少し動揺したが、ゆかりは詩叙のそんな気持ちなどまったく気にする事なく、変わらずの親し気な雰囲気のまま詩叙に話し掛けた。
「ふーん。屋上って入る事ができるねんな。露草さんはいつもここでメシ食べてんの?」
「……うん。」
「なるほどなー。まあえー所やな。――あっ! そうや。これあげるわ。食べてみて。」
そう言うと、ゆかりは、詩叙にとあるパンを差し出した。
「?」
「あっ、これな。このパンな、焼きそばにお好み焼きを挟んだモダン焼きパン言うて、うちが開発したパンやねん。まあ、言うてもほぼモダン焼きなんやけどな。何にせよ、パンにしては贅沢過ぎるパンっちゅうこっちゃ。ちょっと食べてみてや。味は保証するで。いつぞやのお返しや。」
「?」
(何のお返しだろう?) 詩叙はピンとこなかった。
「それと、昨日の魔法少女の件、あれのお返しや。先週の件もそうやったけど、露草さん、うちの事、ロボットとかから守るようにしてくれてたんやろ。」
「……うん。」
「いまだにようわからんけど、やっぱりそうやったんやな。ありがとうな。それで、あの異変の時なんやけど……。とりあえず建物の中に入っとけば安全やねんな?」
「……うん。異変の間、破壊や魔法とか、なぜか建物までは一切通らないみたいだから。」
「ふーん。そうなんや。それで、あの異変ってやつ、いつ発生するん?」
「私もよくわからない。けど、多分一週間に一回くらい。時間も多分一時間くらいだと思う。」
「へー。そっか。それやったら、次に異変が起こった時は建物の中に隠れて休ませてもらう事にするわ。うち、普段働きづめで休むヒマがあらんから、貴重な休み時間ができて、ある意味助かるかもしれんわ。それに露草さんが言うには、うちも魔法少女なんやそうやけど、魔法少女になれへんねんやったらそもそも全くの戦力外やしな。」
「うん。そうしてほしい。私は、ひばりちゃんを守らないといけないから。」
「ひばりちゃん?」
「あっ……。く、支子さん。」
「あー、支子さんの事か。でも、彼女も魔法少女なんやろ。A組の緋色さんが赤色で、菜の花さんが黄色、それで露草さんが青色なんやったら、支子さんは緑色か桃色の魔法少女なんやろ?支子さんが魔法少女なんやったら、露草さんが別に守る必要ないんちゃうの?」
「彼女は……桃色じゃなくて……、残念だけど、黄色の魔法少女。彼女は……」
詩叙が続きを言おうとした時、ゆかりが食い気味に詩叙の話をさえぎった。
「えっ!? 支子さんが黄色の魔法少女なん? でも、黄色の魔法少女は菜の花さんちゃうの?」
「えっ? うん……。菜の花さんが黄色の魔法少女なんだけど……。でも、支子さんも黄色の魔法少女みたい。」
「なんや。それって、もしかして黄色の魔法少女は二人おるって事なんか?」
「うん……。私もよくわからないけど、五色の魔法少女は菜の花さんの方で、支子さんの方は違うみたい。」
「そうなんか。ようわからんけど、うちも露草さんいわく五色の魔法少女の中にはいない新種の紫色の魔法少女なそうなんやし、支子さんも五色の魔法少女以外のハズレの魔法少女っちゅう事なんかな。」
「それと……緑色の魔法少女は若葉さん。彼女、昨日魔法少女に覚醒したみたいで、多分昨日の戦闘にも参加していたと思う。」
「えっ? 若葉さんて、生徒会の副会長の若葉さんの事かいな? まあ若葉さんが魔法少女やったら、強そうやし頼りになるやろうな。」
「それと……桃色の魔法少女はつかさちゃん。」
「つかさちゃん?」
「あっ……。じゃなくて、薄珊瑚さん。私達と同じクラスの。なぜかわからないけど、今日学校に来たら、彼女、桃色の魔法少女になってた。私と一緒で、まだ覚醒はしてないみたいだけど。」
詩叙は、ひばりちゃん、つかさちゃんという言葉を久し振りに口に出して言ったので、ふと幼少の頃の懐かしい記憶が頭の中に蘇ってきた。
自分が、成り行きでなんとなくひばり達の五色の魔法少女ごっこの黄色の魔法少女を担当する事になって、それからしばらくの間、自分とひばりの前に黄色の魔法少女を担当していた娘で、地元のバスケチームに加入したため、ひばり達の五色の魔法少女ごっこから抜けたつかさちゃんが、ちょくちょく自分達の事を見にきて、その度に、「露ちゃん。イヤだったら、魔法少女ごっこやめたっていいんだよ。もし自分で言いづらいんだったら、いつでも私の方からひばりに言ってあげるからね。」そう言って、いつも自分の事を気にかけてくれたつかさちゃん。それで、その後にひばりちゃんがやってきて、「おい! つかさ、何しにきたんだよ。あんた黄色の魔法少女クビになったんだから、とっととバスケに行けよ。今さら黄色の魔法少女に戻りたいって言ったって、もうムリなんだからね。黄色の魔法少女はもう露ちゃんに決まっちゃったんだから。だから露ちゃんにこれ以上余計な茶々は入れないでよね。」それから、「はいはい、わかりました。」と言って、ひばりの憎まれ口を軽く受け流して私に向かって軽く微笑みかけると、いつも急いでバスケの練習に向かっていったつかさちゃん。それと、プルちゃん、ミアちゃん、ルーシーちゃん。みんな私にやさしかった。
11月から本作のリニューアル作品を投稿予定です。




