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魔法少女っているよね ☆初期版*  作者: ににん(ni-ning)
第4章 子犬の魔法少女
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「ねえ、ところでこの子犬どうしよう?」


 万智が二人にそう尋ねると、それまで向かいの席でバタバタ踊っているひばりの事を幸せそうに見つめていた洋子が、ゆっくりと万智の方を振り向いた。


「うん、そうね。この子の飼い主も今頃困ってるでしょうしね。」

 そう言って少し心配そうな表情になると、床に座っている子犬のことをじっと見つめた。


「もし飼い主がいないんだったら、私達の家で飼ってあげても全然いいんだけど。でも、そんな事絶対ないだろうし。」


 万智は、見た目に全身が美しいオレンジ・セーブルのモフッとした被毛で包まれて、コロッコロとかわいらしく、顔の各パーツも完璧なサイズとバランスで整っているこの子犬が、まさか捨て犬とか野良犬だとは夢にも思わなかった。


「そうね。もし本当にそうだったら、『庭先に捨てられたかわいそうな子犬を私達一家で保護して飼う事にしました。』って動画チャンネルでも作れば、一財産稼げるかもしれないけど。でも、こんなかわいらしい子犬が捨てられましたって言っても誰も信じないだろうし、逆に自作自演を疑われて大炎上、さらに身バレ家バレの上、最悪の場合、一家離散する憂き目になるかもしれないしね。」


 洋子は、万智の意見に同意するようにそう言ったのだが、万智は、母親がこの短時間の間にそこまで計算高く考えていたのかと思うと、少しゾッとした。だがその反面、洋子がその何も考えていないようなのほほんとした見た目通り、嬉々として短絡的に動画チャンネルを開設し、無責任に高評価と炎上を繰り返すような話題の配信者に成り下がるようなマネをする人間では決してない事に少しホッとした。


「そうだね。捨てられた子犬を育てるって、すごく立派な行為だと思うけど。でも…、わざわざ動画にする必要はないもんね。」

 万智は、母親が血迷って本当にチャンネルを開設しないよう、一応釘をさしておくことにした。


 その時、一連のバタバタの動作が終了し呼吸を再開できるようになったひばりは、テーブルに頭をつけながら、


「ふっふっふっ。」

 と、床に向かって自慢げに急に笑い出した。そして、突然テーブルに手をついて勢いよく立ち上がり、胸を張って両手を腰に当てると、


「そんな事心配無用だよ。二人共、聞いて驚かないでよね。実はこの子犬。私に魔法を授けるためにきたんだよ。」

 と、得意げに宣言した。


「あっ。う、うん。」

「あら、ひばりよかったね。魔法少女になりたかったもんね。」

 それに対し、万智は微妙な顔をして、洋子は能天気な顔をしてひばりに返答した。そして、二人はすぐに向き合うと、


「それにしてもどうしよう?」

「とりあえず今日は我が家で預かる事にして。明日二人が学校に行った後にでも、近所の交番にでも相談しにいこうかしら。」

 と、ひばりの件は無視する事にして、相談を再開しようとした。


「そ、そうだね。とりあえずそうした方が…」

 と、万智が洋子の提案に賛同しようとしたその時、


「待てーい!」

 と、ひばりが大声で二人の会話を制止した。そして、


「二人共、私の言った事冗談だと思ったんでしょ? でも、今回は違うの。ほら。これ見てこれ。ほらほら。私、本当に魔法少女になったんだよ。」


 ひばりは、自分の魔法少女の衣装を両手で指さして、真剣な表情で、二人に対し懸命に訴えた。


「あっ。う、うん。」

「あら、ひばりよかったね。よく似合ってるわよ。」

 それに対し、先程と同じ様に、万智は微妙な顔をして、洋子は能天気な顔をしてひばりに返答した。そう言うと、早速二人は向き合って相談を再開し始めた。


 ひばりが本当に魔法少女に変身しているとはいえ、普段の一家団欒の席上でいつも見る魔法少女のコスプレ姿と何ら変わらない同じ恰好でそう言われても、それは何の説得力もなかった。


「あ、あれ?」

 ひばりは、自分が本物の魔法少女になっているというのに、それに対する二人の異常なまでのリアクションの薄さに思わず困惑した。


 子犬は、そんな狼狽しているひばりの元にツカツカと近寄った。すると、


「ふむ。お前は、もしかすると普段から魔法少女の恰好をしているのか? 一体それに何の意味があるのだ?」

 と、ひばりの行動の目的が全く理解できず、不思議そうな顔をしてひばりにそう問いただした。


「意味なんてあるかー! 魔法少女を愛するがゆえだよ!」

 それに対し、ひばりは、そんな事を改めて真顔で質問されるのが辛くてたまらず、興奮で顔を真っ赤にしながら大声で子犬に返した。


「ふむ。まあ時に意味のない行動をとるのも、人間の習性の一部だからな。」

 すると、子犬は一人納得したような表情で、ひばりの意見に賛同した。


 ひばりの返答に対する子犬の終始冷静で落ち着いた声色と表情に、ますます気恥ずかしい気分になったひばりは、しばらくの間、顔を赤くして下を向いてプルプルと震えていた。が、突然何かに気づいたかのように上を向いた。


「あれ?」

 そう一人呟いて、自分の存在は無視して子犬の事を真剣に相談している二人の方を向くと、


「ねえ。二人共聞いて! この子犬もただのかわいくない子犬じゃないの。この子犬しゃべる事ができるんだよ。」

 ひばりは、自分の真下にいる子犬を指さしながら、真剣な表情で二人に対しそう訴えた。


 二人はひばりの方を見つめ、一瞬ポカンとした表情をすると、

「あっ。う、うん。」

「あら、すごいわね。」

 それだけ言うと、二人は向き合ってすぐに相談を再開しようとしたが、


「ちょっと待ったー!」

 ひばりは、そう叫ぶと、両手を広げて二人の会話を制止した。そして、子犬の方を見つめると、


「ねえ、ママと万智にちょっと何かしゃべってみて。挨拶とかなんでもいいから。」

 とお願いした。


 それに対し、子犬は、洋子、万智、そして最後にひばりの順番で各人をゆっくりと見つめると、


「ふむ。残念ながら、私の言葉を理解する存在は魔法少女だけなのだ。よって、お前以外の家族には、私の言っている事は、ワンとか、クーン程度にしか聞こえていないはずだ。」

 と、冷静に答えた。


「そ、そんな…。」

 それじゃ、私が魔法少女だって二人に証明できないじゃないか。

 ひばりはそう思うと、ショックのあまり、床にヘタヘタと倒れ込んでしまった。


 だが、こういう時にこそ、支子家に万智がいた事は幸運だった。万智は、最初姉が魔法少女になったと言った時、この子犬が魔法を授ける使者か何かという事にして家に来たという設定にして、姉がいつもの魔法少女ごっこを始めたものだと思っていたが、いつもとは少し違う微妙ながらも真剣な表情と、姉と子犬の間では、なぜか会話が通じているような不思議な雰囲気を感じとっていた。それに、尊敬する姉が、迷子の子犬の今後について真剣に話している場で、空気を読まず、そんな悪ふざけをするような人間などでは決してないと心の底から信じているからだった。


 万智は、それでもなお自分の発想を少し疑ったような顔をしながらも、ひばりに近づいて声を掛けた。


「ねえ、お姉ちゃん。――あ、あの、もしかして、だけど、この子、お姉ちゃんとしかしゃべる事ができないの?」


「えっ?」

 ひばりは、二人にどう説明していいかわからず途方に暮れていた所で、万智が思わぬ助け舟を出してくれた事に驚くと、前方の視界が急に晴れたかのように、目を大きく見開いて万智の顔をじっと眺めた。


「う、うん。」

 ひばりは、うんうんと首をタテに振って、元気よく頷いた。


「そ、そうなんだ。」

 万智は、なおも少し疑わしい顔をしながらも、


「ちなみに…。その子犬、お名前、なんてあるのかな?」


「名、名前?」

 ひばりは、キョトンとした顔をして復唱すると、そう言えば、今までこの子犬の名前を聞いていなかった事に気がついた。ひばりは、傍らに座っている子犬の方を見ると、


「ねえ、あなたお名前はあるの?」

 と、子犬に尋ねた。


 子犬は、ゆっくりとひばりの方を振り向いて、もったいぶったように一呼吸おいてコホンと軽く咳払いすると、


「名前か。私を指す特定の名称などというものは特に存在しないのだが。――ふむ、そうだな。ならば私の事は、『全てを統べる者』―とか、『恵を与える者』―などと呼ぶがよかろう。」

 と、厳かにひばりに伝えた。


 ひばりは、その場で少し考えこむと、

「ふーん…。メグって言うんだってさ。」

 と、二人に伝えた。


「……。」

 子犬は、それに対し明らかに不服なようで、何かを訴えるかのように、ひばりのことをじっと見た。


「へえ、メグちゃんって言うんだ。かわいらしい名前だね。」

 万智は、メグの方を向いて、うれしそうにニッコリと微笑んだ。


「そうね。この子、メスだし。女の子らしいいい名前ね。」

 洋子も、そう言うと、続いてニッコリと微笑んだ。


 その子犬、たった今メグと名付けられたその子犬は、見た目だけでいうと、確かに生物学上でいう所の、哺乳類のイヌ科イヌ類の、ポメラニアンという犬種のメスに分類されていた。


「じゃああなたの事、これからメグって呼ぶね。」


 そう言って、うれしそうに万智から微笑みかけられると、子犬の方も、もう無理して否定する気もなくなった。それに、名前などというものも所詮は単なる記号であり、別にどんな名前で呼ばれようが、子犬にとっては特に何の意味もないものであった。

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