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本エピソードは本編と全く関係のない話なので、読み飛ばしても問題ないと思います。
ひばりは、目の前にあった小振りな春巻きを二本の箸でむんずと掴むと、まずは何もつけず口の中にダイレクトに放り込んだ。そして、口の中でパリパリと二三回快活な音を立てると、左手に手にした茶碗から駆けつけに白米を大量に口の中にかきこんだ。夕食開始からわずか10秒で早くも口の中を春巻きとご飯で一杯にしたひばりだったが、間髪入れずに大皿の中から自分の手元にあった二個目の春巻きを箸で摘まむと、そんな事もお構いなく、さらに口の中に放り込んだ。そして、大食いバトルでラスト30秒を宣告されたフードファイターかのごとく、すでに限られたスペースに白米を詰められるだけ詰めると、見た限りでは、ほっぺがパンパンに膨らんで、もうこれ以上何も入る余地はないように見えたものの、構わずに三個目の春巻きに手をかけようとしたひばりだったが、その瞬間、ご飯が喉に詰まって顔を真っ青にしてその場でバタバタと踊り出した。
「あらら。」
洋子は、そんなひばりのいつもの元気な食事風景を見ると、幸せそうにニッコリと微笑みながら、水が入ったコップをひばりに手渡した。
その後、しばらくの間バタバタしていたひばりだったが、やがて気道を確保し呼吸を再開できるようになると、それと共に徐々に気持ちも落ち着いてきた。
(ふー。危うく死ぬとこだった。――そうだ!思い出した!今日は春巻きパーティだった。さっきはお腹が空いてたので何も考えずそのまま春巻きを口に入れちゃったけど…。それはこれ以上ない悪手。たまたま運よく二個とも普通の春巻きだったけど、もしあれが変化系春巻きだったら、二重に死ぬとこだったかもしれない。)
ひばりは、ごくりと唾を飲み込むと、改めて大皿の上に乗った春巻きを真剣な表情で物色し始めた。そして、大皿の上の春巻きを見定めるようにして、しばらくの間、大皿の上に大量に乗った春巻きの周りを箸でツーっとなぞると、意を決して手元にある春巻きを掴んだ。しかし、一瞬これじゃない感がして、その春巻きを大皿に戻そうと思ったが、
(いや、そんなマナー違反はしない。一度手に取った春巻きは私が責任をもって食べよう。)
大皿の春巻きの上を箸でツーっとするような行為も十分マナー違反な行為だと思うのだが、それはひばり的にはマナー違反ではないらしい。ひばりは、小皿に醤油をタラ―ッとかけると、たっぷりのからしを横に添えた。ひばりは、本来、春巻きにはたっぷりのからし醤油をつけるのが好みなのだが、今回は慎重になって、少しつけるだけに留めた。ひばりは、春巻きを恐る恐る口の中に入れると、勇気を出して一口かじってみた。
「パリッ。」
快活な音がすると、その後、何か考えるよう顔をしてもぐもぐと咀嚼していたひばりだったが、おもむろに茶碗を握ると、白米を軽く口の中に放り込んだ。
(普通の春巻きだ。)
ひばりは少し拍子抜けした。前回の春巻きパーティでは、チョコ等のデザート系の甘い春巻きと塩辛のような辛い春巻きの地獄の永久ローテーションを経験し、今回の春巻きパーティでは、決して警戒を怠らないようにと、事前から用心していたのだった。先程はあまりの空腹のため、そんなこともすっかりと忘れてしまって、立て続けに春巻きを二個がっついてしまったが、あれはひばりの中ではノーカン扱いであった。
(もしかして…。今回の春巻きパーティは変化系春巻きはなしってことなのか? それとも…。私がひとえに強運を引き当てているだけなのだろうか?)
ひばりは、洋子と万智の方を交互に観察した。洋子は相変わらず、なぜかひばりの方を見つめながらニコニコと微笑んでいる。万智の方を見ると、特に違和感もなくおいしそうに春巻きを食べている。
(うん。今日はなんか大丈夫な気がする。)
ひばりは、そんな二人の様子を見て、なぜかすっかり安心してしまうと、おもむろに大皿の手元にある春巻きを箸で摘まんだ。そして、春巻きにたっぷりのからし醤油をつけると、一切の躊躇なく口の中に放り込んだ。それから少しの間、おいしそうな顔をしてパリパリと快活な音を立てていたひばりだったが、突如として自身の喉と鼻に感じる強烈な違和感に気がついた。
「うぐぼっ!?」
ひばりは、顔面が真っ赤になると同時に思わず意味不明な言葉を吐くと、慌てて口の中にあらん限りの白米を放り込んだ。そして、先程と同じようにほっぺがパンパンになると、その場でバタバタと踊り出した。
「あら♡ ひばり、当たりを引いたのね。その春巻き、辛子明太子入りの春巻きなの。ひばり、好きでしょ。辛子明太子。」
洋子は、ひばりのリアクションを確認すると、うれしそうに具材の中身を教えた。
その後、しばらくの間バタバタしていたひばりだったが、やがて気道を確保し呼吸を再開できるようになると、徐々に洋子に対する怒りが込み上げてきた。ひばりは、テーブルに手をついて勢いよくガバっと立ち上がって洋子の方を指さすと、
「おい! ばばー。ごろずぎがー! べんだいごどぶんでょーってもどをがんがえど!(訳:おい! ママー。殺す気かー! 明太子の分量ってものを考えろ!)」
と、真っ赤な顔と真っ赤に腫れたタラコ唇で烈火のごとく猛抗議を始めた。
「あら、ちょっと入れすぎちゃったかしら? ごめんね、ひばり。次は気をつけるね。」
それに対し洋子は、ひばりの猛抗議などさほど気にした様子もなく、朗らかにニッコリと微笑みながら、軽く謝った。
「まったく。もう」
ひばりは、機嫌が悪いからなのか、それとも唇がヒリヒリするからなのか、もしくはその両方なのかもしれないが、唇をツンと尖らせながら、とりあえず洋子への抗議が通ったと思ったのか、イスに座り直すと、大量の水を飲んで、唇と喉を潤した。既に自分の食事を終えていた子犬は、床に座りながら、そんなひばりの様子を呆れた顔で見ていた。
(うーん。これは大変な事になったぞ。)
ひばりは、その場で腕組みをし、目を瞑って首を少し傾げると、何かを真剣に考え始めた。初手から三個続けて普通の春巻きを引き当てたため、もしかすると、今回は珍しく凪状態で極めて平和な春巻きパーティになるのではないかと少し思い始めていた矢先に、突然思わぬ刺客が登場したことによって状況が全く変わってしまった。ひばりは、がばっと目を見開くと、改めて大皿の上の春巻きを真剣な表情で物色し始めた。それは、あたかも桃色の魔法少女が、春巻きに対し透視魔法「X-0」(エックス-レイ)をかけているかのようにも見えたが、ひばりは桃色の魔法少女ではないので、もちろんそんな魔法は使うことはできない。そして、大皿の上の春巻きを見定めるようにして、しばらくの間、大皿の上に乗った春巻きの周りを箸でツーっとなぞると、意を決したように奥にある春巻きを掴もうとした。しかし、一瞬これじゃない感がして、その春巻きに手を付けるのを止めた。そして、手元にある春巻きを勢いよく箸で掴むと、その春巻きを真剣な表情で見つめ始めた。
(うーん、大丈夫だろうか? 春巻きの中がなぜか少し黒っぽい気がするけど。……。いや、考え過ぎだ。信じろ。自分の決断を。)
ひばりはそう決心すると、春巻きにたっぷりのからし醤油をつけて、一切の躊躇なく口の中に放り込んだ。それから少しの間、おいしそうな顔をしてパリパリと快活な音を立てていたひばりだったが、自身の鼻と口に感じる春巻きにはあり得ない強烈な違和感、磯の匂いに気がついた。
(なんじゃこりゃ?)
ひばりは気持ち悪そうな顔をして、口を開いた。開いたひばりの口の中は真っ黒になっていた。
「あら♡ ひばり、また当たりを引いたのね。その春巻き、海苔の佃煮入りの春巻きなの。ひばり、好きでしょ。海苔の佃煮。」
洋子は、ひばりの口元を確認すると、うれしそうに具材の中身を教えた。
「おばべー!(お前―!)」
ひばりは、激高して母親に対して言ってはならない暴言を再度吐くと、おもむろに口の中にあらん限りの白米を放り込んだ。そして、先程と同じように、ほっぺがパンパンになると、その場でバタバタと踊り出した。
その後、しばらくの間バタバタしていたひばりだったが、やがて気道を確保し呼吸を再開できるようになると、徐々に洋子に対する怒りが再度込み上げてきた。ひばりは、テーブルに手をついて勢いよくガバっと立ち上がって洋子の方を指さすと、
「確かに、海苔の佃煮は大好きだとして。それにしてもだよ。適切な分量というのがあるだろう!」
と、真っ赤な顔とまだ少し赤く腫れたタラコ唇で烈火のごとく猛抗議を始めた。確かに春巻きに入っていた海苔の佃煮は、軽く茶碗一杯分以上のご飯が必要になる分量が入っていた。
「あら、ひばり海苔の佃煮好きだから、少し多めに入れすぎちゃったかしら? ごめんね、ひばり。次は気をつけるね。」
それに対し洋子は、ひばりの猛抗議などさほど気にした様子もなく、先程と同じようにニッコリと微笑みながら、軽く謝った。
「まったく。もう」
ひばりは、機嫌が悪いからなのか、それとも唇がまだ少しヒリヒリするからなのか、もしくはその両方なのかもしれないが、唇をツンと尖らせながら、とりあえず洋子への抗議が通ったと思ったのか、イスに座り直すと、大量の水を飲んで、唇と喉を潤した。
(うーん。これは大変な事になったぞ。)
ひばりは、その場で腕組みをし、目を瞑って首を少し傾げると、またもや何かを真剣に考え始めた。これは、先程ひばりがとった行動と全く同じ行動だったのだが、ひばりがやると、なぜかそれが初見のように新鮮に見えてしまうのだから全く不思議だ。ひばりは、がばっと目を見開くと、改めて大皿の上の春巻きを真剣な表情で物色し始めた。それはまるで、桃色の魔法少女が春巻きに対し透視魔法「X-0」をかけているかのようだったが、まあそれはどうでもいい。そして、大皿の上の春巻きを見定めるようにして、しばらくの間、大皿の上に乗った春巻きの周りを箸でツーっとなぞると、意を決したように奥にある春巻きを掴もうとした。しかし、一瞬これじゃない感がして、その春巻きに手を付けるのを止めた。そして、手元にある春巻きを勢いよく箸で掴むと、その春巻きを真剣な表情で見つめ始めた。
(うーん、大丈夫だろうか? 春巻きの中がなぜか少し赤っぽい気がするけど。……。いや、考え過ぎだ。信じろ。自分の決断を。)
ひばりはそう決心すると、春巻きにたっぷりのからし醤油をつけて、一切の躊躇なく口の中に放り込んだ。それから少しの間、おいしそうな顔をしてパリパリと快活な音を立てていたひばりだったが、自身の口と喉に感じる春巻きにはあり得ないすっぱさに気がついた。
(なんなんこれ?)
ひばりは、とってもすっぱそうな顔をして口をすぼめた。
「あら♡ ひばり、またまた当たりを引いたのね。その春巻き、梅干し入りの春巻きなの。ひばり、好きでしょ。梅干し。」
洋子は、ひばりの口元を確認すると、うれしそうに具材の中身を教えた。
「おぱぺー!(お前―!)」
ひばりは、激高して母親に対してまた言ってはならない暴言を吐くと、おもむろに口の中にあらん限りの白米を放り込んだ。そして、先程と同じように、ほっぺがパンパンになると、その場でバタバタと踊り出した。
その後、しばらくの間バタバタしていたひばりだったが、やがて気道を確保し呼吸を再開できるようになると、徐々に洋子に対する怒りが再度込み上げてきた。ひばりは、テーブルに手をついて勢いよくガバっと立ち上がって洋子の方を指さすと、
「別に梅干しが好きな事があるか! 根本的に!適切な分量というのがあるだろう!」
と、真っ赤な顔と梅干しですっぱくなった口で烈火のごとく猛抗議を始めた。確かに春巻きに入っていた梅干しは、大き目の物が種を抜かれて4個程入っていて、軽く茶碗一杯分以上のご飯が必要になる分量であった。
「あら、ひばり梅干し好きじゃなかったっけ? ごめんね、ひばり。次は気をつけるね。」
それに対し洋子は、ひばりの猛抗議などさほど気にした様子もなく、先程と同じようにニッコリと微笑みながら、軽く謝った。
「まったく。もう」
ひばりは、機嫌が悪いからなのか、それとも唇がまだ少しすっぱいからなのか、もしくはその両方なのかもしれないが、唇をツンと尖らせながら、とりあえず洋子への抗議が通ったと思ったのか、イスに座り直すと、大量の水を飲んで、唇と喉を潤した。
と、いうことがこの後何回か続くのが、今回の春巻きパーティの内容だったのだが、
そんな母親と姉のやり取りを横目に、一人マイペースに食事をしていた妹の万智は、そんな二人の様子を静かに観察しながら、心の中で思った。
(それにしても…。ママはママで、通常サイズの春巻きにしたら一口で食べられないし、何個かに切り分けたら、食べる前に中身が何かすぐわかるのに。それに手間なのに、なんであえて一口サイズで春巻きを作るんだろう? それに、なぜかお姉ちゃんが絶対に自分の手元にある春巻きしか取らないってことは知っているはずなのに。――もしかして? 娘がまんまとひっかかる様を見て楽しんでいるのだろうか? そんな悪い事は絶対にできないというような善良そうな顔をして。実は…。)
頭の中でふとそんな考えがよぎると、万智は少しゾッとした顔をして洋子の方を向いた。洋子は、まるで聖母のような純粋で温かな笑顔で、ひばりの事を幸せそうに見つめていた。
(いやいやそんな事は絶対ない。それは私の考え過ぎだ。)
そんな洋子の天使のような笑顔を見て、やさしい母親の事を一瞬でも疑ってしまい申し訳ない気持ちになって、自分の考えを悔い改めた万智は、その時、自分の皿に乗っている春巻きを箸で半分に割った。
「あっ、チョコムースだ。」
万智は、そう呟いて春巻きの中身を確認すると、そのチョコムースの入った春巻きを皿の隅に寄せた。中身がデザート系の具材だったので、最後に食べようと思ったのだ。
続いて、万智はひばりの方を見つめると、
(それにしても…。お姉ちゃんはお姉ちゃんで、なんでいつも春巻きの中身を確認しないで食べちゃうのだろう? こうやって箸で割っちゃえば、食べる前に中身が確認できるのに。それに、私じゃなくてお姉ちゃんが買い物を担当したら、ママの具材のリクエストがわかるので、今回の春巻きパーティの具材がご飯のお供シリーズになることも事前にわかるはずなのに。――もしかして? お姉ちゃんってアホなの?)
頭の中でふとそんな考えがよぎると、万智は恐る恐るひばりの方を向いた。ひばりは、まるで強敵に立ち向かう勇者のように、躊躇なく、また春巻きを一口でパクっと食べると、その後、同じようにバタバタしていた。
(いやいやそんな事は絶対ない。それは私の考え過ぎだ。お姉ちゃんは、ママの挑戦を正々堂々と受けとめる勇敢なチャレンジャーなんだ。だから、春巻きを食べる前に中を見るなんて卑怯な真似は絶対にしないんだ。)
そんなひばりの必死な食事風景を見て、尊敬する姉の事を一瞬でも疑ってしまい申し訳ない気持ちになって、自分の考えを悔い改めた万智だったが、なぜ自分がまず姉に対し、春巻きを食べる前に中身を確認した方がいいよと適切なアドバイスを送らないのか? なぜそうしないのか? 残念ながら、その考えに彼女は全く思い至らなかった。
(いや、単にお前の姉がアホだからだぞ。)
特に万智の心の中が読めるという訳でもないのだが、万智の表情を見て、その心中を察した子犬は、心の中でそう呟いた。
そうこうするうちに、夕食もほぼほぼ終わりになって落ち着いてきた所を見計らって、万智は二人に大切な話を持ち出した。
「ねえ、ところでこの子犬どうしよう?」




