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ひばりは、ただただ可愛げがなく自分にとって迷惑な存在とだけしか思っていなかった子犬の口から、魔法少女に会いに来たという全く予期しなかった言葉を聞くと、ショックのあまり、頭がショートしたかのように、白目を向いて口をパクパクさせながら、その場から一歩も動かなくなってしまった。
昨夜、待ちに待った五色の魔法少女の新シリーズ「マジカルキティ」の第一話が始まって、その第一話が自身の期待値を超える好発進で、翌日、学校で同じ五色の魔法少女好きの同志達との話が盛り上がって、さらにその興奮が膨らんだ状態で、放課後にはナミ、ホタル、ミク、そしてシノの、四人の本物のマジカルキティ達と出会うという夢とは思えない程、体にも心にも今でもしっかりと残っているような、妙に現実感のある夢を見た後で、そして今度は学校帰りの家の前で、なぜか人間の言葉をしゃべる、生意気でやたら態度のでかい謎の子犬にしつこく絡まれるという、生まれてこれまで、中身がない。とまでは言わないまでも、ものすごく薄っぺらい人生を歩んできた彼女にとって、今日一日で起こった一連の出来事連は、完全に彼女の頭と心のキャパシティを遥かに超えるものだったのかもしれない。ちなみに、昨日両親から自分が魔法少女だと告白された件については、ひばりは、それを両親からの単に質の悪い嫌がらせ程度にしか思っておらず、翌朝になると、そのことについてはすっかり忘れており、その件については、現在の彼女の心身の負担からは除外される。まあ、昨日両親から自分が魔法少女だと告白されて、翌日、現実世界で同じ魔法少女であるマジカルキティの四人達を見て、そして今、人間の言葉をしゃべる子犬が目の前に現れて魔法少女に会いに来たと言われれば、これらの事象が、どう考えても紐づいているものだと考えるのが妥当だと思えるものだが、決してそう思わない所が、ひばりがひばりである由縁なのかもしれない。
子犬は、動かなくなってしまったひばりを冷静に見つめながら、うんうんと静かにうなずくと、
「ふむ。確かに私のような常識の外にいる存在と、その星に住む魔法少女たる者が初めての接近を果たした時、それまで自分が生きてきた生活や文化との折り合いがうまくつかないため、ショックのあまり、このようにその場からしばし動けなくなる者も中にはいたような。――ただ、いつもの場合だと、私が人間の言葉をしゃべっている段階でこのような反応を示していたような気もするが…。ふむ。それに、こんな珍妙な反応だったかな?」
と、ひばりの様子を最初の方はどこか懐かしそうに見守っていたが、ショックを受けているのは確かのようだが、ひばりのどこか気の抜けた深刻さを感じない、なぜか維持されたままの面白い顔をじっくりと眺めながら、やがて少し首を傾げた。子犬は、彼女の家の玄関の前で彼女との初対面を果たした時から、これはハズレの魔法少女を引いてしまったのではないかとは思っていたが、その疑念がいよいよ確信に変わりつつあった。
そうしてしばらくの間、動かなくなってしまったひばりだったが、
「あわわわわわ…。」
と、唐突に意味のない言葉を呟いたかと思うと、困り果てた顔、具体的に言うと、体中に大汗をかいて、白目を向き、口をだらしなく開いてよだれを垂らしながら、両手をだらんと前に突き出して、挙動不審に狭い部屋の中をオロオロと右に左に何度も意味不明に徘徊し始めた。
(自分が魔法少女だなんて!)
それは、彼女が物心ついた頃から長年切望してやまなかったことだったのだが、それを受け入れる心の準備も何もできていない段階で、(というか、心の準備を終えた段階で聞かされるような話でも別にないのだが、)あまりにも唐突に、しかもそれを子犬の口から聞かされたのであっては、別に彼女でなくとも、そうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
子犬は、下級ゾンビのように部屋の中をあてどなく彷徨っているひばりを静かに見つめながら、この魔法少女は、もしかすると(悪い意味で)自分の想像以上なのではないかと思い始めた。そして子犬は、このような、とても平静であると言えないような状態の今の彼女と話をしても仕方ないと考え、
(でも、まあなんとかなるか。)
と、頭の中で一人呟くと、彼女の興奮がある程度収まるまで、とりあえずしばらくの間は待つことにした。
ひばりは、部屋の周りをその後も無意識に徘徊し続けていたが、しばらくすると、少しずつ意識が戻ってきた。
(えっ!? 私が魔法少女!? そんな…。私、今まで魔法少女になりたいってずっと思ってきたけど、いざ自分が魔法少女になるって時なのに、私! 実際に魔法少女になったら、どうしようかって、あまり考えてなかった! まさにノープランだった。 えー!? どうしよう! うーん、とりあえず桃色の魔法少女だったら空でも飛んでルーシー達に見せびらかしてみようか? ………。えっ!? 私、ところで何色の魔法少女なんだろう? ていうか、私、そもそも五色の魔法少女とかみたいな感じの魔法少女なんだろうか? ていうか、そもそも魔法少女って私のことなんだろうか?)
そう言えば、この子犬は魔法少女に会いに来たとは言っていたが、それが自分のことだとは決して言っていない。もしかすると、これは私の早合点で、実は魔法少女って誰か他の人のことであって、ぬか喜びしちゃったりして、それで後になって大きくショックを受けちゃうかもしれない。それに、こういうパターン、私にはよくある事だし。
ひばりは、頭の中でそう考えると、徘徊をピタッと停止した。そしてゆっくりと顔を子犬の方に向けると、少し震えながら、そして緊張した様子で、
「あっ、あ、あのあの、ま、魔法少女って…もしかして、私の事?」
と恐る恐る子犬に確かめてみた。
「ふむ。もちろんお前のことだ。」
子犬は、その後に「残念ながら。」をつけ加えようかと思ったが、とりあえず今回はやめておくことにした。
「えっ!? 私が!?」
ひばりは、自分が聞いておいて、子犬に改めてそう答えられると、まさか!というような衝撃を受けた表情を瞬時に顔面に描くと、
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼー!!」
と、両手で口を押さえ、意味のわからない奇声を叫びながら、その場をくるくると何回転もすると、膝から地面に倒れ込んで、頭を抱えると、しばらくその場から動くことができなくなった。
子犬は、半ば呆れながらも、そんな三度行動不能に陥ったびばりが回復するのをとりあえずは待つことにして、ひばりの部屋を床の上から上下左右180度ぐるっと見回してみた。部屋の全体がピンク、という訳でもなく、所々に一部、緑や白や黒のインテリアなどが配置されていて、実際にはおよそ80~90%程度がピンク色に統一された部屋は、どうしても中途半端感が否めず、どうせやるなら徹底的にピンク一色に統一しろと言いたくなるような残念な印象があり、その中途半端さのせいか、一面ピンクで統一された部屋よりも、より一層居心地の悪さが強調されているような気がする。そして、部屋の隅々には過去10年位前までに登場した五色の魔法少女達のグッズやフィギュアなどがセンスなく飾られていた。
(なるほど。この少女は五色の魔法少女のことが好きなのだな。)
子犬は、この少女がたまたま五色の魔法少女の大ファンであり、特に桃色の魔法少女のことが好きであることが理解できた。次に子犬は机の上に置かれていた黄色の宝石PS(フィロソファーズストーン)の存在を確認した。PSは、先ほどひばりが見た時と同様に、黄色く光り輝いていた。子犬はそれを見ると、長い間探し求めてきた魔法少女をとうとう発見することができたことを実感し、少しホッとした。
(この目の前にいる黄色の魔法少女は、恐らく魔法少女としてのその資質は恐ろしく低いような気がするが、それでも、まあ魔法少女が見つかった事は事実のようだし、この場所に魔法少女がいることがわかれば、他の五人の魔法少女も近くにいることは確実であろう。実際に戦力としては、残りの五人の魔法少女達に頼れば、特に問題はないだろう。何はともかく、私の魔法少女が数千年振りに誕生したことを考慮すれば、この少女の私への功績は計り知れないものなのだから。黄色の魔法少女がアホだろうと、多少不測の事態が起こったとしても、まあ、なんとかなるだろう。)




