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「もう! ママったら今日は春巻きパーティだっていうのに、肝心の春巻きの皮を買い忘れるなんて。」
相変わらずの母親の行動に、少し呆れた表情をした万智は、少しため息を吐くと、歩きながら、そう独り言を吐いた。
万智は、地元の中学から家へ帰る途中に、母親の洋子から連絡が入り、急遽スーパーに寄って春巻きの皮を買って、今は再び帰路についている所だった。ちなみに、支子家の春巻きパーティとは、通常の春巻きの具材の他にも、同じ中華であるエビチリやクリームチーズ、変わり種としては、塩辛やチョコレートムースなんていうのもあったりして、支子家ではそれなりに好評を博しているのだが、問題なのは、洋子がこれらの具材を分けずに一緒くたにして食卓に提供してしまうため、普通の春巻きなのか甘いのか辛いのか、春巻きの中に何が入っているのかわからず、春巻きを口に入れる瞬間に少し勇気が必要となるなど、一種の闇鍋的要素が加わってしまう点である。その他にも、皮を餃子の皮に変更したバージョン違いの餃子パーティというのもあるが、単に皮が変わっただけで中身は特に変わらない。
「でもよかった。今回は料理する前に気づいてくれて。」
万智は、もう一回そう独り言を吐くと、その場でにっこりと微笑んだ。
万智は、母親が今日の献立を作る時に、具材や調味料など料理の要となる食材を買い忘れることなど日常茶飯事で、もはや慣れっこだったため、実は今日は料理する前の早い段階で気づいてくれたことに、むしろラッキーだと感じていたくらいだった。万智は、春巻きの皮の他にも、ついでに今日の夕食に必要となりそうな具材なども何点か買っておいた。おそらく母親の洋子のことだから、春巻きの皮以外にも具材の方も色々と買い忘れていることだろうと思ったからである。しかも、大体こういう時の万智のおせっかいというのも、ほとんどの場合が当たってしまうというのだから、洋子の抜けっぷりというのも相当なものである。それに対し、そんな母親の常日頃の行動を完璧にフォローしているのだから、万智の方は相当なしっかり者である。
万智は、支子家の二人姉妹の次女であり、現在は地元の中学に通う中学3年生の女の子である。長女である高校2年生のひばりとは2個下でありながらも、身長はすでに姉より少し高く、顔もひばりに似ているが、どこかボーっとして間の抜けた顔をしている姉とは違って、引き締まったシャキッとした顔をしている。おまけに髪も長くて、中学生ながらにどこか大人びた雰囲気がする彼女にはよく似合っている。初見で姉妹に会った人は、どちらが姉でどちらが妹なのか、100人いれば100人とも必ず間違えるはずだ。実は万智本人としては、もしかすると自分も姉や両親のように気楽に生きてみたいと思ったのかもしれないが、自分が生まれた時に、すでに父親である耀司、母親の洋子、そして姉のひばりの支子家の三人が、揃いに揃ってかなり抜けた人間であったため、家族の中で最後に生まれた自分が必然的に三人のフォローを担当する運命にあったのである。
万智は、通学用のカバンを右肩に、さっき買ったばかりの食材が入った愛用のエコバッグを左手に持ちながら、道路の角を曲がると、やがて自宅の前に到着した。万智は家に入ろうと正面玄関を見据えた時、自宅の正面玄関の前を小さな子犬がじっと立っているのに気がついた。
「あれ? 子犬だ。」
万智は、なんで家の前に子犬がいるんだろうと、不思議そうな顔をしながら子犬の前に近づくと、子犬の方も万智の存在に気づいてハッとした顔をすると、二三歩万智の前に進み出た。万智と子犬はしばし互いを見つめ合うと、子犬はウーとかワンとかかんとか言って、四肢を踏ん張って必死に何かを訴えるような素振りを見せた。
そんな子犬の必死な様子を見て、万智は何かをくみ取ってあげようと、ムーっとした真剣な表情で子犬のことを観察していたのだが、しばらくすると、
「かわいそうに。飼い主とはぐれちゃって心細いんだね。」
万智はそう言うと、同情するような顔をして子犬を見つめた。すると子犬は、そんな万智の反応を受け、頭を落とし、明らかに失望するような素振りと表情を示した。
「あれ? 違うのかな?」
察しのいい万智は、子犬の明らかにがっかりした様子を見て、再びじっくりと考え込んだ。しばらくすると、万智は何か思いついたようでハッとした顔をすると、
「あなた、もしかするとお姉ちゃんに用があるの?」
と、探るような顔をして子犬に話し掛けた。すると子犬は、万智のその発言を受けて、尻尾を振りながら四肢を踏ん張って万智の言葉に賛同するような素振りを見せた。
万智は、そんな子犬のリアクションをまじまじと見ながら、
「うーん、自分で言っておいて意味がわからないんだけど。――だけど、なんか間違ってないような気もするな。でも、なんでお姉ちゃんに用があるんだろ?」
万智は、難しい顔になって少し考えたが、そんなこと考えた所でわかるはずもない。
「うん。考えても仕方ない。ところで多分あなたお腹空いてるよね。牛乳でも入れてもってくるから少し待っててね。」
そう言って子犬に微笑みかけると、万智は家の中に入った。そして、台所に行って母親に買ってきた食材を渡すと、冷蔵庫を開けて中から牛乳を取り出し、小皿に薄めた牛乳を入れると、再び子犬の所へと向かった。
「あれ?」
万智は、玄関のドアを開け、さっき子犬が立っていた辺りを見たが、すでにそこに子犬の姿はなかった。万智は、ひとまず玄関のドアの前に牛乳を入れた小皿を置くと、庭の中や近所の辺りを一通り探し回ってみたが、やはり子犬の姿はどこにも見当たらなかった。
「多分飼い主の人に見つけてもらって連れて帰ってもらったのかな?」
万智は、そう言って一人納得すると、念のため小皿はそのままにしておいて、再び家の中に戻った。
そして、それから大体30分くらいが経った頃、ひばりは、駅から降りてプル達3人とも別れ、今は一人自宅への帰路に向かっている所だった。
ひばりは、放課後に起きた一連の出来事のことが今でも鮮明に記憶に残っており、一人になって落ち着いた今、突然プル達三人が白黒になってしまってから、ナミ達4人のマジカルキティと出会った事、そして意識を失い教室で目を覚ますまでの一連の出来事を思い出しては一つずつ振り返っていた。あれはアニメの世界だけの話なんだから、もし万が一本当に魔法少女がいたとしても、さすがにマジカルキティ達が現実の世界にいないってことくらいは、さすがのひばりであっても理解はしている。廊下で派手にコケて、あれだけ大きな怪我を負っていたはずなのに、なぜか顔面が腫れて少しヒリヒリする他には、今はキズ一つないことから考えても、あれらの出来事は全て夢でしかなかったはずなのだが、それに反し、あの時感じた興奮や心や体の痛みの感覚を今でもはっきりと覚えており、気持ちはいまだふわふわしたままだった。
だが、しばらくすると、ひばりは考えることが面倒くさくなってきた。そして、その場に立ち止まると、
「うん。考えても仕方ない。もし放課後の出来事が現実だったとしても、大体こういった伏線が回収されるのは、しばらく時間が経ってからなのが定番だし、それよりは今日の春巻きパーティのことを考えることが先決だ。」
ひばりは、そう言って一人納得すると、それ以降、放課後の出来事のことなんかすっかり頭から消えてしまい、それからいつもの元気と笑顔を取り戻すと、再び家への帰路へと向かってゆっくりと歩き出した。
ちなみに、どうでもいいことだが、なぜひばりが今日の春巻きパーティのことを知っているのかというと、母親の洋子がスーパーから帰ってきて夕食の準備をしようと台所にて春巻きの皮を買い忘れていたことに気づいた時に、万智の他にもひばりにも同様の連絡を入れていたからである。なぜ洋子がそんな意味不明なことをするのか全く理解できないが、支子家ではこういうことが日常茶飯事であり、今さら考えた所で意味はない。そしてその結果として、万智は春巻きの具材を買って帰り、ひばりは当然のように春巻きの具材を買っていない。これが正解であり、支子家にとっては、これが至って通常運転なのである。
ひばりは、いつもの桃色の魔法少女のバックパックを背中に担いで、ガチャガチャさせながら道路の角を曲がると、やがて自宅の前に到着した。ひばりは家に入ろうと正面玄関を見据えた時、自宅の正面玄関の前をなぜか小さな子犬がじっと立っているのに気がついた。
「あれ? 子犬だ。」
すると、子犬の方もひばりの存在に気づいたようで、ハッとした顔をすると、二三歩ひばりの前に進み出た。ひばりはその子犬を見た瞬間、理由はわからないが、とにかくとてもイヤな予感がした。この子犬に関わってしまうと、なぜかロクなことにならないような気がする。大体こういった時のひばりの第六感はよく当たるのだ。
ひばりは、その子犬と目が合った瞬間、その子犬に対し、一瞬露骨にものすごくイヤそうな表情をしたが、素早く普段の表情に戻すと、首を玄関の方に向けた。子犬は、なおもひばりの方をじっと見つめていたが、ひばりの方は、できるだけ子犬と目が合わないように、あたかもその場に子犬がいることに最初から気がついていないような振りを演じ、子犬のことを無視してそのまま家の中へ入ろうとした。そして、玄関のドアの取っ手に手を掛けたその瞬間、
「ふむ。お前が魔法少女か。ずいぶん長い間探しておったぞ。」
という、可愛らしいが、どこか威厳に満ちた声が後ろから聞こえてきた。




