5 (1-2) 改訂
「あれ? なんでだろう?」
ナミは、想像していた宇宙人的なものとはあまりにもかけ離れた、地球にもいるかわいらしい生物が中に入っていたので、拍子抜けしてしまった。でも、すぐに気を取り直すと、眠っている様子の子猫をじっくりと観察しだした。
「寝ているのかな? それとも……もしかして……?」
ナミは、恐ろしい事を想像し少しゾッとしながらも、勇気を出して右手を伸ばすと、子猫にそっと触れてみた。子猫はひんやりとしていた
(それに、猫にしてはちょっと硬いみたい。もしかして、ちょっと凍ってるのかな? でも、多分だけど生きているみたいだ。でも……どうしたらいいんだろう?――うん。とにかくしばらくはそっとしておいた方がよさそうだ。――それにしても本当に美しい毛並み。この子猫、地球にいるアメリカンショートヘアにしか見えないけど、本当に宇宙から来た宇宙猫なのかな? まだ生後2,3カ月くらいなのかな? それに、首元に添えられた水色のリボンがよく似合っている。この子猫、本当に家族に大切に育てられてきたんだろうな。いつまでも飽きずにずっと見てられる。)
「あれ?」
ナミは、子猫の目をよく見ると、閉じた両目の周りだけが少し凍っていることに気がついた。恐らくこの子猫は、この宇宙船に乗る前にすごく悲しい出来事があったんだろう。それで宇宙船の中でもずっと泣いていたので、その周りだけが凍りついてしまったのだろう。
「きっと悲しいことがあったんだね。でも、もう大丈夫だから。」
ナミは子猫を見つめながら、自分がこの子を引き取って、これからはずっと一緒にいてあげようと心の中でそう決めていた。
それからナミは、静かにして5分程待っていると、ようやく子猫に変化が起こってきた。まず、体全体がピクピクと痙攣したように動き出すと、次は体全体がリズムよく波打ってきた。徐々に生命活動を再開し始めたようだ。ようやく呼吸を開始し、体全体にも血液が巡ってきたように見える。ナミは、その様子を間近で眺めながら、だんだんうれしくなってきた。次は目を開けるのかな? などと思いながら、ワクワクして待っていると、クッションの奥から、突然ピョコンと尻尾が空に向かって真っすぐに伸びた。長い! それにしても長い。普通の猫の軽く2倍はありそうだ。
「うわあ。すごい尻尾。」
ナミは、子猫の長くて立派な尻尾を見て、この子猫、ぱっと見ると普通のアメリカンショートヘアに見えるけど、やっぱり宇宙から来た宇宙猫なんだと実感した。ナミは、引続きピンと張った子猫の尻尾に注目していると、突然子猫の尻尾が動き始めた。その長い尻尾は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、せわしない動作を繰り返していた。尻尾の先で何かを掴もうとするかのように、どこか必死の様子だった。
「何か夢でも見てるのかな?」
ナミは、子猫の尻尾を目で追いかけながら、その動きを温かい目で見守っていた。そして、それからしばらく見ていると、突然尻尾の動きがピタッと止まり、ぽとっとクッションの上に落ちた。と同時に、子猫が大きく目を見開いた。すると子猫は、自分の事をずっと眺めているナミと目が合った。そして、そのまま数秒間、二人はお互いをじーっと見つめあった。
すると、子猫は安心した様子で再び目を閉じると、
「なんだ。また夢だったんだ。じゃあもう一回寝―よおっと。」
と言って、また眠りに入ろうとした。
「夢じゃないから!」
子猫は、再び目を瞑っていると、その時、耳元から大きな声が返ってきた。
(あれ? 夢じゃないの?)
子猫は、不思議に思いながらもう一度目を開けてみた。すると、先程と同じように、ウラネコでもロボットでもない故郷では見た事のない生物が、こちらを見てニコニコと笑っている。
「ここはどこ?」
ミカはクッションに寝ころんだままで、少しウトウトしながら、自分に話し掛けてきた生き物に聞いてみた。
「ここは地球よ。」
「ち、きゅう?」
「そう、ここは地球よ。ようこそ地球へ。かわいい子猫さん。」
「地球……。あなたは誰?」
「私? 私は日乃彩ナミって言うの。あなたは?」
「私? 私はミカ。パパとママは科学者で、ロボケット……」
そこまで言った瞬間、彼女の記憶が鮮明に蘇った。つい先程、パパとママと悲しいお別れをしたことを。あれから、実際にはどれくらいの時間が流れたのかわからない。でも、彼女にとって、それはつい5分程前に起きた出来事であった。あれはやっぱり夢じゃなかったんだ。
「あーん! パパー! ママ―!」
突然、子猫は泣き出してしまった。
ナミは、突然の出来事に最初はすごく戸惑ってしまったが、すぐに気を取り直すと、子猫と同じように涙を流しながら、子猫をそっと持ち上げた。
「大丈夫だから。もう大丈夫だから。ねっ。」
そう言いながら、やさしく子猫を抱きしめた。子猫も、泣きながら長い尻尾をギュッと彼女の背中に絡めた。
その時、ミカの首元のリボンの五色の丸い宝石の右端の赤い石が、薄っすらと光り輝いていたのだが、二人は共に目を閉じて泣いていたので、その事には気がつかなかった。
その後もしばらく二人は抱き合っていたが、やがて子猫は少し落ち着きを取り戻すと、『伝説の五色の魔法子猫達』に会うために故郷の惑星ウラニャースを代表してこの星に来た自分が、その立場も忘れて、この星の人前で急に泣いてしまったと思うと、とても恥ずかしくなってきた。今更ながら、しっかりした所を見せなければと思い、スルッと彼女の手から抜け出すと、地面にピタっと着地した。そして、子猫は姿勢を正してコホンと息を整えると、
「ごめんなさい。少し取り乱してしまいました。私は、惑星ウラニャースという所からやってきました、猫類の誇り高きウラニャースショートヘアのミカと申します。実は、今ウラニャースがとても大変な事になってまして……。それで私の両親、それとDr.ネコボットさんがこの宇宙船を作ってくれて、私のパパとママ、あっ! じゃなくて両親はロボケット工学が専門の科学者で、それで私を乗せて、ウラニャースのウラネコ達を救ってくれるという『伝説の五色の魔法子猫達』を探しにこの星まで来たんです。あの……すみませんが、あなたは『伝説の五色の魔法子猫達』がどこにいるかご存知でしょうか?」
「で……伝説の五色の魔法……子猫達?」
ヒノイロナミという、種族でいう所の人類の、性別でいうと多分女の子が、ものすごいキョトンとした顔で聞き返した。
「そうです。『伝説の五色の魔法子猫達』です。ご存知でしょうか?」
伝説の五色の魔法子猫達というくらいだ。この地球という星でも、ものすごく有名なのだろう。
ミカは、期待に胸を膨らませながら、彼女の返事を待った。
「いえ、知らないけど。」
「え――っ!? なんで!?」
ミカは、そう叫ぶと、目が飛びでるかというくらいに驚いた。
(どうしよう。『伝説の五色の魔法子猫達』というくらいだから、彼女達の住んでいる惑星でも、誰でも知っている位ものすごく有名な猫なんだと思ってた。だから、惑星に降り立って、その星に住んでいる猫達に彼女達の事を聞いてみたら、すぐにでも彼女達の居場所を教えてくれるのだとばかり思ってた。でも、こうなってしまったら、もはやノープランだ。それに、今話しているのは猫類ではなく、かつてウラニャースにも生息していたといわれる人類だ。お家にある本でも見たことがあるから、多分間違いない。だったら、この惑星にいる猫達は一体どこにいるのだろう?)
ミカは、恐る恐るナミに聞いてみた。
「あの……この地球には猫はいるのでしょうか?」
「うん。いるわよ。」
ナミの返事を聞いて、ミカはパーッと笑顔になった。なんだ、やっぱりいるじゃない。心配して損した。
「でも……あなたみたいにしゃべらないわよ。」
「え――っ!? なんで!?」
ミカは、驚きのあまり四本の足を真っ直ぐにしたそのままの姿勢で、ピョーンと空中に跳ね上がった。
(どうしよう。この地球にいる猫類は、もしかするとウラニャースの猫類程には進化していないのかもしれない。)
「あの。」
(言葉がしゃべれないようだったら、地球の猫達と、どうやってコミュニケーションを取ったらいいんだろう? 交渉事ならパパとママが得意だけど、私はそんな事やったことがないし。)
「あの。」
(それにこの地球を支配しているのは、猫類ではなく、どうやら人類のようだ。だったら、猫類は一体どこで暮らしているのだろうか? とにかく猫類が生息している猫コミュニティの中に入り込んで、『伝説の五色の魔法子猫達』の情報を手に入れなきゃ……)
「あのー!!」
ナミが今度は大声でミカに呼び掛けた。
「はい!?」
ミカはビクッとした。彼女は頭の中でずっと考え事をしていたため、さっきからナミにずっと話掛けられている事に全く気づいてなかった。
「あの……あのね、あなたが地球に来たばかりで、何か色々とすごく驚いているその気持ち、私にもよくわかるよ。でもね……私の方もすごくビックリしてるんだよ。裏庭に行ってみたら、見た事もない宇宙船みたいな物が置いてあるし。やっと中が開いたと思ったら、かわいい子猫のあなたが眠っているし。それで目が覚めたと思ったら、あなたは猫なのに急にしゃべりだすし。さっきも言ったけど、地球の猫はしゃべらないんだよ。それに……『伝説の五色の魔法子猫達』だっけ? 私の方も話についていくので精一杯なんだよ。」
ナミは、ミカに対して少し諭すような口調で言った。
「……そうだね。」
ミカは、パパとママにやさしく叱られている時のような感じがして、少しシュンとした。
「だから……これからゆっくりとお互いの事について話しよう。ね! そうしよ。それに……こんな所じゃなんだから、とりあえず今から私のお家まで一緒に帰ろ。」
ナミはいつもの笑顔になると、ミカに提案した。
「えっ? いいの?」
ミカの目が、ぱあっと輝いた。
「もちろんいいよ。歓迎するよ。それに明日から春休みだし。しばらくはずっと一緒にいられるよ。……でも、この宇宙船どうしようかな?」
「うーん……パパの休日にお願いして、車に積んで運んでもらおうかな?」
ナミは、宇宙船の前をグルグルと徘徊しながらブツブツと独り言を言っていた。
ミカは、そんなナミの様子を最初はじっと見ていたが、トコトコと宇宙船の前まで来ると、
「ちょっと待ってね。」
今度は自分で宇宙船をじっくりと調べ始めた。そしてしばらして、
「なるほど。」
とだけ言って少し顔を上げると、ミカの目の前に透明なスクリーンが浮かび上がった。そして、ミカは尻尾でそのスクリーンに向かってパチパチとタッチし始めた。
「えっ!?」
ナミは、目の前に繰り広げられている光景を見て、しばしあっけにとられた。
(さっきまで、おしゃべりができるかわいらしい子猫としか思えなかったのに……。でも、考えてみたらそうだよね。こんなコンパクトな宇宙船を作って地球まで来れるくらいだから、ミカの故郷の惑星は、当然地球なんかより相当科学文明が進んでいるんだろう。)
そう思いながら、しばらくミカの様子を後ろから見ていると、突然宇宙船が1mくらい空中に浮き上がった。
「うん。この宇宙船操作できるよ。」
そう言うと、ミカは当たり前のような顔をして、後ろを振り返った。
「……そうみたいね。」
ナミは、驚きのあまり、それ以上声が出なかった。
「それじゃ、行こうか。」
「……ええ。」
ナミとミカは、ナミを先頭に縦になって裏庭を下っていった。そしてミカの後ろには、1m程空中に浮いた宇宙船がフワフワとついてきていた。学校のグラウンドに戻る道中、ナミは、何度も後ろを振り返っては宇宙船の存在を確認すると、その度に困ったような顔をした。
ナミは、しばらくすると、困り果てた顔をして「う――ん。」と長く唸ると、急にその場に立ち止まった。
「ごめん! ちょっと待って! 早い! 早すぎるの、その宇宙船! 私達には!」
「え? 何が?」
ミカは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「実はね、地球はあなた達の星程には進歩してないの。だから……今あなたと一緒にその宇宙船をつれて街を歩けば大騒ぎになるわ。」
「え? そうなの?」
ミカは驚いた。ここは『伝説の五色の魔法子猫達』がいる星だ。当然科学文明も、ウラニャースくらいには発展しているのだろうと思っていた。だったら、この地球という星は、昔のウラニャースのように魔法文明が栄えているのだろうか?
「それに言っておくけど、この地球には魔法なんてないわよ。」
「え――っ!? なんで!?」
ミカは、先程と同じように、驚きのあまり四本の足を真っ直ぐにしたそのままの姿勢で、ピョーンと空中に跳ね上がった。と同時に、ミカの目の前にあった透明のスクリーンが消えると、宇宙船が操作不能になって地面にドスンと落ちた。そして宇宙船は、そのままコロコロと地上に向かって転がり落ちていった。
「あっ! 危ない!」
そう叫ぶと同時に、ナミは宇宙船を追いかけようと坂道を駆け下りだした。
「えいっ!」
その時、後ろからミカが叫ぶと、地面に転がっていた宇宙船はピタッと動きを止めた。そしてフワフワと浮かび上がると、ゆっくりと二人の元へと帰ってきた。
「ふー……危なかった。」
ナミはホッとすると同時に、この子としゃべる時はあまり驚かせちゃいけないと思った。そして気を取り直すと、
「そんな訳で……この宇宙船はあまり人前に出す訳にはいかないの。だからこの宇宙船は、パパの休日にでもお願いして改めて引き取りに来ましょう。それまでは……申し訳ないけど、一旦どこかに隠しておきましょう。」
ナミは、申し訳なさそうな顔をしながら、ミカに提案した。
「うーん……。」
ミカはその場で少し考えると、
「うん。それじゃ……夜になったらあなたのお家からこの宇宙船を遠隔操作するから、あなたのお家のお庭にでも置かせてもらっていい?」
と、ナミにお願いした。ナミはニッコリと笑うと、
「もちろん! それでいいよ。……それと、これから私の事はナミって呼んでね。」
「うん、わかった! そしたら私の事はミカって呼んで。」
「うん、わかった!」
二人はお互い目を合わせると、その場でフフッと笑いあった。