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その時、ひばりは夢を見ていた。――それは幼き日の記憶。あれはいつ頃のことだっただろう? よく覚えてないが、あれは今日と同じような夕暮れ時で、暖かい太陽の光が気持ちのいい、いつもの日常の一ページのことであった。塗装の禿げたピンクのタコの遊具が印象的な家の近所の公園で、プル、ミア、ルーシー、そしてひばりの四人で魔法少女ごっこをしている。
あの頃から変わらず、プルは赤色、ミアは青色、ルーシーは緑色、そして私は黄色。―――えっ!? 黄色!? なんで私が黄色なの? 私が桃色以外の魔法少女になるなんてありえない! 私、小さい頃からずっと桃色一筋のはずなのに…。
――あっ! そうか! 思い出した。確かあれは私達が小学3年生くらいの頃だっけ? つかさが地元のバスケットボールクラブに入ることになって、それから段々つかさが私達の遊びに来れなくなってきちゃって。それで、つかさが来られない時、魔法少女が四人だけだとなんだか締まらない感じがしたんで、私が桃色の他に黄色の魔法少女も兼務するようになったんだ。そうか。私、黄色の魔法少女だったことがあるんだ。つかさが初代黄色の魔法少女だったから、そうなると私は二代目黄色の魔法少女になるのかな?
あの時、つかさったらバスケの方が忙しかったのに、無理して私達の所にも来てくれてたんだよな。でも、つかさにクラブのこと聞いた時、つかさいつもすごくうれしそうにクラブのこと話してたよな。この前は先生に褒められたとか、クラブに入ってすぐなのにもう試合に出してもらったとか。つかさは背も高かったし、運動神経もすごくいいから、クラブの方でも相当期待されてるんだろな。――そう。それで私言ってやったんだよ。
「つかさ。バスケすんのが楽しくて楽しくて仕方ないんだったら、今は無理して私達の所に来なくていいよ。その代わり、今はバスケの方を精一杯がんばりなよ。私達も精一杯つかさのこと応援するからさ。でも、バスケのこと精一杯やりきったな、もう満足だよって思ったら、その時はお願いだから絶対私達の所に戻ってきてよ。それまで私達待ってるからさ。」
あの時は私、他の三人に何の相談もしないで、いつものように勢いで勝手に一人言っちゃったんだけど、でも、他の三人も私の意見に賛成してくれて、つかさも最初は遠慮してたんだけど、最後はバスケの方がんばるって言ってくれて。――そういやつかさ、高校生になった今もバスケに夢中で、見た感じだと全然やり切ったって感じもないなー。私達も約束通り今も魔法少女ごっこを続けてるけど、つかさ、いつか私達の所に戻ってきてくれるのかなー?
そうそう、それでつかさが完全に来なくなって、しばらくの間は私が桃色の他に黄色の魔法少女も兼務してたんだけど。でも、だんだん面倒くさくなってきて、それで黄色抜きで遊ぶようになったんだった。でも、今はそれの方が私達四人にとっては自然だけどね。
でも、小さい頃の私、桃色の魔法少女と黄色の魔法少女、二人とも器用にこなしてるな。もちろんベースは桃色の魔法少女のコスチュームなんだけど、場面に応じて黄色いスカーフを巻いたりなんかして、うまく一人二役を使いこなしてるな。ホント、できるんだったらあの頃の自分にほめてあげたい気分だよ。
「おや?」
その時、黄色の魔法少女の方を演じていた幼きひばりは、不意に木陰の側から自分達の遊びをじっと見つめている同年代くらいの少女を発見した。ひばりは彼女の存在に気づくと、一目散に木陰にいる彼女の元へと駆けつけた。その少女は、たまたま公園の側を通りかかった時に、ひばり達四人がかわいい衣装を身にまとい、すごく楽しそうにおもちゃの棒を振ったりしているのを見て、この娘達一体何をしているんだろう?と興味が湧いて、思わず覗いていたのだった。
少女は、ひばり達の魔法少女ごっこを陰からこっそり見ているだけだったのに、その中の一人の少女がいきなり自分の目の前までやってきたものだから、ビックリするやら、勝手に魔法少女ごっこを見ていたことを怒られるんじゃないかと思い内心ビクビクしていた。
「あ、あの…。」
少女は、思わぬ事態に顔を真っ赤にして俯きながらも、必死にひばりに対し何かその場にふさわしい言い訳を探そうとした。
「ねえ、あなた私達と一緒に魔法少女ごっこしない?」
ひばりは、そんな恥ずかしそうにモジモジしている少女のことなんかお構いなく、いつもの屈託のない笑顔で少女に話し掛けた。
「えっ…?」
少女は、ひばり達の遊びを勝手に見ていたことを怒られるのかと思っていたのに、このひばりの予期せぬ発言に戸惑った。
「ちょうど黄色の魔法少女がいなくって困ってたんだよ。」
ひばりとしては、ちょうどつかさがいなくなったこのタイミングで、自分達の魔法少女ごっこを興味深そうに眺めている少女を発見し、新たな黄色の魔法少女が入ってくれればワンチャンラッキーだと思ったのだ。
「………。」
それに対し、少女はどう答えたらいいのかわからなくて、再び顔を真っ赤にしてしばらく俯いたままだった。
「どうする? やる?」
ひばりは、そんな少女の感情の機微など一切気づかずに、腰をかがめて下から少女の顔を伺うように覗き込むと、自分の(都合のいい)話を続けた。
「う、うん…。やる…。」
少女は、やはり顔を真っ赤にして俯いてたままだったが、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、必死にそれだけをひばりに伝えた。
「やったー! これでまた五人揃った。――ところで、あなた五色の魔法少女のアニメは観たことあるの?」
ひばりは大喜びになって、その場で一旦両手を挙げてバンサイすると、次いで少女に質問した。
「ご、ごめんなさい…。私…、」
すると、少女はすごく申し訳なさそうな表情をしてひばりに謝った。実は、彼女はアニメ「伝説の五色の魔法少女」シリーズのアニメを一度も見たことがなかった。だからこそ、ひばり達四人が一体何をしているんだろうと興味をもったのだった。
「ううん、別に観てなくても全然いいよ。私があなたに黄色の魔法少女のこと全部教えてあげるから。」
ひばりは、自分と同じ年頃の少女が、まさか五色の魔法少女のことを知らないだなんて、あまりにも意外に感じたが、逆に、熱狂的な五色の魔法少女好きで、好きなキャラが自分と同じ桃色で被って競合してしまうよりは、むしろ五色の魔法少女のことを何も知らない方が、黄色の魔法少女好きになってもらえるかもしれないので、その方がいいと思った。
「あ、ありがとう…。」
「うん。ところであなたのお名前は?」
「……。」
「よし! じゃあ早速他の三人の魔法少女のこと紹介するね。おーい!みんな!新しい黄色の魔法少女が入ったよ!」
ひばりは、魔法少女ごっこを抜け出して、急に木陰の方に走り出していったひばりと少女のことをあっけにとられてポカンと見つめていた三人の方を向いて大きく手を振ると、再び三人の元へと駆け出した。そしてひばりの後ろから、少女が遅れてそれについてきた。
そうだ!思い出した! つかさが私達の所からいなくなって、それから私が黄色の魔法少女を兼務するようになって、その後すぐに三代目の黄色の魔法少女が入ったんだった。あの娘、名前なんて言ったんだっけ? え――っと―――
「お願いひばり! 起きて!」
「おい! どうしたんだよ、ひばり!」
「ひばり。こんな所で寝ちゃ風邪ひくよ。」
その時、上の方から、自分のことを必死に呼ぶ声がひばりの耳元に聞こえてきた。
ひばりは、はっと目が覚めると、がばっと半身起き上がった。すると、目の前をプルとミアとルーシーの三人が心配そうな表情で自分のことを見つめていた。
「あれ?」
ひばりは、キョロキョロと周囲を見渡すと、自分が今2年D組の教室の中にいて、自分がなぜか今まで教室の床の上に、仰向けに寝転がっていたことに気がついた。そして今、教室には自分達四人以外には、もう誰もいないようだ。ゆかりと詩叙の二人も、異変が終わるとともに用事がなくなったので、とっくに帰ってしまっていた。
「もー、ひばりったら私達と話してる時に急にいなくなっちゃったと思ったら、いきなり教室の床の上で寝てるんだから、本当ビックリしちゃったよ。」
「ホント、いきなり寝る奴があるかよ。俺も気づかずに危うくひばりの顔踏んづけちゃうとこだったぞ。」
「ひばり、体なんともない? もし何か悪い所があったら言ってね。」
三人は、ひばりがようやく目を覚ましたことにホッとすると、三者三様でひばりに話し掛けた。
三人は、話の途中に、急に視界からひばりの姿が見えなくなって、慌てて辺りをキョロキョロと見渡して、ひばりを探している時に、偶然ミアが何かを踏んづけてしまい、下を見ると、それがひばりの顔面だったので、思わず「うわっ!」と大声を出した所で、実はひばりが地面に寝ころんでいることに気がついたのだった。
「…うん。ごめん、大丈夫。」
ひばりは、三人にそう簡潔に答えると、自分の両手両足をじっくりと見てみた。
(あれ? 怪我してない。それに、どこも痛くないや。)
ひばりは、不思議そうな顔をして自分の両手をまじまじと見つめた。
すると、そんなひばりの様子をルーシーが心配そうな顔をしながら、
「ひばり。もし私達が白黒になったらどうなるか試してあげるって言って急にいなくなっちゃったから、本当に試そうとしてどっかに駆け出して行っちゃったのかと思ったよ。」
と、少しホッとしたように冗談まじりに話し掛けた。
すると、ひばりは急に何かを思い出したかのようにハッとすると、顔を上げて正面にいるプルの顔を見た。
(あっ! 顔がある!)
ひばりは、全身に電撃を受けたかのような表情でプルの顔を見ると、次いで左にいるミアの方を向いた。
(あっ! 両腕がある!)
その瞬間、ひばりの脳裏には様々な感情の波が襲ってくると同時に、ひばりは急に泣き出してしまった。
三人は、そんなひばりの情緒不安定な様子に困惑して、しばらくはひばりの様子を黙って見つめる事しかできなかった。
そして、しばらくの間はヒクヒクと泣いていたひばりだったが、泣くだけ泣いて、やがて少し感情が落ち着いてくると、おもむろに床から立ち上がって、
「プル―!ミアー! 私やっちゃったかと思ったよー!」
と、叫びながらプルに抱きつこうとしたが、プルに触れる直前でその動きを急停止した。ひばりは、プルに触れた瞬間に、もしかすると、先ほどと同じように再びプルの体を削ってしまうかもしれないと思った。それで怖くなって、プルの体に触れることができなかったのだ。
「どうしたの、ひばり? あっ! もしかすると何か怖い夢でも見たんだね。」
「ひばり、本当驚かすなよ。おい、みんな。もうこんな時間だしいい加減帰ろうぜ。」
「ひばり、本当に大丈夫? どこか具合が悪いんだったら保健室に行こうか?」
ひばりは、異変の時の記憶があまりにも鮮明で、いまだドキドキしたままだったが、この世界がいつもと同じで、何の変わりもないことがわかって少し落ち着きを取り戻すと、
「うん、平気。帰ろ。」
ひばりは元気にみんなにそう答えると、バックパックにはもちろん教科書の類は一切入れずに、いつものように中身はスカスカの状態で、四人で帰宅への途に向かうのであった。
私、どこも怪我してないし、プルとミアも大丈夫のようだし、あれはやっぱり夢だったのかな。するとマジカルキティに会えたのも、ナミ、ホタル、ミク、シノの四人に会えたのも全部夢だったんだ。でも、本当に変な夢だったな。
その頃支子家では、ひばりの妹である万智が、ちょうど地元の中学校から自宅の前まで帰宅する所だった。万智が家に入ろうとすると、玄関の前にはなぜかポメラニアンの子犬がいて、その場に静かに佇んでいた。




