36 (3-4) 2年A組の放課後の教室
緋色南美の高校2年生がスタートして、それから異変が発生してから一週間が経過した次の週の月曜日、全ての授業が終了した2年A組の教室は、授業が終わってからかなりの時間が経過して、すでに大半の生徒が教室を後にし、現在教室に残っているのは、南美と蛍、そしてミカを含めて数人程度となっていた。一週間前に異変が発生し、周りの何もかもが突如彩りを失い、白黒で無機質な世界になってしまったのが本当に信じられないくらいの、いつも通りの穏やかで平和なオレンジ色した夕暮れ時だった。生徒会での用事があるため、授業終了後、教室を出て行ってしまった三玖の席に座って、彼女の帰りを待っている三人なのだったが、例の異変騒動以来、学校にいる時は、できるだけ全員揃って行動することにしていた。中学時代は、三玖の方が学校の内でも外でも終始忙しい日々を過ごしていたため、あまり親しくなれなかった南美と三玖の二人だったが、この一週間、ほとんど一緒に行動するようになって、今ではすっかり仲良しになってしまった。南美と三玖の距離が急に縮まって、これには蛍も、心の奥底で少し嫉妬を感じるほどであった。
一方、南美と一緒に毎日学校に通うことができるようになったミカだが、学校に来てから一週間が経ち、休み時間になったり、一人で廊下を歩いている時など、今でも生徒が集まってくることはあるが、それ以外は比較的穏やかに校内で過ごせるようになっていた。いろいろあって、今では校内でも自由な行動を許されるようになったミカだったが、基本的に授業中はいつもの指定席に座って、他の生徒と同じように授業を受けていた。学校という場所はミカにとっては新鮮な場所だった。というのも、惑星ウラニャースには、学校のような基礎的な教育機関というものが存在せず、生活していく上で必要とされる知識というものは、ウラネコが誕生して生後一定期間が経過すると、その子の脳内に直接インプットされるようになっているため、一々学校に行って知識を得るという手順を踏む必要がないのだ。それ以外に必要とされる知識については、それぞれの興味やキャパシティに応じて、別途必要な知識を更にインプットしたり、各自で学習することになっている。それに本人が希望しなければ、それ以上特に学習する必要もない。それでミカのパパとママは、本人の知的好奇心と探求心によって、ロボケット工学というロボットとロケットを専門に研究していたのだ。ミカもウラニャースに居た頃は、将来は両親と同じように、ロボケット工学の研究者の道に進めたら、などとおぼろげに思っていた。ただ、この知識のインプットというシステムも完璧なものではなく、その知識自体、単に脳にインプットしたというだけであり、当人の経験や努力を通して得た知識ではないので、一定時間が経過すると、徐々に忘れていってしまうため、定期的にインプットし直す必要があるのだ。そのため、学校で受ける授業の内容について、ミカにとっては、ほとんどはすでに知っている内容であったものの、こうして自分の頭を通して考えながら学んでいくという過程は、ミカにとってなぜか心地のよいものであり、勉強することの楽しさを知るよい機会となった。
「うーん。それにしても見つかんないね。」
南美は、三玖の席に座って肩肘をつきながら、憮然とした表情でそう言った。
「うん、そうだね。三人目まではすぐに見つかったから、後の二人もすぐに見つかると思ったのにね。」
蛍も南美の意見に同意するように、少し困ったような笑ったような表情をして答えた。
南美は、三玖が緑色の魔法少女だということがわかってから、残る青色と桃色の魔法少女も、実は自分達の近くにいるのではないかと、それ以降も、学校の中でも外でも周りを注意して観察していたのだが、今の所、そのような気配は一切なかった。
「うん、南美の気持ちはわかるけど、そんなに急がなくてもいいと思うよ。でも、もしかしたら残りの二人の魔法少女も、もうすでに私達の近くまで来てくれているのかもしれないよ。でも、その娘は自分が魔法少女だという自覚が今は本人にもないから、私達の所に来ることもできないし、私達の方でも気づかないんだよ。でも、私達が彼女の力が本当に必要になった時には、必ず向こうの方から自然に会いに来てくれると思うよ。」
その時、今日の授業の復習をしている所だったミカは、頭上の自分にしか見えない透明なスクリーンの画面を閉じると、楽観的な様子で南美にそう答えた。
「うーん、ミカがそう言うんなら別にそれでいいんだけど…。それに、わかってるんだけど、それでもできたら早くお知り合いになりたいじゃん。」
南美は、一刻も早くミカの故郷を救いたいという想いが強く、それに絶対にいるんだったら、一日でも早く会いたい、と最近は残りの魔法少女探しに少し前のめりになっていたのだが、こういうせっかちな部分は、もしかすると南美の数少ない短所なのかもしれない。一方ミカの方は、もうすでに自分が故郷を離れてから五百年以上が経過しており、両親を含めて故郷のウラネコ達はすでに全員がロボットになってしまっているということで、一日や二日遅れたところで、今さら焦っても仕方ないと半ば開き直っているようだった。それに故郷を救うため、なんとしても伝説の五色の魔法子猫達を探さなければならないという強い使命感と、それに反して一向にその手掛かりが見つからないという、これまでの極度の焦りと不安からようやく解放されて、現在は残りの魔法少女探しを継続しながらも、これからは改めて地球生活を楽しもうと考えていた。この切り替えの早さというか、大らかな性格は、ミカの両親のどちらかから受け継いだものなのかもしれない。
「そういえば、南美は三玖のお家に遊びに行ったことはあるの?」
三玖が帰ってくるまで特にやることもなく、気持ちのいい夕方の日差しを浴びて、教室の中でしばしまったりしていた三人だったが、蛍が南美に対して話題を変えて質問した。
「うん? 私はないよ。三玖とは最近仲良しになったばっかりだし。三玖のお家がどうしたの?」
それに対し、南美は蛍の質問の意図がわからず、キョトンとした表情ですぐに答えた。
「うん、私もお伺いしたことはないんだけど、三玖の実家って西洋の宮殿みたいで、すごく大きくて立派だって聞いたことがあるんで。それで、南美は三玖のお家の中に入ったことがあるのかなって思ったんだけど。」
そう言って、かわいらしい笑顔で答える蛍。
「へー、すごいね。そうなんだ。それじゃ、今度三玖にお願いして、三玖のお家に遊びにいこうよ。」
すると、南美も三玖の実家に興味をもったようで、目を輝かせながら蛍に返答した。
「そうだね。一回行ってみたいね。」
それに対し、再びかわいらしい笑顔で答える蛍。もし、蛍にこのような表情で微笑みかけられたとしたら、世の男性達はもう表情が緩みきってしまうこと間違いなしだろう。
「それにしても、三玖はまだ帰ってこないね。生徒会の方、忙しいのかな。私達で生徒会のお手伝いをしてもいいのにね。」
南美は、三玖に対して何度か生徒会の仕事をお手伝いしようと申し出たことがあるのだが、これは私の仕事だからと、人一倍責任感の強い三玖は絶対にその申し出を受け入れることはなかった。
「そうだね。そろそろ帰ってきてもいい頃なのにね。」
蛍も、三度かわいらしい笑顔で南美に返答した。
「うん、そうだね。」
ミカはそう言うと、少しウトウトし出した。
いつもの日常と変わらない放課後の平和な教室で、まったりとしている三人だったが、その時突如として先日感じた時と同じイヤな寒気を感じると、一瞬にして、周りの景色が全て白黒の世界へとサッと変異した。
「あっ!!」
南美が一言そう叫んで立ち上がると、自分の周りにいる全ての物が白黒になってしまって、まだ教室に残っていた数人のクラスメイト達も、前回と同じように、世界が止まった瞬間の姿勢と表情のまま、白黒で無機質な感じのものに変わり果てていた。
「とうとう来たみたいだね。」
先ほどまで、少し眠そうにしていたミカも、すっかり目が覚めて真剣な表情で二人を見つめた。
「うん。」
それに対し、南美は決意に満ちた表情で、力強くミカに返事した。
(うー、やっぱり怖いよ。でも、今回は南美がいるから…。)
それに反して蛍の方は、この異変の雰囲気が怖くて、これからも慣れそうな気がしなかった。
「みんな大丈夫!?」
そして、異変が起こってから20秒も経つか経たないかといった時、教室のドアがガラッと開くと、三玖が叫びながら、南美達の元まで駆けつけてきた。
もし再び異変が起こった時は、ミカがいる場所に全員が集結するという決まりを事前に四人で決めていたため、異変が起こってからすぐに、三玖は生徒会室から、このミカがいる2年A組の教室まで、全速で駆けつけてきたのだ。
「うん、三玖、私達三人は無事だから。」
南美は、三玖にすぐに返答すると、教室の窓ガラスを開けて外を見た。教室の外の世界も、見渡す限り教室と同様、全てが白黒だけの無機質なものへと変貌してしまっていたが、前回と同じ場所辺り、グラウンドの方に光が輝いているのを見つけた。
「よし、グラウンドの方に行こう。」
南美はみんなに向かってそう言うと、四人は教室を出て、光のある方、グラウンドに向かって速足で走り出した。




