35 (3-3) 新学期二週目放課後の二人
「ふぐわっ!?」
ゆかりは、詩叙の発言を受けて、思わず意味不明なことを叫んでしまったため、クラス中の注目を集めてしまった。それに対して、詩叙はいつも通り冷静で、表情一つ変えず、右手の人差し指をゆかりの顔の前にゆっくりと差し出した。ゆかりは、その動作を「静かに。」というそのままの意味だと受け取った。ゆかりは、クラスのみんなの方を向くと、店でお客さんに謝罪する時のような表情を作って少し頭を下げると、まるで何事もなかったような顔をしてその場を乗り切ろうとした。そして、再び目の前に立っている詩叙の方に表情を向けると、困惑しながらも小さな声で、
「そ、それにしても、死、死ぬってどういうことやねん。確かにうちの現在の労働環境は世間で言う過労死レベルを軽く超えとるかもしれへんけど。」
と、冗談にならないようなことを詩叙に打ち明けると、それに対し詩叙の方は、ゆかりの労働環境の件も多少気にはなったが、それはとりあえずおいといて、異変のことをどう説明したらいいのか、うーんと上を向いて考えている様子だったが、しばらくすると、
「あなたが…魔法少女、だから…。」
と、一言だけ答えた。
「ふごっ? 何で? うちがま? 」
ゆかりは、予期せぬ詩叙の指摘に、まったく意味がわからない様子だったが、
「実は…私も…。」
詩叙はそう言うと、自分のスマートフォンの画面をゆかりに見せた。ゆかりは、その画面を覗くと、五色の子猫の魔法少女の公式ホームページの青色の魔法少女ブルーキティしのの紹介ページが表示されていた。青色の魔法少女しのは、魔法少女の衣装に身を包み、それっぽいポーズをとっていて、アニメ風の作画にはなっているものの、詩叙の言う通り、目の前にいる露草詩叙本人で間違いなかった。
「うわっ? ほんまや! でも…、一体どういうことやねん?」
ゆかりは、詩叙のいきなりのカミングアウトに正直仰天していたが、日頃の接客業務で染みついた経験により、なんとか理性をキープしながら、いよいよこの特異な問題に真剣に向きあわなければならない時が来たのかもしれないと、少し決心めいたものが湧いてきた。
「なぜ?…実は、私もよくわからない…。でも…なぜか私は青色の魔法少女みたい…。」
それに対しては、実は詩叙自身も詳しいことはよくわかっていないようだった。
(ふーん、ほんまに知らんのか?)
ゆかりは、心の中で少し疑問に思ったが、とりあえず話を進めた方がよさそうやと思い、机の上に片肘をついて顔を少し上げると、
「ふーん? それで、うちも魔法少女なんかいな?」
と、少し白んだ表情をして詩叙に聞いてみた。
「そう…。異変の世界を動くことができるから…。私も…昔そうだった…。」
それに対し、詩叙はゆかりを見下ろしながら、先ほどからずっと同じ表情のままでそう答えた。
(なるほど…。これは魔法少女に選ばれた女の子が通るべき試練の一つ、ちゅー訳やったんか。)
ゆかりは、異変の理由について、自分一人心の中でそう納得すると、魔法少女の件に巻き込まれたにしても、まさか自分が魔法少女の当人となって、これからは対処していかなければならないなんてことなど想像していなかった。それに、今は実家の方が大変な状況なのに、できれば、これ以上負担を増やしたくない。そう思うと、少し気が重くなってきた。
「ふーん、それでうちは何色やねん?」
ゆかりは、五色の魔法少女の内、自分は残っている緑色と桃色のどちらなのか詩叙に聞いた。できれば、番組の後半まで登場しないであろう桃色の方が個人的にはありがたい。
「…多分、紫色…。」
それに対し、詩叙はゆかりを見下ろしながら、少し困惑した表情をして、そう答えた。
「はあ!? 紫!? 紫色の魔法少女なんておらんやん。」
ゆかりは、詩叙の予想外の回答に思わずつっこみを入れた。そう、伝説の五色の魔法少女シリーズと言えば、ゆかりの知る限りだと、赤、青、黄、緑、桃の五色以外の魔法少女が登場したことなど今までなかった。
(もしかして…うちの江戸紫っちゅう名字から適当に連想したんとちゃうやろうな?)
ゆかりは、実家が本名の「江戸紫」という店名で大阪風のお好み焼き屋を営業しているため、店内で調子に乗った客から「店名が江戸なんだったら、東京風お好み焼きになるんじゃないのー?」という、ものすごくしょーもないギャグを言われることが頻繁にあり、その度に「いやー、東京風やったらもんじゃ焼きになっちゃいますよー。」と、同じくお寒い返しをすることが定番になっており、自分の名字をいらわれることが多々あるのだ。
それに対し、詩叙の答えは、
「わからない…。でも…、あなたは多分魔法少女にはなれない…。」
「はあ!? なんでやねん、魔法少女やのに?」
「わからない…。魔法少女、なんだけど…、魔法少女にはなれない…。」
「はえ!? どういうことやねん?」
「わからない…。けど…多分、だけど、魔法少女になる条件が満たされないんだと思う…。」
どうやら、肝心な部分になると、詩叙自身もわからないようだ。
「異変の世界は、魔法少女にとっては現実の世界…。あなたが先週みた風景も…、昨日アニメでみた風景も…。だから、魔法少女になることができないあなたはすごく危険…。それに、時間がない…。多分、もうすぐ異変が始まる…。」
「それで、異変が終わるまで教室で待機しとけ、ちゅうことか。」
「そう…。それに、なぜか、今日学校に来たら…、魔法少女が一人、増えてたから…。」
そう言うと、詩叙は例の魔法少女好きの四人組の方を振り向いた。




