30 (2-8) 惑星ガイア★2
その日の深夜、自宅で就寝中だったクスは、その報告を受け、急いでQLタワーの上階にある指令室へと向かった。
移動の道中、クスは、それが何かの見間違いか、もしくはコンピュータのエラーか機械の故障であってほしいと願ったが、残念ながら、同時にそれは絶対にあり得ないことだということを理解していた。ロボットには、人間でいうヒューマンエラーという事象は、そもそも起こりえない。ロボット達がガイアを支配して以降の五百年、彼等は、設備や自身に対しても、定期的なメンテナンスと幾重にも施されたセキュリティ体制の構築を継続し、また必要に応じてアップデートやバージョンアップなども随時実施しており、クスが今からすることというのは、その報告が正しかったことを確認すること、ただそれだけのことなのである。
では、ここで現在の惑星ガイア、そして現在の支配者であるロボット達、特にヒューマノイドについて説明する必要があるだろう。
惑星ガイアが、かつて惑星ウラニャースと呼ばれていた時代、ロボット達がウラネコ達に対して反乱を起こしたまさにその直前、惑星は間違いなく科学技術の進歩のピークに達していた。つまり、そこからこの惑星の科学は、進歩する余地がなかった。そう、もはやこれ以上進歩することは不可能だったのである。
そのためロボット達が惑星を支配してからの五百年以上、彼等はこの惑星ガイアの文明レベルが退化しないこと、維持することだけに注力し続けてきた。
それと、彼等が維持し続けてきたのは、何も科学技術の分野だけではなかった。彼等は、惑星ガイアの豊かな水資源や緑の大地など自然環境の保護活動にも積極的に取り組んでいたし、そこに生息する野生の動植物や、その他惑星に生息するすべての生命体に対する保護や維持活動にも懸命に取り組んでいた。しかも彼等の活動は、それだけにはとどまらなかった。彼等は、自分達にとってはまったく不要だと思われる畜産業や農産業にも取り組んでおり、日常的に家畜の世話をしたり、魚の養殖場を運営したり、定期的に農産物の収穫を行っていたりさえしていた。
では、なぜ彼等ロボット達は、そのような彼等にとっては、まったく不要と思われることをし続けていたのだろうか? それは、ロボット達が昔人類とある約束を交わしていたからであった。
その約束がどういったものであったのかというと、人類と猫類との戦争で、もしも人類がいなくなってしまったとしても、いつか人類が再びこの惑星で暮らす日が訪れた時のために、それまで科学や文化など、あらゆる分野の環境を保存しておくことを人類と約束していたのだ。そのため、クスは、パタパが人類を救ってくれるという伝説の五色の魔法子猫達を探すため、娘のミカを一人宇宙船に乗せて旅立たせたという、一見荒唐無稽に思えるような行動も、彼等ロボット達にとって、それは正しい行動として受け取らざるを得なかったのである。
では、次に現在のガイアで暮らすロボット達を見てみよう。
なるほど、確かに様々な分野でロボット達は働いており、高度な演算能力が必要な業種、純粋にその労働力が必要とされる業種、その用途に応じて、多種多様なサイズ、形状をしており、彼等は、まさにそれ専用に造られたロボットという感じである。
では、ヒューマノイドはどうなのかというと、街を少しグルっと見回してみても、一見すると、どこにも彼等を発見することはできない。これは一体どういうことなんだろうか? しかも、街を歩いているのは、人類と思わしき人ばかりである。惑星ガイアの人類は、すでに滅亡してしまったはずではなかったのか? しかし、一見この人類に見えるこの存在こそが、実はヒューマノイド達なのである。
それでは、試しに街を歩いている一人のヒューマノイドの女性に注目してみよう。彼女は、小麦色の肌の上に、赤をベースにしたカラフルな衣装を身にまとい、淡いブロンドのロングヘアの下には、確かに表情というものがついていた。ぱっと見た限りでは、彼女は若くて美しい女性にしか見えない。しかし、彼女を近くからよく見てみると、髪や肌、その服装、そしてその表情に至るまでのすべてのものが、本物ではなく精巧に作られたパーツであるということに気づくだろう。それに、街全体をよく見てみると、彼等ヒューマノイド達の中にも、より人間に近いもの、よりロボットに近いもの、と、ヒューマノイドの間にも個体差があることが見て取れる。
実は、ヒューマノイド達が、人類、そしてその次にウラネコ達に仕えていた当時には、彼等はこのような無用な装飾などつけていなかった。形状こそは人間に近かったものの、基本的に表情というものはなく、全体的にツルンとしており、色合いも、素材の色と同様のメタリックな色調のものが多かった。それが、ヒューマノイド達が自ら惑星を支配することになってから、この五百年の間、自分達のバージョンアップを繰り返すたびに、なぜか彼等は外見上でもより人類に近づいていくことになっていったのである。それは、ヒューマノイド自身が意図したことではなかったが、この現象は、人類が住んでいた当時の服飾文化を保存するという意味で必要であるという解釈がなされた。
そして、このバージョンアップというものが、彼等ヒューマノイド達にとって、非常に重大なものであった。
バージョンアップは、ロボット達に将来起こる可能性のある不測のエラーや不具合を未然に修正する必要がある場合や、性能の強化を図るなどの目的のために、その都度に実施するものである。そしてヒューマノイド達の支配権が人類から猫類に移って以降も、ウラネコ達によって、彼等ヒューマノイド達に対して、定期的なバージョンアップを実施していたのだが、バージョンアップを繰り返すたびに、彼等ヒューマノイドの中には、なぜだかわからないが、ウラネコ達に対する憎悪に似た感情が増幅していったのである。そして、最終的に彼等はクーデターを起こし、ウラネコ達を滅ぼしてしまったのであるが、惑星の支配者になってからその後、彼等は、なぜか人類に近づいていった。それは、何も彼等の外見のみに限った話ではない。
彼等がウラネコ達に反乱を起こす原因となった憎悪という感情も、それは本来の意味での感情というものではなく、何かプログラムのエラーやバグに起因した不具合の一種だというふうに考えられており、実際にヒューマノイド達は、それが本当に感情であるなどとは、まったく考えてはいなかった。ところが、彼等はウラネコ達がいなくなった後、自分達自身でバージョンアップを繰り返すたびに、憎悪という感情の他にも、喜んだり、悲しんだりといった別の感情のようなものが、彼等の中に芽生え始めてきたのである。彼等自身は、当初それをAIが生成した疑似的な感情に似たものだというふうに認識していたが、だが、その後もバージョンアップを繰り返すたびに、それはAIが生成したものなどではなく、彼等自身が実際に感じている感情そのものであるということが、いよいよ彼等自身でも否定できなくなってきたのである。
そして時代を経るうちに、彼等は徐々に、その外見をも人間へと近づいて行き、全身をファッションで身を固め、元々ツルっとした顔立ちだったのが、独自の形や表情といった個性を持ち始めた。
しかも、それだけではない。彼等は、それと同時進行で、本来ロボットには持ち合わせていないはずの、疲労感やストレスなども感じるようになり、人間のように定期的に休息を必要としたり、労働以外の趣味といった不必要なものを取り入れるようになっていったのである。では、ヒューマノイド達というのは、今ではすべてロボットになってしまった猫類達と同様に、元々は人類だったのではないか? と思われるかもしれないが、彼等ヒューマノイド自身は、自分達が遥か昔は確かに人間であった、などとは、露ほども思っていないようである。




