3 (0-3) 改訂
研究室に入ると、そこは想像していたよりも広く、お家の中の雰囲気とは全然違って、部屋の中は天井も壁も床も一面白一色で、ホコリひとつなくクリーンそのものだった。大きな棚には、様々な銀色の機械が所狭しと置いてあった。多分、ロボットやロケットに関係するものなのだろう。そして研究室の一角だけ、少し部品や工具などが床に散らばっていて、恐らくそこでパパが先程までずっと作業をしていたんだろう。その場所、研究室の奥の天窓の下には、ポッドみたいな銀色の球形の物体が、真ん中から口を開いた状態で置いてあった。
形状から判断するとロケットなのだろうか? 近寄ってそのポッドをよく見ると、ポッドの中央の左右にそれぞれ赤と緑のボタンがついていて、まるでそれが二つの目に見えて、大きく開いた口が本当に口みたいで、ポッドの下部には逆三角形の台みたいなものが左右についていて、球形のポッドを支える足の役割を果たしているようだけど、それが耳みたいで、まるでポッド自体が上下逆さまになったネコみたいで少しかわいらしい。中を見るとすごく狭くて、入れたとしてもギリギリ私一人が収まる位のスペースしかなかった。その時、私は頭の中で一瞬イヤな予感がした。でも…、まさか?
「ミカが研究室に入るのは初めてだったよね。」
その時、ママが私の横に来て、やさしく私に声を掛けてくれた。
「ミカ。これから私達が話すことをよく聞くんだよ。」
いつの間にかパパも私の横にいて、その視線をそのポッドから一瞬も離さずに、私に話しかけた。
「…うん。」
二人の只ならぬ様子に私も緊張しながら、何とか懸命に答えた。
それにしても、パパもママもものすごく思いつめた表情だ
「ロボット達は、昨日私達にこう提案してきたんだ。君達家族は、私達ロボット達に対しても家族同様の愛情を注いでくれた唯一のウラネコだ。君達は特別に、ロボットになってからも家族一緒に暮らしていく事を認めてあげる。とね。ロボットになれば私達が死ぬこともなくなるから我々家族は永久に一緒にいることができる。それが私達家族にとっても一番幸せだろう。と。…でも、楽しい事があったら一緒に笑いあったり、嬉しい事があったら喜び合ったり、時には悲しい事があったら泣いたり、悪い事をしたら叱ったりするのが本当の家族というものだろう? ロボットになってしまったら、そういう感情は一切失ってしまう事になる。そんなものはもう家族とは呼べない。」
「うん。私も何かいい事をしたらパパとママに褒めてほしいし、何か悪い事をしたらダメって叱ってほしい。」
「そうだね。もちろんミカはいい娘だから叱るような事なんてないけど。私も、もっともっとミカと一緒にいて、成長して立派な娘に育ってくれるのをずっと見ていたかった…。」
パパは、そこまで言うと涙が止まらなくなってしまって、それ以上何もしゃべれなくなってしまった。
「パパ…。」
パパが泣いている所を見るなんて初めてだったので、私もどうしたらいいのかわからなかった。
その時、ママがパパの側に来てそっと寄り添うと、私にやさしく語り掛けた。
「ミカ。ママがパパの代わりに言うからよく聞いてね。」
「うん。」
「パパとママはもちろんロボット達の要求を断ったわ。それでね。今日の正午、彼等が私達のお家に来る事が決まったわ。それは私達を逮捕してロボットにするため。」
「うん。」
そうか…。私、ロボットになっちゃうんだ。
「パパとママはここに残って逮捕されるでしょう。抵抗はしない。でも、最後のその時まで、私達はロボットとウラネコとの共存の道を訴え続けるわ。」
「えっ! 私は?」
私は、ハッとしてママの方を見つめた。
ママは、私の方を見つめるとものすごく悲しい表情になった。
「あなたにはこれからとてもつらい話をすることになるわ。…ごめんなさい。でも、これはあなたにしかできない事なの。」
「えっ?」
ロボットになる事以上につらい事なんてあるのだろうか?
「ミカ。あなたは私達ウラネコがロボット達を使役するようになる遥か昔、ものすごい魔法が使えたことを知ってるでしょう?」
「うん、知ってる。」
ママやネコロボおばさんが、私が寝る前に五色の女の子の話とか魔法おばさんの話なんかをよく絵本で聞かせてくれた。
「私達の一族はね、今は二人共科学者なんかしてるけど、元々は由緒正しい魔法使いの家系だったのよ。」
「へー、魔法使い…。」
じゃあ私もすごい魔法が使えるのかな?
「残念ながら、もうとっくの昔に魔法を使う力は失われちゃったんだけどね。」
「なんだ…。」
そうなんだ。がっかり、残念。
「でもね、あなた自身は魔法を使うことができないけど、誰かに魔法を授ける力は持っているのよ。」
「魔法を授ける?」
「そう。我々一族に代々伝わる伝承があってね。それは我々ウラネコ達が、いつか存亡の危機に陥った時、『伝説の五色の魔法子猫達』が現れて、きっと我々を救ってくれるだろうって。」
「そう。我々はロボット達と交渉を続けながらも、実はその裏で、万が一に備えてその『伝説の五色の魔法子猫達』がどこにいるのか。ということも同時に探していたのだが、調査した結果、残念ながらこの星の中にはもういないようなんだ。」
その時、平静の様子を取り戻したパパが横からそうつけ加えた。
「ミカ。あなたにはこれから五色の魔法子猫達を探してほしいの。」
「でも、この星にはもう五色の魔法子猫達はいないんじゃ?」
「そう。この星にはいないわ。でも、この宇宙のどこかには絶対にいるの。絶対に。ミカ、このポッドを見て。これ、実は宇宙船なの。これに乗れば自動的に五色の子猫達のいる星まで連れて行ってくれるわ。」
ママは、尻尾で宇宙船だというポッドを指し示しながら言った。
「その通り。この宇宙船は、パパとママ、それとDr.ネコボットさんの三人で作ったんだ。これぞまさにウラネコとロボットの共存の結晶だ。それと、」
パパはそう言った後、尻尾で何かを摘まむと、それを私の前に突き出した。
「これは『伝説の五色の魔法子猫』とミカを繋ぐリボンで、彼女達を発見した時に光る仕組みになっている。」
それは、ワインレッドのリボンで、左から順に黄、桃、緑、青、赤の五色の丸い小さな宝石のようなものがついていた。
「そのリボンは、ミカと『伝説の五色の魔法子猫達』との想いを繋ぐ強いレーダーになっていて、そのリボンに導かれて、宇宙船は必ず彼女達がいる星へと到着するようになっている。そして、このリボンはミカの想いと魔法子猫との想いが重なった時に、希望の光を放つ事になるだろう。」
パパがそう言った後にママにリボンを渡すと、ママはそのリボンを私の首元に飾ってくれた。
「それでこれは…、」
パパが言いかけた所で、私は初めて自分の置かれている状況が理解できた。
「パパ! ママ! 私イヤだ! 私、パパとママと離れたくない。離れるくらいだったら私もロボットになる。宇宙に何か行きたくない。五色の子猫なんてどうでもいい。イヤだよー、離れたくないよー。それ以外だったら私、パパとママの言う事なんでも聞くから。お願い、ずっと私と一緒にいて。約束だよー。」
私は、パパとママの話がとても現実とは思えない話にしか聞こえなかったので、その話が自分の事のようにはまるで思えなかった。だから、私はぼんやりと二人の話を聞く事しかできなかった。でも、よく考えると、私、このままだとパパとママと永久にお別れしないといけなくなっちゃう。それだけは絶対イヤだ! 私は、そう思うと感情が爆発してその場で泣きじゃくってしまった。
「私もミカと離れたくない!」
ママも泣きながら叫んだ。
「私もミカとずっと一緒にいたい。本当よ。絶対に離れたくない。…ごめんなさい。…でも、私達を、ウラネコ達を救うためには…、もう、その方法しか残されていないの。」
「パパとママは、家族全員がロボットになって一緒になるよりも、少しの間は離れ離れになってしまうかもしれないが、いつかまた同じように笑顔で一緒にいられる道を選んだんだ。『伝説の五色の魔法子猫達』は必ずいる。これは絶対に嘘じゃないからね。だから、たとえどんな事があっても彼女達はいるんだと信じ続けるんだよ。だから、少しの間は辛抱だけど、ミカが絶対に彼女達を連れてくるんだとそう願ってくれたら、その願いは絶対に叶うんだ。だから、私達はその日を楽しみに…」
パパは無理に笑顔を作っていたが、そこまで言うと、また涙が止まらなくなってしまって、それ以上しゃべれなくなってしまった。
その後しばらくの間、私達三人は抱き合いながらずっと泣き続けた。
私は、パパとママを抱きしめながら、二人の想いを確かに受け取った。
そして、私は決心した。
「わかったよ、パパ。ママ。私、『伝説の五色の魔法子猫達』を探してくる!」
私はできるだけ胸を張った。これは別れの旅じゃない。希望の旅なんだ。私は自分自身にそう言い聞かせた。
「ミカ。ミカはやっぱりすごいな。さすがパパとママの娘だ。ミカがせっかくやると言ってくれたんだ。それなのにママ、私達が泣いている場合じゃないぞ。」
一番最初に泣いていたパパが、ママを励ますと、
「そうね、パパの言う通りね。それじゃあこれからこの宇宙船の説明をするからよく聞くのよ。この宇宙船は、ちょうどミカ一人が入れるように設計してて。」
「いいクッションと毛布を使っているから寝心地は最高だぞ。」
そうパパがつけ加えた。
「それで、あなたが宇宙船の中に入って寝転がったら、私達がこの宇宙船に蓋をするわ。すると、宇宙船の中はすぐにコールドスリープ状態になるから、次にあなたが目を覚ますのは五色の魔法子猫達がいる惑星に到着した時ね。だから、あなたはもしかしたらずいぶん長い間宇宙船の中にいる事になるかもしれないけど、あなたが感じるのはほんの少しの間。という事になると思うわ。それから、宇宙船の外に二つボタンがあるでしょう?」
「うん。」
「よく聞いてね。この左の赤いボタンが五色の魔法子猫達がいる星に向かうボタン。これはあなたが宇宙船の中に入った後に私達が押すことになるわ。それと右の緑のボタンだけど、これは五色の子猫達がいる惑星からウラニャースへ帰る時のボタンになっているから、帰って来る時まで絶対に押しちゃダメよ。」
「うん。わかった。」
「それと、これなんだけど…」
そう言ってパパが宇宙船の裏側まで私を連れてってくれると、
GOOD LUCK MIKA!
という文字が、宇宙船の銀色の外装パーツに赤い字で大きく書かれていた。
「これはDr.ネコボットさんが出ていったその日に書き残していったものなんだ。」
そうなんだ! Dr.ネコボットさんも私の旅を応援してくれてるんだ。
「説明はこれで以上かな?」
パパがママに確かめた。
「そうね。これ以上何もないわね。ミカ、あなたは何か質問ある?」
「うん。じゃあ、」
そう言うと、私はパパとママの胸に飛び込んだ。
「パパ! ママ! 大好き!!」
「ミカ。私達も大好きよ。」
私達三人は、その後しばらくの間、何も言わずにずっと抱き合っていた。できればずっとこのままでいたかった。
ピーン ポーン#
その時、インターホンの音が研究室の方にまで鳴り響いた。
「やばい。もう時間がない。ミカ、早く宇宙船の中に入るんだ。」
パパは時計を確認すると、私にすぐに宇宙船の中に入るように促した。
「うん。」
私はすばやく宇宙船の中に入ると、クッションに包まれるように寝転んだ。
パパが宇宙船の蓋を閉めようとした時、私は二人に声を掛けた。
「パパ、ママ。」
「何?」
「またね。」
私は笑顔でそう言った。
「ああ、またな。」
「うん、みんなでまた遊びに行きましょう。その時はネコロボおばさんもDr.ネコボットさんも、みんな一緒にね。」
私達三人は、完全に蓋が閉まるその瞬間まで、ニコニコと笑いあった。
蓋が閉まると、もう何も見えなくなった。それと同時に、何か冷たい白い煙が宇宙船の中に充満し、私はそれ以降の記憶が曖昧だ。
宇宙船の蓋が閉まり、宇宙船内部のコールドスリープの準備が完了するのを確認すると、パパが左の赤いボタンに尻尾をかけた。すると、宇宙船の左右の角からジェットが噴き出し、宇宙船は静かに空中に浮きあがった。そして、そのまま頭上の天窓を通過して外に出ると、そこからは一気に宇宙に向かって猛スピードで空へと駆け上がっていった。
伝説の五色の魔法子猫達を見つける旅。短くても数年はかかるだろう。いや、もしかすると我々が想像もできないような途方もない年月が必要になるかもしれない。だがミカならば、私達の娘ならば、きっとやり遂げてくれるはずだ。