28 (2-6) 三色目の魔法子猫
「ごめんなさい、若葉さん。驚かすつもりはなかったの。昨日周りがみんな白黒になって時間が止まっている時に、若葉さんだけはいつも通りだったので、もしかしたら、若葉さんはミカとおしゃべりすることができるかもしれないと思って、悪いと思ったけど、それで今日もミカを学校に連れてきたの。」
南美が、若葉さんにそう謝ると、若葉さんは、すでにいつもの落ち着きを取り戻していて、
「いえ、確かに驚いたのは驚いたんだけど、私は、別に子猫がしゃべっていることに驚いたんじゃないの。実は、それとはまったく逆で、子猫がしゃべっているのに、それを違和感なく、素直に受け入れてしまっている自分に途中で気づいて、なんで私はこのことに驚かないんだろうっていうことが不思議になってきて、それでよく考えてみたんだけど、ぜんぜん答がでなくて、それで最後は、そんな自分に対して驚いていたの。」
「え――!? なんで?」
南美達も、若葉さんの予想外の反応に驚いた。ミカは、久々に前後の足を真っ直ぐにしながら、ピョーンと空中に跳ね上がった。
「うーん、なんでなのかしら?」
若葉さんは、深刻な顔をして、再び一人しばし考え込んでいたが、やがて結論が出たようで、
「もしかして…なんだけど、なぜなのかはわからないんだけど、私、こういったことに対する免疫がついているような気がするの。この子猫、ミカちゃんが私にしゃべってる間、なぜか私の頭の中で、へえ今回は子猫なんだ、って思ってたんだ。でも私、なぜそんな風に思ったのか、わからない。それと、肝心の伝説の五色の魔法子猫達の件ね。それについても、私、なぜか100%本当のことだと信じたわ。本当に不思議な話なんだけど、ミカちゃんの話していることが、私には本当のことだとしか聞こえなかったの。」
南美達は、校内でも一番の常識人である若葉さんに対して、もし若葉さんが実際に伝説の五色の魔法子猫に関係があったとしても、宇宙猫であるミカのこと、惑星ウラニャースのこと、そして魔法少女のことを一体どうやったら話を聞いてもらえるのか、非常に困難なミッションだと思っていたのに、この現実離れしたあり得ない話を意外な程、あっけなく受け入れてくれたので、南美達にとっては、結果的にはすごく都合がよかったのだが、実際には、若葉さんの、あまりにも素早い順応性と、あまりにも予想外な反応に対する驚きで、南美達の方が、逆に口がきけなくなっていた。
若葉さんは、この普通でない状況をいつもの余裕のある表情で、
「それで…、あなた達は、私が魔法子猫の一人かどうかということが知りたいんでしょう?」
と、南美達に問いかけた。南美達は、若葉さんの醸し出す、いつもの独特の高貴なオーラに圧倒されながらも、
「う、うん。」
南美がかろうじて、そう返事すると、
「そう。それで、どうやったら私が魔法子猫かどうかわかるのかしら?」
「あっ、それは、若葉さんが一度自分が魔法少女だったらいいのになって願ってくれて、それで、もし若葉さんが本当に魔法少女だったら、ミカの首につけているリボンの五色の丸い石のどれかが光るの。」
南美が慌てて、若葉さんにそう説明すると、
「ふーん、そうなんだ。それじゃ、今からそう願ってみるわね。」
と、若葉さんがそう言うと、さっそく目をつぶって願いだしたので、南美はミカに、
「あっ! じゃあミカは、若葉さんが魔法少女だったらいいのになって願ってみて。」
と、慌ててお願いすると、ミカも慌てて、
「うん、願ってみる。」
と言って、ミカも目をつぶって願いをこめた。
すると、ミカのリボンの緑色の石が、ぼんやりと淡く光った。南美達は、若葉さんは伝説の五色の魔法子猫の一人かもしれないと思い、確認をお願いしたのは自分達の方だったのに、自分達の方が驚いてしまった。
若葉さんは、ほんのりと光っているミカのリボンの緑色の宝石を確認すると、
「ふーん、やっぱり私は緑色の魔法子猫みたいね。」
と、当たり前のように、その事実を受け入れた。南美達の方は、この異常な展開の速さについていくことができていなかった。すると若葉さんは、カバンの中から緑色のイヤホンケースを取りだすと、その中を開けて南美達に見せた。
「ほら。」
「あっ!」
南美達は、それを見ると、思わず大声を出してしまった。
そのイヤホンケースの真ん中には、緑色の丸い宝石が入っていた。
「多分、そういうことなんでしょう? 私、こんな幼稚なイヤホンケースを買った記憶もないし、それなのに、なんで毎日これを持ち歩いているんだろうと思っていたけど、これで理由がわかったわ。」
「なるほど。」
南美達は、もう若葉さんのペースについていくしかなかった。
そして南美達は、昨日生徒会室で南美と若葉さんがミカのことを相談している最中に、ミカと蛍がグラウンドで遭遇した、一連の出来事について話をすると、
「そう、あの時にそんなことがあったなんて。だったらあの時、私も緋色さんを引き留めてしまって、本当に悪いことをしてしまったわね。そうか。あの白黒で時が止まっている時には、そういう意味があったのね。」
若葉さんは、一人納得した表情で、
「だったら、私も緑色の魔法子猫として、あなた達と一緒に行動することにするわ。時が止まってるんだから、別に時間を気にする必要もなさそうだし、特に問題もなさそう。それにここ数年は、両親から、なぜか毎年のように週に一回、どこか遠方に習い事に行かされてて、すごく忙しかったんだ。そう、去年はコントラバスの習い事なんかがあったりしたんだけど、でも今はそういったこともないの。だから、今は比較的時間には余裕があるの。だから、私が必要な時があったら、いつでも言ってね。」
「う、うん。ありがとう。若葉さん。すごく助かる。」
南美は、なぜこんなにも話がスムーズに進んでいるのか理解できなかったが、ともあれ、一番自分達が望んでいた展開になったので、とりあえずは素直に喜んだ。それと若葉さんは、やっぱり常識人?で責任感があって、それにすごくいい人だ。
「うん、別にいいのよ。それと…、だったら、私のことは、これから若葉さん、じゃなくて、三玖って呼んでもらえる? 私もあなた達のことは、これから南美って、下の名前で呼ぶことにするから。そういうことなんでしょう?」
三玖がそう自然に問いかけてきたので、南美達は、どういうことなんだろう? と思ったが、とりあえず、
「う、うん。そういうこと。」
なぜかわからないが、そういうことなんだろうと思って、そう返事した。
三玖は、その後、南美達から詳しい事情を確認すると、この話については、とりあえずこれで片付いたと理解して、次にミカの方を見ると、
「だったら、次はミカの問題になるわね。私も昨日、知り合いの動物病院で、ミカのことを毎朝あずかってくれるっていう約束を取り付けたばかりだったんだけど…。でも、ミカがただの猫じゃなくって宇宙猫なんだったら、そういうわけにもいかないわね。それに、いつロボット達が襲ってくるかもしれないのに、家で一人でお留守番っていうのも、すごく危険ね。確かに南美のしたことは間違ってないわね。」
「うん。ごめんなさい。でも、そうなんだ。」
南美は三玖に、素直にそう謝った。
三玖は、しばらく考え込んでいたが、何かいいアイデアを思いついたようで、席から立ち上がると、教室の奥で、カニすきを一人堪能している常盤さんの方に行って、何やら話し始めた。そして、しばらくして南美達の元に帰ってくると、
「うん、よかった。これで大丈夫だから。」
三玖がそう言うと、ミカを学校に連れて行く、という問題は、それで解決した。




