19 (1-18) なみの高校2年スタート★5
ほたるは、光の中から何かが出てきて、こちらに向かって、ゆっくりと向かってきているのをただ不安な思いで見つめていた。
(一体何だろう? 怖い。)
それは、徐々にほたる達の方に近づいてきているのだが、一体何なのか、よく認識できない。だが、しばらくすると、それがなぜなのか理解した。それは、ものすごく小柄で、四本足で歩いていたのである。
(もしかして…あれは猫、なのかな?)
ほたるは、目を細めて、その猫らしきものをよく観察しようとした。すると、隣でほたると同様に、それを観察していたミカが、
「えっ? …まさか? …何で?」
と、状況が全く理解できない感じで、小声でブツブツ呟いている。
そして、それは、ミカとほたるの目の前、つまり校舎の石段の上と下のグラウンドを挟んだ形で向かい合った。
すると、ミカは信じられない表情で、
「……パパ?」
と、その猫らしき物体に対して、そう呟いた。
ほたるは、ミカがそう言ったので、驚きながらも、その猫のことをよーく観察してみた。確かに、それは猫の形状であり、ミカと同じアメリカンショートヘア、あっ、ウラニャースショートヘアって言うんだった、に見える。ただし、原型は、という註釈が必要であるが…。それは、確かにミカと同じくウラニャースショートヘアの形状で、特徴のシルバータビーの模様なのだが、それは、ミカのような美しい毛並みとは程遠く、外観は全て何かの金属パーツのような物で固められており、その上にシルバータビーのカラーリングを施されているだけに過ぎないのである。その猫を遠くから見たら、それは普通のアメリカンショートヘアにしか見えないだろうが、こうして至近距離から見ると、それは猫の形状をしたロボットにしか見えない。そのネコ型ロボットの、片目に掛けた片眼鏡だけが、その猫がかつては生きものだったという、わずかな生命感を感じさせるだけで、それ以外は、どこからどう見ても無機質なロボットにしか見えない。それは、猫を見た時に感じる親しみや愛らしさとは程遠く、なにかとてつもなく不気味な存在を見ているような気分にさせてくる。
「…パパなの?」
ミカは、恐る恐る、もう一度その猫の形をしたロボットに、そう呼びかけた。
すると、その猫の形をしたロボットは、ミカを見つめると、
「そうだよ、ミカ。パパだよ。久し振りだね。」
その声は、確かにミカのパパの声だったが、人工的で無機質で、その言葉には抑揚がなく、何の感情も感じられない。
「パパ…。ロボットになっちゃったの?」
ミカは、自分が今相対している相手が、ロボットにはなってしまっているが、きっとパパなんだと確信した。でも、一体何が起こってしまったのか? もう一生会えないかもしれないと思っていたパパと再開することができたのはうれしかったが、一方では、パパが、もう自分の知っているパパではないような気がして、戸惑っていた。
「そうだよ。ロボット達は私達との約束を守ってくれた。ウラニャースにいたウラネコ達は、一人残らず、みんなロボットになったよ。もちろん、ママも含めてね。それで、後残っていたのは、ミカ一人だけだったんだ。そして、やっと見つけたよ。ミカのこと、パパもママも随分と捜したんだよ。さあ、一緒に故郷に帰ろう。そして、ミカもパパやママと同じようにロボットになるんだ。うむ。何とも素晴らしいことじゃないか。」
ミカのパパは、無機質な声と表情で、ミカにそう語り掛けた。
「…そんな約束してない。一体…一体どうしちゃったのパパ? 絶対ロボットにはならない。そうなったら、もう家族じゃないって、そう言ってたじゃない。」
ミカは、パパに向かってそう訴えた。一方ほたるは、二人の様子を交互に見ながら、オロオロすることしかできない。
「ふむ、そんな約束をした記録はないな。多分、それはミカの勘違いだろう。それにミカ。こうして再び君に会うために、実に五百年以上の時間が掛かったんだぞ。もし、私も、そしてママも、ロボットになっていなければ、家族全員が、こうしてまた一緒になれることはなかったんだ。」
「五...五百年?」
ミカは、宇宙船に乗ってから地球までの道のりについて、体感だと、五分程度にしか感じられなかった。でも、実際は、かなりの時間が経過していたのだと思っていたが、本当は、それまでに五百年という、気の遠くなるような時間が経過していたとは、夢にも思わなかった。
「そうだ。ロボット達は約束を守ってくれたんだ。私達家族が全員ずっと一緒にいられるように、私達にだけ特別な配慮をしてくれたんだ。それで、ミカが宇宙船に乗ってウラニャースを出て行ってからも、ずっと君のことを捜していたんだ。」
「…嘘だ。」
ミカは、決して受け入れられない事実を眼前に突き付けられ、愕然としていたものの、その一言だけを絞り出した。
「嘘じゃないさ。ロボットには嘘をつくという機能は備わっていない。それに、あれから五百年。ウラニャースは、我々ロボット達の叡智によって素晴らしい発展を遂げたんだ。ほら、あの光をご覧なさい。」
パパはそう言うと、自身のメカメカしい尻尾をガチャガチャといわせて、光が差す方向を示した。
「あれは…ウラニャースの光の塔?」
「そう、その通り。あれはまさしくウラニャースの光の塔だ。あの光は、ウラニャースの奥底に眠るエネルギーの塊が、地中から湧き出して、天空高くまで伸びているという惑星ウラニャースの象徴と言えるものだ。そして我々ロボットは、その驚異的なエネルギーを別の次元へと繋げる大きな力へと転換することに成功し、今日こうして君に会うことができたのだ。」
ミカは、自分がウラニャースから出て、その後五百年の間に、故郷で起こったことを想像すると、悲しさと絶望が交差し、しばらくは口を開くことができなかった。そして、
「…パパ。…私、ロボットになっちゃうの?」
「そうだ。その通りだ。」
「…そう…約束した?」
「そう、約束通りだ。」
「…嘘だ。」
「嘘じゃないさ。さあ帰ろう。ママにも会いたいだろう。ママも君のことを待ってるぞ。」
ミカのパパがそこまで言ったところで、ミカの感情が爆発した。
「嘘だ! パパもママもそんなこと絶対に言わない! ロボットさん、私のパパとママを返して。お願い…お願いします。」
ミカは、そう叫びながら、涙をポロポロと流し始めた。
ミカのパパは、ミカの様子を無感情で無機質にじっと見ていたが、
「やれやれ。やはりウラネコというのは、感情というものがあるから、何が正解なのか理性的な判断をすることができない。何かと面倒な存在なのだな。さあ、我がままなんか言ってないで帰るぞ。」
そう諭すように言うと、
「パパ。私、ウラニャースを救ってくれる伝説の五色の魔法子猫達を見つけたよ。私の隣にいるほたるも、人類だけど、伝説の五色の魔法子猫の一人なんだよ。」
ほたるは、ミカに急に自分のことをミカのパパに紹介されても、どうしたらいいのかわからない。
「伝説の五色の魔法子猫達? 確かに、この広い宇宙の中には、そういう存在がいる可能性が0ではないのかもしれないが、今のウラニャースには必要のない存在なんだ。ウラニャースにいる全てのウラネコ達はロボットになって、永遠の生命を手に入れることができた。それに、社会は平等で何の不満もない。まさに平和そのものだ。それに…」
ミカのパパは、目の前にスクリーンを映し出し、尻尾を使ってそのスクリーンをパチパチと叩きだした。どうやら、ほたるのことを分析しているようだ。
「うむ、やはり。ミカ、残念ながらその人間は、伝説の五色の魔法子猫でも何でもない。分析してみたが、何の相違点もない。至って普通のこの惑星に住む人類の一人だ。」
「そんな…。」
ミカは、ほたるを見つめながら、やっと今日、わずかに希望の光が見えてきたと思ったのに、それが、一気に絶望的な気持ちになってしまった。ほたるの方も、そんなミカを見ながら、自分が伝説の五色の魔法子猫達の一人ではないことにホッとするような気持ちはなく、今回は自分が伝説の五色の魔法子猫の一人でなかったことが、本当にミカに申し訳ないという気持ちで一杯になった。
「ミカ。いつまでも我がままを言ってはいけない。さあ、すぐに帰るんだ。」
ミカのパパは、そう急かした。
「…イヤだ。」
ミカは拒絶した。
「ふむ、仕方ない。こうなったら力ずくででも連れて帰るしかないようだ。」
ミカのパパは、再び目の前のスクリーンを操作すると、光の中から、なにやらロボットのような一体の物体が出てきた。それは3m程の大きさで、全体的に手足の関節の可動域も少なく、シンプルな構造をした、地球でもごく初期に想像されていたような典型的な形状をしたロボットだった。ロボットの頭頂部にお飾りのような丸い顔のような物がつけられていて、それに簡単な猫耳と目と口のような物がつけてある。そして、ロボットの右手の先はクレーンのような物がついてあり、それで対象物を捉えるようだ。そして、左手は吸盤のようになっていて、捉えた対象物を保持するために使うようだ。それは、ウラニャースの建設現場で使われる、一般的な現場猫ロボットだった。
そのロボットは、光から出てくると、一定の速度で、ミカに向かって進んできた。ちなみに、走るのは、実際に足を使って走っているのではなく、足の底に備わったローラーみたいなものを使って走っているようである。それに、2mくらいジャンプすることが可能なようである。
「現時点では、これくらいのロボットしか別次元に転移することはできないが、まあこれでも十分だろう。」
ミカのパパは、そう言いながら、ロボットから逃げるミカの様子を冷静に観察している。ミカは、グラウンド中を走りながら、ロボットから必死に逃げ回っている。ロボットは、右手のクレーンの狙いをミカに定めると、クレーンがミカに向けて発射された。クレーンと右手はチェーンで繋がれており、何か対象物を掴むと、右手に戻ってくる仕組みになっているようだ。ほたるは、そんなミカの危機的な状況を見つめていたが、怖くて何もすることができない。ほたるは、なみ、お願い。早く来て! と、そう心の中で祈った。ミカは、始めの方は、ロボットのクレーン攻撃を軽やかにかわしているかのように見えたが、実はそうではなかった。一般的な量産型の現場猫ロボットといっても、やはりウラニャース製のロボットだ。ロボットは、ミカを追いかけ、クレーンを発射しながらも、ミカの動きの特性を分析しており、徐々にミカは校庭の奥の方へと追い詰められていき、逃げられる場所がなくなってしまった。そして、現場猫ロボットから正確にクレーンが射出されると、それは正確にミカの胴体を掴み、右手に戻ると、すぐに、ミカは左手の吸盤でしっかりと固定されてしまった。
ミカのパパは、ロボットの方まで行くと、
「さあ、それじゃ帰ろう。」
と、言うと、ロボットを引き連れて、光の方に向かって、ゆっくりと進みだした。
「助けて!!」
ほたるは、校庭の奥の、遠くから、ミカの助けを呼ぶ声がかすかに聞こえた。すると、ほたるは何も考えず、ミカが捕らえれている方に向かって、自然と駆け出した。そして、ミカの近くまで行くと、
「ミカ!」
ほたるは、涙を流しながらミカに向かってそう叫んだ。
「ほたる…。助けて。」
ミカは、見ているのがかわいそうになるくらい惨めで、悔しそうにシクシクと泣いていた。ミカのパパと現場猫ロボットは、そんな二人には全く興味がないように、真っすぐに光の方へ向かって歩いている。このままだとミカがウラニャースへ連れていかれる。そして、ロボットにされてしまう。ほたるは、自分が本当に伝説の五色の魔法少女だったら、そう強く心に願った。
その時、二人に奇跡が起きた。




