14 (1-13) なみの春休み★最後の日
ほたるのお家に行って、初めて、なみ以外にも、おしゃべりできる人間を発見した、春休みの四日目以降、伝説の五色の魔法子猫達の捜索は、相も変わらず続けられてはいたものの、五日目以降になると、ミカ自身も、魔法子猫達の捜索には、徐々に積極的ではなくなってきて、なみの家族や、なみの友達と一緒に過ごす方を優先するようになった。なみのパパとママも、自分達が洋食屋の休みになると、なみやミカと一緒にどこかに遊びに行った。そして、なみも、自分の友達をできる限りミカに紹介した。時にはなみの友達と、時にはほたると、時にはほたると友達と一緒に、なみとミカは、共に幸せな時間を過ごした。そして、ミカとおしゃべりができたのは、結局、なみとほたるの二人だけだった。いつも春休みは、新しいことに挑戦したり、家族や友達と過ごしたりで、毎年充実したものになるのだが、それでも、こんなに楽しくて幸せな気持ちで春休みを過ごしたのは、なみにとっても初めてのことだった。それは、ミカがいたからであった。でも、なみは知っていた。ミカは、自分達の家族の一員になるために地球に来たのではない。彼女には、自分の家族、そして自分が生まれ育った惑星を救うという大切な使命があるのだ。彼女は、それを今も決して忘れてはいない。それは、なみのパパとママも薄々感じていた。そして、彼女が出ていくとすれば、春休みが終わって、なみの学校が始まるタイミング、二人がずっと一緒にいられなくなる時になるだろう。なみ達は、ミカの方から、いつこの話を言い出してくるのか、ビクビクしながら待ちかまえていたが、今の所、ミカからは、そういう動きもなかった。
でも、もしミカから、伝説の五色の魔法子猫達を探すためお家を出ていく、なんて言われたらどうしよう? あなたのような小さくてか弱い子猫には絶対に無理だからやめて、なんて、彼女に課された使命の重さを考えると、そんなこと言えるはずがない。だからといって、彼女と一緒に世界中を旅するなんて、私が彼女についていったとしても、何の役に立つこともできない。彼女の足を引っ張るだけだ。なみは、自分の無力さを呪った。そして、どうかミカのことを助けて下さい、と、初めて心の底から神様にお願いした。
そして、とうとう春休み最後の日が来た。なみのパパとママも、この日は洋食屋を臨時休業日にし、家族全員で近くの山までピクニックに行くことにしていた。本日は晴天で春らしく、長袖一枚くらいで過ごせるくらいの、穏やかで気持ちのいい絶好のピクニック日和である。今日は、洋食屋でメインシェフを務めるなみのパパが、ミカのために特別に作ったスペシャルお重付きだ。ちなみに、その洋食屋は、元々はなみの祖父が始めたものなのだが、なみのパパがまだ若くて修行中の頃に、不幸にもその祖父が亡くなってしまったため、予想外にも早くに引き継いだ店である。そしてその頃、近くで女優をしていたなみのママは、元々祖父の代からのその洋食屋のファンであり、そして、パパとパパの料理に一目惚れしたママの猛アタックの末、二人は結婚して一緒に洋食屋を盛り上げていくことになったそうである。ママも、女優として当時それなりに人気があったそうなのだが、特に女優に未練はなかったようである。なみも、昔ママに聞いたことがあるそうだが、ママは、「人間関係がちょっとね…」と言うだけで、あまり言いたくなさそうだったので、それだったら別に聞く必要もないかなと思ったので、それ以上、特に聞くこともなかった。
この日は、午前は家族全員お家でゆったりと過ごすと、昼前にはパパの運転でピクニックの目的地である兜山の方へと向かった。兜山は比較的小さな山で、山頂近くまで車で行くこともできるのだが、天気もいいしせっかくなので、ということで、登山口近くに車を駐車すると、そこからは山頂を目指して家族全員山道を歩いた。なみにとっても、兜山に来るのは、小学校の時の遠足振りくらいだった。なみの家族は、今日の山登りにちょうどの、春らしいスポーツウエアを揃えて身に着けていた。なみとパパとママは、特に早くもなく遅くもないペースで坂道を歩いていたが、ミカも家族のペースに遅れることなく、トコトコとかわいらしい歩き方で、後ろからついてきている。それから、やがて1時間くらいが経過すると、山の中腹にある公園に到着し、そこで少し休憩することになった。そこは少し広めな公園で、なみの家族の他にも、何組かの家族連れやカップルが来ていた。なみは、家族と公園のベンチに座ってお茶を飲んでいると、その家族連れの中に、知っているらしい女の子を発見した。
「あれ? あの娘はもしかすると、新葉さんかな?」
なみは立ち上がって、右手で目の上にひさしを作って、太陽の眩しさをかわしながら、じっと確認していたが、向こうの方もなみの存在を確認すると、ベンチから立ち上がって、なみの方に近づいてきた。そして、なみの目の前まで来ると、
「こんにちは。やっぱり日乃彩さんだ。今日はご家族でピクニックに来たの?」
彼女の名前は、新葉みく。なみと同じ宝石女学院高校に通う高校生で、高校1年生ながら、生徒会の副会長をしている。なみとは違うクラスだが、同じ中学校の出身で、中学時代はクラスメイトだったこともある。中学時代の成績は常に学年トップで、成績優秀ななみも、一時猛勉強をしてテストに挑んだことがあるが、それでも学年トップは譲られなかった。まさしく「The優等生」といった感じの女の子で、外見も、高身長で、茶色がかった金髪の長髪を後ろで三つ編みにまとめ、日本人離れしたくっきりとした目鼻顔立ちから、きっと近い親族に外国の血が混じっているのではないかと、同級生からは噂されている。実家も何かの会社を経営しており裕福だそうで、成績は優秀、容姿も端麗ということで、常に余裕のある佇まい、何か高貴なオーラが漂っているような感じがして、特に彼女自身には嫌味な感じはないのだが、なぜか常人には近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「こんにちは新葉さん。うん、家族でピクニックに来たんだ。新葉さんもご家族で?」
「ええ、そうなの。春休み中は、何かとずっと忙しかったんだけど、偶然私と家族全員の休日が今日に重なって、せっかくだからどこかに行こうかっていうことになって、それで、なぜかわからないんだけど、ここに来ることになって。でも、本当に偶然ね。」
新葉さんは、優雅な表情を浮かべながら笑顔でそう言うと、なみの家族達にも挨拶した。それから、なみと二言三言話をすると、
「そうか、日乃彩さん達はこれから山頂へ向かうのね。私達家族はこれから帰る所だから。それじゃ、気をつけてね。」
そう言うと、新葉さんは、自身の家族の元へと帰っていった。
「なんか、すごい人だね。新葉さんって言う人。」
ミカも、新葉さんが醸し出す独特なオーラを感じとったようで、感心のあまり、思わずすごいと言ってしまった。
「うん、新葉さんって本当にすごくって。中学で同じクラスだった時も、クラス委員で生徒会長だったし、学校の成績なんかいつもトップで、運動もすごく得意で、それなのに、そんなこと全然自慢するようなこともなくって、彼女にとっては、それが常に当たり前のことなんだ。でも彼女、本当はすごい努力家で、塾とかたくさんのお稽古を複数掛け持ちしていて、いつも忙しそうだった。だから私、中学時代は、新葉さんとはあまり親しくなれなかったんだけど…」
「ふーん。」
ミカは、やはりすごいとしか特に感想がなかった。
「よし! そろそろ出発するか。」
公園で20分程の休憩を済ませた後にパパがそう宣言すると、なみの一家は、再び山頂を目指して出発した。それから一時間程坂道を登ると、やっと目標の兜山山頂地点に到着した。兜山の山頂は、見晴らしもよく、宝石市内が一望できる。それに平面部分が広くて、ピクニックシートを広げて、のんびりと家族がくつろいでお弁当を食べるには最適の場所だ。なみはミカを抱っこして、「あの辺が私達のお家だよ。」とか、「あの辺にパパとママの洋食屋があるんだよ。」と、ミカに説明している。ミカも景色を見ながら、なみの言うことに対して、うれしそうに、うんうんとうなずいている。やがて食事の準備も終わったので、ピクニックシートに座って家族全員でのお弁当タイムとなった。やっぱりパパの作ったお弁当はおいしいな。ママには申し訳ないけど、料理に関してはパパが一番だな、となみは心の中でそう思った。パパもママも、幸せそうに他愛もない会話をしている。それに、ミカも本当に幸せそうだ。すると、パパが不意に、
「ミカが私達の家族の一員になってくれて本当によかったな。」
と、しみじみと口にした。でも、なぜかその言葉が、なみ達には、ミカとのお別れの言葉のように聞こえた。言った本人のパパ自身さえもそう感じたので、それ以上は誰も口がきけなかった。
「パパ、ママ、なみ、ありがとう。」
ミカが心を込めて、みんなに感謝の気持ちを伝えた。
パパもママも、ミカが何を言っているのかわからなかったが、ずっと一緒にいたので、ミカが自分達に何を伝えようとしているのか、雰囲気で大体わかるようになっていた。そして、パパもママもなみも、ここで泣いてしまったら、本当にお別れみたいじゃないかと思ったので、三人とも涙を必死に我慢した。
それからは、話をすることもなく、静かに食事を終えると、
「冷えてきたらダメだから、そろそろ山を降りるか。」
パパが言ったので、家族は山を降りることにした。そして、それから何かが起きることもなく、山を降りて駐車場の方に戻ると、車に乗ってそのままお家に帰った。
もし、ミカが今日でお別れすると、なみ達に伝えていれば、お家に帰った後に、ミカのお別れパーティーを開いてあげなければいけないのだが、今に至るまで、特にミカの口からそういう言葉も出なかったので、特別なことはできない。それに、今日の昼食は少し遅めだったので、夜は普段通り家族で軽めの食事をとることになった。食事中も、自然と、今日で春休みが終わるなみとミカの話題になった。
「なみも、もう明日から2年生なんだ。つい最近までは、ほんの小さな女の子だと思ってたのに、月日が流れるのって本当に早いわね。」
ママがなみの方を見て、ニコリと微笑むと、
「うん、1年生の時もすごく充実してたし、2年生になっても、1年生の時よりも充実した高校生活が送れるといいな。それに…ミカもいるしね。」
なみがミカの方を向いて幸せそうに笑うと、
「そういえば、なみが学校に行ってる間、ミカのことはどうしようか?」
と、パパが聞いてきたので、
「そうなんだよね。私と一緒に学校に連れて行くわけにもいかないし…」
「そうね。かといって、お店の方に連れていくこともできないし…」
ママはそう言うと、聞いた本人のパパも含めて、
「う――ん。」
と、真剣に悩んでいだ。すると、
「私、じっとお家でお留守番してるよ。」
ミカが尻尾を垂直に立てて、そう答えた。
そのことは、ずっとどうしたらいいか家族で考えていた問題だったが、実は考えなくとも、それ以外に方法はなかった。
「うーん、できればそれだけは避けたかったんだけど…。私もミカと一緒に学校にいける方法を考えるから、とりあえず明日はそれで我慢してね。」
なみは、ミカに対して申し訳なさそうにそう言った。
「うん。」
「それと、みんなが外出している間は絶対外に出ちゃダメだよ。もし誰かがお家に来ても、絶対出ちゃダメだよ。」
「うん。」
「そうよ。ミカみたいなかわいい子猫が、外なんか歩いてたら、絶対誰かが連れて帰ってしまうわ。」
「そうだな。ミカの魔法も、大人相手だったら通用しないかもしれない。それに、ミカの能力や魔法が誰かに見られでもしたら、大変なことになってしまうだろうしな。」
なみのママもパパも、続けてミカにそう念を押した。
「うん。」
とりあえずだが、一番の懸案事項だったミカの問題が解決したので、その後なみ達は、いつも通りに食事をとった。そして、食事ももう終わりという時だった。
「…あの」
ミカが真剣な顔をして、なみに話し掛けた。
「何? どうしたの?」
なみは一瞬ビクッとしたが、平静を装いながら、ミカに対し無理に笑顔を作りながら、そう返答した。
ミカは、まずはなみを次にパパとママの方を向くと、その瞳に涙を溜めながら、
「ありがとう。」
ミカは、本当は頭を大きく下げて、みんなに感謝の気持ちを伝えたかったのだが、頭を下げてしまうと涙がこぼれてきてしまいそうだったので、少し顔を上に向けたままで、その一言だけを精一杯伝えた。
なみのパパもママも、ミカが何を伝えたいのか、その気持ちが十分に伝わってきたので、涙が堪えられなくなり、
「ちょっと、洗い物しなくっちゃ。」
「よし、それじゃテレビでも観ようかな。」
と言って、二人ともキッチンとリビングの方に行ってしまった。
でも、なみだけは、これはお別れの挨拶じゃないんだ。だから、ここで泣いちゃダメだ。と思って、イスに座りながらも、必死に涙を堪えた。
その後、家族全員でリビングでゆっくりとくつろいだ後、なみとミカは一緒にお風呂に入り、それから、なみの部屋に入った。そして、雑談したり、伝説の五色の魔法子猫達のことを少し調べたりしていると、ミカが少しウトウトとしてきたので、お休みすることになった。なみはベッドに入り、ミカも春休み早々に買ってもらった自分のベッドに潜り込むと、なみは部屋の灯りを消した。なみは、自分が寝ている間に、ミカが出ていってしまうのではないかと不安で仕方なかったので、しばらくの間、ずっとミカの方を見ていたが、やがて、ミカのベッドの方から、スース―と寝息が聞こえてきたので、やっと安心して自分も眠ることができた。




