13 (1-12) なみの春休み★一週目
ミカが地球に降り立ってから、三日目が過ぎ、そして四日目が過ぎたが、特に何の情報も得られず、時間だけが過ぎて行った。その間、ミカは、なみとさらに仲良しになり、二人の絆はより深まった。ミカにとって、日乃彩家は居心地がよく、本当の家族のようにリラックスして過ごすことができる。できれば、いつまでもこうしていたいという気持ちはあるが、でも、このままだと地球で飼われているペットの猫と何も変わらない。それに、いつまでも日乃彩家の世話になってはいられない。地球に降り立って、今日で五日目だが、伝説の五色の魔法子猫達の情報は全く得られない。それに、正直言って、もう打つ手がない。あと残されているのは、とにかく世界中を自分の足で歩き回って、地道に伝説の五色の魔法子猫達を探すくらいしか方法が浮かばない。なみの春休みは二週間と言っていたので、それが終わったら日乃彩家から出ていこう。ミカは心の中でそう決めていた。
なみはイスに座って机に両肘をついて、今もミカのことを真剣に考えてくれている。
「う――ん、本当にどうしたらいいんだろう? やっぱり難しいや。」
「なみ、ごめんね。せっかくの春休みなのに、本当は友達と一杯遊びたいのに…」
ミカは、自分のこんな雲を掴むような任務に、なみを巻き込んでしまったことが、本当に申し訳なかった。
「コラ、そんなこと言うんじゃない。私はミカと一緒にいることの方が、友達と一緒にいるより、ずっと楽しいんだから。」
なみは、ミカに対し少し怒った顔をしてみると、イスから立ちあがり、ミカを抱きかかえると、そっとその胸に抱きしめた。
「うん、ごめんね。私もなみと一緒にいるの、すごく楽しいよ。」
ミカもなみを尻尾でギュッとしながら、そっと目を閉じた。
「ミカ、大好き。本当の妹みたい。」
「うん、私もなみのこと大好き。」
しばらく、二人は抱き合ったままじっとしていたが、なみは、突然何かアイデアを思いついて、ミカをそっと机の上に戻すと、
「そうだ。こうやって一日中パソコンとにらめっこなんかしてたら、気が滅入っちゃうよね。だったら今日は気分転換にどっか遊びに行こうか?」
「うん、そうしよう。」
ミカも笑顔になり、すっかり元気が戻ってきたようだ。
「でも、ミカはそのままだと電車にも乗れないし、一緒に行けるところなんかも限られてきちゃうし。どうしようかな? …そうだ! ねえ、ミカって魔法が使えるでしょ? もしかしたら人間に変身したりできないの?」
「うん、昔はそういう魔法も使えたみたい。絵本に書いてあるような魔法は全て使えたって、ママもそう言ってた。それに、伝説の五色の魔法子猫達だったら、そういう魔法もきっと使えると思うよ。でも、私は小さい物を運んだりとか、そんな簡単な魔法しか使えないの。ごめんね…」
「やっぱりそうか…残念。でも、ミカが謝る必要なんて全然ないよ。私なんて魔法さえ使えないんだから。それに、ミカはとってもすごいんだから。私達地球人の方が、ミカのすごさについていけないだけなんだから。私こそごめんね。ミカが、もし人間に変身できたら、一緒に色々な場所に遊びにいけるのにな、ってちょっと思っただけだから。」
「うん、そうだね。」
それから、なみは少しうーんと考えていたが、やがて何やらアイデアが思い浮かんだ。
「そうだ。そしたら、これから私の友達のほたるの所に遊びに行こうか?」
「ほたる?」
「うん、奈野原ほたるちゃんって言って。私の小さい頃からの友達で、とってもやさしくていい娘なの。でも、今日はお仕事じゃなきゃいいんだけど…」
そう言うと、早速なみはほたるに連絡を取った。そして、しばらくやりとりをすると、
「よかった。今日はお仕事じゃないみたい。今お家にいるから来ていいよって。それじゃ、早速ほたるのお家まで出かけよう。」
二人はお家を出て、ほたるのお家へと向かった。ほたるのお家は、なみのお家から歩いて10分程の距離にあって、ほたるのお家は、レンガのサイディング造りのおしゃれな一軒家だった。なみがインターホンを押すと、玄関からすぐにほたるが出てきた。
「いらっしゃい。」
ほたるは、ニコニコと満面の笑顔で二人を出迎えた。よっぽどなみに会いたかったんだろう。そして、なみの下にいるミカを発見すると、
「へえ、この子がミカちゃんね。わー、かわいいな。それにすごくキレイな毛並み。」
「そうでしょ。」
なみも、まるで自分が褒められているみたいに誇らしい気分だ。
そんな二人の様子を見て、ミカはキョトンとしている。
「なんで、この娘、私のこと知ってるの?」
ミカは不思議そうな顔をして、なみにそう尋ねた。
「うん。友達のみんなには、春休みに私の家族が増えたよって連絡してたんだ。」
「そうだったんだ。」
なみとミカはお家に上がると、ほたるに案内されて二階のほたるの部屋に入った。ほたるの部屋は、そのかわいらしい外見に似つかわしく、たくさんのぬいぐるみに囲まれたファンシーな部屋をイメージしていたが、それとは逆の、部屋全体を薄いイエローでコーディネイトされた機能的な部屋で、壁や床には、白黒の人物の写真や幾何学的なおしゃれなデザインのポスターが立てかけられており、彼女のセンスの良さを感じとることができた。ほたるは「ちょっと待っててね。」と言うと、台所までお茶とお菓子を取りに行くために、部屋を出ていった。
「なんかおしゃれな部屋だね。」
ミカは部屋全体をキョロキョロと見渡しながら、部屋っていうのは、その人の個性が出るもんなんだって思った。
「そうでしょ、彼女すごくセンスがいいんだ。それに、ほたるはかわいいから、雑誌とかでモデルの仕事なんかもしてるの。でも彼女、将来はファッション業界でデザイナーの仕事をしたいんだ。それで、その勉強のために、今はモデルの仕事をしてるの。」
「でも、雑誌のスカウトに最初に声を掛けられたのは、なみの方だったじゃない。」
ほたるがドアをガチャっと開け、お茶とお菓子を乗せたトレーを持って部屋に入ってきた。
「そうだったかな?」
「そうだよ。学校帰りに二人で駅前を歩いてたら、突然雑誌社の人に声を掛けられて、名刺を渡されて。でも、なみはごめんなさい、私はそういうことに興味がないんですって言って、速攻で断って、近くで中学生が募金をやっているのを見つけると、すぐにそっちに行っちゃって。それじゃ、あなたはどうですか? って言われて、結局私だけモデルをやることになったんだよ。」
「そう言えば、そうだったかな?」
「ふふ。なみは街中でそういう人達に声を掛けられることが多いから、あまり覚えてないんだと思うよ。」
ほたるは、クスッと微笑んだ。
「そうかな? でもね、ほたるは雑誌でもすごい人気なんだよ。」
なみは、ミカに向かって自慢げにそう伝えた。実際にほたるは、その雑誌の読者人気投票で、いつも一位か二位になっているという。
「ふーん。」
ミカは、なみにそう答えると、ほたるの方をじっと見た。
ほたるも、お茶とお菓子を二人に差し出すと、ミカの方をじっと見た。
そして二人は少し目を合わすと、まずはミカの方から挨拶した。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
続いて、ほたるはミカに挨拶をすると、なみの方を見て、
「それにしてもすごくキレイな猫だね。この子猫、アメリカンショートヘアだよね? でも、何で突然猫を飼うことにしたの? なみが猫を飼いたいって話、最近でも聞いてなかったのに。別に拾ったわけでもないよね? こんなにかわいい子猫を捨てる人なんていないだろうし…」
ほたるは、なみの実家が飲食関係の仕事をしている関係上、彼女がペットを飼うことに、あまり積極的ではないことを知っていたので、それなのに、なんで急に猫を飼うことにしたのか不思議だった。それに、春休みになったら、ずっとなみと一緒に遊ぶことを楽しみにしていたので、今まで、すごく寂しかったのだ。
「う――ん。」
なみは、ほたるにだったら話しても大丈夫かな、と本当のことを言おうか言うまいか、真剣に悩んでいた。
「でも、こんなかわいい子猫だったらしょうがないかな。私だって、すぐに飼いたくなるもん。」
ほたるは、ミカの方を見ながら、うれしそうに笑った。
「ありがとう。」
ミカは、ほたるの方を見てそう言うと、少し頭を下げた。
「ふふ、それにお利巧さんだし…」
そこまで言うと、ほたるは急にしゃべるのをストップし、
「あれ?」
ほたるは、ビックリしたようにミカのことをじーっと見た。
「どうしたの?」
ミカは、不思議そうに首を傾げながら、ほたるの方を見ていた。
ほたるは、ものすごく頭が混乱して、なみとミカを交互に見返すと、やがてなみに向かって、
「もしかして…この子猫…しゃっべてる?」
と、恐る恐る聞いてみた。
「え――!? なんで?」
なみとミカは驚きのあまり同時に叫び声をあげると、ミカは前後の足を真っ直ぐにしながら、ピョーンと空中に跳ね上がった。
なみは、少しして落ち着きを取り戻すと、
「ほたる。あなた、ミカが何をしゃべってるのかわかるの?」
ほたるの方は、なみ達に比べ、落ち着きを取り戻すのにかなりの時間を要し、しばらくはハーハーと呼吸困難に陥りながら、
「…うん。…やっぱり…しゃべってるんだ。…この子猫。」
と、精一杯の力を振り絞って、なみ達にそう返答した。ほたるは、頭が混乱してフラフラになって、今にも倒れそうだ。もしも猫が急にしゃべり出したとしたら、普通の人間だったら、意味が分からなくて、自分の方がおかしくなったんじゃないかと、パニックに陥いるのが当たり前だ。それに、ほたるは、普通の人と比べても、内気で気が弱い方だ。そのため、通常の人間より、はるかにダメージが大きかった。
「ごめんね。ミカがしゃべれるってこと、わからないと思ってたの。」
なみは、ほたるに必死に謝りながら、ほたるの看病をしていた。ミカは、これ以上彼女を混乱させてはいけないと思い、心配そうにほたるの様子を見ながら、しばらくの間は黙っていることにした。そして、しばらくすると、ほたるの体調も回復してきて、落ち着いてなみの話を聞くことができる態勢になったてきた。
「ほたる。あのね、実はミカはね、地球の猫じゃなくて宇宙猫なの。」
「う、宇宙猫?」
なみから新たなパワーワードが飛び出してきて、ほたるは、また混乱しそうになった。だがその後、なみも、ほたるが混乱しないよう、ゆっくりと丁寧に事情を説明することで、やっとほたるの方も落ち着いて、なみの話を聞くことができるようになった。そして、ミカがしゃべることにも慣れてきたので、それからは、三人で話ができるようになった。そして、二人から聞いたミカとウラニャースの悲劇に、ほたるも大きなショックを受け、しばらくは涙が止まらなかった。それから、ミカが地球に来て日乃彩家で暮らすことになってからの五日間についても、ミカのコンピュータ上で起きた、魔法少女の不思議な検索結果についても話をした。
「へえ、それは不思議だね。」
ほたるは、目の前の大型スクリーンに映し出されたミカのコンピュータの魔法少女の検索結果を見ながら、検索結果が不思議なのか、目の前の大型スクリーンが不思議なのか、もはやわからなくなっていた。
「それじゃ、私の方でも一応見てみようか。」
ほたるはそう言うと、自分のスマホで伝説の五色の魔法少女のことを検索してみた。そして、最新の第30シリーズのホームページも確認したが、ほたるが見ても特に何も変わりはなかった。
「やっぱり私が見ても、特に何も変わらないね。」
三人は特に何も期待してなかったので、予想通りの結果を受けても、別にショックはなかった。でも実際には、画面上に表示されている黄色の魔法少女は、どう見ても奈野原ほたるにしか見えなかった。
「でも、なんでほたるは、ミカがしゃべっていることがわかるんだろ?」
なみは、不思議そうにそう言うと、ミカとうなずき合った。
「えっ? ミカちゃんがしゃべれるって、誰にでもわかるんじゃないの?」
ほたるは、意外そうな表情をして、なみにそう尋ねた。
「実は、ミカとおしゃべりできるのって、今まで私一人だけだったの。私のパパとママも、ミカとおしゃべりできないし。街中を歩いていてても、今まで誰一人ミカがしゃべってることに気づかなかったんだ。だから、ほたるがミカがしゃべってることが理解できるってわかった時、私達の方でもすごくビックリしたんだ。」
「へー、そうだったんだ。」
「うーん、なんでだろう?」
ミカは、男性と女性、赤ちゃんから老人まで、今まで街中で、たくさんの人に対し、しゃべり掛けてみたが、誰一人として自分がしゃべっていることを理解している人はいなかった。ミカは、試しにコンピュータを使って、今までの情報を分析してみたが、答は得られなかった。
「もしかすると、私か私の友達だったら、ミカの言葉がわかるのかもしれない。」
なみは、何かいいアイデアが浮かんだかもしれないと思った。
「うん、そうだね。試してみてもいいかもしれない。」
ほたるは、多分当たってないと思ったが、試してみる分には、別に悪くないと思った。
「そうだね。明日からダメ元でいいから、やってみようか。」
なみは自分で提案したアイデアだったが、実は当人もあまり期待していないみたいだった。
それからは、ミカのこと、ほたるのこと、お互いのことを話したり、ミカの長い尻尾や魔法を少し見せてもらったり、雑談をしたりして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。そして、時間も遅くなってきたので、なみ達はお家に帰ることにした。ほたるは家の外まで行って、ずっと手を振って、二人のことを見送ってくれた。
「ほたるっていい娘だね。」
ミカは、なみに向かってそう言うと、
「うん、そうでしょ。私の一番のお友達なんだ。」
なみも、ほたるのことをミカに好きになってもらえて、笑顔一杯だった。




