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第92話 魔物の巣窟 ~センティピード~

 ガーゴイルとゴーレムの襲撃を退けたが、ダンジョンの歓迎はまだ終わらない。


「ミヅキ様、どうやら気を抜くのはまだ早いようです」


「えっ?!」


 アイアノアが油断なく、ミヅキに背を預けて周囲を警戒し始める。

 エルトゥリンもそれは同じで、ミヅキらに向かってすぐに叫んだ。


「姉様ッ、ミヅキッ、囲まれてるっ!」


 ざわざわとうごめく不気味な気配が三人を取り囲む。

 そいつらはダンジョンの壁の隙間、柱や瓦礫の陰に身を潜めて獲物が迷い込んでくるのをずっと待っていた。


「うぇっ、気持ち悪っ! しかも、でかい……!」


 ミヅキは登場した新手たちを見て表情を歪める。


 気味の悪いそいつらはそこら中から這い出てきた。

 黒く長細い胴体から、わさわさと左右50対100本もの足を生やし、頭部には二本の赤い触覚を揺らめかせ、複数ある顎と鋭い顎肢がくしがのぞいている。


 その魔物の元となった動物はせいぜい10~20センチ程度だが、周りを囲むそいつらの大きさは2メートル以上はあった。

 多足類、巨大ムカデのモンスター、センティピードである。


「ミヅキ様、用心して下さいましっ! 大方、先の魔物との戦いで私たちが弱っていると思い違いをして捕食に出て来たのでしょう。迷宮のムカデや昆虫の魔物たちはダンジョンの掃除屋のようなものですから……!」


 背中合わせで表情はわからないが、声の感じから嫌悪感を感じさせるアイアノア。

 長命なエルフとはいえ、やはり女性らしくムカデ型の魔物は苦手のようだ。


 たちまちセンティピードたちが集まって黒い壁が出来上がる。

 おぞましい円陣を作り、ミヅキたちを中心に追い詰めた。


「姉様、ミヅキ、私がこっち側をやるから、そっちはお願い」


 じりじりと後退してきたエルトゥリンの背中越しの声。

 見回せば全周囲、ムカデの魔物に包囲されて蟻の這い出る隙も無い。


 人間よりも大きく、無数の獰猛どうもうな肉食モンスターにこうも囲まれては、おそらく並みの冒険者では太刀打ちできない。

 それどころかもう打つ手は無く、死を待つばかりだろう。


「まったく、次から次へと……。アイアノア、太陽の加護の手助けを頼む」


「はい、お任せを!」


 アイアノアの背にミヅキは言った。

 普段ならこんな巨大ムカデの怪物の大群には間違っても立ち向かいはしない。

 だが、今は違う。


 夕緋と再会するため、こんなところでやられる訳にはいかない。

 そして、何故かエルトゥリンの星の加護に妙な対抗意識が湧いていた。


「よぉし、いくぞ。見てろよ、エルトゥリン。俺とアイアノアだって凄いんだぞ」


 唐突なアピールを受け、エルトゥリンはきょとんとしている。

 静かに殺気立っていたのに、急に毒気を抜かれた感じだ。


 再びミヅキの顔に浮かんだ回路模様が光を増した。

 アイアノアの掲げる太陽の加護は、地平の加護発動に呼応して輝きを放つ。


『洞察済み概念より技能再現・対象選択・《勇者ミヅキ》』


 ミヅキは身をかがめると、ダンジョンの冷たい床にぴたりと両手を付いた。

 瞬間、ミヅキにパンドラ中から魔力が集束し、ダンジョンの床だけでなく回廊自体が振動を始めた。


 ダンジョンに入ってから受けた攻撃を思い浮かべる。

 地平の加護はそれらを容易に模倣する。

 いや、単に真似をするだけではない。


「ミヅキ様っ、こ、これって! まさか、さっきの……!」


 太陽の加護を制御するアイアノアには、ミヅキが何をしようとしているのかが伝わってきていた。

 彼女からすると、それはまた常識外れな魔法の業であった。


『効験付与・《ストーンゴーレムの岩石生成》』

『対象選択・《生成済み岩石》・効験付与・《ガーゴイルの魔法・氷柱の投槍(アイシクルジャベリン)》』


 ダンジョンの床に広がる無尽蔵の石材を大量に抽出し、先のストーンゴーレムがやったように岩石の塊を幾つも幾つも作り出していく。


 さらにそれら岩石の塊を宙に浮かべ、表面に尖った氷柱つららをびっしり生やした。

 岩肌に氷の槍を装着したその様は、まるで栗のイガのようである。


 ガーゴイルの放った氷柱の魔法さながら、ゴーレムがぶん投げてきたみたいに対象全方位の敵へと撃ち放つ。

 付与魔法で生み出した物に、さらに付与効果を与えた合体魔法である。


「必殺! 名付けて、──氷柱岩石弾道弾アイスロックミサイル、だっ!」


 叫んだ瞬間、空中に浮かんだ氷柱の巨岩は、わらわらと蠢くムカデの群れに放射状に飛び散って襲い掛かった。

 直径1メートルほどの岩石群は、尖った先端を目標に突き立て、重い質量で押し潰していく。


 グシャァァァッ……!


 声にならぬ魔物の悲鳴がそこら中からあがっていた。

 センティピードは押し潰されたり、氷の杭に貫かれたりして、ミヅキたちを獲物だと思ってのこのこと出てきたことを後悔しながら絶命していった。


 もうもうと舞う土埃を背に、ミヅキはエルトゥリンを振り向いて得意顔。


「へ、へへへ……! どうだっ、ざっとこんなもんだってんだ!」


「うん、そんなに念を押さなくてもミヅキと姉様の加護は十分凄いよ。……どうして顔を赤くしてるの? 耳まで真っ赤よ」


 エルトゥリンはミヅキが絡んでくる理由がわからず不思議そう。

 どうして顔を真っ赤にしているのかもわからなかった。


「うぅ、うるさいな……。必殺技の名前を叫ぶとか、男の浪漫の一つだけど、結構恥ずかしいもんなんだよ……!」


「それじゃやらなければいいのに。変なミヅキ」


 冷めたエルトゥリンは呆れたみたいにため息一つ。

 そんなそっけなさとは正反対で、アイアノアは両手を胸の前で組んで感激に打ち震えていた。

 再び目の当たりにしたミヅキの地平の加護の凄まじさが信じられない。


「ミ、ミヅキ様っ、凄いですぅっ! 付与魔法を操れるだけでも凄いのに、さっき魔物に受けた攻撃を模倣するだけでなく、ご自分の魔法として練り上げてしまうだなんて……! こんなの私は見たことがありませんっ! ひょっとしてミヅキ様は神話に登場されるような大魔術師様なのでは……!?」


「そ、そんな大げさな……。ただまあ、アイアノアが手助けしてくれたから随分とやり易かったよ。ありがとね、太陽の加護って、やっぱりいいもんだ」


 ミヅキは苦笑まじりにアイアノアに感謝し、太陽の加護を実感する。


 本当の太陽のように、頭上で照らす光の球を見上げていると思い出す。

 それはいつか、地平の加護を駆使して孤軍奮闘こぐんふんとうした自分の記憶だった。


──あれは神様の世界での、天神回戦の試合のときだ。さっきみたいに記憶から技を再現したのは地平の加護だけの力だった。あのときに比べて太陽の加護が助けてくれると、付与魔法をイメージするのがびっくりするくらい簡単にできてしまった。


 太陽の加護は地平の加護を支援するためにある。

 アイアノアのサポートがあるのと無いのとでは、加護の運用に雲泥の差がある。


 ただ、加護同士の相乗効果はさて置き、ミヅキには直感的に思うことがあった。


──難しいことはよくわからんけど、後ろでアイアノアが温かく支えてくれていると思うと何だか気が楽になって、最良なコンディションでいられる気がする。


「……何て言うか、これって一言で言うなら、──安心、だよな」


 瞳を潤ませ、無邪気に心ときめかせるアイアノアの笑顔を見て、ミヅキは小さな声でそう呟いた。


 どうしてそんな風に感じたのかはよくわからなかった。

 出会ってまだ日は浅く、短い付き合いでしかないエルフの女の子との間にどれほどの縁があるというのか。


 フィーリングとしか言いようがないが、ミヅキも確信を持ってそう思うことができたのであった。


「アイアノアとはいい相棒になれそうだよ。よぉし、二人で力を合わせて、馬鹿力の星の加護に負けないように頑張ろうぜ!」


「はいっ! 私、きっといい相棒になりますっ! そして、いつの日か必ずや前人未到のパンドラ踏破の使命を一緒に果たしましょうっ!」


 そろって片手の拳を突き上げ、おー、と意気投合しているミヅキとアイアノア。

 二人の調子に置いてけぼりにされ、エルトゥリンは不満そうにじと目をする。


「何よ、ミヅキだけじゃなくて姉様まで。私だけを仲間外れにしないでよね……」


 と、むくれていたエルトゥリンだったが、その長い耳をぴくんと動かす。

 かび臭く巻き上がる粉塵の向こう、まだ動いている多数の気配を感じ取った。

 二人に背を向け、ハルバードの先端を迫る敵たちに突きつける。


「姉様、ミヅキ、喜ぶのはまだよ! 気を抜かないでッ!」


 エルトゥリンが叫ぶが早いか、土埃の中から半狂乱になったムカデの魔物たちが飛び出してきた。

 ミヅキの魔法で数を減らしたが、まだまだ十分な数が生き残っている。


 仲間の血の匂いに興奮したのか、より凶暴性を増して包囲の輪を狭め、ミヅキたちに大挙して押し寄せる。

 しかし、当のミヅキに慌てた様子は無い。


「……さっきので逃げ出してくれりゃ良かったんだけどな。モンスターを退治しても経験値やお金がもらえるって訳じゃあるまいし」


 振り返るミヅキの顔には、地平の加護の光がすでに浮かび上がっていた。


 ガーゴイルたちを補足した索敵のスキルは未だ有効のままだ。

 だから、センティピードたちの動向は手に取るようにわかっていた。


「アイアノア、もう一回太陽の加護を頼む!」


「はいっ!」


 太陽の加護の輝きがミヅキを照らし続けている。

 ミヅキは前傾姿勢を取り、口元に手の平をすっと添えた。

 周囲の空気がにわかに熱くなり、揺れ始める。


「二人とも、俺の前に出るなよ! 危ないから後ろ側に回っててくれ!」


『洞察済み概念より技能再現・対象選択・《勇者ミヅキ》』


 全身が鉄の塊になったみたいに重くなり、足の指と踵が地面を掻きつかまえて身体をどっしり固定する。

 すぅぅぅ、と息を大きく吸い込むと、ミヅキの胸板がぼこっと膨らんだ。


 使ってみればわかる。

 下手な魔法よりも単純に強力な、伝説の魔物の十八番おはこ


『効験付与・《レッドドラゴン・ファイアーブレス》』


 ゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォオオオオオオオーッ!!


 瞬時にダンジョン内の暗い空間が赤く激しい光で満たされた。

 轟く噴射音と共に、すぼめたミヅキの口から超高熱の炎が噴き出される。


 突進してきたムカデの群れは、まともに灼熱の中へ突っ込んだ。

 鉄をも溶解させるほどの炎の嵐はセンティピードたちを焼き払う。

 キィィィッ、とダンジョン内に魔物たちの甲高い最期の悲鳴が響き渡った。


「ふわぁっ?! こっ、これは竜の火炎っ……!?」


「ミヅキがドラゴンになっちゃった」


 暴れる炎の赤い光に照らされ、吹き荒ぶ熱風に金と白銀の髪をなびかせて。

 アイアノアとエルトゥリンは驚きを通り越して呆然となっていた。


 ミヅキから放たれた炎の息。

 言うまでもなく、それはこのパンドラの地下迷宮で出会った伝説のモンスター、レッドドラゴンから習得したファイアーブレスである。


 二人の位置を横目に見ながら、ミヅキは身をよじり、姿勢を入れ替えつつ全周囲に途切れさせず火炎を放射し続ける。

 魔物の包囲網は輪の形に猛然と燃え上がっていた。


 センティピードの群れは獲物に牙を届かせられずに全滅。

 地平の加護の圧倒的な力の前に、終始敵し得ることはなかった。


 もうこれ以上の魔物は現れないようだ。

 執拗な襲撃だったダンジョンでの戦闘は、こうして終わりを告げたのであった。


「ふぅ、今度こそ終わったな」


 体内に少し残っていたのか、ミヅキはファイアーブレス交じりのため息を吐く。

 今度こそ顔の光を収め、地平の加護の発動を解いたのだった。

 ぶすぶすと、黒焦げになって動かなくなった魔物の残骸を一瞥して振り返る。


「さあ、二人とも、長居は無用だ。また魔物が出る前に先に進もうか」


「は、はい……。本当にもう、ミヅキ様には驚かされっ放しで、これでは私の心臓がもちませんよ……」


 困惑気味に笑うアイアノアに先を促し、エルトゥリンのほうにも目をやる。


「……」


 すると、彼女は焼き尽されたムカデの魔物の死骸をじっと見つめていた。


 充満する焦げ臭さのなか、ミヅキはその背に近づきながら昨日を思い出す。

 撃退したドラゴンの尾を持ち帰って食べようとしたエルトゥリンが、グロテスクな獲物を前に、いったい何を考えているのか想像するのはちょっと気が引ける。


「エルトゥリン、早まるなよ……? まさかとは思うけど、こいつらも食べようとか考えてないよな……?」


 恐る恐る聞くと、エルトゥリンは怒ったような顔で、キッと鋭く見つめてきた。

 さしもの蛮族エルフのエルトゥリンも、こんな見た目の悪い食材は受け付けない様子である。


「ご、ごめんよっ。さすがのエルトゥリンもこんなゲテモノは食べないよな……。エルフの食文化ってよくわからなくて、それで……」


「こいつらはおいしくないから要らない」


 しかしさらりと、にべもなく言うエルトゥリン。


「食べたことあるのかよ……」


 やっぱり食べることを考えていたのかと、ミヅキはがくっと頭を垂れた。


「だけど、うん──」


 そう言って、大きく頷くエルトゥリンの顔は何だかキラキラしていた。

 次の彼女の言葉は、ミヅキたちパーティの次なる行動を決定する一言となった。


「この香ばしい匂い、凄く食欲をそそるわ。姉様、お腹空いたからご飯にしよ」


 時刻にしてまだお昼過ぎ、ミヅキたちは少し遅い昼食を摂る。



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