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第91話 魔物の巣窟 ~ゴーレム~

『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・《魔力波探知まりょくはたんち》』


 地平の加護が発動し、一層輝く顔の回路模様の光。

 ミヅキは自らに思い描いた能力の付与をする。


 動く石像の魔物のガーゴイルたちとの遭遇と襲撃。


 エルトゥリンによる先制攻撃によって敵の数を減らしたとはいえ、あと魔物が何匹いるのか不明だ。

 加えてダンジョン内は暗く、アイアノアの太陽の加護の輝きがあれど、巨大な柱の陰といった死角や高い天井までは見通せない。


「まずは敵の位置と数を把握する。頼む、アイアノアっ!」


「はいっ! いつでもどうぞ、ミヅキ様」


 ミヅキの前に立ち、左手を高く掲げて風魔法でシールドを作り、真横にかざした右手の上に太陽の加護を携えるアイアノアは振り返らず答えた。

 瞬間、二人を中心にダンジョン中の魔素が呼応する。


「いけっ! 捕捉してこいっ!」


「ふぁんっ……!」


 とんでもない量の魔力がミヅキに集まってきた。

 それを反転させて迷宮の広大な空間に放射状に拡大させる。

 さながらそれは、電波の照射により敵との距離を測るレーダーのようであった。


 電波の代わりにミヅキ自身から魔力の波を発して、触れたものの情報を感知することができる。

 目で見て、耳で聞き、手で触れるのと同様に魔物たちを捕捉するのである。


「──天井近くに7、8、……全部で9匹だ! って、アイアノア、平気か?」


 ただ、目の前のアイアノアの様子がおかしかったのが気になった。

 身体をびくびく揺らして何かに耐えているようだった。


「あっ、いえ、大丈夫ですっ……。もの凄い量の魔力が押し寄せてきて驚いてしまって……。お気になさらず、ミヅキ様は御力を使って下さいましっ」


「わかった。きつそうだったらすぐ言ってくれよな」


 振り向いたアイアノアの顔は笑っていて、ミヅキは特に気に留めなかった。

 そうして風の守りの中から飛び出していく。

 その背を見送るアイアノアは短くため息をついて呟いた。


「ふわぁ……。やっぱり凄いなぁ、ミヅキ様の御力は……。太陽の加護の増幅効果で、私の魔力だって増えているはずなのに、魔法の起こりに要する魔力量が段違いだわ。一緒に魔法を発動させる私が受ける影響も相当なものね……」


 それは驚きと感動だった。

 ようやく見つけた使命の勇者は本物で、力の底が全くわからない。


 共に魔法を使い、押し寄せてきた圧倒的な魔力を身をもって確かめた。

 だから、確信を持ってミヅキと歩んでいこうと誓う。


「それにしても、この胸いっぱいの温かさは堪らないなぁ。心地よすぎてどこかに飛んでいってしまいそうだわ……。癖になってしまいそう……」


 ミヅキと加護の力を触れ合わせると、えも言われぬ充足感が身と心を満たす。

 身体は芯から熱くなって、彼女の頬は熟れた果実みたいに赤く染まった。


「あっ、いけないいけない。ちゃんと集中しなくちゃ。私だって長い時間を掛けて魔法の修行頑張ってきたんだからっ。負けませんからね、ミヅキ様、うふふっ」


 ミヅキの行ったほうを見つめ、アイアノアはうっとりとした表情で笑った。

 驚かされてばかりじゃいられない。

 勇者の相棒として相応しく肩を並べられることが、頑張り屋の彼女の目標だ。


「よおし、ちょっとはそれらしくやってみるか!」


 ミヅキは暗がりの天井にいるであろうガーゴイルの群れを見上げた。

 視認はできないが、魔力探知で一度捉えてしまえば、もう後は地平の加護の包括能力として、目標を感覚が追尾してくれる。


 ミヅキは空間に人差し指を立て、空中に広めの円をくるりと描いた。

 その円は言わば照準だ。

 9匹のガーゴイルを直感的に捉え、次なる付与術を発動させた。


「捕まえたっ! 引きずり落としてやるよっ!」


『対象選択・《上空9体のガーゴイル》・効験付与・《過重力かじゅうりょく》』


 ずしん、とガーゴイルたちが滞空する空間が重苦しい揺れを起こした。

 相手の意思はお構いなしで、思うままの効果を生み出し、付与する。


 もうすでにガーゴイルたちの「洞察」は完了済みだった。

 太陽の加護によるサポートが、地平の加護の洞察能力の精度と速度を飛躍的に向上させている。

 敵性の対象だろうとも、一方的に効験を押し付けるのは容易い。


『ギャア!?』


 空中のガーゴイルたちは自分たちに起こった異変に騒いでいた。

 軽やかに飛行していたのに、急激に全身の動作が重くなっていく。

 いや、本来の重さを取り戻しているのだ。


「石の塊なんだから重くて飛べないのは当たり前だろう。自重を支えるだけの魔力で、自分に掛かる重力を中和してたみたいだな。だから、手足を動かしたり、羽根を羽ばたかせたりして空中をすいすい移動できるのか」


 ミヅキはガーゴイルを理解し、自分の中で独自に概念化していた。

 どうすれば厄介な飛行能力を奪えるかすぐに一つの答えに辿り着く。


「通常の重力を1Gとして、それを超える重力の過重力環境を付与した。身体が重くて飛んでいられないだろ。落ちてくるまでパンドラの魔素で重くしてやる!」


 したり顔のミヅキが言うより早く、空中の魔物の群れは見る見るうちに滞空するのを維持できなくなり、固い石畳の床に吸い寄せられるように垂直に落下する。


 ミヅキの洞察通り、重力を掛けられて浮遊する魔力が不足した結果、元の重さ以上に自重が増したガーゴイルたちは重力加速度を上げて落ちてきた。

 そのまま地面に強かに叩きつけられる。


 ドガッ、ゴキッ……!


 硬い物同士がぶつかる音がミヅキの周囲で連続して起こった。

 石の魔物たちは地面との衝突に耐えられず、身体中を損壊させてしまう。


「うわっ、と、危ねっ……!」


 危うくガーゴイルの落下に巻き込まれそうになって後ずさった瞬間だ。

 不意に後ろから、びゅうと強風が吹いて通り抜けていった。


 それは淡い緑色の気流の帯だ。

 弾かれたように複数に枝分かれすると、身動きが取れずにもがいているガーゴイルに素早く伸びた。


 風は鋭利な刃へとなり、次々と魔物を切り裂いてとどめを刺していく。

 その身体が硬質な火成岩で出来ていようが問題にしない。

 風の刃はいとも簡単にガーゴイルたちを全てバラバラにしてしまった。


「──この風、アイアノアか!」


 振り返ると、離れた後方に魔法を放った後のアイアノアが立っている。

 腰のショートソードを抜刀し、切っ先を高々と掲げながら。


 ショートソードに魔法の風をまとわせ、刃と化した風を飛ばし、複数の敵をまとめて斬り捨てたのだ。


 風の魔法剣、烈風の剣刃(エアソード)

 剣に風の魔力を付与し、術者の意のままに対象を寸断する。


 かくして、ミヅキの地平の加護とアイアノアの魔法の連携の前に、ガーゴイルの群れはあえなく全滅したのだった。


「風を守りだけじゃなくて、攻撃にも使うことができるんだな。アイアノアは後方支援の魔法使いタイプかと思ったけど、こりゃとんだ勘違いだ」


「姉様は強いよ」


 呟くミヅキのすぐ横、いつの間にかエルトゥリンが立っていた。

 視線は前に向けたまま、油断無くハルバードを構えている。


「剣を使わせたらそこらの冒険者よりもよっぽど強いし、姉様の風の魔法はエルフの里でも随一ずいいちよ」


 ミヅキを見る切れ長の青い瞳の顔が、少し自嘲のため息を漏らして言った。


「私は魔法はからっきしだけど、代々私たちの一族は風属性の魔力がとても強いの。姉様にも風の祝福は強く表れたわ。ミヅキの付与魔法は凄いけど、風の魔法なら姉様だって負けてないんだからね!」


 そして、何故か不機嫌そうにじろりと睨まれてしまった。

 ミヅキの加護の力を認めてはいるが、それ以上に姉を尊敬しているからだろう。


「へ、へーえ。そうなんだ……」


 謎の対抗心にたじたじのミヅキだったが、ふと既視感を覚えた。

 こんな光景を前に見たことがある。


「風、風の護り……。風の刃か……」


 ミヅキは小さく呟いていた。


 忘れるはずも無い。

 脳に刻み付けられた鮮烈な記憶が蘇る。

 ミヅキが思えば、地平の加護が気を利かして明白に想起させる。


 あれは昨日の夕暮れのことだ。


『護りなさいッ! 無関係な人たちに怪我をさせては駄目ッ!』


 頭に響く声は、現実世界の夕緋が叫んだ声。


 夕緋と並んで街を歩いていたら頭上のビル群のガラスが粉々に割れ、凶刃の破片となって無数に降り注いだ昨日の物騒な出来事。

 夕焼けの太陽の光が、空中のガラス片をオレンジ色にきらめかせていた。


──あの時、夕緋の周りに起こった風が俺を、他のひとたちも守ってくれた。


 気のせいなどではない。

 ミヅキの中の地平の加護が認め、教えてくれている。

 これは記憶の照合であった。


 アイアノアの風の魔法、守りの気流の帳(エアフローカーテン)

 魔法剣たる烈風の剣刃(エアソード)

 

 それらはあの時、ガラスの破片を退けた超常現象と同じものであったのだ。

 突風で落下軌道をそらし、烈風で打ち払ったあの奇跡の現象は魔法と同様。

 符合する要素はそれだけではない。


──夕緋のすぐ後ろにいた、あのダークエルフの女……。エルフ、か……。


 不可解な護りの風が起こった後、夕緋の背後に立っていた人外の女。

 銀色の髪、褐色肌の長身で、耳が長かった。


 あれはきっとダークエルフだった。

 雛月もそう認定していた。


──考えの飛躍が過ぎるかな。あのダークエルフの女はこの異世界と、アイアノアとエルトゥリンにも何か関係があったりして……。まさかな。


 すぐ隣に凛々しいエルトゥリンの横顔がある。

 髪の色がよく似ているためか、どこかあのダークエルフの女の面影を感じた。


 但し、そんなことを悠長に考えている暇はまだ無いらしい。

 後ろに控えていたアイアノアが叫んで走ってきた。


「ミヅキ様っ、まだ終わりじゃありませんっ! 前を見てくださいっ!」


 何もいなかったはずの暗いダンジョンの前方。

 離れた場所にぼこぼこと隆起していく床が見える。


 ひとりでに岩石が地面から生えてきて、高く高く積み上がって何かの形を作ろうとしていた。


 間もなくそれは小山ほどの大きさにまで立ち上がる。

 のっぺりとした顔にある両目が、暗闇に赤く光っていた。

 新たに出現したのは、またも石で出来た巨人のモンスター。


「うわあ、あれは……!」


 ガーゴイルに続き、その魔物の本物の姿を目にしてミヅキは興奮を隠せない。

 危険な敵であるのはわかっていても、続々と登場するファンタジー世界の怪物に心が躍る。


「ゴーレムだぁ……!」


 悠長にダークエルフの女のことを考えている場合ではない。

 ミヅキの目は勇壮な魔物の姿に釘付けだ。


 ガーゴイルと同じくダンジョンへの侵入者を阻む、意思を持った人型の岩石。

 身の丈5メートルはゆうに超える、ストーンゴーレムである。


 神話や伝承に登場する泥人形が原典であり、額に刻まれた「真理」の文字を削り、「死」に変えられると自壊するというのは有名な話である。

 しかし、見たところそんな文字はこのゴーレムには無さそうだ。


 パンドラの地下迷宮産のゴーレムは、鈍重であること以外に特に弱点の見つからない、単純に怪力で頑強な魔物である。


「気をつけて下さいましっ! あれは私の魔法では防げませんっ!」


 アイアノアが叫ぶ。

 ゴーレムはおもむろながらも確実に攻撃行動を開始していた。


 グゴゴゴゴゴゴ……!


 唸り声なのか組み合った岩同士のきしむ音なのか、ストーンゴーレムは不気味な音を発していた。

 身体の切れ目から青白い魔力の輝きを放ち、太い両腕を地面に付けている。


 そうかと思うと、巨大な岩石を地面から生み出し、高々と頭上に持ち上げた。

 信じられないことに岩の大きさは自分の質量とほぼ同じだ。

 それをミヅキたちに向かってぶん投げてくる。


「やばいっ、二人ともよけろッ!」


 ぶぉんっ、と空気が唸りをあげ、5メートル以上はある巨岩が宙を舞った。

 密度にもよるが、これほど大岩ともなると重量は軽く10トンを超えるだろう。


 それが相当な高さから重力に任せて落下してくるのだから、下敷きになればぺしゃんこに潰されるのは免れない。


「任せて」


 エルトゥリンはぽつりと言った。

 と、同時に力強く床を蹴って飛び出す。


 空中から迫る巨岩に向かい、ハルバードを構えて真っ直ぐに跳躍した。

 肩を怒らせて迷いなく身体ごとぶちかます。


 瞬間、エルトゥリンの身体が眩しい光に包まれた。

 ガーゴイルの石の身体を砕いたときと同じだ。


「ま、マジかよ……!?」


 何度見ても凄いものは凄い。

 バコォッ、という粉砕音が轟いた。


 宙を舞う巨岩とエルトゥリンはまともに激突した。

 そして、そのまま彼女の身体は岩を貫き、一方的に粉砕して見せたのだ。


 巨岩を砕いても飛翔する勢いは殺されることはない。

 光を放って空中で加速すると、一気にストーンゴーレムの真上に飛び込んだ。


「はァッ!」


 短く雄叫びをあげ、宙を蹴ったかのように体勢を反転させ急降下する。

 振りかぶったハルバードを、力任せにストーンゴーレムの脳天に振り下ろした。


 一瞬、ストーンゴーレムの頭がひしゃげて見えた。

 バキバキバキッと轟音を響かせ、岩石の破片を撒き散らしながらストーンゴーレムを左右真っ二つに分断したのであった。


「……」


 崩れ落ちる残骸の岩を背後にして、ゆっくりと立ち上がるエルトゥリン。

 重そうなハルバードを軽々と構え直していた。


「相変わらずだな……。ドラゴンを圧倒してたのは見間違いじゃなかった……」


 ミヅキは思わず唸っていた。

 エルトゥリンの出鱈目な強さには戦慄さえ覚える。


 頑強であるはずのストーンゴーレムも、圧倒的な星の加護の力の前にたった一撃であっけなく倒された。

 単純に強力という意味なら、星の加護を身に宿すエルトゥリンのほうが、ゴーレムよりもさらにさらに強大な存在であると言えた。


『姉様は強いよ』

『ミヅキの付与魔法は凄いけど……』


 さっき言っていたエルトゥリンの言葉を思い出して、ミヅキは渋い顔をした。


「……何だかんだ言って、結局エルトゥリンの星の加護が一番強いんじゃないか? パンドラの踏破の使命も、もう全部エルトゥリン一人でいいんじゃないかなって気がしてくるよ」


「そ、そんなことはありませんよ。私とミヅキ様の加護でなければできないこともたくさんありますともっ……!」


 半ばやさぐれるミヅキに、アイアノアは慌てて取り繕う。

 自分たちの加護だって、使命を果たすうえできっと必要になるはずである。


「でも──」


 と、言葉を区切り、瓦礫の山の傍らに佇むエルトゥリンを見つめる。


「──確かに妹の加護はエルフの里の皆だけでなく、族長様も驚くほど目覚ましい力の発現を示しました。もしかすると星の加護はミヅキ様の地平の加護と同等か、それ以上に神の祝福を受けた奇跡を秘めているのやもしれません。戦いに限れば、エルトゥリンに並び立つ者は、おそらくこの国にただの一人も存在しないでしょう。本当に味方で良かった、と我が妹ながらに思いますよ……」


「……ふぅん。まぁ、そうだね」


 苦笑気味に微笑むアイアノアの横顔を見ながら、ミヅキはまた思い出していた。

 それは地平の加護の化身、雛月が言っていたことだ。


『星の加護については、まだまだ不明なことが多くてね。全面協力の太陽の加護とはまるで性質が違うんだ。随時、地平の加護で洞察は進めていくけど、あれの解明にはちょっと時間を要するかもしれない。エルトゥリンが味方だから問題にはならないけれど、あの加護が敵対した場合、現状どう対応していいやらぼくにはとんと思いつかない』


──味方で良かった、か……。やれやれ、妙なフラグを立てるんじゃないよ……。あんな絶対無敵のエルトゥリンと戦うことになるなんて考えたくもないぞ……。


 ミヅキは戦々恐々としていた。

 雛月がどうしてあんなことを言ったのかはわからない。

 

 かぶりを振って、ダンジョンの床に散らばる石の欠片に視線を落とす。

 ばらばらになったそれらは、ガーゴイルかゴーレムか、もうどっちのものか判別はつかなかった。



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