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第88話 エルフと使命の勇者

「くすくすっ、申し訳ありません、笑ったりして。──つくづく、使命の勇者様が心のお優しい方で良かったなぁ、と安心してしまって、つい……」


 使命の勇者だと特別扱いされ、好待遇を受けられることに慌てた。

 女の子ばかりに割を食わせるのが我慢ならなかっただけではあるのだが。


「えっ、そ、そう……?」


「はいっ。そうですとも」


 憧れのエルフ美女に急に褒められ、驚くやら照れるやらのミヅキ。

 アイアノアは青い空に、ふっと何とも言えない視線を移して言った。


「私たち姉妹が勇者様を助力するよう使命を授かった折、族長様から伝えられたのは()の神託のお言葉のみ。勇者様はパンドラから生まれた、という一縷(いちる)の手掛かりを頼りにこのトリスの街を訪れた次第なのです。勇者様の名前や素性はもちろん、どのような御姿なのかもわからず、妹共々不安を抱えたままミヅキ様のことを探しておりました」


 神託が下り、使命と加護を与えられてエルフの里を旅立った。

 トリスの街に着いてから、ミヅキの元に辿り着くまでどのくらいの時間を掛けたのだろう。

 それはきっと一筋縄ではいかず、苦難を伴ったのは間違いない。


 件のパンドラの異変によってトリスの街は荒れ、見目麗しく珍しいエルフの女性を騙したり、さらおうとしたりする不埒な輩との立ち回りも経験した。

 エルトゥリンの活躍で難は逃れたものの、先の見えない暗闇の中、アイアノアは心をすり減らしていったことだろう。


 ミヅキの顔を見つめ直し、満面の笑顔を浮かべる。


「だから、本当に安心しました。ミヅキ様のような情味に溢れる御方が勇者様で。私たち姉妹は使命の成就のためなら、心血を注いで何もかもを捧げる覚悟でした。……ですが、実を言うと不安もあったのです」


 それを言うアイアノアの笑顔にはやや曇りが見えた。


「──万が一、勇者様が怖い御方で、不当な要求などをされて酷い目に遭わされたらどうしようかと……。使命を果たすことが絶対な私たちには勇者様に逆らうなど到底できません……。それなのにまさか、その勇者であられるミヅキ様が荷物持ちを買って出て下さるだなんて思いも寄りませんでした」


「酷い目に遭わされるって……」


 思わぬ言い掛かりめいた言葉が飛び出し、ミヅキはぎょっとする。


「そ、そんなことしないよ……。荷物くらい俺だって持つって……」


 とはいえ、エルフの彼女たちの魅力に惹かれていなかったと言えば嘘になる。


 自分の邪な一声で、このとびっきり自分好みのエルフ美女に良からぬ要求ができたのかと思うと何とも複雑で残念な気持ちになる一方で。

 本当のところは何かしらの不安な印象を与えてしまっていたなら申し訳ない気持ちにもなった。


──俺、何だか知らない内に二人を不安がらせてたのかな……。もしそうなら悪いことをしちゃったな……。もっとも、アイアノアの使命に対する覚悟はさておき、そんな酷いことをするなんてエルトゥリンが許しちゃくれないだろうけどな……。


 そう思っていると、すかさず記憶を差し込んでくる地平の加護。

 使命を盾に、エルフ姉妹に不当な要求をしようとしていたミヅキの妄想である。


『二人とも形の良い立派なモノを二つも持ってるじゃないか。じっくりたっぷりと楽しませてもらおうか。くっくっくっ、──その可愛らしいエルフの耳を触らせてくれぇッ!』


『イヤー! おやめになってぇー! 耳だけにー!』


──雛月めっ、しょうもないことを思い出させるんじゃねえっ! ……とはいえ、真面目なこの子たちを茶化した俺も反省しなきゃな。


 エルフへの邪なお仕置きを考えていたミヅキは自省する。


 ミヅキがそうであるように、彼女らにも引けない事情があるのだ。

 冗談でもそんな卑劣なことを考えてしまったのを恥じ入る。

 エルフの長耳に触れたいという欲求は心の奥底に仕舞い込むことにした。


 ただ、ミヅキは何気なく気になっていた。


──これは単に俺が気になってるだけなのか、それともやっぱり地平の加護に促されてるのかはわからんけど、いい機会だから聞いておこうか。


「だけど、そういうものなのかもしれんけどさ。予言だの神託だのって、いっつも内容があやふやだよな。なんかフワッとしてるっていうか、もっとはっきり言ってくれりゃあいいのにさ」


 思うが早いか、ミヅキの口から言葉が滑り出す。

 それは、下された神託へのクレームであった。


「俺が使命を下す側なら、それに従うひとたちがわかりやすいように明確なものにするべきだと思うんだけどなぁ。気が利かないって言うか、そんなんじゃアイアノアとエルトゥリンが要らない苦労をするだけじゃないか」


「えっ? は、はい、それは、そうですね……」


 そして、少しだけアイアノアのしどろもどろな態度も気になっていた。

 彼女らの行動には、どこかちぐはぐした違和感のようなものを感じる。


 考えすぎなのかも知れないが、湧いたこの疑問が地平の加護からの能動性によるものだとするなら、何か意味があるのではと勘繰ってしまう。

 脳裏に雛月の満足そうな顔を思い浮かべつつ、ミヅキはさらに言葉を続けた。


「エルフの里に神託を下したっていう神様なんだけど、アイアノアはその姿を見たり、声を聞いたりはできるの?」


「いいえ、そのような畏れ多いことは……。私たち下々のエルフは神の御姿を見ることも、お声を聞くことも叶いません。神に通じられているのはエルフの里の族長であられる、イニトゥム様だけです」


「それじゃそのイニトゥム様を通して、アイアノアとエルトゥリンは神託を伝え聞いたって訳だね」


「はい、その通りです……」


「ふーん、なるほど」


「あ、あのう、ミヅキ様……?」


 ミヅキはうーんと唸って俯くと目を閉じた。

 その名前は、先ほどのアイアノアとゴージィの会話の中で出てきた。


 アイアノアとエルトゥリンに、勇者の一助となるよう使命を与えただけではなく、太陽と星の加護という神秘の結晶を授けたと思われる人物。


 エルフの里の族長、イニトゥム。

 エルフの神という抽象的な対象と直接通じたのはイニトゥムなる人物であり、アイアノアとエルトゥリンに間接的に神託を授け、遂行に当たらせている。


──これってもしかして重要な話だったりするのかな? もしかしたら、あんまり突っ込んで欲しくない秘密の話だったり? そう言えば、ダンジョンで助けた兵士さんたちにしばらく自分たちのことは公にしないで欲しいって頼んでたっけな。ゴージィ親分に素性がバレそうになった時も慌てて顔隠してたし……。その割にはもう街中の噂になってたり、ドラゴンの尻尾を持って帰って目立ってみたり……。何か秘密はありそうだけど、どっかズレてるんだよなぁ。


 ちらりと横目に見ると、アイアノアは困り顔でこちらの言葉を待っている。

 知らない内に、ミヅキに不信感を与えたのではと不安がっている様子だ。

 ミヅキは一旦考えるのをやめると頭をふるふると軽く振った。


──一応覚えておくか。エルフの神様の神託を直接受けたのは族長のイニトゥム様っていう偉いエルフで、アイアノアとエルトゥリンは間接的に神託と授かり、使命を受けた、と。


「ああ、ごめんごめん、何でもないよ。キッキとエルトゥリンはまだかなー」


 わかりやすい愛想笑いを浮かべて、ミヅキがそう言ったのと同時くらいだった。


 パンドラの地下迷宮に続く街道の先、うっそうとした森の木々から急に鳥の大群が騒々しく飛び立った。

 様々な種類の鳥の警戒する鳴き声に驚いて森のほうを振り向く。


 すると何かが森から高々と飛び出し、文字通り空から降ってきてもっと驚いた。

 見上げて目を見開くミヅキの前に、黄色い悲鳴をあげながら登場する。


「うわっ、なんだ!?」


「きゃぁぁぁぁぁああああああああーっ……!!」


 空中高くから飛んで来た割にはふわり、と衝撃を感じさせずに大地に降り立つ。

 折り曲げていた身体をゆっくりと起こし、何事も無かったかのような落ち着いた声でミヅキとアイアノアに彼女は言った。


「ただいま」


 白銀色の髪、切れ長できりっとした瞳、姉と同じく長い耳。

 ダンジョン探索の荷物持ちを一手に引き受けてくれるという力自慢の妹エルフ。


 いかつい長得物のハルバードを軽々と扱い、石突を地面にどすんと突き立てる。


「おかえりなさい、エルトゥリン。ご苦労様」


 アイアノアは一仕事を終えてきた妹、エルトゥリンににっこりと微笑んだ。


 と、そのエルトゥリンの肩の上に小動物みたいににぶるぶる震えている猫耳の少女がいる。

 左の肩、というより上腕二頭筋のあたりに乗っかって、必死にエルトゥリンの頭にしがみついていた。


「うっひゃぁぁーっ! 怖かったぁーっ! でも、気持ちよかったぁぁーっ!」


 地面に下ろしてもらってもまだふらふらとしているのは、エルトゥリンと一緒にパンドラの兵士たちの元へ昼食の配達に向かったキッキであった。

 ミヅキの顔を見つけて駆け寄り、きらきらした笑顔で興奮気味にまくしたてる。


「ミヅキッ、エル姉さんすっごいんだぜ! 配達の帰り道、急ぐからってあたしを肩に乗せて、めちゃくちゃ速く走るわ、崖からぴょんぴょん飛び降りるわ、木から木へと飛んで渡って、もうあっという間にここまで着いちゃったんだ! あたし、怖くて怖くてたまんなかったんだけど! でも、すんごく楽しかったぁ!」


 汗一つかいていない澄ましたエルトゥリンに比べて、感極まるキッキは全身冷や汗でびっしょりだったが、何だかえらくご機嫌な様子であった。

 大方、配達を終えた後、こっちのほうが早いから、とエルトゥリンがキッキを引っ掴み、風のように帰り道を急いだ結果がこれなのだろうと思い、ミヅキは苦笑い。


「……エルトゥリン、キッキは普通の女の子なんだからあんまり乱暴なことをしちゃ駄目だって。怪我でもさせたら、パメラさんに申し訳が立たないぞ」


「怪我なんてさせない。そんなヘマしないから大丈夫……。って、この匂いなに? 甘くていい匂いがする」


 つんとして答えたかと思うと、エルトゥリンは目ざとく、もとい鼻ざとくすんすんと鼻を鳴らして、アイアノアの手のビスケット小袋を見つける。

 すぐにそれが美味しそうなお菓子だと察して、ミヅキとアイアノアを交互に見てむすっとした仏頂面になった。


「姉様、ミヅキ、ずるい。二人だけで先にお菓子食べるなんて。私にも頂戴」


「あっ、これママの焼いたビスケットだよね。美味しいでしょー? 生地に豆と干し果物入れたらどうかってのあたしが考えたんだよね」


「はい、二人もどうぞ。とっても美味しかったですよね、ミヅキ様」


「へぇ、ビスケットの中に色々入れたのはキッキだったのか。そりゃ名案だなぁ」


 ずいっと手の平を差し出す不機嫌なエルトゥリン。

 横からお菓子の小袋を覗き込んで得意げなキッキ。

 快くビスケットを振舞うアイアノア。

 携帯食を工夫して食べやすくしたアイデアに感心するミヅキ。


 伝説のダンジョン探索を前にして緊張感に欠けるミヅキ一行であったが、キッキの送迎が済んだことでようやく出発の目処が立った。


「キッキ、一人で家に帰れるか?」


「うん、ここまで送ってくれたらもう平気。街、見えてるし」


 キッキは街道から見える、トリスの街の遠景を指した。

 そして、ミヅキの格好をちらちらっと見て、ふぅんと鼻を鳴らす。


「そういや、ミヅキ。何か冒険者っぽい格好になったな。見違えたよ」


「あっ!? こ、この格好はその、他に装備できるものが無くて、それでだな……」


 すっかり忘れていたが、全身黒尽くめの怪しい魔法使いの格好をしていたミヅキは、思わず恥ずかしがってフードで顔を隠してしまった。

 ただ、キッキは人懐っこい笑顔でにかっと無邪気に言った。


「ミヅキは物凄い魔術師なんだから、魔法使い用のローブにしたのは正解だったんじゃないか。うん、よく似合ってるよっ」


「え、キッキ……?」


 フードで覆った狭い視界の向こう、駆けていく無邪気な猫少女の背姿が映る。

 ぶんぶんと手を振って、こちらを振り返りながらキッキは叫んで言った。


「ミヅキーッ、今晩、昨日言ってたパンドラの異変とパパの話をしてやるよーっ! だから、ちゃんと無事に帰って来いよーっ! あたし、待ってるからなーっ!」


「お、おう……」


 呆気に取られるミヅキの見ている先で、エルフのお姉さんたちも頑張ってーっ、と元気いっぱいに付け加えてキッキは街へと消えていった。


「……キッキ」


 いなくなったキッキのほうを向いたままのミヅキは、ため息をつきながら無言でフードを脱ぐ。

 少し後ろに立つアイアノアはその様子を見て、またくすくすと笑った。


「ね、ミヅキ様、言った通りだったしょう? その御姿は別に変じゃありませんよ。私もよくお似合いだと思います。エルトゥリンもそう思うでしょ?」


「あ、ほんとだ、ミヅキの服が変わってる。気が付かなかった」


 素っ気無いエルトゥリンの反応はともかく、ミヅキのことを素直に見てくれたキッキの笑顔には心揺さぶられる。

 記憶喪失だとされるミヅキの容態が良くなったと思われたときにも、キッキはそれを一緒になって喜んでくれたものだ。


 レッドドラゴンの脅威から命を救ったり、宿の借金返済を買って出たりしたのもあるだろうが、キッキは本当にミヅキを良く思ってくれているようだ。

 だから、そんなキッキにローブ姿を似合っていると言われて、いつまでも恥ずかしがっているのがどうにも馬鹿らしくなってしまった。


 ミヅキはやれやれと苦笑いを浮かべ、頭をぽりぽりと掻いて呟いた。


「やっぱり、あのパメラさんあってのキッキ、ってとこなんだろうなぁ……。ただでさえ、麗しのエルフのお姉様方に囲まれて幸せな悩みで参ってるってのに、これ以上俺を惑わすのは勘弁してくれよ……」


 かなりの年齢差があれど猫少女の小悪魔的な魔性を感じる。

 異世界あるあるな美少女に囲まれる環境に改めて困惑するのであった。


 そして、忘れてはならないのは昨晩となる夜に交わしたキッキとの約束。


「ちゃんと無事に帰ってきて、パンドラの異変のこととキッキのお父さんのことを教えてもらわないとな」


 くるっと振り返り、パンドラの地下迷宮が待つ山々を遠くに見ながらエルフの仲間二人の顔を見回した。

 漆黒のローブを纏い、フードを脱ぎ払ったミヅキは心なしか晴々として言った。


「よし、それじゃ行こっか」


「はいっ、参りましょうっ!」


「うん、行こう」


 ミヅキの言葉に、アイアノアとエルトゥリンはそれぞれ答えるのであった。

 二度目となる、伝説のダンジョンへの挑戦をいよいよと開始する。



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