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第86話 ファンタジー事情あれこれ2

 天涯孤独で根無し草で一文無し。

 しかし、異世界の仲間たちのおかげで何とかやっていけそうな気になってきた。

 アイアノアとパメラに金銭的援助を受け、ダンジョンに挑む身支度を整える目処が立った矢先のことである。


「うううぅぅ……! 駄目だぁ、こりゃ無理だっ。重すぎるぅ……」


 そして、早速次の問題にぶつかり、現実の厳しさというものを身をもって知ることになるのであった。


 とりあえず、一通り冒険者が装備する防具を試着しているところだ。

 しかし、ミヅキは悲鳴のような呻き声を情けなくもあげていた。


「あらあらあら、ミヅキ様ぁ……。これはいったいどうしましょう……」


 両手を胸の前で組んでおろおろと弱るアイアノア。


 その前で、銀色の全身甲冑を着込んだミヅキがその重さに耐え切れず、今にもぶっ倒れそうになってふらふらしている。

 頭に被ったフルフェイスの兜もかなりの重量で、少しでも気を抜くと首が持っていかれそうになるほど頭の位置をまっすぐ維持できない。


「うぎゃあああっ!?」


 ほどなくミヅキは鎧の重さに負けて無様に床に倒れ込む。

 拍子で外れた兜はゴロンゴロンとどこかへ転がっていってしまった。


 西洋のフルプレート甲冑は鎧だけで20~30キログラム程度の重さがあり、それに兜や武器を加えると総重量は35キログラムを超えるのだという。


 勇者の肉体とはいえ現実世界のミヅキをベースにしているため、少し若返った程度の成人男性の肉体でそれらを着こなすのは困難を極める。

 ましてこれを着て動き回るなどまったくもって無理な相談だった。


──昔の戦時中は、こういう甲冑を身につけた古今東西の猛者が戦場を駆け抜けて、同じくファンタジー世界の戦士も大変な労力を伴いながらモンスターとの死闘を繰り広げてたっていうことなんだよな……。俺には真似できそうにない……。


 ミヅキは甲冑の中で身動きが取れず、芋虫みたいに身体をよじっていた。

 つくづくと理想と現実の隔たりを思い知りながら。


「うぐぐ、持てなくもないけど……。これを振り回すのか、きっついな……」


 今度は刃渡り1メートルほどのロングソードを、両手でグリップを握って正眼に構えてみる。

 重過ぎる甲冑を脱ぎ捨てて武器を試してみるものの、やはり手応えは厳しい。


 ミヅキに馴染みのある倭刀は同程度の刃渡りで、おおよそ1キログラムほど。

 それに対し、西洋の一般的なロングソードは2~3キログラムと重い。


 鋼鉄の製造ができず、刃の身幅(みはば)が厚く作られていて、剣としての強度を上げるにはどうしても刀身が幅広く重厚なものになってしまう。


 剣鍛冶の技術が進んで鋼鉄が作られるようになれば、軽量化や切れ味を上げることができる。

 しかし、この剣には叩き切る、ぶっ叩くという戦い方が見込まれている。

 だからこそ、こうした完成の形へと仕上がっているのである。


「金属バットが900グラムだっていうんだから、こんなものを振り回して戦ってた騎士様やら、ファンタジー世界の勇者ってのは本当に凄い奴らなんだなぁ……」


 実際の取り回しの難しさと武具の重量という想像以上の高い壁にぶち当たる。

 ミヅキは創作やゲーム等の世界の、「装備できない」なる概念を何となしにも理解したのだった。


「はぁぁ……」


 男の浪漫の実現が困難になり、ミヅキは落胆のため息をついた。


「ミヅキ様、大丈夫ですか……? ミヅキ様に合う武具が、何か見つかればいいのですけれど……」


 ロングソードを下ろすと、心配そうにアイアノアが寄り添う。


「たはは……。格好悪いところ見せちゃったね……。我ながら情けないけど、勇者っていってもこんな程度のもんだよ、俺なんてさ……」


 散々な結果に終わり、アイアノアに顔向けできないミヅキは苦笑する。

 憧れのエルフの女の子にいいところを見せられる、せっかくのチャンスだったのにこれでは台無しだ。


「いいえっ! ミヅキ様は格好悪くも情けなくも無いですっ!」


 と、アイアノアは急に声を張り上げてミヅキに顔を近付けてきた。

 綺麗過ぎる顔に至近距離で見つめられるのは、ドキドキするより怯んでしまう。


「誰でも得手不得手はあるものですっ。ミヅキ様にはとてつもない魔法の力があるではありませんか。剣など使えなくても勇者様の凄さは変わりませんともっ」


 アイアノアにとってミヅキは使命を共にする希望の勇者なのだ。

 武具が使えないからと、またやる気を無くされては困ってしまう。

 そんな切実さを彼女の目は訴えかけてきていた。


「お、落ち着いて、アイアノア……。情けないこと言って悪かったよ。俺だって一応勇者なんだから頑張らないといけないよな。まぁだけど、俺にはこの剣や鎧を扱うのは難しいかな……。アイアノアの腰のその剣もこれくらい重かったりするの?」


 たじろぎつつ、ミヅキはアイアノアの腰にちらりと目をやった。

 彼女もソードベルトに鞘に収められた短めの剣を帯びている。


「あ、はい。私の剣はこちらのロングソードに比べて、幾分小振りのショートソードですので若干軽量ではあります。良ければ、お持ちになってみて下さいまし」


「う、うん、これならどうだろう……」


 アイアノアから鞘ごと剣を受け取り、恐る恐るすらりと抜いてみる。


 アイアノアの剣は一般的に片手剣と言われるショートソードである。

 刃渡りはロングソードよりも短く、50センチと半分程度で、その分重量も軽くなっており大体1キログラムと少しくらいだろうか。

 刀で言うなら小太刀ほどの大きさ、両刃の直刀である。


 徒歩で扱うことを目的として、屋内や洞窟など閉所での戦闘に向いている。

 短く丈夫に作られているため刺突に用いても折れにくく、乱戦になっても取り回しが良いとされている。


「あ、いい感じかも。そんなに重く感じないぞ」


 正眼(せいがん)(かすみ)八相(はっそう)と、刀を持つときのようにショートソードを構えてみると、やはり長さは物足りない感が否めないが、これならミヅキでも何とか振るえそうだ。

 その様子を見ていたゴージィは苦笑しながら大きく鼻息を吹いた。


「ふぅん、見慣れない剣の持ち方するんだな。しっかしミヅキ、お前さん、勇者って(うた)う割には何とも貧相な体つきだなぁ。言うまでもねえが、その剣は女用だぜ? 大の男が振り回すにゃあ、ちっとみっともなくもあるが、そうだな──」


 言いながらゴージィはミヅキの前を通り抜け、店の奥へと歩いていく。


「魔法が使えるって言ったな。それじゃあ、どっちかっていうと魔術師寄りの装備のほうが合うのかもしれねえな」


 甲冑の立ち並んでいる隣の、顔無しマネキンから黒く長い外套を取り外す。

 それをミヅキの前で精一杯高く腕を上げて、ばさっと広げて見せる。


「どうよ、上等の織物で仕上げた一級品だ。魔術師っていったらこれだろ」


 それはいわゆるローブで、上下が一続きの長袖のワンピースの衣服であった。

 カラスみたいに真っ黒で、頭からすっぽりと全身に被って腰の紐状ローブベルトで固定するフード付きの外套だ。


「うへえ……。勇者とは程遠いイメージの見てくれだ。まるで、悪の魔法使いみたいじゃないか」


 ぼやいてみるが、地平の加護を介して付与魔法を使う自分の姿は、案外戦士よりは魔法使いのほうがしっくりくるのかも知れない。

 ゴージィは一旦黒いローブをアイアノアに持たせると、壁に掛けてあった鎖帷子(くさりかたびら)も持ち出してきてミヅキに手渡した。


「防御が心配ならローブの下にこれを着りゃいい。おまけにつけといてやるよ」


 帷子(かたびら)とは元は肌着の単衣(ひとえ)のことで、細かい鎖で編んだものが鎖帷子である。

 それなりの重量はあるが、衣服の下に着込めば防御力を高めることができる。

 チェインメイルとも呼ばれ、刺突(しとつ)には弱いが斬撃にはめっぽう強い。


「甲冑が着れないんじゃあ、こいつで決まりだな。魔術師装備の勇者サマってのも何ともオツじゃねえか。俺は悪くねえと思うぜ。無理してがちゃがちゃ着込まねえで、身の丈に合った武器防具を使うのが一番だ。──そいじゃ、まいどあり」


 そうしてゴージィはにっこりと笑うのであった。


「……結局、これに決まってしまった」


 気が付くと、ミヅキはゴージィの武具屋の店先に立ち尽くしていた。

 真っ黒なローブを着てフードを被り、その下に鎖帷子を着込んで、腰からはアイアノアのものとよく似たショートソードを帯剣した姿で。


「うぅっ、いたたまれない……」


 フードを目深(まぶか)に被り、顔を隠してミヅキは俯いていた。

 戦士の格好にしろ魔法使いの格好にしろ、実際に着てみてこんなにも場違いな恥ずかしい気持ちになるなんて思いもしなかった。

 

 鎧や兜で武装するのは夢の一つだった。

 しかし、夢のままで済ませるのが良さそうである。


「ミヅキ様に相応しい装備が見つかって良かったです」


 隣に立つアイアノアはにこにこしていている。

 道行く人々もミヅキの格好を見ておかしく思う者はいなさそうだ。


 現実の世界だったら速時通報ものな不審者の見た目だが、きっとこの異世界基準ではそれほど変なファッションではないのかもしれない、とは思う。

 ただ、ミヅキは自分の不審な姿にこのうえない羞恥心を感じてしまう。


「──どうかなさいました? せっかくの新しいお召し物なのに、そのようにお顔を隠されてはどこの誰だかわからなくなってしまいますよ」


「い、いや、あんまり見ないで……。何ならこのまま消えてしまいたい……。仮装パーティーじゃあるまいし、アイアノアは俺のこの格好、変だと思わない……? 一緒にいて恥ずかしくならないか?」


 フードの狭い視界にアイアノアの顔がひょいっと覗き込んできた。

 ますます顔を隠してしまうミヅキに、エルフの彼女は涼やかに微笑む。


「変じゃありませんよ。恥ずかしいだなんてとんでもありません。ミヅキ様がどのようなお姿をしていようと、私は変わらず共に在り続けますとも。お顔を上げて、胸を張っていて下さいまし」


「ううぅ……」


 嘘偽り無い肯定の微笑みで返してくれるアイアノアの眼差しが眩しく痛い。

 いっそのこと、変です、似合ってません、と罵ってくれれば、こんな格好をやめられる口実にもなろうというのに。

 アイアノアのきらきらした笑顔に見つめられ、もう後戻りはできない。


──何だか凄く好意的だなぁ。異世界転移をすると皆が優しくしてくれるっていうのは本当なんだ。でも、今はその優しさが心苦しい……。


 勇者だと持て囃され、何をしても肯定的に受け取ってくれるのもありがちな排他的権利であるのか、とミヅキは複雑な気持ちになっていた。

 こんな調子で甘やかされては、現実の世界に戻るときに恥ずかしい勘違いをしてしまいそうだと肩をすくめる。


「さあさあ、ミヅキ様。ダンジョン探索にはまだまだ必要な物が色々とございますので、キッキさんとエルトゥリンが戻るまでの間に見て回りましょう」


「えぇ、この格好で街をうろうろするの……?」


 アイアノアは渋るミヅキの手を取り、やはりなかなかに力強く引っ張っていく。


 ショートソードといえ、女性だてらに剣を扱えたり、色々な道具が入っていそうな大きな鞄を身につけていたりと。

 思ってみれば、華奢に見えるだけで力持ち要素は充分に揃っているアイアノア。


 エルトゥリンの怪力は規格外過ぎて論外だが、もしかしなくてもキッキやパメラを含めても、自分が一番非力なんじゃないかとミヅキは結構落ち込んだ。


「大丈夫です、変じゃありませんったら。今日は下見を兼ねて、ダンジョン第1層の探索で切り上げる予定ですので、最低限の道具だけでも仕入れておきましょう」


「ちょっ、そんな引っ張らないでくれよ。ま、待ってくれって、アイアノア……」


 ずるずるという音の表現がぴったりな様子で、ミヅキはアイアノアに手を引かれて歩き出した。


 今のこの街では珍しい端麗なエルフ美女と、真っ黒で悪い魔法使いみたいな勇者の異世界人は、雑多な人々の往来の中へと消えていく。

 隆盛の時期に比べるとささやかになったとはいえ、それでも賑わいを見せる街に紛れて二人はすぐに見えなくなってしまった。


 ギイイィ……。


 軋んだ音を立て、今しがた二人が後にした武具屋の扉がゆっくり開いた。


「……ふぅ、行ったか」


 のっそりと中から出てきたのは、ミヅキに分相応な装備を世話したゴージィ。

 気難しそうで複雑な表情をして、二人が消えた方向の街並みを見やる。


 そして、ぼそりぼそりと独り言を漏らした。


「あいつらがパンドラが予言した勇者サマだってか……? 事実、パンドラの異変は起こり、エルフの連中も騒ぎ出した。あいつらがこの街と俺たちを……。いや、この世界を救ってくれるだって……?」


 何を思うのかその目は遠くを見つめるよう。

 重い息を吐き、ゴージィはくぐもった声で呟いた。


「大地の意思には抗いようもねえが……。もうあんな目に遭うのは二度とごめんだぜ……。──なあ、パメラ、アシュレイ」



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