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第59話 異世界転移座談会2

 異世界に行っていた三月は身体の違和感を感じていた。

 雛月はそれ何故なのかを思い出させる。


「それを踏まえて、これを見てくれ」


 雛月が言うとテレビ画面がすぐに変わり、今度は全く別の三月の姿が映った。


『──目覚めたか、我が最後のシキよ!』


『え、えぇ、身体が縮んでる……』


 テレビ画面に映るのは、洋風ファンタジーとは打って変わった和の風情だ。

 登場人物が一新され、三月の格好もさっきまでとはまるで違う。


 ついさっきお別れしたばかりだが、そこには妙に懐かしく感じる女神の姿と声があった。


 力を失い縮んでしまった、創造の女神、日和である。

 シキとして誕生させられ、身体の違和感に三月がうろたえていたときのものだ。

 続けて画面が変わり、三月にとってはショッキングな場面が飛び込んできた。


『あ、あああぁぁーっ! みづきぃ……!』


『あ、ああ、そういえば俺、玉砂利のシキなんだっけ……』


 日和の悲鳴があがる。それは神々の世界で行われている天神回戦という武の祭典の一幕であった。


 対戦相手である馬頭の獄卒鬼の刺股で切り裂かれ、身体中から大量の玉砂利を吐き出して仰向けに倒れるシキの三月。


 致命傷のはずが絶命することはなく、血液や臓物の代わりに玉砂利をばら撒いて、ただ動けないだけの状態に留まっている。


 三月は雛月が何を言おうといるのかを概ね察する。

 雛月もそれを見て取り、三月の異世界の身体について言及をした。


「神々の世界で目覚めたとき、三月は初めからシキだった。身体の大きさは縮んでいたけれど、人間の三月は刃物で切られたからといって、身体から玉砂利を飛び散らせたりするかい? もしそうなら驚きなんだけど、ね」


「これが異世界の俺の身体の、違和感の正体だってのか……」


 雛月は黙って頷いた。

 三月もおぼろげに理解する。


 パンドラの世界の夜、エルフのアイアノアとした話を思い出した。


『ミヅキ様はお生まれになったときから、勇者としての宿命をそのお身体に宿されていたのだと思います』


 彼女の言っていたことを正しいとするなら。

 異世界の身体の違和感が後天的ではなく、先天的な要因に基づいているのなら。

 あのとき浮かんだ疑問の答えは次のうちのどちらだろうか。


『自分に酷似した身体の持ち主が勇者で、ミヅキはそれに憑依している』


『ミヅキ自身の意識が勇者で、現実世界より対象の身体に召喚された』


 雛月は三月の考えを読み取り、そして答えた。

 答えの先は地下迷宮の異世界だけでなく、神々の世界の三月にも及んだ。


「答えはその両方さ。パンドラを踏破する勇者として、天神回戦を勝ち抜くシキとして、三月はそれぞれの世界に専用の身体を持って誕生したんだ。但し、誕生先の身体に宿る意思は現実世界の三月のそれが基盤となっている。だからこそ、三月の意識に付随するこのぼく、地平の加護の護りが世界の垣根を越えて、三月を助け、尋常ならざる超常の権能を発揮することができたんだ」


 パンドラの世界で覚醒したはずの地平の加護の能力は、世界の境界を隔てた神々の世界でも遺憾なく発揮されることになった。


 シキとして用意された身体にも地平の加護を有した三月の意識が宿った。

 ハードウェアとソフトウェアの役割をそれぞれが表し、この異世界巡りの仕組みは成り立っていた。


「──それが本当なら、俺は三人もいることになるな」


 自嘲気味に呆れた風の笑みをこぼす三月。


 並列世界に存在するとされる、別の自分という概念が思い浮かぶ。

 即ち、勇者のミヅキ、シキのみづき、そして現実世界の三月。


「でも、雛月」


「ん、なんだい?」


「一つ説明が抜けてるぞ」


「……何だろうか? 言ってみてよ」


 ふと、三月は雛月の説明に微妙な疑問を感じた。


 薄く微笑んでいる雛月の顔からして、何だかこの質問も乗せられているようでしゃくさわる気がしないでもないが。

 答え合わせは必要だと意に決した。


「それぞれの世界に専用の身体を持って誕生したっていうんなら、パンドラの世界で記憶喪失で行き倒れてた俺は何なんだ? シキの俺は生まれた瞬間から俺自身の記憶があったっていうのに、パンドラの世界の俺は生まれてから現実世界の俺自身の意識が宿る瞬間までの記憶がまるまるすっぽり抜け落ちてるじゃないか」


 自分で言ってみて、それはもっともな疑問であると思った。

 三月はれっきとした普通の人間であったはずだ。


「28年間生きてきて、地平の加護の力なんて使えたことは一度だって無い。だからその力を元々持ってたのは、多分パンドラの世界で生まれた俺によく似た人物だったんだろう。そいつの人格や失われた記憶はどこへ行ってしまったんだ? 地平の加護を初めから備えてて、俺の知らない記憶を持っていたそいつは何者なんだ? そいつは俺とは別人だし、意思や意識やらの精神が現実世界の俺を基盤としてるんだとしても、少なくとも純粋に俺のために用意された身体、って訳じゃなさそうだけどな」


 するすると口から滑って出た言葉を雛月は黙って聞いていた。

 そして、半ば感嘆したようなため息をほぅ、と漏らした。

 両頬杖をついて満足げに笑う。


「……よく、気付いたね。それは物語の核心を突く重大な要素だ。三月は頭が切れるんだなぁ。もうそこまで考えが至ってしまうんだね。うんうん、本当に良く出来ました。偉い偉い」


「茶化すなよ。パンドラの世界の俺が勇者なんていう特別な存在なんだったら、その記憶喪失なんて重要以外の何物でも無いだろうが。どうせ、そうやってわざと誘導してるんだろ」


 自分の分身だと豪語する雛月の性格が何となくわかってきた。

 普段からそんな話し方を意識している訳ではないが、理解できなくもない。


「ふふふ、手厳しいな、三月は。感心しているのは本当だよ。じゃあ、そんな優秀な三月に初公開となる映像を見せてあげよう。これは、ぼくからのサービスだよ」


 頬杖をついたまま、雛月が視線をやるとテレビの映像が変わった。


 それは深い森の中の映像で、少し高い場所から木々の間を縫い、背の高い下生えの開けた場所を映している。

 その場所の中心に肌色の塊が転がっていた。


 視点がその倒れている何かの顔に寄る。


「俺じゃねえか! しかも全裸でっ……! ってことはこれは……」


 三月は瞬時に顔をしかめて、その映像が何を表すのかを悟った。

 雛月は笑っている。


「ご察しの通り、これは三月がパンドラの地下迷宮付近の森で行き倒れていたときの映像だよ。キッキの言っていた、全裸で倒れていたっていう三月さ」


 それは確かに、再三としつこく全裸で倒れていたことを失笑され続けた三月の行き倒れている姿であった。


 意識は無く、身じろぎ一つしない。

 幸いなことに、気になっていた体勢は()()()()であった。


 聞いた話ではこれは、パンドラの世界で三月が目覚めるより一ヶ月前の出来事だったそうだが、この映像はその情報を裏付けるものに間違いなかった。


『ママーッ、見てっ! ひとが倒れてるよっ! しかも、素っ裸!』


『まぁ、大変っ!』


 画面の角度が切り変わり、遠く街道のほうから駆け寄ってくる獣人親娘の二人の姿が現れた。

 あのとき、キッキはこう言っていた。


『ミヅキを見つけたときのことだけど、ママが急に森のほうを見て言ったんだ。森がざわめいてる、パンドラの魔素が漏れてるのかも、とか』


 パメラの言葉をきっかけに、森へ入ったキッキが倒れている三月を見つけた。

 そうして、獣人の親娘によって保護してもらえたという話だった。


「うひっ、なんてもの見せるんだよ……。うぅ、いたたまれねえ……」


 画面を見る三月は、羞恥の思いに赤面して情けない声をあげた。


 恥ずかしいだけではない。

 大人の女性なパメラは百歩譲ってまだいいとしても、それほど年端のいかない少女なキッキに裸を直視されるのは勘弁して欲しかった。


 話には聞いていたものの、実際にそんな様子を第三者視点で見せられるのは本当にたまったものではない。

 と、しばらくじっと素っ裸の三月を見下ろしていたキッキとパメラは。


『ママ、そいつ連れて帰るの?』


『このままにしてはおけないでしょ。──それに、ううん、なんでもないわ』


 パメラは自分より一回り身体の大きな三月を、ひょいっと軽々しく横抱きに抱えると、大した重さを感じていない風にすっくと立ち上がった。


 三月が一糸まとわぬ全裸状態なのにパメラは表情一つ変えやしない。


 反対に、それを画面越しに見ている三月は耳まで顔を赤くして頭を抱えていた。

 雛月はとても愉快そうだ。


 相変わらず獣人ならではの力強さを見せながら、パメラはそのままお姫様抱っこの状態で街道に停めてある荷車に三月を運び、物凄く手慣れた手つきで日よけの布でくるくると簀巻すまきにしてしまった。


 三月はそうしてトリスの街へと連れ帰られたのだ。

 ふっと画面が消え、三月と雛月は顔を見合わせる。


「どうだい? 三月はこんな場面は知らないだろう? でも、ぼくは知っているんだ。何故だかはもうわかるよね?」


「雛月は、いいや、地平の加護はもうこのときすでに俺の中に備わっていたんだろ。だから、そのとき体験したこの映像を再生して見せることができる」


「正解だよ。そして、ぼくは三月の記憶を司っている。つまるところ、三月がこのとき失っていた記憶を、ぼく自身は忘れる事無く記録して残しているんだ」


「ふん、要はそれが言いたくて、俺が引っ掛かるような説明の仕方をしたんだろ。──で、聞けばこれがどういうことなのか教えてもらえるのか?」


 三月はコーヒーをすすり、冷めた視線を雛月にやった。


 雛月がどう返してくるのかは何となくわかっている。

 それは雛月の側も同様で、何ともわざとらしく肩をすくめていた。


「ごめんね、三月。予想通りで悪いんだけど、それはまだ教えられないんだ」


「はぁ……」


 と、三月は素っ気ないため息をついた。

 そんなしらけた様子に、慌てた雛月は言い訳みたいな自己弁護を始める。


「べ、別に意地悪で教えないわけじゃないぞ。そんな白い目でぼくを見るなよっ」


 雛月もコーヒーを飲むと、マグカップから尖らせた唇を離した。

 眉尻を下げて濁ったコーヒーの中を見つめている。


「ぼくは意図的に仕組まれ、つくられた存在であり、融通ゆうづうの利かない機械的な側面を持っている。三月自身が実際に体験して獲得した情報なら、ぼくの知る限りの知識を与えてあげられる。だけど、三月が現状知り得ない情報は教えてあげることはできないんだ」


 マグカップを置き、三月を上目遣いに見る雛月はどこか申し訳無さそうだった。

 嘘をついているようには見えない。


「悪いけど、そういう制限が地平の加護には掛かっていてね。でも大丈夫さ。新たに獲得した知見は無限に広がる地平線のように、限りなくどんどん拡充していけるんだ。すべての情報に五感を研ぎ澄ませて物語を紡ぎ、秘された真実にきっと辿り着いて洞察を進めていって欲しいな。ぼくももちろん協力するから」


「……へいへい、せいぜい前向きに検討させてもら……。──んっ?」


 気だるそうに言い掛けて、三月は驚きに目を見張った。

 目の前を金色の淡い光の粒子のようなものが漂っている。

 それは雛月の身体から滲み出ては、空中に霧散していく。


「ひ、雛月、お前それ……!」


「うーん、もうそろそろ時間切れみたいだね。黄龍氣こうりゅうきが残り少ない。この人格と化身の姿を維持できなくなってきた」


 まるでほたるのように浮かんでは消えていく粒子状の光は、雛月の言葉の通りに地平の加護の黄龍氣なる活動源の枯渇を知らせていた。

 少しずつ雛月の身体を薄く希薄にし、欠けさせている。


「もう時間が無いから早足でいくよ。まあ、教えられることと、教えられないことがあるっていうルールを知っておいてほしかったんだ。よろしくね、三月」


「あ、ああ、わかった……」


「じゃ、まずはパンドラの地下迷宮の世界についてだ」


 雛月はそれぞれの世界について、現時点でできる助言を行い、未解明の事柄をかいつまんで語った。


 それらの事項を三月に認識させ、この心象空間でのコーヒー茶会ちゃかいを締めくくる。



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