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第58話 異世界転移座談会1

 地平の加護の疑似人格、雛月は自らの力について語り始める。


「繰り返し地平の加護の案内で使った文言だし、説明しておくよ。黄龍氣(こうりゅうき)っていうのは、地平の加護の様々な権能を発動させるためのエネルギーだよ。ある特別な条件下じゃないと補給できなくてね」


「地平の加護のエネルギー……。補給のための特別な、条件……?」


「地平の加護のとんでない能力を発揮させるためには莫大なエネルギーが必要で、超強力な力場の近傍(きんぼう)に三月の肉体、或いは精神が存在していることが黄龍氣を補う条件なんだ。心当たりあるんじゃないかな、超強力な力場にさ」


「……あ、あぁ。そうか、わかったぞ」


 雛月に促されるまま三月は思い当たる場所を二つ思い浮かべた。

 三月の思いついた先の正解を共感し、雛月は満足そうに笑った。


「そう、濃密な魔素のパンドラの地下迷宮と、太極天の力宿る太極山のことさ」


『パンドラの魔素・黄龍氣に変換』

『太極天の恩寵・黄龍氣に変換』


「雛月が、地平の加護が確か言ってたな。あれはそういう意味だったのか」


 三月は地平の加護発動の際に頭に響いた声を思い出していた。

 雛月は物分りのいい三月を見てうんうんと感心している。


「三月の理解が早くて助かるよ。地平の加護は、その二つの極大の力場から発せられるエネルギーを黄龍氣に変換して発動させている。逆に言えば、その強力な力場の補助無くしては発動させることはできない。ほぼ何でもありの能力だけど、この点だけは弱点になり得るから今後は気をつけて欲しい」


 今後という言葉にまだ引っ掛かっている三月をよそに、畳み掛けて雛月は言う。

 それは次なる不可解に対する問いであり、解でもあった。


「さあ次だ。三月が二つの世界に繋がり、目を覚ましたときに何か違和感が無かったかい? 感覚的にしっくりこない、ちぐはぐした感じの何かがさ。もっとも、あの異世界の環境自体が違和感の塊だったとは思うけどね」


「目が覚めた瞬間と、異世界の体験が始まった瞬間の記憶が混同してた……。いきなり絶体絶命の大ピンチの状況に立たされて、どうしてそうなったのかを思い出すのに苦労したな……。あと、なんか身体がおかしかったか……」


 三月の適切な解答に、雛月は拍手を送る。

 ぱちぱちぱちと乾いた音を聞き、三月は居心地悪そうに雛月の笑顔をじと目で見ていた。


「素晴らしい、さすがは三月だ。出来のいい生徒を持ってぼくは鼻が高いよ」


「いいから、早く説明しろ」


「はいはい、じゃあ順を追っていくよ。記憶障害の件だけど、あれは三月の精神、魂がまだうまく異世界の身体に定着していなかったことから起こった現象だ。でもある時期を境に、やっと思い出せた、記憶が繋がった、と感じた瞬間があったはずだよ。さあ、思い出してみてくれ」


「……あったな、そういえば」


 三月の脳裏にあやふやだった記憶が、どういうわけか鮮明に甦ってくる。


 側頭葉(そくとうよう)の神経細胞に記憶された情報は、主に目にしたものに関連する事柄を思い出す。

 だから、三月は目の前にいる雛月をまじまじと見て、なるほど、と納得する。


「なんだい、三月? ぼくのことをそんなに見つめたりして。熱い視線に心ならずもドキドキしてしまうじゃないか」


「勝手にしてろよ。……ふーん、だけど便利なもんだ。雛月の顔を見ているだけで、記憶の問題は全部解決するんだな」


「ご明察だね。ぼくは地平の加護、三月の記憶を司り、共にしている神経そのもの。ぼくを思い浮かべれば、思い出したい記憶とそれに関連する事柄が、自然と頭の中に理路整然と立ち並ぶはずだ」


 雛月は三月の記憶そのものであり、地平の加護を認識するだけで蓄積された膨大な記憶はいつでも自由に取り出すことができる。


 それはさながら、ライブラリーから図書を探し出したり、データベースから情報を検索したりする動作のようであった。


 そして、思い出すのは二つの世界の記憶同期の瞬間だ。

 大波の如く押し寄せる情報がとめどなく口から溢れ出て来た。


「夕緋ちゃんが忘れたストールを届けようと追いかけて、アパートから飛び出したらいきなりパンドラのダンジョンに飛ばされて、目の前にはでっかいドラゴンがいて、今にも黒焦げにされそうになってた。その瞬間、あのファンタジー異世界で目が覚めてから、ドラゴンにでくわすに至るまでを思い出して、ようやく話が繋がったんだ。キッキとパメラさん、元気にしてるかな。エルフの姉さんたち、綺麗だったな。また会いたいよ」


 まずはパンドラの地下迷宮の世界のことを思い出した。

 次は天神回戦の神々の世界のことだ。


「神様の世界も同じだ。気付いたら太極山の試合会場に居て、恐ろしい馬の鬼さんと素手で試合をさせられる羽目になってて、やっぱりそこから何故こうなったかを思い出したんだ。ちんちくりんでどん尻の神様の日和にシキとして生み出されて、日和の身代わりに試合に出ることになって、危うく死にそうになったんだ。なんか思い出したら腹が立ってきた、日和めぇ」


 ドラゴンに相対した恐怖、エルフの美人姉妹を目の当たりにした感動、借金返済に協力することになった獣人親娘との絆。

 そうしたパンドラの地下迷宮の世界で味わった感情。


 地獄の獄卒鬼たる馬頭の脅威、形振り構わない追い詰められた女神の日和、三月に激しい憎悪を向けた夜宵の不可解な敵意。

 それら神々の世界で体験した未だ理解が困難な事象。


 嵐のように頭の中に甦った記憶が荒れ狂い、それら数多の情報は規則正しく整理されていった。


「うんうん、上出来上出来」


 気付くと雛月はいつの間にかテレビのリモコンを片手で持っていて、くるくる回して弄び、にやにや笑っている。


「そこまで思い出せているんなら、ちょっと趣向を変えて三月の記憶を想起させてみようじゃないか。違う視点から眺めてみればまた別の何かが見えてくるかもよ」


 すると、雛月はリモコンの電源ボタンを押したようで、テレビがカチッという電源を供給する音を立てる。


 こんな夢だかの謎空間でもテレビは映るんだ、と思っていると間もなく映った画面と音声にとても驚くことになった。


『起ーきーろー! いつまで寝てんだー?!』


 テレビから聞こえてきたのは、がさつな印象の少女の上声(うわごえ)


「あ、キッキと、……俺?!」


 三月は思わず声をあげた。

 テレビの画面には眠そうな顔の自分と、もう会うことはないだろうと思っていた猫耳の獣人の少女が映っていた。


 少女の名はキッキ。

 場所は冒険者と山猫亭の、三月が使っていた客室のうちの一つだ。


 しかし、どこにカメラが仕掛けられているのか、こんな映像を撮られていた気配はもちろん無かった。


『ひゃぁっ!? な、なにを触ってんだよッ!』


 寝ぼけた三月がキッキの猫の耳を物珍しそうに触ると、顔を真っ赤にして怒ったキッキにばりばりと引っ掻かれて、ぎゃあ、という無様な悲鳴をあげていた。


 映るはずのない映像を目の当たりにして、興奮気味にテレビにかじりつく。


「な、なんだこれ、なんでこんなのがテレビに映るんだ!? すげえー!」


「ふふふ、どうだすごいだろう」


 雛月はそんな三月の驚く様子をご満悦に眺めていた。

 そして、自分の役割を果たすと共にその不可解な現象を語った。


「ここは三月の心象の世界そのものだ。ぼくは三月の心と繋がっているから、これまで見聞きしてきた記憶を自由自在に再現することができるんだ。テレビ画面に映して見せたのは、そのほうが映像を流すのにイメージしやすかったからだね」


 もちろん、あの場には他に誰もいなかったよ、と雛月は付け加えた。


「へぇぇ……。雛月は凄いことができるんだなぁ」


 ひとしきりに感心する三月。


 今度はテレビ画面に映った美人の猫耳ママ、パメラが映っている。

 親切にパンドラ世界での経緯を説明してくれている映像が流れていた。


 出し抜けに雛月は話し出した。


「パンドラの地下迷宮の世界、ダンジョン近くのトリスの街で「冒険者と山猫亭」を営む、パメラさんとその娘のキッキ。伝説のダンジョン、パンドラ付近の深い森林で倒れていた記憶喪失の三月を助けてくれた、訳有りの獣人親娘」


 地平の加護とリンクしている雛月は、三月の記憶に干渉することができる。

 三月のことなら何でも知っているうえ感覚だって共有しているため、何を感じて何を思ったのかも全部わかってしまう。


「ぼくはいついかなるときも三月の物語を観測していて、正しく物語が進展するよう適切なサポートを行う水先案内人だ。三月の記憶や一挙手一投足いっきょしゅいっっとうそくは全部把握してるんだから、あんまり変なことはしないでくれたまえ。いくら本物の猫耳が可愛いからって、いきなり女の子の耳をまさぐったりしちゃ駄目じゃないか。キッキに引っ掻かれてぼくまで思わぬ痛手を被ってしまったよ」


「うぐぐ、すまん……」


 だから、早速と当時のことを指摘されて怒られてしまい、ぐうの音も出ない。


 言われてみれば、さっき雛月を突き飛ばして尻餅をつかせてしまったとき、三月の尻がじんじんと痛んでいたのは、地平の加護との感覚共有が理由だったようだ。


 三月の痛みは雛月の痛みで、その逆もまた然り。

 雛月はさらに三月の記憶の想起を促す。


「で、このときに感じたんだよね? 身体の違和感をさ」


「あ、ああ、そうだ。目が覚めたら、なんか身体が固くて重かったというか、筋肉が全体的にがっちりしてるような、間接が軋む感じだった……」


 異世界でまず感じたのは自分の身体の違和感だった。


 成長の過程における、身体の筋が伸びたり、関節や骨が軋む感じに似ていたと当時の三月は記憶している。

 雛月は三月が正しく記憶を思い出せたことにご機嫌な様子だった。


「うんうん、いくら獣人のキッキが手伝ってくれていたとはいえ、あれだけの料理や食べ物を積載した荷車を引くのは、三十路(みそじ)を迎えようとしている運動不足の三月にはかなりしんどい話だよね」


「うるさいなあ……。仕事するのに適した消費の、歳相応な身体になったんだよ」


 テレビの映像には汗をだらだらかいてひぃひぃ言いながら、パメラの料理を載せた荷車を引く三月が映されていた。


 ただそれでも、涼しい顔をして力仕事をする獣人のキッキはさておき、人間の三月にしては立派な働きようであると評せなくはない。

 少なくとも今の自分に同じことはできそうにないと感じたのであった。



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