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第52話 神眼が見る行方

「ふぅむ……」


 天眼多々良(てんがんたたら)は、その大きな太刀を眺めていた。


 そこは木造の広大な施設の中で、高い天井付近には排熱、排気のための窓が付いており、地面には土と灰が固められて敷き詰めてある。


 多々良は木の切り株椅子の、硬いわらの座布団に腰掛けていて、その正面には赤い火がくすぶる巨大な炉が口を開けていた。


 左右には炉に空気を送り込む複数人用の踏みふいごが設置されているが、今は誰も送風作業を行う者はいない。


 施設内のそこかしこに鍛造用の道具であるつち火箸ひばし金床かなとこ等が備えられ、注連縄しめなわがあちこちに結ばれている。


 ここは多々良の領域内にある、彼自慢の鍛冶場である。


「なるほどなるほど、これはこれは……」


 薄い笑みから声を漏らして、多々良は刃渡りの長い大太刀を片手で軽々しく持ち、しげしげと見つめていた。


 その大太刀は、元々は馬頭の牢太に授けた刺股の刃だったもので、みづきが試合の際に使用した剛鉄の大太刀だ。

 気絶した牢太と一緒に配下の小鬼たちに回収され、こうして多々良の手に回ってきていた。


「多々良様、失礼致します」


 火に照らされる多々良の背後に、ゆったりとした足取りで黒い着物姿に白い髪の、慈乃姫しのひめが音も無く訪れる。


 声を発さなければ、いつからそこに居たのかわからないほどだ。

 瞑目した澄まし顔の慈乃に視線をやり、多々良は穏やかな表情を浮かべた。


「やぁ、慈乃。冥子は戻ったのかい? 二人とも、お疲れ様」


 束帯そくたいの礼装ではなく、多々良は鍛冶用の白装束を着衣している。

 上半身をはだけさせており、見た目の優しげな印象とは裏腹、屈強で筋肉質な肉体が露見していた。


「……はい」


 多々良のたくましい背中を見て声を返す慈乃の頬は、ぽっと赤く染まっていた。

 慕う主の男性美な肉体に心を奪われつつ、真面目な慈乃はすぐに気を持ち直して報告業務に戻る。


「多々良様に申し上げます。日和様への再びの試合の申し込み、つつがなく完了したとのむね、冥子より報告がありました」


「ああ、ありがとう。ご苦労様と冥子に伝えておいておくれ。ただ、日和殿からの返事はしばらくの間は無さそうではあるけれどね」


 多々良は眉を八の字にして苦笑した。


 今度の試合を終え、きっとまた日和は三月跨ぎの期限ぎりぎりまで次の天神回戦を引き延ばすに違いないと思っている。

 早速と次回の試合を申し込んだものの、色よい返事はもらえないだろう。


「日和様も往生際の悪いことです。多々良様の手で安らかな眠りにつけるせっかくの好機であったというのに……」


 独り言みたいにぼやきながら慈乃は多々良の横に立ち、その手にあった長得物を見て取った。


「それは、本日の試合で牢太を負かした、日和様のシキの刀でございますか」


 慈乃に問われ、静かに頷いた多々良は大太刀に目を落とす。


「慈乃、済まない。私の眼帯を外してくれないか」


 出し抜けに言う多々良に従い、失礼致します、と手慣れた様子で後ろから右目の眼帯を外す慈乃。

 眼帯が取れると、左目の黒い瞳とは異なり、金色の右目が現れる。


 天眼多々良の千里眼せんりがん

 何でも見通す力を持つ神眼である。


「慈乃、これは実に興味深い刀だよ……」


 そして、その神の眼を持って、手の剛鉄の大太刀を改めて見透かす。

 元は自分の打った神器に何が起こったのか委細を丸裸にする。


 その結果に、多々良は感情を昂ぶらせていた。

 普段は温和で動じない性格の多々良にしてはそれはひどく珍しい。


「牢太の刺股を一度素材の鉄に分解してから、刀剣として相当に精密に練成し直している。しかも、その技の精度は私の鍛造術の度合いと同等のものだ。あの瞬時にそれを再現して見せるとは、いやはや驚いたね」


「そんな……。鍛冶と製鉄の神であられる、多々良様と同じ力をあのシキが使えるというのですか?! あり得ません!」


 本気で感心している多々良の言葉に、慈乃も驚いた風の声色で反発した。


 地平の加護を通じ、多々良の神器を再生成した新たなる太刀は、やはり原本と同等の精度を持つ。


 多々良はそんなみづきの加護の力を神眼で見抜いたようだった。

 そして、神である彼にはそれ以上のことも当然と言うばかりに見えている。


「私と同じ力、というのは違う気がする。単なる鉄に戻してから、もう一度刀として作り変えるときに……。そうだね、多分、私の真似をしたんじゃないかな」


 その口元には少し笑みが浮かんでいた。

 ぴんと来ない慈乃は小首を傾げる。


「多々良様の真似、ですか……?」


 そんな慈乃を微笑ましく見つつ、多々良は答えた。


「うん、日和殿は創造の女神だ。そのシキである、──みづき、といったかな。彼にも何らかの創造の力が備わっていて、牢太の刺股を分解したときに、その根幹となる鉄の構造を理解して……。ふふ、そう、模倣もほうしたんだ」


 多々良の返答にきょとんとしていた慈乃はため息をついた。

 敬愛する主の言うことながら少し呆れている様子だ。


「……模倣などとは。創造のまったくの反対ではありませんか。多々良様も日和様もご冗談がお好きですね」


 創造の対義語は模倣。

 二つの言葉の関係に掛け、創造の力なのに模倣したなどとのたまう多々良の冗談に慈乃は仏頂面をする。

 冗談があまり好きではない慈乃をよそに、多々良は先を続ける。


「でも、冗談の割には……。うん、本当に良く出来ている」


 金色の視線でかざしてた太刀を眺め、何度目かになる感嘆のため息をついた。


「それに──」


 すっと細めた目に鈍い光が宿る。

 思い返すのは、今日の試合で目の当たりにした文字通りの神業かみわざ


「太極天の力を直に刀に伝えるあの前代未聞の権能……。長く天神回戦をやっているけれど、あんなのを見たのは初めてだよ」


 太極天の力を借りられるシキが史上初なら、その大いなる力を用いて戦うシキもまた類を見ない。

 対抗陣営のシキながら、多々良はみづきに感心していた。


「何の変哲も無いただの剣の一撃なら、牢太には大した痛痒とはならなかっただろうけど、太極天の力をあんなにも強烈に打ち込まれてはさすがに堪らなかったろうね。見たところ、太極山の莫大な大地の力を吸い上げ、限定的な自在術を使っているようだった。いつでもどこでも、という訳にはいかない」


 そして、この強大なる男神はもうすでにみづきの力を看破している。

 天眼多々良の千里眼は欺けない。


「あれほどの術だ。発動には太極天の力の補助は必須なのだろう。しかし、そうした制限された能力とはいえ、すべての試合は太極天のおわす太極山にて執り行われるのだから、常に太極天のご加護を受けられるということになる。日和殿のあのシキは天神回戦の申し子のようでもあるね」


 良く出来た絡繰り、作為的な何かを感じさせられるほど。

 ただ、多々良は涼しい笑みを浮かべ、どこか楽しげに見えた。

 それに比べて、慈乃はわかりやすく気分を害して表情を歪める。


「多々良様や他の神の方々が争奪に励まれておられるというのに……。太極天様の恩寵を身勝手に扱うあのシキ、私は好きになれません。日和様はあのシキを使い、何か良からぬことを企みになっているのではないでしょうか」


 得体の知れないシキと、それを使役する日和が何となしに煩わしい。

 拗ねたみたいな慈乃のひねくれた物言いに多々良は笑う。


「あははっ……。日和殿に限ってそんなことはないと思うけれど。おそらくあの能力はみづきの持って生まれた特性なのだろう」


「多々良様……」


 みづきが相当に特異なシキなのは間違いないが、長年の知己である日和がそんな大それた悪巧みをしているとは思っていない。


 多々良の屈託のない笑顔にはそうした疑念は一欠片も無いようであった。

 慈乃にはそれがますます面白くない。


「──とはいえだ」


 不機嫌そうな顔の慈乃を流し目に見て多々良は言った。


「厄介な相手なのかもしれないが、他の列強の神々や、何より慈乃の相手となるにはまだまだと役不足かな」


 その言葉に慈乃の表情はますます憤り、瞑目した眉間に縦皺が寄った。

 強い不満と侮蔑ぶべつの気持ちを込め、ふんっと鼻を鳴らして答える。


「当然です! 少しは剣を使えるようでしたが、私から見れば児戯じぎにも等しいちゃんばらごっこです。脅威の技の数々も喰らわなければどうということはありません」


 声を荒げ、自分とあんなシキを比されたことにあからさまな不快感を表す。

 事実、慈乃の実力から見れば、みづきの剣技に見るべきところなど一切無い。


「相変わらず、慈乃は手厳しいな。いつかまた日和殿と相見える運びとなったときには宜しく頼むよ」


「承知致しました。冥子も牢太の仇討ちに息巻いておりましたが、次の試合の際には、この私めがあのシキの首を一撃で討ち取るとお約束致します」


 穏やかな調子で微笑む多々良とは逆に、冷たくも激しい怒りを燃やす慈乃。

 栄えある自陣営に泥を付けられたのが気に入らない。

 多々良が他のシキを気に掛けているのがもっと気に入らない。


 かくして、初戦からみづきは多々良陣営という強大な敵との間に因縁をつくってしまう格好となった。


 多々良の言葉通り、地平の加護と太極天の恩寵をもってしても、錚々(そうそう)たる強力な神々やシキたちにはまだ遠く力が及ばない。


 荒ぶる腹心の気持ちは露知らず、多々良はみづきのつくった大太刀に神の視線を落としておぼろげな未来を思うのであった。


──みづき、か……。何故だろう、私の右眼が言っている。みづきとの関わり合いは日和殿の運命だけでなく、この私の運命にさえ何らかの変化をもたらすのかもしれない。この兆しが良きものとなることを、切に願っているよ。


 数多の陣営の思惑が交錯する天神回戦にて。

 奈落の最下位から始まり、天上の順列と大神の力の天授てんじゅを目指す。

 みづきのシキとしての戦いはまだ始まったばかりだ。



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