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第45話 破壊の女神の襲来4

「うぐぐ、ちくしょう……!」


 今なお成長しながら締め付けてくる木に圧迫され、みづきは藻掻もがいていた。

 火を見るより明らかな劣勢に、この上ない無力感を突きつけられる。


──手も足も出ないじゃないか……! 地平の加護でも勝てないッ! こんな化け物たちを相手にどうしろっていうんだっ!? これが俺の夢なんだったら、俺に花を持たせてくれるもんじゃないのかよっ!


 異世界転移に付きもののイカサマ能力でさえ、夜宵たちには通用しない。

 夢の世界の出来事のはずなのに、全然思い通りにいかない。


 またぞろと、みづきの中に恐ろしい疑念が湧き始める。


──やっぱり、これは夢じゃないのか? このままここでやられても目は覚めない。朝陽の名前だって出てきたんだ。少なくとも、ダンジョンの異世界よりは現実世界に近い……! 夢じゃないんなら、俺が今やってるこれはいったい……!


 夢と現実の狭間を意識が揺れ動く。

 幻だ虚構だと決め付けると、非現実の側が妙な現実感をちらつかせてくる。


 いくらずるい能力を使っても勝てないのは単に相手のほうが強いから。

 諦めて負ければ、待っているのは夢の終わりではなく、本当の死。


──俺は本当に死地にいる……!? 大人しく観念するのは危険な博打か……? この肌にひりつく現実感、とてもじゃないけど嘘とは思えないッ!


「痛みだって本物だ……。こんなに痛いのに全然夢が覚めないじゃないかっ!」


 手足を縛り、身体中を圧する木の霊から与えられるのは紛れもない苦痛だ。

 放っておけば全身を幹の中に取り込まれ、こちらの息の根を止められそうだ。

 もう悠長に迷っていられる時間は残されていないのかもしれない。


 と、そんなときであった。

 にわかに天神回戦会場の地面が大きく揺れ出した。

 みづきが地平の加護で太極天の神通力を借りたのではない。


「おいでませ! 太極天様の大地のシキたちっ!」


 よく通る凜とした声を発したのは姜晶であった。

 泣きそうな顔をして、手のしゃくを高々と振り上げている。


 会場の揺れは、追い詰められた姜晶がとうとう繰り出した切り札のためだった。

 太極天はしもべの審判官の呼び掛けに応じ、神通力を形にしてつかわしたのだ。


埴輪はにわの戦士っ!? ぞろぞろいっぱい出てきたぞっ……!」


「本営直属の、大地のシキらじゃっ! みづきっ、手を出してはならんぞっ!」


 驚くみづきと緊迫した表情の日和の周囲に、続々とそれらは現れる。

 闘技場地面のそこら中の土が盛り上がり、見る見るうちに人の形を取っていく。


 みづきの言った通り、顔は土器の埴輪そのもので、目と口に当たる部分が空洞となっていて中身がどうなっているかは窺い知れない。


 衝角付冑しょうかくつきかぶとを被り、古代の挂甲鎧けいこうよろいで全身を包んだ丹色にいろの戦士たち。

 一体一体が二丈(6メートル)に届こうかという大型のシキが、瞬く間に会場中に溢れて夜宵と配下のシキたちを取り囲んだ。


「夜宵様、そこまでですっ! これ以上、身勝手なお振る舞いを続けられるというのなら、こちらにも相応の考えがありますっ!」


 埴輪の巨人たちの足下で姜晶は夜宵に警告を繰り返した。


 大地のシキはこうした荒事に対応するための本営の手勢である。

 自由意思は持たず、太極天の使命のために粛々と仕事をこなす天の兵。


 本日の多々良との試合に日和が出てこないなら、このシキたちが強制的に連れ出す任に当たるところであったのだ。


「繰り返し、退場を命じますっ! 即刻、この場よりお引き取り下さいませッ!」


 姜晶の強い声に連なり、大地のシキたちは手に手に緑青色ろくしょういろの大剣を抜き払い、その切っ先を破壊の女神に一斉に向けた。


 これは本営からの最後通告であった。

 すぐさま争いをやめて、引き下がらないというのであれば、太極天の名の下にちゅうを下すことも辞さない。


 夜宵のシキたちは当然の如く、それぞれが応戦の構えを見せる。

 地上の玄旺も、静かに剣の鞘に手を掛けた。


 主たる夜宵がその気なら、配下のシキは太極天を相手取るのも厭わない。

 夜宵とそのシキたちにはそれだけの力がある。

 それはまさに、一触即発の状況であった。


「ふふっ……」


 夜宵はそれでも笑っていた。

 姜晶が召喚した太極天のシキに囲まれ、剣呑な戦いの気配が満ちても不敵な態度は変わらない。


 一位に君臨する破壊神の力なら、この程度の手勢を蹴散らすのは造作もない。

 しかし、それでは天神回戦を追われ、誅伐を受けることにもなってしまう。


 そんな事態はさしもの夜宵も本意ではなく、大人しく身を引かざるを得ない。

 どうやら、過ぎたお遊びはここまでのようであった。


「……姉上、再び相見あいまみえるその日を楽しみにしているよ」


 夜宵は日和とみづきに一瞥をくれるとそう言い残した。

 明白な敵意は波が引くように収まり、暴威の神通力は露と消えた。


 重力から開放され、夜宵の巨大な身体は夜の空高くへと上がっていく。

 夜宵のシキたちもそれに習い、空へと飛翔する。


 見えなくなるくらいの高さに遠ざかっていくまで、夜宵は粘りつく不気味な目線を日和とみづきから決して離すことはなかった。


 夜宵と他のシキ三人が空へ戻るのを見届け、玄旺も鞘に掛けた手を下ろした。

 そして、姜晶に向かい、主と話すときと変わらない冷たい声で言った。


「審判官殿、ご覧になられた通りだ。夜宵様は姉君であり、宿敵でもあられる日和様の勝利にお心を奮わされたのであろう。此度の荒事は、いずれ執り行われる天神回戦の前哨戦のようなものであると捉えて頂きたい。──それで宜しいな?」


 それは釘刺しであった。

 主たる夜宵の暴挙は、どのみち打ち倒す日和陣営とのいざこざであるから、規則に抵触しない些事さじなので水に流せと言っている。


「う、うぅ、それはぁ……」


 すでに空へと戻った夜宵と、呼び出したシキたちを見回して姜晶は困惑する。

 厳粛に対抗しようとしたが、向こうはあっさり引き下がってしまった。

 太極天が中立の立場である以上、もう夜宵を咎める理由はありはしない。


「──審判官殿」


 何より、玄旺の鋭い視線に射竦いすくめられ、うまく言葉が出てこない。

 玄旺から放たれる迫力に空気が凍りつかされそうだ。


「はい、わかりましたぁ……。ですけど、夜宵様の神威の顕現は影響が大きくて、他の皆様が大変混乱されます……。つ、次からはご注意くださいね……」


 明らかな玄旺の威圧に、姜晶はしゅんとなって注意をするのが精一杯。

 玄旺はその応答に表情を動かさず軽く一礼し、すっと振り向いた。


 その視線の先には夜宵による敵意剥き出しな攻撃を受け、ぼろぼろになった日和と木霊に捕まっているみづきの姿があった。


「……」


 何を思うのか、二人を少しばかり見つめて黙している。


 今回の試合で、敗北した日和が消滅すると思っていたのは玄旺も同じだ。

 しかし、日和はこうして試合に勝利し、命運を次へと繋げている。

 その功績を立てたのは、日和が新たに生み出したシキだ。


 多々良陣営との試合の委細は実際に見ていないため不明であるものの。

 夜宵や自分たちには全く歯が立たなかったが、太極天の恩寵を操る術を使う前代未聞の異能を有している。


 玄旺はみづきのことを幾ばくかの間、じっと見つめていた。


「夜宵様は何故、あのシキを見てお怒りに……?」


 夜空の上から夜宵が激昂するのを目の当たりにした。

 主の言いつけを破り、夜宵と日和の間に介入するくらいには取り乱しもした。


 日和の勝利も、夜宵の怒りも稀事まれごとである。

 こんなことは通常では起こらない。


「……」


 そうしてまた、玄旺は口を閉ざした。


 木霊の枝と幹から脱け出そうと四苦八苦しているみづきを奇妙に思う。

 やがて、油断無く向けていた視線を切り、目を瞑って首を横に振ると主の後を追って礼服をはためかせながら空へと戻っていった。


「あの剣は……?」


 そう呟いたのは、空へ退場していく玄旺を見上げるみづき。


 見ていたのは玄旺の腰に下げられている白い太刀だ。

 夜宵の神威を目にも止まらぬ早業で切り払った、ただならぬ威力を秘める神剣。


──何だ? よくわからんけどあの剣、気になるな……。


 見えたのはわずかな時間だったものの、地平の加護のおかげで玄旺の太刀の見た目、刀装とうそう全体、こしらえの姿を頭の中で思い返すことができた。

 純白の虹彩を浴びたような美しい刃紋はもんの刀身、黒い漆塗りの装飾を施された光沢のある鞘。


 そして、倶利伽羅龍くりからりゅうを思わせる特徴の、向かい合う二匹の龍が刻まれた荘厳な意匠の鍔。

 この神々の世界で今日目覚めたばかりのみづきが知るはずもない、玄旺の太刀。


「気のせいか……? なんかどっかで見たことあるような……」


 怪訝そうな表情のみづきは遥か眼下。

 夜宵は玄旺が戻ってくるのを見ると、夜空の上で悠然ときびすを返した。

 不気味に微笑み、誰に言うでもなく独りごちる。


「くっくっくっ……。面白くなってきたなあ……。まさか、そちらから出向いてきてくれるとはなぁ……!」


 冷えた夜風を吹かれながら、暗い空に淡い光を浮かべている。

 あらぬ方向に向けた視線の先に夜宵が何を見ているのかは誰にもわからない。

 超然としていて殺気に満ち満ちて、夜宵はどこか愉しそうに笑っていた。


「みづき……! そうか、姉上のシキとなったのか……!」


 姉の元にしもべとして参じた新たなシキを思う。

 みづきのことを考えると、気持ちが昂ぶって仕方がない。


「直接すり潰す機会が巡ってこようとは思っていなかったよ。この神々のお遊戯にも退屈していたところであったが……。あはははっ、興が乗ったなあ!」


 日和を滅するだけでは飽き足らず、そのシキの抹殺にもご執心であった。

 因果が回り、みづきに出会う願いがとうとう叶った。

 普段は冷淡無情な夜宵なのに、口許が緩むのを堪えきれない。


「またな。姉上、みづき……」


 夜を引き連れ、夜宵は闇に溶けるようにその巨大な姿を消していく。

 玄旺を含め、四人のシキも同様に暗い影に紛れていなくなっていた。


 後に残ったのは夜のしじまと、空に吹く冷たい風だけである。

 そうして、破壊の女神は去っていった。


「みづき、無事か……? 大事は無いか?」


「ああ、平気だよ……。痛てて……」


 ようやくと樹木の緊縛から脱出したみづきを心配そうに見つめる日和。

 お互い、夜宵に好き放題にされて満身創痍であった。

 と、そんな二人を温かく優しい光が照らす。


 夜の支配者が消え、次第と天に明るい日の光が戻ってきた。

 太極山を、天神回戦会場を再び金色の明るさが満たしたのだ。

 今度こそ、シキのみづきの初めての戦いは終わりを告げたのであった。



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