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第44話 破壊の女神の襲来3

 破壊神夜宵が降臨し、みづきは絶体絶命の危機を迎えていた。

 しかし、瀬戸際で日和が口走った言葉は諦めの足を踏み留まらせる。


 唐突に飛び出してきたのは、みづきの掛け替えないの少女の名。

 神水流朝陽かみづるあさひ──。


「はぁ、はぁっ……! はぁ、はぁ……!」


 知らずに荒い息づかいで呆然としていた。

 みづきは恐慌に我を失い、気が付くとその場に腰を抜かして座り込んでいた。


 この世界を夢だと決めつけたばかりだ。

 なのに今は、現実世界の過去との結び付きめいたものにひどく混乱をしている。


 ふと、辺りが静かになっているのにようやく気付いた。

 いつの間にか、自分と日和を握り潰そうとしていた重圧は消えている。


「はぁ、はぁ、はぁっ……! ぐぅっ、おのれぇ……!」


 すぐ隣には両膝を地に付け、身体全体で荒々しく息をする日和の姿があった。

 顔だけは夜宵に向けて上げ、怒りの光は瞳から消えていない。


「……」


 夜宵は合掌していた手を離し、物言わぬ視線を地面に向けていた。

 但し、くらい目が見ているのはみづきと日和ではない。


「おやめください、夜宵様ッ! 天神回戦、試合外での私闘は固く禁じられておりますっ! この太極天様の聖なる舞台を、お汚しになるおつもりですかッ!?」


 夜宵が目を落としていたのは、勇敢にも声を張り上げる姜晶きょうしょうであった。

 しゃくを片手に、みづきと日和の前に両手を広げて立ちはだかっている。

 二柱の神の間に割って入り、審判官としての務めをしかと果たすのである。


「破壊神、夜宵様! 天神回戦実行委員会、西の太印たいいん様の名において、審判官姜晶が退場を命じますっ! 即刻、この場よりお引取り下さいませっ!」


 姜晶は表情きつく、夜宵に言い放った。


 初の任務がこんな事態になってしまって、内心では怖くて怖くて堪らなかったが、長らくの功績を認められて審判官になった才覚は伊達ではなかった。

 夜宵の理由不明な蛮行を止められるのはもう姜晶しかいない。


「……」


 夜宵は押し黙ったまま、足下に飛び出してきた小さき者を見つめている。

 太極天に仕える天神回戦本営に出てこられては、さすがの傍若無人ぼうじゃくぶじん荒神こうじん狼藉(ろうぜき)(はばか)られたのであろうか。


 いや、その実そうではなかった。


「うふふふ……」


 不気味に笑う夜宵は再び動き出した。


 片方の手の指先をすぅっと、姜晶とその後ろのみづきと日和に向ける。

 夜宵の指先に収束していく黒い神通力は、再び凄まじい殺気を帯びていた。


 破壊神の暴虐は止まらない。

 審判官の制止の声も届かないほど、怒りと狂気に満ち満ちている。


 えぇそんなぁ、と言うばかりに涙目になる姜晶の後ろ、日和はさらに抗おうと身体を揺らして立ち上がるが、みづきはまだ起き上がれない。

 日和の背中越しに、尻餅をついたまま夜宵を見上げて叫んだ。


「ち、ちくしょうめっ! 話ができないな、この女神様はよっ! 頭のねじがぶっ飛んでるんじゃないか、あんたの妹さんはさぁっ!」


「済まぬ、みづき……。せっかく試合に勝ってもらったというのに……。このような酷い仕打ちは、全部私が不甲斐ないばかりのせいじゃ……」


 憎まれ口を叩くも、日和は振り返りもせずに申し訳なさそうに詫びた。

 ふらふらと揺れる後ろ姿には、少しの余裕も残されていないようだった。

 今にも倒れそうな日和を見て、みづきは唇を噛んで表情を歪める。


──この絶体絶命の状況で朝陽の名前を叫んだ! なんで朝陽を知ってるのか事情を問い質したい! もうこんな夢にはさっさと終わって欲しいって思ったばっかりだけど、それを確かめるまでやられる訳にはいかなくなったじゃないか!


「くっそう! こっちの世界でもおんなじかよ! どうあっても、俺を妙な夢物語に付き合わせたいらしいな! ああもうっ!」


 一度は萎えた気持ちを奮い立たせ、みづきは立ち上がった。

 圧倒的な存在として在り、今にも殺意の破壊を解き放とうとしている巨大なる敵を見上げて。

 今回も地平の加護を駆使し、神を相手に何とかこの場を切り抜ける。


 何が何でも伝説のダンジョンに挑む羽目に陥ったいつかの夢と同じだ。

 どうあっても神様たちと関わるこの物語から降りられそうにない。

 しかも、今度はみづき自身の事情のため、自分の意思で立ち向かう。


「妙に心が静かだな……。さぁて、今度はどうしたもんだ……?」


 いざやると決めれば、怖じ気づいていた心は奇妙な落ち着きを見せる。

 シキには戦いに対する鋼の心胆が備わっているらしい。

 異常なほど研ぎ澄まされていく心のおかげで、状況の変化にふと気付く。


「──ん?」


 何の気配も感じなかったし、何かを見たり聞いたりしてもいない。

 強いて言うならそれは違和感であった。


 夜の風の隙間を縫い、僅かにも空気を揺らさず、もうすでにそれは闘技場の地面に足を付けていた。

 屈んだ体勢、最小限の動作で手の白い太刀を、すらりと鞘に収めてる最中。


 前下がりなショートボブの青い頭髪、鋭く冷たい目をした影のある美男子。

 黒い武官束帯姿のその者は、さっきまで空中で待機していた夜宵のシキの一人。

 キン、という金属音と共に太刀を鍔まで鞘に収めた。


 パァンッ……!


「……っ!?」


 それと同時だった。

 顔をしかめる夜宵の目の前で、指先に集まっていた神通力が弾け飛ぶ。

 行き場を失って威力を削がれ、夜宵の力は霧散して消えてしまった。


「夜宵様、ご無礼失礼致します」


 主に対し、冷ややかとも思える冷たい声を発した。


 青髪のシキの男は目にも止まらぬ早業で破壊の神通力を太刀で払い、地に降り立っていた。


 この修羅場に乱入し、夜宵の力を制止させた。

 太刀を収めるまでの一連の動きを捉えられた者はごく僅かしかいない。

 とてつもない速さを誇る、絶技の剣術を収めた達人。


 そのまま夜宵に向き直ると恭しく片膝を突いて跪礼きれいし、静かに頭を垂れた。


「──ですが、お戯れはその辺りにして頂きますようお願い申し上げます。この場は太極天の御前であらせられます。お怒りの理由は後ほど、この玄旺げんおうが伺いましょう。この場はこの通り、何卒なにとぞ……」


 玄旺と名乗った眉目秀麗(びもくしゅうれい)なるシキの男は、淡々とした語調で夜宵をたしなめる。

 太極天の恩寵を与る試合を夜宵陣営も他と同様に執り行う以上、天神回戦の規則にある試合外での私闘は禁止事項に触れる。

 ましてや、祭り自体を取り仕切る運営の審判官を手に掛けてしまっては申し開きのしようもない。


「……」


 不機嫌そうに見える夜宵は口をつぐみ、足下の玄旺を見下ろしている。

 いいところを邪魔されて拗ねているようにも見える顔だった。


 一瞬の間が空く。

 それは千載一遇の反撃の糸口であった。

 みづきのその顔には、未だ力を失っていない地平の加護の輝きが残っている。


「今だっ! やられっ放しで黙ってられるかよっ!」


「あっ! みづきっ、よすのじゃっ!」


 身体が咄嗟に動いていた。

 戦いに際してシキの心身は殊更に正確無比に機能する。

 日和の制止の叫びを振り切り、みづきは加護を用いた反撃に転じた。


『対象選択・《破壊神夜宵》・効験付与・《落雷らくらい》』


 付与をする対象を乱暴に選定する。

 これだけ相手が大きければ間違いようもない。


 とてもではないが、神たる夜宵を洞察などできてはいないが、威力の保証された雷の直撃なら攻撃の手として申し分はない。


 ドドドドォン! ピシャアァァァーンッ……!!


 夜の空に瞬時に生成された雷雲から鋭い歪曲線の稲妻が走った。

 空気を切り裂く轟音を響かせ、雷光が真っ直ぐに夜宵に落ちる。


 雷は高いところに落ちるのだから尚更に避けられはしない。

 しかし──。


「な、何だ、あのおっさん……!?」


 みづきは驚愕して呻いた。


 直撃は確実だったのに稲妻は夜宵に当たる直前で曲がり、別の対象へと急激に吸い込まれていた。


 いつの間にか、夜宵の前の空中に何者かが浮遊している。

 大柄で褐色肌、とげとげしく逆立った白い髪の腕組みをした男。

 雷はすべてこの大男が受け止め、何とそのまま無効化してしまったのである。


「雷が全然効いてないだって……!? いくら何でも出鱈目でたらめだろっ……!」


 はち切れんばかりの鍛えられた肉体にぴたりと張り付いた黒い肌着に包み、雷をまともに受けたというのに、豪放な笑みを浮かべてみづきを見下ろしている。


 馬頭鬼の牢太には膝を付かせる程度に効果があったのに、この大男には雷撃が一切効いていない。

 それどころか莫大な電荷がどこかへ逃げた気配は無く、そのまま体内に吸収してしまった様子である。


「ほぉ……。やはり、太極天の御力を使うのかよ」


 夜宵は半ば感心した風の声を漏らした。

 みづきの不意打ちに動じた様子は全く無い。

 雷になど興味は無く、太極天が他へ神通力を貸すのを不思議がっている。


「それならこれはどうだっ!?」


『洞察済み概念より技能再現・対象選択・《俺》』

『効験付与・《レッドドラゴン・ファイアーブレス》』


 不意打ちが駄目でも攻撃の手を緩めない。

 こうなったら立て続けに切り札を出していくしかない。


 身体に赤い火竜の力を宿す。

 自重を増して体勢を固定し、大きく息を吸い込むと灼熱の炎を吐き出した。


 ゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォーッ……!!


 夜宵と褐色肌の大男諸共、空間を赤く染める火炎が勢いよく飲み込もうとする。

 だがしかし、やはりその手も次なる刺客に阻まれた。


「巫女姿の、女の子……!? あっ、危なッ……!?」


 みづきは思わず噴く炎を止めて声をあげた。


 次に夜宵たちの前にふわりと現れたのは、打って変わって小柄な少女だった。

 白い巫女装束と丈のやや短い緋袴に身を包み、細い線の華奢な身体は戦いになど向いていないように思える。


 みづきはか弱そうな女の子を巻き込んでしまったと焦ってさえいた。

 そんな必要は全くもって無かったというのに。


 普段は黒色の、綺麗に切り揃えた前髪のおかっぱ頭が、燃え上がるばかりの真紅の色に変わっていた。


 巫女の少女は口許に手の平をやり、優しい感じでふぅっと息を吹いた。

 目の前に迫るみづきの炎を笑顔で見つめながら。


 カッ……!!


 真っ赤な閃光が視界いっぱいに爆発して見えた。

 みづきの加護が体現した火竜の炎が、見るも無惨に散らされて消えていく。


 巫女の少女が噴き出したのは巨大なる火球であった。

 何人も寄せ付けない勢力と温度を兼ね備えた炎の塊が、みづきの炎を真正面から押し返し力尽くにかき消してしまったのだ。


「俺の炎より遙かにでかくて、熱いッ……! この女の子はいったい……!?」


 呑気に火球の感想を言ったり、巫女の少女のことを考えたりする暇は無い。

 このままでは、眼前に迫った炎の塊に焼き尽くされてお終いだ。

 すぐ近くに日和はもちろん、審判官の姜晶だって居るのに。


「うわあァッ!?」


 身をあぶる熱さと赤い眩しさに目を開けていられない。

 みづきは為す術も無く顔を背け、尻餅をついてへたり込んでしまった。

 しかし、みづきたちが炎に焼かれることはない。


「えっ……?」


 唖然とするみづきの顔の幾らか前で、大火球は急にかくんっと軌道を変えると、天に向かって打ち上がっていった。


 間もなく高高度に達すると炎は派手に四散し、暗い空間に大きく火花を広げる。

 その様子はまるで、夜空に大輪の花を咲かせる花火のようであった。


 巫女の少女が無邪気に笑い、人差し指を鉤爪かぎづめ状にくいっと上向きにしていた。

 みづきの火炎を破り、生み出した自らの火球を自在に操るなど容易いのだろう。

 雷を吸収する大男に続き、この巫女の少女も尋常な存在ではない。


「あっ!? なんだこれっ、木が生えてきた……!?」


 少女の笑顔に見とれている間に、次なる刺客の手がみづきに伸びる。

 尻を付けて座り込んでいると、手や足に何かがまとわり付いた。


 それは生き物めいて蠢く木の枝や根で、地面の土からざわざわと生えてくる。

 瞬く間に立派な幹の大木が立ち上がり、身体中が飲み込まれて拘束され、身動きが取れなくなった。


「くっそ、動けないっ……! 今度はあの、武家の兄さんの仕業かよっ……!」


 みづきが呻いて見上げる先、褐色肌の大男と巫女の少女の隣に、もう一人が参戦してきている。


 後ろで結った翠玉色の長い髪、白い直垂ひたたれの美丈夫。

 その青い眼が爛々とした光を放っていた。

 みづきを緊縛する木の霊を呼び出し、意のままに使役している。


「お、おのれぇ……! 揃いも揃って、お前たちはぁ……!」


 次々と現れ、みづきの手を阻むシキたちに日和は恨みがましく声をあげる。


 睨み上げる日和の顔を見て、褐色肌の大男は悪びれた顔をして笑い、巫女の少女は困り顔をしてぺろっと舌を出し、直垂の美丈夫は不敵に鼻を鳴らした。


「待てと言っておいたはずだよ。下がれ、お前たち」


 じろりと配下のシキたちを見回し、重苦しい声で命じる夜宵。

 その表情には楽しみに横槍を入れられて疎ましげに思う気持ちと、総出で弱い者をいたぶる加虐の愉悦心が同居していた。



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