表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/293

第34話 試合開始前へ繋ぐ

「本日この度も天神回戦、祈願祭にこうして多くの皆様にお集まり頂き、誠にありがとうございます。当祭事の運営委員会として、皆様のご参集を大変嬉しく思っております。我らが大神おおみかみ太極天たいきょくてん様のご恩寵おんちょうあずかり、此度こたびも天神回戦午後の部、つつがなく開始とさせて頂きますので、午前の部に引き続き、どうぞ宜しくお願い致します」


 場内は静まり、審判官の姜晶による式辞しきじが行われた。

 そして、東西の選手入場門をさっさっと見渡す。


「早速ではございますが本日午後一番の試合を戦う、ほまれある勇壮な戦士をご紹介致します。東西に控えた選手の御方たち、名を呼ばれたら舞台へお進み下さい」


 笏を軍配代わりに掲げ、まずは格上、東の出場者より名前を呼び上げる。

 東にはもちろん天眼多々良陣営のシキが控えている。

 日和は息を呑み、多々良と慈乃は涼しく見守っていた。


「東ノ神! 八百万順列第二位、鍛冶と製鉄の神、天眼多々良様のシキ! 地獄の獄卒、馬頭鬼の牢太ろうた殿! おいでなさいませ!」


 姜晶の呼び上げの声がよく通り、途端に会場内に笛や太鼓の音色が賑やかに響き始めた。


 いよいよと天神回戦に参戦する戦士が登場を果たす。

 東の門から地鳴りのような足音が聞こえてくる。


 地下よりの暗がりから、鼻息荒く巨体を揺らし、のっしのっしとその剛の者は天の陽光の下、試合会場に堂々と現れた。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーッ!!」


 拳を握り込みんで両手を開き、空高くに猛々しい雄叫びをあげる。


 筋骨隆々の分厚く黒い肉体は見るからに屈強で、大きな身体は足先から頭の天辺までゆうに二丈(6メートル)以上はある体躯。


 頭から後ろに向かって生えた立派なたてがみは漆黒で、正気を失ったが如くの赤い双眸はらんらんと輝き、吐き散らす吐息鼻息はまるで爆風だ。


 馬の顔を持つ、恐ろしき形相の地獄の獄卒。

 罪人をひたすらさいなむ伝説の魔物、鬼。


 腹部を守る当世具足とうせいぐそくの胴の甲冑かっちゅうに、袖なしの篭手こて、揺るぎの糸の草摺くさずり佩楯はいだての下は肌をさらした脛と裸足の出で立ち。


 太い腕が構える武器は、先端が二つに分かれた長柄の刺股だ。

 鋭い切っ先は今日も今日とて血に飢えている。


 馬頭鬼の牢太。

 天眼多々良陣営上位のシキである。

 場内の喚声が、異形な勇姿の登場にワッと沸き上がった。


「フーンッ! フゥーンッ!」


 肩を怒らせ舞台の真ん中まで豪快に歩いていくと、太極天の社と、何より敬服する主の多々良に向かい、地に刺股の石突を立てて深くお辞儀をした。

 その目力の強さたるや遠く離れているに関わらず、日和は牢太に睨まれたかのような気になり、ひぃと情けない声を立てた。


「……お、おっかないシキじゃあ!」


「どうだい、日和殿。慈乃が相手取らなくても充分に精強なシキだろう? 見ての通り、地獄の獄卒、馬頭鬼のシキだよ。名は牢太というんだ」


 むぅと唸る日和に、満足げに笑う多々良は目線は前のまま言った。


「さぁ、今度は日和殿のシキを披露して頂こうか。捨て駒に使われるかもしれない、哀れなシキを、ね」


「……うるさいのぅ」


 苛立つ日和だが、言い返せる言葉も無い。

 そして、姜晶によって西の選手の名の呼び上げの声が高らかに通る。


「西ノ神! 八百万順列末席、創造の女神、合歓木日和ノ神様のシキ! みづき殿、おいでなさいませ!」


「うー……」


 順列末席との響きに下を向いて恥ずかしがる日和。

 多々良たちは何も言わない。

 それよりも西の門に注目し、どんなシキが出てくるのやら興味津々だ。


「……ん?」


 声を漏らすのは多々良。


 呼び上げがあったのに、なかなか西の門から日和のシキが登場しない。

 和楽器の騒がしい曲だけが虚しく会場に響いていた。

 微妙な間が流れ、審判兼進行役の姜晶は途端に不安になり始める。


「……みづき選手、おいでなさいませっ!」


 いたたまれなくなって、もう一度大きめの声で呼び上げた。

 けれど、いつまで経ってもみづきが現れない。

 姜晶の顔は見る見る青ざめていった。


──みづき様ぁ、何をしてるんですか?! 呼ばれたら出て来て下さいって言ったでしょうがぁ! あーんもう、僕の初の審判官の舞台なのにぃ……。


 妙な雰囲気に、会場内はざわざわとどよめき始める。

 姜晶は心の中で悲鳴のようにぼやくと、慌てて西の門へと走っていった。


 それを遠目に見る日和たちの間にも、何とも気まずい空気が流れ始める。

 多々良はもう何度目になるかわからない、ため息交じりの視線を寄越してきた。


「日和殿、またぞろとこれはどういうことなのかな?」


「わ、私に聞かんでおくれなのじゃ……。ちゃんと西門でみづきを審判官殿に預けてきたんじゃっ。う、嘘じゃないぞよっ、本当にシキは生み出せたんじゃあ!」


 そう言われたところで、日和にだって何が起こっているのかわからない。

 両手をばたつかせておろおろし、慌てた顔を真っ青にしている。

 

「日和殿のシキ、みづき……。ふぅむ、しかし出てこないね。審判官殿が呼び上げたのなら、いないなんてことはないのだろうけど」


「まさか、あやつ……。この土壇場になって逃げ出したんじゃなかろうな……? 妙な出来のシキじゃとは思うたが、まさかそのような不始末を……!?」


「シキが恐れをなして逃げ出したというのかい? そんなおかしな話は聞いたことがないよ。神とシキは、切っても切れぬ信頼と契約の関係を結んでいるのだから」


「ううー……」


 シキは神の忠実なるしもべであり、神もまた自ら生み出したシキを信頼する。


 言わば上下関係のある相棒のような間柄だ。

 主たる神が逃げ出すような無様を働かない限り、シキもまた同じく逃げ出すことはしない。


 神とシキの関係性とはそういうものなのだ。

 と、言葉に詰まり、途方に暮れる日和に多々良は柔らかく微笑んで言った。


「大丈夫だよ、日和殿。もし仮にシキが初めからいなかったり、逃げ出したりしていたのだとしても、ここに日和殿がいるじゃないか。牢太との試合の務め、宜しくお願いするよ。これで初めの約束の通りであるし、何も問題はないのではないかな?」


「え、えぇっ? そんなぁ……」


 シキがいないのだし当然そうするべき、と言うばかりの多々良の勢いに日和は弱り果てる。

 これでは、当初のシキを身代わりにする目論見はまるまる台無しだ。


──おのれぇみづきぃ、裏切りおったなぁ……! 女の涙にころっと落ちて、単純でちょろい奴じゃと思っておったのにぃ……!


 と、逆恨みも甚だしく心の中で怒りを燃やしながら、日和は弱り切って泣きそうになっていた。


「──多々良様、お待ちを。出てきましたよ」


 慈乃が静かな声で試合会場を指し示した。

 それを聞いてくしゃくしゃの顔から一転、ぱぁっと表情を明るくした日和は身を乗り出した。

 すると、姜晶に連れられてみづきが西の門から出てくるのが見えた。


「おぉ、みづき、待ちかねたぞぅ! もう、何をしておったんじゃあ!」


「あれが、日和殿のシキ。みづき……」


 やっぱり嬉しそうにする日和と、みづきの遠い姿を見て眉をひそめる多々良。

 眼帯の下に秘めたる神眼に、その異質なシキはどう映っているのだろうか。


 再び大きな歓声があがるなか、みづきは姜晶に引きずられるみたいに手を引かれて、闘技場の中心へ連れて行かれていた。


「みづき様、もう本当に勘弁して下さいっ! 居るならすぐに出てきて下さいよ! どうして呼び上げをしたのに来てくれないんですかぁ!?」


「あ、ああ、済まない、姜晶君……。ちょっと頭がぼーっとして……」


 みづきはくらくらする頭を片手で抑えつつ、よたよたとした千鳥足ちどりあしである。

 ぼやける視界には姜晶の慌てる後ろ姿、結った長い黒髪が揺れて見える。

 同様に頭の中も揺れていて、ぐちゃぐちゃに意識が混濁こんだくしていた。


「でも、大丈夫ですか? 呼びに行ったら階段の途中でうずくまっていらっしゃるんですから……。これから試合なんですよ、やれますか?」


「……」


 歩きながら姜晶はみづきを振り向いて問い掛けるが返答は無かった。


 名前の呼び上げに答えず、いつまで経っても入場してこないみづきを姜晶が迎えに行くと、階段の中程で座り込んでいるのを見つけた。


 何かしらの不調に陥ったのかと聞くと、みづきはぼんやりしたまま立ち上がり、入場口への同行に応じた。

 不審に思う姜晶だが、試合直前の待ったなしな状況に気遣いの余裕は無い。


「……またこれか」


 ただ、おぼろげな意識下で、みづきはまったく別のことを考えていた。


 姜晶の呼ぶ声が聞こえなかった訳ではなかった。

 今ここが天神回戦の試合会場で、大勢の観客に囲まれた巨大な闘技場にいることも認識できている。

 無論、すぐ試合が始まるであろうことも。


 考えていたのは再び脳内で起こる、とある現象のことだった。

 二つの異なった記憶が同期して一元化されていくこの感覚。


 以前これと同じ感覚を味わったことがある。

 それは、あのときだ。


『ミヅキーッ、逃げろーッ!!』


 今となっては懐かしささえ感じる、猫の耳の愛嬌ある獣人の少女、キッキの叫びを聞いた時である。


 曰くつきの地下迷宮にて、赤い巨躯の伝説のモンスター、レッドドラゴンと相対したあの瞬間。


 現実の世界の住まい、アパートの自室から夕緋の忘れ物のストールを届けようと外に飛び出したあの瞬間。


 気がつけば、異なる自分の意識は混ざり合い、元々一つだったと思わせるほど自然と一体となっていた。


「みづきぃーッ! しっかりなのじゃぁーっ!!」


 徐々に明瞭となってくるみづきの意識に。

 神々の特別席から、日和のめいっぱいな声援が飛び込んできて響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ