第300話 アシュレイの遺言2
「覚えてるか? 俺様と会ったときのこと」
満身創痍のアシュレイは、過去を語り始めた。
アシュレイとギルダー。
出会ったときに始まり、冒険者として商人としてのお互いのことだ。
「ギルダー、お前に謝りたかったんだ」
そして、出し抜けにアシュレイは言った。
それまでの自分たちの関係が変わってしまった──。
ある出来事を気にしていた。
「後から来た俺様がパメラとくっついちまった。ギルダーだって、パメラにほれてたろ? すまねえことをしたよ……」
「けっ、馬鹿なこと言ってんじゃねえ。パメラはお前を選んだんだ。それ以上でも以下でもねえだろ」
普段のアシュレイなら絶対に言わない台詞だ。
悪いと思うなら初めからやるんじゃねえ、を地で行くキャラクターだった。
やけに弱気な態度にギルダーは何度もため息をつく。
「それによ、パメラの相手がアシュレイで良かったと思ってる。獣人だ人間だの、種族の壁を越えてものを考えられるお前だからこそ、パメラは……」
「……そうか、すまん。いいや、ありがとな……」
他のどこの馬の骨ともわからない人間なら、ギルダーも文句を言っただろう。
しかし、アシュレイを特別だと思い、認めていたのは本当のところだった。
人間と獣人の関係は、他の亜人ほどではないにしろ、複雑で気難しい間柄だ。
そんななかでも、アシュレイとギルダー、パメラは親しい友人同士だった。
「……なぁ、ギルダー。今でもパメラのこと好きか?」
「な、なにをいきなり……! こんなときになに言ってやがんだ!」
「答えてくれ。大事な話だ……」
「……」
アシュレイは唐突に問いかけた。
それも、ふざけてなどいない真面目な質問である。
ギルダーは一瞬答えるのを迷ったが、頭をガリガリ掻きながら言った。
「……ああ、好きだよ。あんないい女は他にいねえって……」
「だったら改めて、お前を男と見込んで頼みがある」
答えを受け取り、アシュレイはよどみない口調で言い始めた。
他の誰にも頼めない。
ギルダーだからこそ託せる、たっての願いだ。
しかし、それはギルダーには到底受け容れられない頼みであった。
「──俺様からの遺言だ。俺様が死んだら、パメラとキッキを、頼んだぜ……!」
「ゆ、遺言だぁ!? 馬鹿なこと抜かしてんじゃねえよ! 縁起でもねえ! そんな頼み、俺は絶対にご免だからな!?」
「……」
「無責任な捨て台詞はよしやがれ! パメラとキッキを頼むだと!? てめえの女とガキだろう! 最後まで面倒見やがれよ……! お前が、あいつらを幸せにしてやればいいだろうが……!」
「……ああ、うるせえなぁ……。話の通じねえ野郎だね、まったく……」
当然とギルダーは強く反発し、アシュレイの頼みをはねのけた。
いくら重傷を負って、気弱になっているとしても言っていいことではない。
「……とにかくもう、頼んだからな……。俺様はちょっと眠るとするよ……。ただ、休め休め言う割に、そんなにやかましくされちゃ眠れやしねえけどな……」
「けっ、悪かったよ。……そんじゃ、俺は行くがちゃんと寝てるんだぞ。さっさと元気になって、パメラとキッキを安心させてやれ」
言いたいことは言ったとばかりに、アシュレイは面倒そうに目を閉じた。
ギルダーもこれ以上付き合いきれないと、ぷいと踵を返す。
休むだけ休んで、怪我が治ればすべて元通りだ。
パンドラの異変でトリスの街は被害を受けた。
その復興が待っている。
そのはずだったのに──。
「……ギルダー。お前と友達になれて、良かったよ……」
「アシュレイ……? おい、アシュレイッ……!」
それは記憶の映像が途切れる間際。
アシュレイは目を閉じたまま、静かな声で一言そう残した。
取り乱したギルダーはすぐにまたベッドに駆け寄る。
──これが、アシュレイさんの残した遺言か……。ギルダーとは恋敵だったけど、二人は親友だったんだな……。全部うまくいってたのに、パンドラの異変が台無しにしてしまったんだ……。
虚ろだったミヅキの意識が引き戻される。
目の前に座るギルダーが、丁度大きなため息をつくところだった。
「……まァ、そういう訳だ。遺言とは違うが、俺に代わってパメラとキッキを幸せにしてやってくんな。アシュレイができなかった分まで、よろしく頼む……」
「ギルダー、あんた勘違いしてるよ。パメラさんは素敵な女性さ。ただし、念のために言っとくけど、俺はパメラさんと結婚する気はないよ」
勝手に納得してやさぐれるギルダーに、ミヅキは吹き出して言った。
ミヅキとの勝負の行方は、パメラとの結婚も含まれていたらしい。
そんなつもりはなかったものの、ギルダーにはそう勘違いされていたようだ。
「何だって……? そりゃどういうことだよ?」
「俺、実はさ、子供の頃に母親を亡くしてるんだ。……だからかな、パメラさんに優しくしてもらって、お母さんを感じてたんだと思う。俺を助けてくれた恩返しをしてたってだけで、それ以上の気持ちは持ってないよ」
過去を思い出すミヅキの目は遠い。
母どころか両親を亡くした身として、パメラの優しさは身に染みたものだ。
世話を焼いてもらううちに、本当の母親のように感じることもあった。
「それじゃあ、ミヅキはいったい何のために……? 今度のことをやって、ミヅキにどんな見返りがあるっていうんだ?」
「俺にも叶えたい願いがあるんだ。記憶を失ってた頃と違って、もうそれがはっきりしてる。今やってるのは全部そのためなんだ」
怪訝そうなギルダーに、ミヅキは明確となっている目的を話す。
「パメラさんが俺を拾ってくれたのは、理由があってのことかもしれない。だけど、受け取った恩は返したい。俺に特別な力があるなら尚更そうしたい。それが終わったなら──」
数奇な運命に導かれ、ミヅキはこの迷宮の異世界で勇者の使命を担った。
自分なりに義理を果たし、後は使命に向かって走るだけである。
「俺はパンドラの地下迷宮の踏破を目指す。おかしくなったダンジョンを正常化させて、溢れ出そうとしてる魔素を止める。次は絶対に防いでやる」
待ち受けるのは、異常な不具合を起こした伝説のダンジョン攻略だ。
破滅の気配が、地の底からじわじわと近付いてきている。
差し当たり、これをどうにか食い止めなければならない。
「次……? 魔素が、溢れ出す……? そ、そりゃ、まさか……!?」
「──魔物の大暴走さ。10年前に起きた、パンドラの異変を思い出してほしい。次はあのとき以上の魔物が押し寄せて、今度こそトリスの街は滅ぼされる」
ミヅキは恐ろしい事実を告げる。
ギルダーは目をむき、全身総毛立たせていた。
あの出来事には戦慄しか覚えがない。
「あれが、あんなことがまた起こるのかよ……? ミヅキ、お前はそれを止めようとしてるのか……?」
わなわなと震えるギルダーの顔色は真っ青だった。
この街の住人にとって、パンドラの異変は冗談ごとでは済まない。
しかも、次はあれ以上の惨状になるという。
ミヅキも大真面目な顔で頷いた。
「詳しくは秘密もあるから話せない。だけど、パンドラが元に戻れば魔物の大暴走は起きない。そうすれば結果的にトリスの街を、いいや、この国自体を救うことにつながるんだ。俺はそう思ってる」
──フィニスの目的は、魔を溢れさせて魔物の大暴走で国を滅ぼすことだ。なら、俺がやるのはその逆だ。魔素を抑え込み、パンドラの底でフィニスを追い詰める。
ミヅキは待ち受けている宿敵たちを思い浮かべた。
──おそらくは一緒に居るんだろう。あいつを、八咫をどうにかする……!
アイアノアからエルフの密命を打ち明けられたとき、記憶の映像の中でフィニスは破滅の野望を語っていた。
ミヅキはフィニスの元へ辿り着き、パンドラが暴走するのを止めるのである。
「ミヅキ、おめえって奴は……。本当に、やってることが勇者じゃねえかよ……」
「勇者の使命は、俺の願いの足がかりの一つだ。少なくとも、パンドラの地下迷宮を攻略できなきゃ話にならなくてね。その前に、パメラさんへの恩返しを果たしておきたかったんだ」
パンドラの地下迷宮を元に戻して終わりではない。
ミヅキの願いが叶うのはまだその先のことだ。
ミヅキの見つめる希望の未来ははるか遠い。
「なんて目をしやがる……。パンドラの踏破がもののついでみてえじゃねえか……。ミヅキの願いってのは、本当に途方もねえんだな……」
「キッキにも同じようなことを言われたよ。別にパンドラの地下迷宮を甘く見てる訳じゃないから、そこのところ気を悪くしないでくれよな」
苦笑いしながら答えるミヅキを見て、ギルダーは半ば畏怖を覚えていた。
目の前に座っているのは、どこかいいとこのお坊ちゃんに見えて──。
その実は伝説の魔物、雪男の討伐に始まり、パメラの借金返済を果たし、海の魚をトリスの街にまで運搬してみせた、言わば怪物だ。
ゴージィが付けた、魔法銀の魔術師という新たな英雄の二つ名は伊達ではない。
間違いなく、アシュレイやパメラ以上の存在である。
「すまねえ、ミヅキィ……! 俺ぁ、お前がそんなに物凄え奴とは知らず……! 散々なめたクチをきいちまった挙げ句、ミヅキを侮ってコケにしちまった……!
すまねえ、本当にすまなかった……!」
「そんなことは気にしてないよ。まあだからさ、パメラさんを幸せにするのは俺の役目じゃない。他のもっと相応しい誰かにやってもらいたいんだ」
ギルダーは今更また頭を下げてみるものの、ミヅキはもう取り合う気すらないようで笑い飛ばしてしまう。
今はそれよりも、是非ともギルダーにやって欲しいことがある。
「ギルダー、あんたの人生を俺に預けてくれないか? 俺の願いを叶えるために、何よりパメラさんのために、ギルダーにも協力して欲しいんだ!」
ミヅキは前のめりになり、真剣な目をまっすぐギルダーに向けた。
そして、はっきりとした口調で言い切った。
「──その代わり、俺はこの世界を救う!」
悲願成就への道筋ははっきりとしている。
だから世界を救うなどと、大それた話を迷いなく言うことができる。
冗談を言ったり、ほらを吹いているようには決して見えなかった。
「ミヅキ……。お、おう、わかった! もちろん協力させてもらうっ! パメラのためになるんなら、俺の人生を賭けたっていい!」
圧倒されたギルダーは、壊れた人形みたいに首を縦に何度も振った。
ミヅキに協力することが、絶対の正解だと確信したかのように。
「ただ、俺はどうすりゃいいんだ? パメラを幸せにするってのはどういう……」
「なにすっとぼけてんだよ。今の俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
この期に及んで、ギルダーはまだ要領を得ていない様子だ。
ミヅキは呆れて首を横に振った。
「パメラさんを幸せにするのを誰かにやって欲しいって、そう言っただろう? 今こそ、アシュレイさんの遺言を果たすときじゃないか!」
「え……。──あッ!?」
一瞬、間の抜けた顔をして、ギルダーは目を見開いて声をあげた。
ミヅキは身を乗り出し、ずいと詰め寄る。
「パメラさんにあんたの気持ちをしっかり伝えるんだ。パメラさんを幸せにしたいんなら、どうすればいいかもう答えは出てるだろう」
「……そ、そりゃ……」
「そのうえで、キッキにもちゃんと話してわかってもらうんだ。キッキを一番大事に思わなきゃ、パメラさんもギルダーも幸せにはなれない」
「……うぐ、むぐぐぅ……!」
わなわな、ぴくぴくと、ギルダーのライオン顔が震えている。
今までだって何度もパメラに言い寄ってきた。
何を今更迷う必要があるのか。
閉塞していた状況のなか、ミヅキが抜け出すきっかけをつくってくれた。
今ここに至り、降って湧いた希望に飛びついていいかどうか葛藤している。
「それとも、そんな大事な役目を他の男に任せるのかよ?」
「い、いや……! それは、それだけはダメだ……!」
大好きなパメラとキッキを誰か他の、自分ではない男に任せるなどと。
そんなことは絶対に耐えがたい。
それは、ギルダーのこの世の終わりみたいな顔がすべて物語っていた。
ミヅキは戸惑うその背中を後押しする。
「これから、パメラさんの店は繁盛すると思う。だからもう、心の準備ができたんならいつでも来てくれ」
そして、ここからがミヅキの、かねてよりの思惑である。
パメラの宿を助け、ゆくゆくはトリスの街全体を助ける筋道。
「パメラさんとの仲がうまくいけば、ギルダー商会と冒険者の山猫亭は家族経営も同じだよ。そうしたら、俺たちは業務提携を結ぶことができる」
「業務、提携……?」
聞き慣れない言葉が飛び出し、ギルダーの金目は丸くなった。
業務提携とは、複数の会社が業務上の協力関係を結ぶことである。
昔の時代、競合するライバルの同業者同士が協力する例は少なかったそうだ。
「業務提携すれば、物を冷やす技術をすんなり渡せる。オウカだって使える。みんなの分の冷蔵庫も俺が責任を持って作るよ。そしたら、隊商を組んで、王都との流通も復活させられるかもしれない」
「なっ!? 何だって! ミヅキッ、本気かっ……!?」
「トリスの街で新鮮な魚を提供できるようにすれば、近隣の集落から人が呼べて、外貨が集まり雇用も生まれるはずだ。こんな大事業、ギルダーと商会の力を借りなきゃできない。じり貧のこの街の経済に、光がさすことになるんだよ」
「お、おぉ……!」
早口にまくし立てるミヅキの申し出は、願ってもないことだらけだった。
物を冷やす技術はのどから手が出るほど欲しい。
王都との流通が脆弱化しているのは長年の悩みの種だった。
周辺の町や村から人と金が集まれば、できる商売の幅が広がるだろう。
「俺もあんたを応援するよ、ギルダー。初めは嫌な悪役ライオン野郎だって思ってたけど、商工会の会頭様ってのは伊達じゃなかったね。何より、アシュレイさんとの約束を守って、パメラさんとキッキを大事にしてくれてた熱い男なんだってよくわかったよ」
「ミヅキ……!」
「俺はやれることは全部やった。だから、ギルダーもいっちょ決めてくれ。パメラさんを幸せにできれば、トリスの街の将来さえ明るくなるんだ。頼む、ギルダー、頑張ってくれ。パメラさんとキッキとの、明るい未来を過ごしたいんならさ」
「ミ、ミヅキお前、そこまで考えて……」
どこまでも先を見据えているミヅキに感服せざるを得ない。
やはり、ギルダーの目に狂いはなかったのだ。
単純な強さ、不思議な魔法、商人の才能、と多才なだけではない。
魔法銀の魔術師ミヅキは、真に世界を救う勇者である。
何よりも、パメラとキッキとのことを考えてくれていたのが嬉しかった。
アシュレイの遺志を尊重し、それを遵守させようときっかけを作り、与えてくれている。
その一方で、ほだされかけてギルダーははっとなった。
「……って、ちょっと待て待て! 俺たちだけで話が盛り上がるのはいいが、肝心のパメラはこのことを知ってるのか……?」
パメラとキッキを大事に思うのは当然で、持ちかけられた商談も魅力的だ。
ただし、それもこれも自分たちだけがその気になっていても仕方がない。
すべてはパメラとの仲がうまくいったら、の話である。
などとギルダーが不安がっていると、ミヅキは不敵な笑顔で言った。
「ああ、もちろん! 昨日の晩、パメラさんとじっくり話してきたよ! ギルダーのこと、しっかりたきつけてくるって言ってさ!」
「な、なぁっ!? てめぇこのっ、何を勝手に……!」
ギルダーは飛び上がって驚いた。
たてがみは逆立ち、顔は真っ赤っかである。
もうすでに、当のパメラには話が通っているなど、何と用意周到なのかと。
ギルダーの心配はもっともだったので、ミヅキはちゃんと根回しをしていた。
そう、あれは昨晩に交わされた、サシ飲みの席でのこと。
先んじてミヅキは、パメラと密会に及んでいたのである。




