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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第294話 張られた蜘蛛の巣


 だだっ広い夜の平原をミヅキたちはひた走る。

 あれからも、魔物たちはしつこく追撃を仕掛けてきていた。

 エルトゥリンもまだ戻っていない。


 ミヅキの魔力が切れることはない。

 が、終わらない襲撃にはじりじりと精神を疲弊させられていった。


「ミヅキ様っ、お願い申し上げますっ!」


 らちの明かない状況に、アイアノアは打開策をミヅキに提案する。


隠者の足取り(ハーミットフット)を使いましょうっ! 人間の王都で、騎士たちを振り切ったときのように!」


 それは彼女が見た、ミヅキの新たなる魔法の力であった。

 エルフが得意とする隠遁魔法いんとんまほうの中でも、非常に高度とされる隠者の足取り(ハーミットフット)

 その効果は多数の幻影を放ち、追っ手を迷わせて振り払うことができる。


「えっ、だけどそれじゃエルトゥリンが──」


「大丈夫です! エルトゥリンなら後で必ず戻ってこられます! 今はこの窮地きゅうちを切り抜けるほうが先決です! あの子を信じましょうっ!」


 後方で敵を引きつけてくれているエルトゥリンが気掛かりだった。

 ただ、幻影に惑わされようと、彼女ならきっと戻ってくる信頼感もあった。


 一人で遠くに狩りに出かけても、いつだって必ず帰ってくる。

 大好きな姉の元こそ、エルトゥリンの帰る場所なのだから。


 ミヅキは決断する。


「……わかった! エルトゥリン、後で必ず会おうなっ!」


『対象選択・《勇者ミヅキ》・キャラクタースロットに特質概念多数挿入』

『記憶格納領域から召喚・《化け狸の神、まみお》』


『洞察済み概念より技能再現・対象選択・《勇者ミヅキ》』

『効験付与・《隠遁魔法いんとんまほう隠者の足取り(ハーミットフット)》』


 ミヅキとミスリルコートがエメラルド色の輝きを放った。

 幻影魔法を完成させる手順を連続で踏んでいく。


 呼び出された概念体の化け狸、まみおが大量の葉っぱを宙に撒き散らす。

 葉っぱは次々とオウカとコンテナ車を含む、ミヅキたち全体に変化して、幻の車両の一団を作り出した。

 各コンテナ車はでたらめに行き先を変え、順次方々へと散っていく。


 幻影の車たちは夜の闇に紛れて見えなくなる。

 魔物たちはどれを追っていいかわからず、それぞれがバラバラに幻を追い掛けていったのであった。

 作戦は大成功である。


「……よし! 魔物たちめ、本物の俺たちを見失ったみたいだ!」


 ミヅキは周囲と空を見渡し、ようやくと一息をついた。

 隣に目配せすると、幻術の功労者のまみおは得意そうに笑って消えた。


 無意識に発動させている隠遁魔法であるが、ミヅキ以外を幻影術の範疇はんちゅうに入れるにはまみおの力を借りる必要があるようだ。


「ミヅキ、すっごいなぁー! 本物の大魔法使いみたいじゃんっ!」


「……本当に凄い……。ミヅキさんたちになら、パンドラの地下迷宮を攻略できるのかも……」


 辺りに静けさが戻り、キッキはオウカの上で歓声を上げた。

 座席で縮こまっていたミルノも一安心だ。


「……ハァ」


 安心していたのはアイアノアも同じであった。

 ほっとして胸を撫で下ろす。


──良かった……。これで後は、エルトゥリンさえ無事に戻ってきてくれれば、何事もなくトリスの街へ帰ることができる……。


 この隠遁魔法なら、敵に発見されることは絶対にないだろう。

 エルフの高度な魔法技術は確かであるし、何よりミヅキの力を信頼している。


 これで逃げ切ることができる。

 そう思って、安心していたのに──。


「……えっ……!?」


 アイアノアは急に振り返り、表情を失っていた。


 オウカが進む進行方向、正面の夜道から禍々《まがまが》しい気配を感じる。

 この気配は魔物だ。

 それらは数え切れないくらいの数でうごめいている。


 暗闇に潜み、何も知らずに獲物が突っ込んでくるのを待ち構えていた。


「あっ、やばいッ! 待ち伏せだッ……!」


「ミヅキィッ! す、すごい数の魔物だよぉっ……!」


 ミヅキも気付き、キッキの悲鳴を聞きながら表情を歪めた。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 いつの間にか魔物の群れに飛び込んでしまっていて、周りを囲まれている。

 そうして、無数のそいつらを目の当たりにしたのだ。


 8本の毛むくじゃらの脚、多くの赤い目を闇の中でらんらんと光らせている。

 タランチュラをそのまま大きくしたような見た目で、体色は真っ黒。

 人間よりも巨大な大蜘蛛、ジャイアントスパイダーである。


「そ、そんなっ! 隠者の足取り(ハーミットフット)を見破れる訳なんてないのにっ……!」


 アイアノアは状況を受け容れられず悲鳴をあげた。


 どこへ逃げるかわからないミヅキたちなのに、待ち伏せをされた。

 幻影の中から本物を見抜かれ、こうして先回りされていたのである。


 これは──。

 そうとしか考えられない魔物たちの行動であった。


「オウカッ、突っ切れ! 俺が全力で守るッ!」


 構わずミヅキは叫んだ。


 走るのをやめれば、たちまちこの大蜘蛛の群れに捕まってしまう。

 それならこのまま強行突破するしかない。


 またも魔物に行く手を阻まれ、オウカは不愉快そうに吼えるとさらに速度を上げて走り続ける。


 ワサワサワサワサワサワサワサ……!


 当然、大蜘蛛たちはこのまま行かせてはくれない。

 複数の目をぎらつかせ、四方八方からミヅキたちを睨み付ける。

 口の辺りの鋏角きょうかくを震わせ、蜘蛛らしくない獣じみた顎を一斉に開けた。


「こいつら、口から糸を吐き出すタイプの蜘蛛かっ!」


 地平の加護の洞察結果を受け取り、ミヅキは表情を歪めた。


 ジャイアントスパイダーは今まさに獲物めがけ、得意の糸を吐きかける。

 糸は鋭い刃そのもので、触れるものを切り裂く殺傷力がある。


 見た目は巨大なタランチュラだが、糸を口から吐き出すというヤマシログモのような特徴も持ち合わせていた。


 次の瞬間、上から横から正面から──。

 大蜘蛛の魔物が吐き出した糸による、ミヅキたちへの集中攻撃が始まった。

 ジャイアントスパイダーたちの、ブレードネットの雨が降りしきる。


 ズババババババババババババババババババババババババババッ……!!


「うおおおおおおおおおおおッ……!?」


「きゃああああああっ……!」


 ミヅキとアイアノアは風の魔法を全力で展開し続けた。

 風の防御障壁、気流の帳(エアフローカーテン)を何重にも重ねてコンテナ車とみんなを守り、風滑走エアライダーの出力を上げてオウカのスピードを加速させる。


 空間のすき間がないくらい、蜘蛛の糸は容赦なく吐きかけられた。

 まともに喰らえばズタズタにされてしまう威力があるはずだ。

 だが、ダメージがあるか確認する余裕はなく、風の護りを信じるしかなかった。


 強引に突破しようとする進行方向には、おびただしいばかりの大蜘蛛の列。

 いったいどれだけの数が待ち構えていたのというのか。

 糸の執拗しつような攻撃の中、オウカは進路を塞ぐ蜘蛛どもを踏み散らして突き進んだ。


「……ひっ! ひぃぃぃぃっ……! キャスぅ……!」


「うぅッ……! マ、ママぁ……。あたしを守って……!」


 ミルノにできるのは、座席で頭を抱えて怯えることだけだ。

 キッキもオウカの手綱たづなを握り、必死に御者席ぎょしゃせきにしがみついている。

 と、そのとき──。


「──あっ……!」


 ぐらりッ……! ばつんッ……!


 風の防御の合間をぬい、左方向から飛んできた糸の刃がオウカの顔に当たった。

 怯んだオウカは、身体を大きく横に揺すった。


 しかも運の悪いことに、蜘蛛の糸はキッキが力いっぱい掴んでいた手綱を切断してしまっていたのである。


 短く声をあげたキッキは、自分の身体がふわっと宙に浮くのを感じた。

 何もかもがスローモーションに見えて、オウカの背を離れ、コンテナ車の横側に投げ出され──。

 最後に、車の上でみんなを守ろうとするミヅキの姿が見えた。


「ミヅ、キ……」


 キッキは転落してしまった。

 か細い声は風の唸り声にかき消され、少女の身体は軽々しく飛ばされていく。

 そのまま勢いに任せ、高速で横に流れる景色のどこかに置き去りにされる。


「キッキ! ──アイアノア、あと頼んだッ!」


 ミヅキは迷わず行動していた。

 シキの冷静さと反射神経のおかげで、キッキが吹き飛ばされたのがわかった。

 すっとアイアノアの手を離し、その肩をぽんと叩いた。


「……ミヅキ様ぁっ! キッキさぁんっ!」


 アイアノアが悲鳴をあげる前には、ミヅキはすでに飛び出していた。

 横っ飛びに宙を舞い、前から放り出されてくるキッキに手を伸ばす。

 精神を研ぎ澄まし、時間の経過が遅く感じるほど指先に集中した。


 がしッ!!


──よしッ! つかんだッ!


 すんでのところで、ミヅキの手は見事にキッキの背中をつかまえていた。

 空中で人をキャッチする離れ技も、シキの身体能力ならではだ。


「……くッ!」


 今度は目の前に迫る地面を見て呻いた。

 体勢が悪く、何事もなく着地するのは厳しい。


 キッキの頭を抱え込み、抱き締める。

 少しでも、地面と激突する衝撃から守るために身体をかがめた。


 もう後は無我夢中だ。

 最後は神頼みしかない。

 それはミヅキ自身が使ったかどうかもわからない、とっさの能力発動であった。


『対象選択・《ミヅキとキッキ》・効験付与・《家内安全かないあんぜん無病息災むびょうそくさい》』


「……んぐぅッ!」


 どんッ……! ごろごろごろっ……!


 背中から腹に衝撃が突き抜けてきて息が止まった。

 どちらが上か下かわからないまま、ひたすらに転がされた。

 

「……いってぇ! 大丈夫か、キッキ?!」


「イタタ……。うん、平気、獣人は頑丈なのさ……」


 ようやく勢いが止まり、草の上で二人は何とか無事に声を漏らした。

 ミヅキの腕の中で、キッキは大事無さそうにひきつったスマイルを浮かべる。


 ミヅキはシキの身体なので多少痛いくらいで済む話である。

 しかし、キッキへのダメージがその程度だったのは、いくら獣人で丈夫だからとはいえ奇跡と言えた。


──ああ、そっか。守ってくれたんだな……。


 ミヅキは夜の暗がりの中に、ぼんやりと立ち上る黒い影を見上げた。


 ツインのお団子頭のシルエットに、白く光る二つの眼はどこか心配そう。

 それは、心の中に収めている神剣に宿る、女神の意思。


──日和……。ありがとな……!


 心の中で呟くと、異世界の女神はすうっと消えた。

 今のは間違いなく日和だ。


 こちらの異世界では散々と呪い呼ばわりな日和だが、いざ危機に瀕したミヅキをこうして守ってくれている。

 何だかんだと御利益ごりやくのある女神に感謝しつつ、ミヅキはキッキの手を取ってよろよろと立ち上がった。


「うぅぅぅ……。でも、ミヅキッ……!」


 周りを見回すキッキは怯えた声をあげる。

 危機は去ってなどいないからだ。


「キッキ、俺のそばを離れるなよ……!」


「う、うん……」


 二人は完全にジャイアントスパイダーたちに囲まれていた。

 自分たちの巣の罠に掛かり、落ちてきた獲物に群がってきていたのだ。


 ミヅキはキッキをかばって立ち、キッキもミヅキの背中にしがみつく。

 ここからはミヅキの出番で、何としてでもキッキを守らなければならない。


 じりじり距離を詰めてくる大蜘蛛たちは、牙を剥き出しにして大口を開けた。

 全方位を囲まれ、一斉に糸を浴びせられれば万事休すだ。

 糸に絡まれ脱出は困難になり、下手をすればここで餌食えじきであった。


「……ッ! よしっ、助かった!」


 だが、危機的状況はひとまずここまでである。

 ミヅキは大蜘蛛たちの背後の空を見上げ、安堵の笑みを浮かべた。


 暗い空に輝く、一等星いっとうせいを見つけたから。


「ミヅキィーッ! キッキィーッ!」


 絶体絶命の大ピンチに響き渡る声。

 それは彼女が自分で宣言した通り、ミヅキたちの元へ戻ったエルトゥリンのものであった。

 多くの敵を片付け、こうして文字通り飛んでやって来たのだ。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ!!


 夜の天空から数多の星々が降り注いだ。

 それはエルトゥリンが放った星屑撃ほしくずうちの光弾である。


 本家本元の、大きな破壊の星々に容赦はない。

 ミヅキとキッキを取り囲む、全ジャイアントスパイダーを正確無比に爆撃した。


「うっひゃあ、すっごいっ! さっすがエル姉さんだっ!」


「やれやれ……。やっぱり本物の星の加護は違うなぁ……」


 はしゃぐキッキと、感嘆のため息をつくミヅキ。


 辺りには風穴を開けられ、絶命した大蜘蛛たちの累々《るいるい》たるしかばねが転がっている。

 それぞれが確実に仕留められていて、エルトゥリンと星の加護の高い戦闘能力には舌を巻くばかりだ。


「姉様ぁーっ!!」


 一瞬で頭上を通り過ぎたエルトゥリンは、先を走るコンテナ車に群がる大蜘蛛を一匹残らず爆撃して仕留めていった。

 星の加護の彼女が帰還したのなら、最早危機は去ったも同然だ。


 かくして、待ち伏せていたジャイアントスパイダーたちは全滅した。

 魔物の襲撃騒ぎは一旦の落ち着きを見せるのであった。



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