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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第289話 クロードとピリカ


「ミヅキさん、すみません。さっきの通行証見せてもらってもいいですか? 気になることがありまして」


「ああ、ほら。いったい何が気になるんだ?」


 王都を出ようと来たとき同様、検問所へ向かう道中。

 コンテナ車の座席で、ミルノにクロードから預けられた通行証を渡す。


「この通行証に入ってる紋章、どこかで見たことあるような……」


 ミルノが食い入るように見つめているのは、通行証の文言もんごんとは別に羊皮紙ようひしに焼き付けられた、ある紋章であった。

 水晶のような鉱物を左右の竜が支え合っている絵柄になっている。


「あ、あぁっ! この紋章は……! これっ、大変な預かり物ですよっ!!」


 少しもしない内にミルノは大声をあげて驚いていた。

 どうやらこの紋章が何を表しているのか思い出したみたいである。


 この通行証がどういうものであったか、検問所に着くとすぐに正体が判明した。

 待っていたのは昨日と同じく、検問官を務めていたカーツである。

 ミヅキが通行証を見せると、それはもう飛び上がって目をひんむいていた。


「これは失礼した! いや、しました! 貴方たちはセレスティアル辺境伯の使者であられましたか! この度のギルダー商会による王都訪問が辺境伯へんきょうはくに関わりあることと知らず、数々のご無礼を申し訳ありませんでした!」


 カーツがまくし立てた大声を聞いて、ミヅキは目を丸くしていた。

 セレスティアル、とはトリスの街を治める領主の名である。


 ミヅキは手の通行証の紋章、いや、家紋を見つめていた。

 これは、その高位な身分を証明するための特別な通行証なのであろう。

 そんな大事なものを、ぽんと貸してくれるあのクロードという人物とは。


「あのモノクルのおっさん、トリスの街のお偉いさんだったのか。……うーん? それがなんで王都なんかに居るんだ? 娘さんを連れて、何かの用事で出張してきてるのか?」


『──私はピリカ。ゆえあって囚われの身でございましたの』

『私たちは今はお忍び中でね。気軽に外を出歩ける身分ではないんだよ』


 ミヅキが疑問を感じれば、地平の加護が彼らの台詞を思い出させてくる。


 何か訳有りなのは何となくも知れた。

 そう思うと、ピリカのお遊びとやらに付き合ったのには意味がある気がした。


『まだ見ぬトリスの街の領主様との関わりに重きを置いてください。イシュタール王国とパンドラの地下迷宮には切っても切れない因果があるのです』


 次に思い出しのたのは未来のアイアノアからの言葉だ。


 トリスの街を治める領主とはいずれ出会うことになるはずだ。

 イシュタール王国とパンドラの地下迷宮にどんな関係があるのか不明だが、今回の出来事は間違いなく足がかりになる。


──雛月のお陰でセレスティアル家にパイプが持てたって訳か。確かにこれを返すのはオフィシャルな理由になる。辺境伯は中央の公爵に並ぶくらいお偉いさんだ。会おうと思って会えるような相手じゃないんだろう。


 通行証を見ながらミヅキは今日のことと、雛月の意図を考えていた。


──ピリカお嬢様の気まぐれがきっかけで、俺はあのクロードさんに出会うことになった。この出来事はまったくの偶然だったんだろう。だけど、自分からトラブルに首を突っ込ませたのは、雛月が仕組んだ必然の意思だ。ピリカお嬢様の逃亡劇に付き合わないっていう選択肢を最初から排除した訳か。


 持って回った雛月のやり方には相変わらず慣れない。


 しかし、クロードがセレスティアル家縁の人物ならこれで接点が生まれた。

 この権威の象徴である、家紋入りの通行証が全てを物語っている。


 ミヅキは態度を豹変させたカーツを見て思わず苦笑いをしていた。


「名も知らぬ使者の御方よ。エルフではないかと疑いを掛けた際に、貴方の容姿について大変失礼な物言いをしてしまいましたこと、ご容赦願います」


 ぴしっと綺麗な角度でお辞儀をするカーツ。

 それを見下ろし、散々こき下ろされた自分の容姿にミヅキは落胆するしかない。

 エルフに見えない不細工な人間なのはもう本当によくわかった。


「あ、あぁ……。ま、まぁでも、もしかしたら不細工なエルフもいるかもしれないんで……。なぁ、アイアノア……?」


「いえいえっ! 私の知る限り、ミヅキ様のようなエルフは見たことがありませんが、不細工だなんて卑下ひげされず自信を持って下さいましっ! わ、私はミヅキ様のお顔、好きですよっ?」


「……うぅ、慰めに聞こえないような……。気を遣わせて、なんかごめん……」


「あぁっ、ミヅキ様ぁ、そのように悲しまれないで下さいましぃっ……」


 そのうえ、味方のはずのアイアノアにとどめを刺されたような気がした。


 蓼食たでくう虫も好き好きというか、好きな人は好きという言い回しは果たして励ましの言葉になるのかどうか──。

 ミヅキは盛大なため息をついて考えさせられた。


「──よろしいですか、美しいお嬢さん」


 と、カーツは今度はアイアノアに向き直り、大層真面目な顔をしていた。

 ミヅキにしたのと同じように、丁寧に頭を下げて深く謝罪をし始める。


「特に貴方には大変に失礼を致しました。美しさにけちをつけたうえ、あらぬ疑いまで掛けてしまい、お詫びの言葉も見つかりません」


「あっ、あのそのっ! 疑いが晴れたようで何よりです! わ、私のせいで皆様をお騒がせしてしまいましたっ! うっ、美し過ぎて申し訳ありませぇんっ……!」


 慌てて自分で何を言っているのかわかっていないアイアノア。

 仕方がなかったとはいえ、自分も人間たちをあざむこうとしていたのだから、こうも下手に出られては後ろめたさに心苦しくなってしまう。


「いやあ、検問官さんは生真面目過ぎるなぁ。俺たち、もう気にしてませんから。でもできればこれからは、見た目とか種族で善し悪しを判断しないで、ちゃんと人となりを見てあげるようにして下さいね」


「は、はいっ、肝に銘じておきます。未来の奥方様への非礼、お許し下さって本当にありがとうございます!」


 見かねたミヅキが間に入るとカーツはまた綺麗なお辞儀を見せた。

 大真面目に言った言葉が、アイアノアを激しく困惑させるとは知りもせず。


「えぇっ、そんなっ!? 未来の、奥方っ……!? 私が、ミヅキ様の……!? ふわあああぁぁーんっ!」


 神交法をした訳でもないのに、気持ちが恥ずかしさで舞い上がってしまいそう。

 エルフの彼女は真っ赤な顔で、今日も今日とて絶叫してしまうのであった。



◇◆◇



 時は少しさかのぼり、ミヅキたちが立ち去った後のこと。

 クロードの元に騎士団長ウルブスが複数の騎馬を率いて戻ってきた。


「クロード殿、賊はどこです? まさか、逃がされてしまったのですか?」


 馬から下りて辺りを見回すが、お目当ての獲物の姿はどこにも見えない。

 クロードなら、荷を抑えてミヅキの退路を断っているはずと思っていたのに。


「いやいや、彼らはそもそも賊ではないのだからね。お帰りになってもらったよ。私の娘が迷惑を掛けてしまったからね」


「申し訳ありませんでしたわ! 反省しております!」


 あからさまに機嫌悪そうにピリカは謝罪をする。

 絶対に後で隠れて、舌をべーっと出すに違いない悪態であった。


「困ります。ご息女の監督不行き届きで騎士団に不要な働きをさせるのは」


「いやはや、ウルブスきょう。騎士団を率いての采配さいはい、実に見事だった」


 こちらも不服な様子のウルブスに、クロードは破顔一笑はがんいっしょうで言葉を並べ出す。

 芝居がかった振る舞いに見えたのは間違いではない。


「来るべき王の生誕祭で、どのような賊が現れてもこれならば安心だよ。ピリカを人質役にした捕り物の抜き打ち訓練。私の権限にて急遽きゅうきょ実施させてもらった。と、そういうことにしておいてくれないかい?」


「……そのような横暴、関心致しませんね。クロード殿……」


 唐突に無茶を言い出すクロードには閉口するしかない。

 いくら身分の高い相手とは言え、ウルブスが気分を害するのも無理はなかった。


「ジェラルド兄上に私からも具申ぐしんしておこうじゃないか。騎士団の軍備増強の予算を増やすようにとね。それで機嫌を直してはもらえないかな?」


「……ふぅ、了解しました。強い騎士団を維持するためというなら、今回のことには目をつむりましょう」


「そうかそうか。君も心が広い男だね」


「……」


 気に障るクロードの言い回しだったが、もうウルブスは何も言わなかった。

 それは彼ら同士の事情だが、お互いに折り合いは付いたようである。


 と、彼らの事情と言えば──。

 クロードはウルブスに意味ありげに色目を使う。


「そういえばウルブス卿。私たちの陣営にくみするという話は考えて頂けたかな? 私たちには助けが必要なんだ。お家の復興のためにも力を貸してはもらえないか」


 野性的な金眼きんめが鋭くクロードを見返していた。

 と、すぐに鼻についた笑みを浮かべると無愛想にかぶりを振った。


「狼は強いほうに従うものです。オレが気分良く尻尾を振れるように精々力を付けておいて頂きたい。……今の貴方たちのお立場では、到底無理な相談ですがね」


「……ふふ、これは耳の痛い話だ」


 今度のラブコールも失敗に終わってしまった。

 騎士団の力と、高い身分のウルブスの助けが必要なのになかなかままならない。


「それではそろそろ時間です。屋敷へお送り致しましょう」


「もうそんな時間かね。今回の外出も相変わらず騒々しかったものだ」


 馬上に戻ったウルブスは馬車の先頭に立った。

 ため息交じりに笑うクロードはピリカを促し、馬車のキャビンへと入っていく。

 彼らのお忍びの外出はこうして終わりを告げたのであった。


「……やれやれ、こうして逃げ出すのはいったい何度目かな、ピリカ?」


「そんなの覚えておりませんわ。久しぶりに街へ出られたんですもの、ずっと見張られているのは窮屈きゅうくつで息が詰まりますの。人質生活はもううんざりですわ」


 揺られる馬車のキャビン内にて、クロードとピリカは向かい合い座っていた。

 穏やかな物言いながら、父親のお小言に娘は口を尖らせる。


「ふふっ、ママとの血は争えないな。ピリカを縛り付けておくのはドラゴンに首輪を付けておくくらい無理な相談かもしれないね。ピリカはママの若い頃にそっくりだよ」


 クロードが言うと、一転してピリカは悲しそうな表情になった。


「……ママに会いたいですわ。お元気にしておられるかしら……」


「大丈夫、近くアンリ様の生誕祭が開かれる。きっとそのときに会えるよ」


 年頃の少女らしく寂しげにそうこぼすと、クロードは優しく慰めた。

 窓の外を眺め、娘のわがままに付き合った今日を思い返す。


「ただ、今度のことで面白いものを見られたのはピリカのお陰だね。……ミヅキ、彼らとはまた会うような気がするよ」


 ミヅキたちはもう王都を出ただろうか。

 城壁の向こうを遠くぼんやりと見ながら、クロードは呟くように言った。


 初めて見たあの冷凍コンテナ車、あれには正直驚いたものである。

 物流の革命、とは自分で言ったことで、技術が飛躍的に進歩すると心が躍った。


「あ、そうだ! 聞いて聞いてお父様!」


 沈んでいたピリカの顔がぱっと明るくなった。

 今日のことを思い出して、楽しくなったのは彼女も同じだ。


「わたくしっ、生まれて初めてエルフのお方々に会いましたのっ! 想像していた通り、強くて美しくてとっても素敵でしたわっ! アイアノア様、エルトゥリン様というんですのよっ!」


「ふむ、確かに雰囲気の違うお嬢さんが二人居たね。そうか、彼女たちはエルフだったのだね。それでは、ピリカが物心ついた頃からのエルフに会いたいという願いは叶った訳だ。うん、何よりだねそれは」


 言われてみれば、とミヅキの後ろに居た二人の美女を思い出した。

 整った容姿と美貌はエルフと聞かされすぐに納得がいった。


 その一方、ミヅキの顔を思い浮かべて、思わずくくっと失笑してしまう。


「だけどあの彼、ミヅキはエルフではないようだったね。顔を見ればわかる」


「うふふっ、その魔術師のミヅキ様もエルフにとても好意的でしたわ。わたくしと楽しいお茶会ができそうでしてよ」


 ピリカはアイアノアとエルトゥリンと、いつかお茶会を開くのを想像してるんるん気分である。

 きっとミヅキも同席を許してもらっているに違いない。


「……でも、少し寂しかったですわ」


 と、再び声の調子は暗く下がってしまう。


「アイアノア様とエルトゥリン様、お二人とも長いお耳をお隠しになっておられましたの……。エルフである身分を隠さなければならないだなんて……」


 二人の対応の意図を思い、ピリカはしょんぼりとうなだれた。

 長い耳を隠さなければならない理由は、子供のピリカだってよくわかっている。


「どうして人間は、エルフや他の亜人の方と仲良くできないのかしら? もう戦争は百年も前に終わっていますのに……」


「ふむ、兄上をはじめ、貴族の方々はエルフを毛嫌いする者が多い。嫌うだけならまだしも、未だに戦争をするべきと暴論を吐く輩も存在している始末だ。今や侵略戦争など時代錯誤もいいところだろうに」


 クロードの声も重くなっていた。

 王国には大勢の人間が住んでいて、貴族と王族に関わる者もそれは同じだ。

 エルフに対する人々の考えは、十人十色に違っているのである。


「彼女らが耳を隠していたのは、その辺りの事情をかんがみての配慮だろうね。要らぬ騒ぎを起こさないため、我々人間に気を遣ってくれていたんだ」


「もうっ、わたくし納得がいきませんわっ。エルフの方々が王都に来てはならない決まりでもあるんですの?」


「もちろん無いとも。ただ、彼女たちは無用のもめ事を避けようとしたのだろう。裏を返せば、それは我々人間が信用されていないということの表れだ。嘆かわしい限りだね、本当に」


「イライラしますわあ! あんなに素敵な方たちと仲良くできないなんて、こんなことでは王国の未来は真っ暗でしてよっ!」


 ピリカは縦巻きロールをぶんぶん振って憤慨し、クロードも今の種族間の不和に心を痛めているようだった。

 二人はどうやら、エルフや他の亜人との融和を求める穏健派おんけんはの立場なのだろう。


「そこへいくと、エルフのお嬢さんたちと行動を共にしていたミヅキは随分と信用をされているようだね。彼のことは見習わなくてはいけないよ」


 あの二人の美女がエルフなら、ミヅキはエルフと仲が良さそうだった。

 穏健派のクロードとしてはそれは好ましい限りである。


「あっ、そうだわお父様。そのミヅキ様についてですけれど、アイアノア様が気になることを言っておりましたわ」


 ピリカは声をあげた。

 ミヅキと言えば、アイアノアが大事なことを言っていたのを思い出す。


 あれは、ピリカとクロードにとって、聞き流すことのできない台詞だった。


「──ミヅキ様は、パンドラの地下迷宮の深遠に至る使命の勇者、だとか」


 それを聞いたクロードは目を大きく開き、金髪の先を揺らした。

 冷凍コンテナ車を見たときよりも驚きが大きい。


「ミヅキ……。彼がそうだというのかい」


 たまたま娘がわがままに付き合わせた人物が、使命の勇者だったのだという。


 それは本当に偶然だったのだろうかとにわかには信じられない。

 神のお導き、というにはあまりにも出来過ぎな話であった。


「ふふっ、それが本当なら、今日のお忍びの外出は本当に有意義なものになるだろうね。……また、彼らに会える日を楽しみにしておこう」


「もちろんですわっ! わたくしもアイアノア様とエルトゥリン様にまたお会いできるのを心待ちにしておりますわっ! 次なるわたくしの夢は、エルフのお方々とお友達になることでしてよっ!」


 クロードはミヅキとの再会を望む。

 パンドラの地下迷宮に挑む使命の勇者の動向には王都も目を光らせている。


 ピリカはアイアノアとエルトゥリンと親しい関係になりたいと願う。

 百年の時が流れ、考えを改めた人間はエルフとの友好の道を模索する。


「願わくば、わたくしたちの代で異種族間の不和を解決できますように……」


「それは素晴らしい夢だよ。友好のための使節団にピリカがなれるといいね。私もできるだけのことをするつもりだ。……私たちの勝負はこれからなのだからね」



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