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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第288話 訳ありの要人


「──ミヅキ様、凄いですっ! 私、感動してしまいましたっ!」


 ミヅキの魔法にアイアノアは色めき立っていた。

 いつも驚かされてばかりだが、今回もそれは格別であったのだ。


 大勢のピリカの幻影を街に送り出して、十二分に追っ手を撒くのに成功した。

 自分たちは透明になって姿を消し、路地裏の道を悠々(ゆうゆう)と歩いて戻るところだ。


 あきれ顔でハルバードを担ぐエルトゥリンはもう驚くことを放棄していて、本物のピリカはハトが豆鉄砲を食ったような顔で後を付いてくる。

 あれからミヅキはずっと、アイアノアに尊敬の眼差しで見つめられていた。


「あれほどの隠遁魔法いんとんまほうをお使いになられるなんてっ……! 隠者の足取り(ハーミットフット)は、本当に高等な幻覚の魔法なのにっ……! またしても知らぬ内に、魔法の腕をお上げになっていたのですねっ!」


「え、あ、いやあ……。この魔法は間接的にアイアノアに教えてもらったようなものなんだけどなぁ……」


 ミヅキは決まりの悪そうな顔をしていた。


 事実、今しがた使用した隠者の足取り(ハーミットフット)は、現実の世界で魔物の群れに追われた際に、未来のアイアノアが施してくれた魔法だった。

 地平の加護を用い、それをそっくりマネして見せただけに過ぎないのだが。


「からかわないで下さいまし。私には、こんな大それた魔法は使えません。それこそ族長様か、私たちの追うあの御方でもなければ無理です」


「そっか……。それじゃあ、アイアノアは将来こんな凄い魔法を使えるようになるんだな。お陰でこうして助かってるんだから、やっぱりアイアノア先生様々だ」


「えっ? それはどういう……」


「ごめん、こっちの話だよ」


 現在のアイアノアの魔法技術ではまだ隠者の足取り(ハーミットフット)は使えないという。

 だから今はミヅキの言葉を理解することはできない。


 しかし、彼女は修行を重ねて、いつかこの魔法を習得するのである。

 地平の加護で再現してみせられる事実がその裏打ちなのであった。


「……ハァ。得意分野の魔法でも、ミヅキ様に遅れを取ってしまいました……。魔法は私の唯一の取り柄ですので、もっともっと精進致します」


「大丈夫、アイアノアは凄い魔法使いになれるよ。俺にはわかるんだ、アイアノアの才能はまだまだ天井知らずだからね。……それこそ、族長様に並ぶくらいの実力を持ったエルフに成長するだろうさ」


 にかっと笑うミヅキにそう言われ、アイアノアはちょっと驚いた顔をしていた。


 事実、いつかきっとアイアノアもその高みに到達するのである。

 そんな彼女の力を信じているし、とても頼もしく思う。


「ミヅキ様……。嬉しいです、ミヅキ様がおっしゃると本当にそうなれる気がします。──ともかく、隠者の足取り(ハーミットフット)の効果は絶大なのです。人間の側に魔力探知に優れた魔術師がいない限り、私たちの追跡はもう不可能でしょうっ」


 未来の自分のことなんてアイアノアにはわからないだろうが、浮かべた微笑みには嬉しさがにじみ出ていた。

 アイアノアもミヅキのことを心から信頼しているのである。


「……あ、あのうっ。少し、よろしくて……?」


 ふと、後ろからとぼとぼ付いてきていたピリカが声をあげた。

 ミヅキとアイアノアが振り向けば、おどおどとした少女の表情と目が合う。


「……エルフ、本物ですわ……。あぁ、わたくしの目の前にエルフが二人も……」


 その視線はアイアノアとエルトゥリンの顔に交互に注がれていた。


 ピリカも王都の人間で、お嬢様な風貌から貴族の関係者である可能性が高い。

 国の中枢に近い位置に居るなら過去の戦争について知っているだろうし、何よりもエルフを恐れているかもしれない。


 などとミヅキは心配していたが、それは一瞬で杞憂きゆうだと判明した。


「きゃあぁーっ! わたくし感激ですわぁーっ! 生まれて初めてエルフの御方に出会いましたわー! ああぁーっ、今日はなんて素晴らしい日なのでしょうっ!」


 ピリカは見る間に表情をぱぁっと明るくさせると歓喜の声で叫んだ。


 無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねる様子は、怖がっているどころか喜んでいるようにしか見えない。

 かと思うと、スカートの両端を持ち上げ、優雅な姿勢で挨拶を行う。


「挨拶が遅れまして申し訳ありません。──わたくしはピリカ。ゆえあって囚われの身でございましたの。これも何かの縁ですのよ。エルフ様方のお名前を教えて頂けませんかしら?」


 ピリカの見上げる目はキラキラしていて、友好的な態度なのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 怖がってはいないし、敵意のかけらも持ち合わせていなさそうだった。


 アイアノアが視線でどうするべきか訴えてきたので、ミヅキは頷いて返す。

 すると彼女も笑顔を浮かべて首を縦に振るのであった。


「私はアイアノア、こちらは妹のエルトゥリン。……ピリカさん、貴方は私たちを怖いとは思われないのですか? 私と貴方はエルフと人間で──」


「アイアノア様に、エルトゥリン様っ! 素敵なお名前ですことー! 怖いなんてとんでもありませんっ! 長いお耳がとぉっても優雅で可愛らしいですわぁー!」


 アイアノアが話し終える前にピリカは感極まってまた叫びだした。


 きっとピリカにとって、エルフは憧れの対象なのだろう。

 そんなエルフのアイアノアとエルトゥリンに出会えたうえ、話ができたのがこれ以上ないくらい嬉しかったようである。


 ミヅキは吹き出しながら、当のエルフ姉妹に振り返った。


「こういう人たちもいるんだなぁ。エルフが苦手な人も居ればその逆の人もいる。エルフ好きは俺だけじゃなかったんだ。これってきっと良いことだよな、アイアノア、エルトゥリン」


「は、はぁ……。そう、ですね……」


「物好きな人間はミヅキだけで充分よ」


 力が抜けて愛想笑いするアイアノアと、あきれて首を横に振るエルトゥリン。

 と、今度はピリカはミヅキを凝視して唸っている。


「んー、貴方はエルフじゃありませんわね。顔を見ればすぐわかりますわ。アイアノア様とエルトゥリン様の付き人か何かですの?」


 聞かれて思わずずっこけてしまった。


 顔がエルフに見えないのはもう嫌ほどわかったのに、そのうえ身分まで低く見えてしまっているらしい。

 これにはうんざりしてぼやくしかない。


「まったくどいつもこいつも……。二言目ふたことめには顔で判断しやがって、いくら俺だって傷付いちゃうぞ……」


「……貴方はいったい何なんですの? あんなにも凄い魔法を使えるうえ、エルフの方々と一緒にいる人間の貴方は何者……? 先ほど、魔法銀の魔術師(ミスリルウィザード)だと……」


 怪訝けげんそうな顔のピリカにまだ見つめられている。

 ミヅキの存在はさぞや異質に映ったことだろう。


 エルフではなく人間のようで、希少な付与魔法や高度な隠遁魔法を使いこなす。

 王国きっての強さを誇る、騎士団長ウルブスを圧倒する力さえ持っている。


 凄い人物なのは間違いないのに、今まで見たことも聞いたこともない。


「この御方はミヅキ様。──パンドラの地下迷宮の深遠に至る神託の勇者。魔法銀の魔術師(ミスリルウィザード)とは、いずれ国中に轟くミヅキ様の二つ名なのです。付き人だなんてとんでもない。ミヅキ様は私とエルトゥリンの希望そのものなのですから」


 柔らかく微笑んだアイアノアの紹介は正直むずがゆい。

 彼女が本当に誇らしく思って言ってくれるものだから尚更照れくさかった。


「神託の、勇者……? パンドラの地下迷宮……?」


 と、オウム返しに聞き返すピリカは目を丸くしている。

 表情を失った顔でミヅキをぼうっと見ていた。


 どういう事情なのか理解できず目が点になっていたのか、何か思い当たることがあったのかはよくわからなかった。


 かくしてピリカを巡る逃走劇はひとまずの決着を見たようだ。

 ミヅキたちは追っ手の騎士に見つからないように、キッキとミルノを待たせている冷凍コンテナ車のところに戻るのであった。


 但し、そこで待っていたのは──。


「やぁ、待っていたよ」


 港の魚市場で陣取っていたのは大勢の騎士たち。

 そして、その中心に立っていたのは、いかにも身分の高そうな貴族の男だ。


「……ちっ、また待ち伏せか。これだから組織相手は厄介なんだよ……!」


 ミヅキは苦々しげな顔で毒づいた。


 この結果は薄々予想していたことだった。

 キッキとミルノ、荷車のところに戻るのを予測されていれば、別働隊をここに待たせておくのは必然と言えた。


 騎士たちは剣を抜いていて、一斉にその切っ先をこちらに向けている。

 もう隠遁魔法は効果が切れていて、生の殺気をびりびり感じた。


「皆、剣を下ろしたまえ。手荒なマネは私が許しはしないよ」


 しかし、緊張の糸はあっさりと切られる。

 貴族の男、──クロードが指示を出すと騎士たちはそろって剣を収めた。

 この人物が追っ手の上役であるに違いない。


「──さて、諸君は自分たちが何をしたのかを知る必要がある。子供の誘拐、建造物の損壊、そして王国騎士の職務妨害……。これらは立派な犯罪行為だ。罪を償うには何年も牢獄で過ごしてもらうことになるだろう」


「ちょっと待ってくれ! 俺たちはただ巻き込まれただけで……!」


「申し開きをする機会を与えて下さいましっ! こんなのあんまりですっ!」


 クロードからまざまざと突きつけられる罪状には青ざめるばかり。

 ミヅキもアイアノアも必死に抗議の声をあげた。


 子供の誘拐は濡れぎぬもいいところだが、建造物を壁に変えたり、追ってくる騎士たちを足止めしたりはまぎれもない事実だった。


 と、慌てるミヅキとアイアノアの様子を見て、クロードは愉快そうに笑った。


「いや失敬、今のはほんの冗談だよ。騒がせて申し訳なかった。……私の娘が世話になったようだ。そろそろ気は済んだのかい、ピリカ?」


 と、またしても張り詰めた緊張は途切れる。

 しょうのない子供を見る目で、クロードはミヅキの後ろのピリカを見ていた。

 それは言葉通りの衝撃の事実であった。


「娘っ?! このピリカお嬢さん、あんたの娘さんなのかっ?!」


「おほほほほ」


 ミヅキが振り向き見ると、ピリカは誤魔化すみたいに優雅に笑う。

 悪漢に追われてるとか囚われの身だとか、うさん臭い雰囲気はしていたが、やはりお嬢様の狂言きょうげんだったようである。


「なんだよ、まったくもう……。どういうことか後で説明しろよな、雛月……」


 これも薄々そんな気はしていたが、改めてミヅキは脱力する思いだった。

 雛月に従ってピリカと逃亡劇を繰り広げたものの、これでは徒労でしかない。


「貴様、賊の分際で何という口の利き方か! この御方は──」


 多分、無礼だったのだろうミヅキの言葉遣いに、騎士の一人が声をあげた。


 このクロードがどのくらいの身分かはわからない。

 しかし、貴族相手に平民レベルのミヅキが礼を欠けば不敬罪になりかねない。


「ああいや、いいよいいよ。今は私の身分に価値は無い。立場は気にせず、普通に話してくれて構わないよ」


 その言葉の意味は理解できなかったが、クロードは気さくに名乗った。


「改めて、私はクロードだ。君の名を教えてくれないかな?」


「ミヅキだ──、あ、いや、です」


 ミヅキもしどろもどろに後に続いた。

 今さら敬語で体裁ていさいをつくろっても仕方がないかもしれないが、横柄おうへいな態度で礼を欠くのは違うと思うのはミヅキの性分だ。


「ミヅキ……。変わった名前だね。この国では聞かない感じの響きだ。ふむ……」


 あごに手を当て、クロードは不思議そうな目でこちらを見ていた。

 名乗っただけなのに、何か勘繰かんぐられているような気持ちになる目だった。


「クロード様、ピリカお嬢様をかどわかそうとした賊たちはどのように?」


「いいや、どのようにもしないよ。かどわかそうとしたなんて大きな誤解さ。そもそも彼らは賊などではないんだ。迷惑を掛けたのはむしろ私たちのほうだよ。──そうだろう、ピリカ?」


 脇に控えていた騎士に声をかけられると、クロードはまた笑顔に戻った。


 そして、また申し訳なさそうに言うと、ピリカに視線を投げる。

 すると、隣に居たピリカはミヅキを見上げてぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさいですの、わたくしのお遊びにお付き合い頂いただけですのよ。馬車に閉じ込められているのが窮屈きゅうくつで、気がついたら逃げ出してしまっていましたの」


「……ふふっ、聞いての通りさ。私の娘は少々おてんばが過ぎるんだ。随分と迷惑を掛けてしまったようだが、気持ち良く水に流してもらえると助かる」


 ピリカとクロードを交互に見直し、ミヅキはげんなりと渋い顔をした。

 本当にただ巻き込まれただけとわかり、肩透かしにため息が出る。


 この出会いはまったくの偶然だったようだ。

 それが判明してしまい、わざわざトラブルに身を任せるよう指示した雛月の意図はさっぱりわからない。


「まぁ、そんなことだろうとは思ってたんで。お連れの騎士サマには酷い目にあわされましたけど、誰もケガしなかったんで犬に噛まれたと思って忘れますよ」


「そうか、許してくれてありがとう。君は心が広いね、ミヅキ」


 精一杯の皮肉を言って、ここに居ないウルブスに毒づいてみせた。

 が、特にクロードは意に介さなかった様子だ。

 周りの騎士たちは、団長を犬呼ばわりされてむっとしていたようだが。


「そうだ、忘れてはいけないことがあった」


 不意に手を打ち、クロードが言った。


「迷惑ついでで重ねて申し訳ないのだが──。荷をあらためさせてもらったんだ」


「えっ……? 中を見ちまったのか……」


 クロードの言葉にミヅキはぎくっとした。


 今のコンテナ車は魚を冷やしている冷凍機能の稼働状態である。

 となれば、未知の技術が露見してしまったのは間違いない。


 ミヅキが表情を硬くしたのを見て、キッキとミルノはしゅんとなっていた。


「ミヅキ、ごめん……」


「すみません、ミヅキさん……」


「彼らを責めないでやって欲しい。私が無理を言って見せてもらっただけなんだ」


 クロードは申し訳なさそうに言うと首を横に振った。


 不思議な荷車を好奇心で確かめるのも、不審に思ってあらためるのも結果は同じだ。

 どちらにせよ、騎士に囲まれ貴族に命令されては拒否権などないのだから。


「なるほど……。冷やして凍らせ、腐敗を遅らせようとしているのか。これならば、トリスまで鮮魚を運ぶことができる。素晴らしい、物流に革命が起きるな」


 目を細めて言うクロード。

 結論はもうそこまでたどり着いていた。


 仕組みがどうなっているかはさて置き、技術さえ与えられればそれを転用して最適な答えを導き出すことができる。

 雛月の言葉が頭をよぎっていた。


『三月が自ら特異点となる覚悟があるなら止めはしないけど、異世界渡りをする者としての自覚は持ったほうがいいかもね。どんな技術であれ、確固たる正解を提示されれば、過程を端折はしょってもすぐに驚くべき速度で自分たちの成果として昇華させてしまう。いつの時代にもそういう優れた天才ってのは必ずいるもんだ』


 今の状況は、そうして懸念けねんされていた事態そのものなのではないだろうか。

 権力ある人物が有用な未知な技術を目の当たりにすれば、どういった行動に出るのかは想像に難しくない。


 ミヅキが冷たい汗を浮かべている間もクロードの問いは続いていた。


「君たちはトリスの街から来たようだ。ということは、この不思議な荷車はパンドラの地下迷宮ゆかりの何かかな?」


「……」


 ミヅキは何も答えない。

 クロードはそれを答えと受け取り、にこりと笑った。


「……そうか。おいそれと話せないところを見ると、重要な秘密の技術なのだね。それはぶしつけな質問をすまなかった。どうか許して欲しい」


 今の沈黙は悪手だったと言わざるを得ない。

 質問の意図通りの図星であったと思われても仕方がない。


「……それじゃ、お嬢様をさらおうとしたっていう誤解は晴れたんだ。なら、もう俺たち行っていいですか?」


 ミヅキはここに留まるのは危険だと思い始めていた。


 優しそうに見えるがこのクロードなる貴族、どこか裏を感じさせる。

 頭空っぽなお気楽主義者には見えず、柔和な表情の感情は読めない。


「そんなに警戒しないでくれたまえ。もちろん行ってもらって構わないよ。……もしかして、この荷車を押収されるとでも思ったのかい? 大丈夫、そんな乱暴なことはしないからどうか安心してほしい」


 ミヅキの警戒はクロードに筒抜けである。

 コンテナ車を奪われるのではないかという心配までお見通しだった。


「私たちは今はお忍び中でね。気軽に外を出歩ける身分ではないんだよ。だから、お互いここで見聞きしたことは忘れようじゃないか。……但し、この冷やす技術が早く広まってくれることは切に願うよ。冷たい飲み物には私も目が無くてね」


 口許に人差し指を立て、クロードは人懐っこい笑顔を浮かべた。

 モノクルの奥の目が本当に笑っているかはわからないが、少なくとも今はミヅキにとって危険な相手ではないのは確かだった。


「……それじゃあ、俺たちもう行きます。みんな、乗ってくれ。キッキ、オウカの世話よろしくな」


 うん、わかった、とキッキの返事が返ってくる。

 アイアノアとエルトゥリン、ミルノもそそくさとコンテナ車に乗り込んでいく。


「……」


 そんなミヅキたちの様子を、クロードは微笑んだままじっと見ていた。

 得体の知れなさを感じて、早くこの場から去りたい衝動に駆られる。


 余裕のある態度、お嬢様な娘、大勢の騎士を引き連れている。

 話しているとこちらの手の内を見透かされているような気になる。


 そして、冷凍コンテナ車の技術の素晴らしさを見抜く目を持っていた。

 貴族は貴族でも、このクロードは大物に違いない。


「──待ちたまえ」


 だから急に呼び止められ、ミヅキはまたぎくりとさせられた。


「君たちの荷が荷だ。今のこの冷やした状態を維持しなければいけないのだろう? 何しろ刺激が強すぎる代物だ。検問所で見る者が見れば、大騒ぎになりかねない」


 あくまでミヅキたちを心配しての言葉だったが、次は何を言い出すかと思うと気が気ではない。

 出し抜けにクロードがふところから出してきた物にも警戒してしまう。


「これを見せるといい。持って行きなさい、今の私たちには無用のものだからね」


 それは綺麗な羊皮紙ようひしで、検問所を通過するための通行証であった。

 何やら大仰おおぎょうな紋章が中心に大きく描かれている。


「……だけど、俺たちトリスの街へ帰ったら、王都には次にいつ来るかわからないと思いますけど」


 ミヅキが恐る恐る言うも、クロードは変わらずに笑顔で言った。

 それがお互いに一旦の別れとなる。


「また会える機会があったらそのとき返してくれればいいよ。──それではね」


「皆様ぁ、ごきげんようっ。わたくし、とっても楽しかったですわよぉっ」


 ピリカが手を振る姿を後ろに、ミヅキたちを乗せたコンテナ車は出発した。

 珍しい地竜が引く不思議な荷車を、クロードは見えなくなるまで見送っていた。


 王都での目まぐるしい朝の騒動は、こうして終わりを告げたのだ。



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