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第285話 うごめく王都


「あれ? ミヅキはどこ行ったんだ?」


「アイアノアさんと一緒じゃなかったんですか?」


 魚介類の仕入れを終えたキッキとミルノが戻ってきていた。

 地竜のオウカと荷車を傍らに駐め、ミヅキとアイアノアと合流する予定だったのだが、港の様子が何だかおかしくなっている。


 二人は獣人の耳をしきりに動かし、辺りをきょろきょろと見回した。


「そんなっ、皆様と一緒ではないのですか……? ついさっきまで私の後ろにいたというのに……」


 ついさっきまで行動を共にしていたミヅキが忽然こつぜんと消えた。

 アイアノアは慌てる。


 勇気を振り絞って使命を終えた後の願いを伝えたのに、肝心のミヅキの姿はどこにも見つからない。

 もしや、キッキたちのところに行ったのではと思ったのだが。


「何か騒々しいわね。この騒ぎにミヅキが関わってなきゃいいけど」


 人々の喧騒けんそう怪訝けげんそうに見ながらエルトゥリンは呟いた。


 明らかに漁港の様子は騒がしくなっていた。

 青い制服を着た屈強な男たちが、あっちだ、賊を捕らえよ、などと口々に叫んでいて物々しい雰囲気が漂っている。


「嫌な予感がする……! ああ、ミヅキ様っ、どこにいらっしゃるの……?!」


 アイアノアは心配でいても立ってもいられなくなっていた。


 この騒ぎにはミヅキが関わっている気がする。

 ざわざわと胸騒ぎがして、心臓がドキドキと高鳴っていた。


 自分の心の中にあるミヅキの心の一部が揺らめいている。

 互いの身体に流れる魔力が、何か異常を知らせ合っているかのようだった。


──えっ、この感じ……?


 と、アイアノアの隠していた長い耳が一瞬見え隠れし、ぴくんと反応した。

 何か直感めいたものを感じ、長い髪を振ってある方向を振り向き見る。


──耳が熱い。この優しく丁寧に触れられる感じは……!


 アイアノアは耳に両手を当てて瞳を閉じ、意識を集中させる。


 すると、すりすりと撫でられている感触を耳の耳介じかい部分から感じた。

 まるで壊れ物でも扱うかのような繊細な触れ方である。


 この感覚には覚えがあった。


──これはミヅキ様の気配だわっ! ミヅキ様のことを思えば思うほどに強く感じられる……! まるで神交法をしているときみたいに……!


 喧騒に包まれる雑踏ざっとうの中にミヅキの気配を見つけた。

 心と心を合わせた二人ならではの繋がりを、自分の耳を通して確かに感じる。

 それは、エルフの耳が結んだミヅキとの絆が起こす奇跡であった。


──私の心を風に乗せて飛ばす……! ミヅキ様がいずこにおられるのか、心と心を交わし合った私にはわかるはず……! ミヅキ様、ミヅキ様、ミヅキ様ぁっ!


 王都の空を吹く風を強くイメージした。

 魔力を空気に溶かし、気流に心を委ねて知覚範囲を拡大させる。


「──今の私ならできるっ! これは神交法の新たなる境地よっ……!」


 一心不乱に念じた思いは、離ればなれになったミヅキに意識を届かせる。


 距離を問題とせず、神交法で通じ合った者同士を強く感じることができた。

 風と一体となった精神は高高度の天空から、雑踏の中に探索対象を発見する。


 アイアノアはカッと目を見開いた。


「居たっ! 女の子に手を引かれて路地裏を走ってる!」


「姉様、わかるのっ?!」


 確信を持って叫んだ姉にエルトゥリンは驚く。

 そんな妹に真剣な表情で振り向き、アイアノアは力強く言った。


「行くわよ、エルトゥリン! ミヅキ様をお助けしなくちゃ!」


「わかった! キッキとミルノはここで待ってて」


 決断を下したアイアノアにエルトゥリンは即座に従う。

 戸惑うキッキとミルノをその場に残し、エルフ姉妹は迷い無くミヅキが向かった方向へと駆け出した。


 ふわっ!


 周囲の目に構わず、アイアノアは脚に風魔法を掛けると地上高く跳躍した。

 風に浮かされ身軽に建物の屋根に飛び乗り、そのまま疾風のように走った。


 続くエルトゥリンも自前の脚力で飛び、王都の街を屋根から屋根へとアイアノアに付いていく。


「ミヅキ様、すぐに参ります! どうかご無事でいて下さいましっ!」


 ミヅキの身に何があったのかはわからない。

 しかし、周囲の状況から何らかのトラブルに巻き込まれたのは間違いない。


 ならば、ミヅキの助けとなるのは彼女たちにとって当然の役目であった。


「……ふぅ」


 と、そんな街の喧騒の外側で。

 豪華な馬車のキャビンの扉が開き、中からため息交じりの男が降りてきた。


「首尾はどうかね?」


 金色の髪を肩ほどまで伸ばした高身長、街の人々とは一線を画す身なり。

 目の金縁きんぶちのモノクルが、物静かで知的な雰囲気を醸し出している。


「クロード様、申し訳ありません。少し目を離した隙に……」


 クロード、と呼ばれた男の周りに青い制服の衛兵たちがひざまづく。

 いや、意匠の凝ったサーコートを着用している辺り、彼らはただの衛兵ではなく騎士なのだろう。


「……どこへ行こうというのだ。王都からは出られはしないのに……」


 騎士たちを見回した後、クロードはモノクル越しに街の騒々しいほうを見やる。

 彼らが探しているのは、きっとミヅキと共に逃亡している縦巻きロールのお嬢様のことだろう。


 と、クロードが降りてきた馬車の後方から──。


「何をやっていたんだ? 貴様たちがついていながら情けない」


 苛立たしげに荒げた声の主がやってきた。

 ドガラ、ドガラ、と蹄が立てる爪音を鳴らし、黒毛の立派な馬がそびえ立つ。

 その背にまたがるのは、褐色肌の長身の男だった。


「賊が出たと聞いた。……それで、いいようにさらわれたという訳か」


 馬上の男が見下ろせば日をさえぎり、影ができるほど。

 くせっ毛の黒髪で、制服の上からでもわかるくらいの鍛えられた肉体。


 何より、威圧的な金眼は獣めいて冷たい光を放っている。

 野性的な恐ろしさを感じさせる美丈夫びじょうふに、周囲の騎士たちは萎縮いしゅくしていた。


「……迷惑をお掛けする。行って下さるか? ──ウルブス殿」


「フゥ……。これも仕事の内ならば選択の余地はありません」


 クロードの声に長身の男、──ウルブスは首を振って答えた。

 すぐさま馬を反転させ、部下たちを厳しい目で見渡した。


「騎馬隊、付いてこい! 表通りを封鎖しつつ、賊を街の東側へ追い込め! オレは先回りをしておく!」


 はっ、という大勢の応答を受け、ウルブスは出撃する。

 賊呼ばわりされているミヅキを追い、街の通りを複数の騎馬が駆けていった。


「さて、それでは私たちは──」


 ウルブスたち騎馬を見送ったクロードはきょろきょろと辺りを見回す。

 そして、ひときわ目立つ地竜と大きな荷車に目を留めた。

 初めから目を付けていたと言うばかりに迷い無く歩き出す。


「聞き込みは済んでいるかい? ……ふむ、そうかい。彼らが連れの者たちだね。私が話そう。何人かついてきてくれたまえ」


 言いながらクロードが向かう先にいるのは、おろおろするキッキとミルノだ。


 ミヅキがミルノたちと一緒だったのは港の人々に見られていた。

 珍しい地竜のオウカと、変わったコンテナ車は最初から注目の的だったのだ。


「やぁ、失礼。この竜と荷車は君たちの物かい?」


 にこやかに迫ってきたクロードと、大勢の騎士にキッキとミルノはあっという間に取り囲まれてしまった。


 最早、蟻ならぬ、猫と羊の一匹這い出る隙間は無い。

 ぴりぴりとした空気を発する騎士たちは無言の威圧で睨みをきかせた。


「ひぃ、ミヅキさぁん……」


「ミヅキぃ、あたしたちどうなっちゃうんだ……?」


 ミルノとキッキは身を寄せ合い、観念するより他なかった。

 唸り声をあげて威嚇いかくするオウカも、この人数に囲まれてはどうしようもない。


 事態があちこちで不穏に動き出していた。

 平和に魚の仕入れをしてトリスの街へ帰る、とはいかない。


 その頃、トラブルの原因となっているミヅキは路地裏の道を走っていた。


「ふふんっ、王都はわたくしの庭みたいなものですわっ! 路地裏の抜け道だって全部頭の中に入っていますのよっ!」


 おてんば全開な縦巻きロールのお嬢様に手を引かれて絶賛逃避行中だ。


 雛月に指示されるがまま少女に付いてきたはいいが──。

 アイアノアたちとはぐれてしまい、気のせいではなく大勢に追われている状況に陥っている。


──この子は何者なんだ? 良いところのお嬢様っぽいけど。


「貴方──」


 ミヅキが少女の後頭部を見ていると、その顔がくるりと振り向いた。


「──この気品漂う可憐かれんな美少女はいったい何者だろう? と、そのお顔に書いてありますわ。どうしてもとおっしゃるなら、特別に教えて差し上げてもよろしくってよ」


「う……。そ、それじゃあお聞かせ願えますか……?」


 なかなかに強烈なキャラクターらしい、とミヅキは苦笑いする。


 ひらひらのドレス姿だというのに、走り慣れている風でお嬢様は語った。

 ふふん、と優雅に笑って見せて。


「わたくしはさる公爵家のご令嬢でしてよ。ゆえありまして、血も涙も無き悪漢共に囚われていたところを命からがら逃げ出して参りましたの。──ということですので、貴方にはわたくしの逃亡劇を手助けして頂きますわよっ」


「強引だなぁ……。まるっきり俺はとばっちりじゃないか……」


──だけど、雛月が言うんだ。きっとこのお嬢様は重要人物なんだろう。仕方ないな、腹をくくるしかないか……!


 どうやら追われているのは間違いなさそうで、行きずりのミヅキが協力者として偶然選ばれた格好となっていた。

 ミヅキはげんなりしつつも、雛月の言葉を信じて少女に付き合う覚悟を決めた。


「わたくしの名はピリカ。貴方のお名前は?」


「ピリカお嬢様か。俺の名前は──」


 縦巻きロールを弾ませながらお嬢様──、ピリカは愛嬌あいきょうよく笑った。

 ミヅキも名乗りかけるが、追っ手の声があちこちから聞こえる。


 背後からだけでなく、隣接する表通りにも手が伸びている様子でのん気に自己紹介をし合っている場合ではなかった。


「ちっ、とにかく今は逃げよう! ただ、追い掛けてくる人たちが悪漢じゃなくて、お役人さんみたいに見える気がするけど……。信じていいんだよな、お嬢様」


「あっ、ええそれはもちろん! 正義はわたくしたちにありましてよ!」


 おほほほっと、優雅に笑うピリカはどうにもうさん臭い。

 ミヅキは不安すぎる気持ちを抱えながらも、とうとう追跡者たちとの荒事に身を投じていくのであった。


「お嬢様、下がってな!」


 いつの間にか追っ手に肉薄されている。

 後ろから横から、目の色を変えて手を伸ばしてくる青い制服の騎士たち。

 ミヅキは地平の加護を駆使してこの場を乗り切る。


『材料を選択・《周囲建物の石材、及び道路の石畳》』

『三次元印刷機能実行・《石壁のバリケード》』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!


 路地裏の通路左右の建物、道路に敷き詰められた石畳から壁がせり出してきた。


 それらは乗り越えられないほどの高さで立ちはだかり、追っ手を通さない。

 追ってきた騎士たちは現れた石の壁に行く手を阻まれ、立ち往生していた。


「まぁっ、凄いっ! 壁が生えて参りましたわっ! これは魔法ですのっ!?」


「ほんと、魔法って便利なもんだ。かく言う俺も、つい最近までは魔法なんて使えやしなかったんだけどな!」


『対象選択・《勇者ミヅキと縦巻きロールのお嬢様》』

『効験付与・《アイアノアの風魔法、風滑走エアライダー》』


 続けてミヅキが使うのは、自分たちに付与する魔法だった。


 透明な気流を足にまとわせ、高速で地上を疾走する。

 いつかアイアノアが素早く走るときに使っていた風の移動魔法である。


「身体が軽いですわぁっ! わたくしっ、こんなの初めてですわぁーっ!」


「勝手に魔法を掛けてごめんよ。これで悪い奴らを一気に引き離すぞ」


 顔に光の回路模様を浮かべ、ミスリルコートを淡く光らせるミヅキの立ち姿はサマになって見えるものであった。

 そんなミヅキを見つめるピリカの顔はぱぁっと明るくなる。


「貴方、魔術師様でいらしたのね! しかも、これって付与魔法ですわよねっ?! 偶然助けを求めた御方が希少な付与魔術師様だなんて、わたくしったらついておりますわぁー!」


「お褒めにあずかりどうも。……だけど、アイアノアがいないからこのままだとすぐに魔力が切れちまうぞ……」


 しかし、ミヅキと地平の加護には致命的な弱点がある。


 ただの人間に過ぎないミヅキに無から魔力を生み出す資質は無い。

 魔力を供給してくれるアイアノアがいない状況は芳しくなかった。


「……まずいぞ、こりゃ。いったい何人に追い掛けられてるんだ……?」


 建物と建物の間を縫い、狭い裏路地を飛ぶように滑走する。

 いつまで経っても追っ手が途切れない。

 表通りから次々と新手が現れ、逃げる先に立ちはだかる。


「このピリカお嬢様、本当に何者なんだ? とんでもない大物だったりして……」


「キャー、楽しいぃーっ! 感無量でしてよぉー!」


 ミヅキの不安をよそに、隣を滑走するピリカは上機嫌も上機嫌だった。


 そんな二人への追跡は執拗しつように続く。

 大勢による大規模な包囲網が敷かれているのを肌で感じた。


 それはそれだけこのピリカが重要人物であることの証であった。

 身なりや風貌からして貴族か王族か、その近親者であるか。


──イシュタール王家の中枢に近付けば近付くほど、魔の存在との対立は避けられない、か……。アイアノアの言ってたことが、だんだんと現実味を帯びてきた。


 ミヅキが思っている通りなら、雛月がピリカと接触させた理由も納得だ。

 ピリカに選ばれたのは偶然なのかもしれないが、雛月が未来を知っているのならこの出会いは必然だったのだろう。


 いや、物語の因子を集めてミヅキの願いを叶えるためならば──。

 迷宮の異世界を巡るうえでの必然ではなく、必至ひっしの出来事だったのである。



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