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第281話 ミヅキとミルノの恋愛話


 レストランで魚料理を堪能たんのうした後、ミヅキたちは沿岸部の観光に興じた。

 時刻は昼下がりを過ぎた頃で、魚の市場に行くには少々遅い時間である。

 王都に来た主な用事は明日の朝に回し、せっかくの遠出を楽しむことにした。


 食後の散歩がてら、海沿いの街並みを歩いてショッピングと洒落込しゃれこんだ。

 ミルノはトリスの街で待つキャスに、お土産など買っていたようだ。

 おやつ時には紅茶を飲んで、塩味の効いた焼き菓子やゼリーを食べた。


 普段は遊び慣れていないアイアノアとエルトゥリン、キッキの女性陣も初めての王都観光を賑やかに楽しめていたようである。

 そんな様子を眺め、ミヅキも自然と笑顔をこぼすのであった。


「わーい、ベッドがふかふかだー!」


「キッキ、王都の宿がどんな感じかちゃんと見といてくれよー!」


 日が傾いてきた頃、ミヅキたちは宿泊先の宿屋に戻ってきていた。

 ホテルと言っても差し支えないほどの大きさの建物で、個室は広くとても豪華な感じがする宿であった。


 柔らかいベッドの上でふかふかの毛布にくるまり、ご満悦なキッキに部屋の外からミヅキは声を掛けた。

 わかったわかったー、と楽しげな返事を受けてから、ミヅキは開いたドア越しに立っているアイアノアに向き直る。


「それじゃまた明日。女性組のことはアイアノアに任せるね」


「はい、わかりましたっ。明日もよろしくお願い致します」


 軽く挨拶を交わし合い、ミヅキは隣の自分の部屋へ戻ろうとした。


「……あ、あのっ、ミヅキ様っ!」


 と、背中にアイアノアの声が掛かる。

 その声はちょっとだけうわずっていた。


「いえ、あのそのっ……。き、今日はありがとうございましたっ……! 検問所で私が引っ掛かってしまったばかりに皆様にご迷惑を……」


「もういいってそんなこと。無事に通れて良かったよ。こっちこそ強引なことして悪かったね。嫌じゃなかったかな……?」


「強引な、こと……」


 ミヅキの言葉にアイアノアは検問所でのやり取りを思い出した。


 詰問きつもんを受けた際にミヅキに肩を抱き寄せられ、意気揚々と未来の恋人宣言をされたときのことである。

 アイアノアは瞬間的にかぁっと顔を赤くする。


「ふわーんっ!」


「げっふぅ……!」


 あのときの恥ずかしさがぶり返してきて、思わず突き出したのは両掌底突りょうしょうていづきだ。

 ミヅキはそれをまともに胸に受けて後ろへぶっ飛んだ。


「あぁっ! ごめんなさい、ミヅキ様っ!」


 背中を壁にぶつけて崩れ落ちるミヅキに慌てて駆け寄るアイアノア。


「全然イヤなんかじゃありませんでしたともっ! かばって頂き、本当に本当に嬉しかったですっ! と、ともかくありがとうございましたっ!」


 よろよろと起き上がり、ミヅキは心配そうな顔でぺこぺこするアイアノアに笑顔で言うのであった。


「あ痛たた……。そっか、それはどういたしまして。今日みたいなことがまたあったら俺が何とかするから任せといてくれよ。アイアノアは俺の使命を果たすために絶対に必要な、大切な相棒だからさ」


「ミ、ミヅキ様……」


 そう言い残し、ミヅキはアイアノアにくるりと背を向ける。

 隣の自分の部屋へ戻りながら、顔だけ振り向いて今日の別れを告げた。


「じゃ、おやすみ」


「おやすみなさいませ、ミヅキ様……」


 ミヅキがいなくなっても、アイアノアはしばらく廊下で立ち尽くしていた。

 その表情はうっとりとした幸せな心地。


「ハァ……」


 こうしてイシュタール王都での一日は過ぎていった。

 明日の朝、港の魚市場を巡り、魚介類を仕入れてトリスの街へ帰るのである。

 それは、使命であるパンドラの地下迷宮踏破とは関係の無い出来事。


「うふっ、うふふっ……!」


 廊下にたたずんでいたアイアノアは、くすくす笑って部屋へ引っ込んでいった。


 彼女にとって、この王都での出来事は忘れられないものになるだろう。

 明日も明日とて、今日以上にミヅキと心を通い合わせることになるのだから。



◇◆◇



「付いてきてもらったうえ、こんなことさせて悪いなー、ミルノ」


 と、部屋に戻ったミヅキはその頃──。

 アイアノアたち女性部屋と別で、ミヅキはミルノとの相部屋を取っていた。


「僕までこんな高級なお宿に泊めて頂いたお礼ですよ。せめてこれくらいはさせて下さい。……それにしても、ミヅキさんのお身体って綺麗ですねえ。貴族のお坊ちゃまみたいにお肌がすべすべです」


 熱々の湯に浸した清潔な布巾を絞り、ミルノは椅子に腰掛けたミヅキの半裸の背中をごしごしと拭いていた。


 王都の豪華な宿とは言え、当然ながらお風呂は無い。

 やはりこうして湯で身体を拭くのが一般的である。


「風呂が無いのは不便だよなー。なみなみとお湯の入った湯船に浸かってゆったりしたいもんだ」


「あはは、それどこの貴族様の話ですか? そんな豪華で優雅な生活、僕たちには夢のまた夢ですよ」


 この異世界にとっては非常識なこと言うミヅキにミルノは苦笑する。


 中世ファンタジーの風呂事情と言えば、湯で身体を洗う風習も無いことはない。

 宿などの食事場の大釜で湯を沸かし、おおむね石畳床いしだたみゆかの一階の隅にある、大桶おおおけに入って湯浴ゆあみをするのである。


 但し、ついたてくらいしか隠す道具は無く、個室などある訳もなかった。

 男性もだが、特に女性には利用しづらいサービスであったのは間違いない。


「そういえばですけど──」


 ミヅキの身体を拭き終えたミルノは、湯の容器を片付けながら言い始める。

 この数日間、すぐそばで見てきて思っていたことだ。


「ミヅキさんて、アイアノアさんと仲が良いんですね。さっきも隣の部屋に行ってましたよね?」


「ああ、アイアノアとちょっと話してたんだ。今日は色々あったからさ」


 ミルノは色々、という言葉を聞いて困り顔で笑った。

 きっと検問所でのことを思い出しているのだろう。


「アイアノアさんて本当に綺麗な方ですねえ。あんなにも美しいエルフの女性は他に見たことがありませんよ。ミヅキさんが感情を高ぶらせるのもわかります」


「おっ、ミルノはエルフの良さがわかるんだなっ! 見る目があるなぁ!」


 椅子からガタッと立ち上がり、ミヅキは興奮気味に顔を明るくした。

 三度の飯よりもエルフ好きな愛好家として、ミルノの理解ある態度には色めき立つのを抑えられない。


「俺、ミルノ言う通り、エルフの女の子に目が無くてさぁ。この国の人間ってエルフに塩対応だから、獣人って立場だとまた違った見え方がするもんなのかな? 是非ともミルノの見解を聞いてみたいもんだ」


「すごく興味津々ですねぇ、ミヅキさん。目がキラキラしてますよ」


 急に前のめりになるミヅキに、ミルノは少々たじろいでしまう。

 これは単なる下心ではなく、本当に心からエルフに憧れているんだろうなぁ、と思わせるだけの光がその目にはあった。

 出し抜けにミヅキは質問を口にする。


「早速聞きたいんだけど、獣人はエルフのことどう思ってるんだ? ずばり、お付き合いすることってある? 人間とは相性が悪くて無理でも、他の種族とならくっついたりするのかな?」


「えっ!? お付き合いって男女の交際ですよね? ……獣人とエルフのカップルかぁ……。いやあ、ちょっと聞いたことないですね……」


 またも急な質問にミルノは目を丸くしていた。

 いきなり飛び出してきたのは、思ってもみなかった恋愛話であった。

 しかも、この国ではほとんど例の無い種族の壁を越えた交際だ。


 真っ先にパメラとアシュレイが頭に浮かんだが、あの二人は獣人と人間だ。

 お相手がエルフだと考えると、ミルノは渋い顔をして笑った。


「うーん、僕なら遠慮しておきたいところですかね。何より、キャスに怒られますし……。キャスは普段明るくて愉快な子ですけど、怒ると怖くて……」


「あっ、そうか! なるほどなぁ、ミルノとキャスはそういう仲なのか。ギルダーの旦那のところで、小さい頃からずっと一緒だった幼馴染みな感じか?」


 頭に浮かぶのは、無邪気に笑うギャルな狐の獣人、キャスの顔。

 昔馴染みの友達な雰囲気を醸し出すキャスに、ミルノみたいな良い相手がいると思うとミヅキは何だか嬉しくなった。


「ええ、まあそんなところです。いつかですが、キャスとは一緒になれればいいなって、そう思ってます」


「そっかぁ……。そりゃいいな、応援するよっ」


 キャスとの関係を隠すことなくミルノは爽やかに答えるのだった。

 きっと小さい頃から一緒で、お互いに気持ちは一筋なのだろう。

 幼馴染みの良さを知っているミヅキの頬も知らず緩んでいた。


「そういうミヅキさんこそどうなんですか? アイアノアさんととっても仲良さそうじゃないですか。ミヅキさんもアイアノアさんも、お振る舞いに種族差を全然感じさせませんよね」


「えっ!? 俺っ?」


 と、思わぬ質問が返ってきてミヅキは面食らった。


 ミルノに出会ってから、アイアノアとは散々仲の良いところを見せつけてきたのだから、その疑問は当然のところでもあった。


「ミヅキさんはエルフの女性の方がお好きなのでしょう? 何だったら本当にアイアノアさんとお付き合いされてみてはどうですか?」


「いやあ、俺とアイアノアはそんなんじゃないよ……。使命を果たすための大切な仲間ってだけで……。アイアノアが良くしてくれるのも、俺が使命の勇者だからってだけだよ、多分……」


「そうなんですか。今日の検問所でのミヅキさんがアイアノアさんかばったご活躍を見るに、てっきりお二人はそういう仲なのかと。昼食のときだって、随分とお二人の距離が近いなあって思ってたんですけどね」


「そりゃ誤解だって……。ああいや、誤解を与える俺にも責任があるのか……」


 神交法と体交法を繰り返せば、身も心も互いに距離が縮まっていく。

 周りから見れば種族間を越えた色恋沙汰いろこいざたに見えてもおかしくない。


 改まって思い返すと、検問所でのアイアノアの態度は本当に演技ではなかったのかもしれない。

 ミヅキが眉を八の字にしていると、ミルノは潜めた声で言った。


「これは僕の邪推じゃすいで恐縮なんですが、アイアノアさんは絶対ミヅキさんに脈ありだと思いますよ」


「そ、そうかなあ……。アイアノアは誰にでも優しいし、ああ見えて結構大胆な子だから……」


「いえいえ、あの熱のこもった眼差しは恋する乙女おとめのものですって。大胆になるのもお相手がミヅキさんだからじゃありませんか? エルフのアイアノアさんが、人間のミヅキさんとあんなにも親しくしているのが何よりの証拠ですよ」


「うーん、どうだろう……。仲良くしてるつもりではあったけど、そこまでは意識してなかったな……」


 あんまり乗り気でなさそうに腕組みをして悩む様子のミヅキ。

 ミルノはため息交じりに言うのだった。


「あんまり女性に気を持たせるのは罪作りですよ。余計なお世話ですみませんが、街の英雄であられるミヅキさんにはうまくいってほしくて。後悔などされませんよう願っております」


「う、うむう……。肝に銘じておくよ……」


 ミルノに本気で心配されてしまい、自分の身の振り方を顧みようと感じる。

 ただ、憧れの対象でしかなかったアイアノアに対し、恋愛感情があるのかと考えると身も心もむずがゆくなってしまう。


 エルフということを抜きにしても、可愛らしくてとってもいい子だと思う。

 それはそれで間違いはないのだが。


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