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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第278話 検問所にて


「……あちゃー、今日は面倒な人が検問をやってるなー」


 オウカの引くミヅキたち一行を乗せたコンテナ車が、都市部の城壁前に設置された検問所に近付いたときだった。

 検問に当たる職員の顔を見て、ミルノは表情をしかめた。


「知ってる人なのか、ミルノ?」


「はい、よりにもよって、ってやつですね……」


 コンテナ車に乗ったまま、ミヅキが隣に振り向くとミルノは苦笑いしていた。


 幾つか先の組で行われている検問に立ち会う、一人の検問官が居る。

 眉間に皺を寄せたいかにも厳しそうな顔をして、複数の衛兵に指示を出しながら粛々(しゅくしゅく)と王都に訪れる人と荷をあらためていた。


「カーツ検問官。良く言うなら、真面目でルールに厳格なお役人さんですが、悪く言えば融通の利かないカタブツです」


 年齢は30過ぎで、張り付いた仏頂面にかちかちの七三分け。

 絵に描いたみたいな役人の男、その名はカーツ。


 ミルノが言うには、検問に命を懸けるほど愚直な人間だそうである。

 王国のびしっとした青い制服がこれでもかとよく似合う。


「……って言っても、俺たち別に何も悪いことなんてしてないぞ?」


「もちろん、そうなんですけどね……」


 ミヅキにはやましいことなど何もない。

 特殊な荷車を引いているが、今は冷蔵機能は切ってあるので空の荷でしかない。


 ミルノが心配そうに向ける視線は後部座席のアイアノアとエルトゥリン。

 それが何を意味しているのか、ミヅキにも何となく理由がわかったが今は何も言わなかった。


「とりあえずはお任せ下さい。話は僕がしますから、皆さんはニコニコして黙ってて下さいね」


「わかった。任せたよ、ミルノ」


 一抹いちまつの不安を抱きながらも、検問の順番がミヅキたちに回ってくる。

 オウカの歩みを止めさせ、一旦ミヅキたちはコンテナ車から降りたのだった。


「これは……! 平原のヌシ、タイラントラムの角とひづめか! 君たちが仕留めたのか? ……失礼ながら、こいつを倒せるほど君たちは強そうに見えないが」


 コンテナ車の中の荷物を確認し、カーツは驚いていた。

 キャンプ中に襲ってきた大羊の魔物を退治して、その素材を回収していたのだ。

 パンドラの地下迷宮に潜む、伝説級の魔物さえ倒せるミヅキたちの敵ではなかっただろうが、カーツはそんなこと知る由もない。


「僕たちには竜が付いていますから。こちらは地竜のオウカと、御者ぎょしゃのキッキです。規定通りに隷従紋れいじゅうもんで従えていますので、もちろん危険はありません」


「あたしが責任を持って面倒みますので大丈夫ですっ」


 涼しい顔をして受け流すミルノと、礼儀正しくお辞儀をするキッキ。

 そんな様子を見下ろすオウカは何を思うのか、鼻息をふすっと鳴らしていた。


「ふぅむ、確かに強そうな竜だ。後でギルドに寄って行きなさい。角と蹄を見せれば報奨金がもらえるだろう。私の名を出してもらっても構わない。そうすれば話が円滑に進むはずだ」


 オウカからミルノに視線を戻し、カーツは真面目な顔をして頷く。

 竜の強さについては疑うべくもなく、特殊そうに見えるコンテナ車を不審がられることもなかった。


「お計らいに感謝致します。それにしても凄い行列ですね。新しい国王様の生誕祭が近いからでしょうか?」


「うむ、お陰で街が賑わっていてね。それだけ人の出入りも多いということだ。……それで、君たちは王都に何用かね?」


 ミルノの何気ない世間話だが、カーツの目は依然鋭いままである。

 珍しい竜と空の荷車を連れ立った、獣人と人間の旅行者が王都にどんな用で来たのかを値踏みしているに違いない。


「食材の仕入れです。トリスの街からやって来ました。僕たちはギルダー商会からのお使いをおおせつかっているんです」


「そうか、トリスから遠路はるばる……。パンドラの地下迷宮の脅威は年々増していると聞く。ギルダー商会といえど、あきないには苦労していることだろうな」


 カーツは沈痛な面持ちで、辺境の地のことを本気で気に病んでいる。


 大真面目に懸念しているのはトリスの街の事情だけではない。

 パンドラの地下迷宮で起こった異変は王都にまで伝わっていて、いつしか訪れるかもしれない破滅の時を危惧きぐしているのだろう。


 魔物の大暴走モンスタースタンピード──。

 カーツが王国の役人なら、その機密について知っていてもおかしくない。


「──ちょっと待て!」


 と、問題もなく通してもらえると思っていた矢先だった。

 コンテナ車に再び乗り込もうとするミヅキたちの背に鋭い声が掛けられた。


 届け出た素性、王都へ来た理由、空の荷物。

 怪しいところは何も無く、このまま素通りできると思っていたのに。


 ぎくりとする一同が振り向くと、そこには厳しい顔をしたカーツが立っている。


「そこの貴方だ。金髪のお嬢さん」


「は、はい……。なんでしょうか……?」


 カーツが凝視していたのは、ミヅキの後ろに居たアイアノアであった。

 思わぬ声掛けをされ、振り返った目を不安げに瞬かせている。


「レディに大変失礼な質問を申し訳ないのだが、──貴方は本当に人間か?」


「……ッ!?」


 じろりと睨むカーツの口から飛び出した言葉に、アイアノアは息を呑んだ。


 何とも不躾ぶしつけな質問だが、その目にふざけた様子は一切無い。

 油断の無い歩調で近寄ってくると、アイアノアよりも高い目線から慧眼すいがんの検問官は疑惑の目で見下ろしている。


「どうにも綺麗すぎるな。美しいことは大いに結構だが、不自然な美しさを感じる。……そう、人間離れした美しさだ」


 そうして、決定的な問いを投げ掛けてくる。

 それは思いつきの質問ではなく、あらかじめ警戒して用意していた質問であった。


「──まさか君はエルフではないだろうね? 魔法で長耳ながみみを隠せるのは知っている。身分を偽って、王都に侵入しようとするエルフがいないとは限らない」


「……うぅ」


 アイアノアは声が出なかった。


 エルフであることを隠すために、わざわざ長い耳を人間の耳に変えた。

 しかし、その手立ては人間にすでに看破されていたのである。


「得てしてそのような輩は、良からぬ企みを抱いているものだからな。エルフ全てが悪とは思っていないが、治安維持の一翼を担う者として疑わしきを疑わないのは怠慢たいまんでしかないのだよ」


 アイアノアが口をつぐんでいる間も、カーツは饒舌じょうぜつに喋り続けている。

 言葉の節々には、あからさまな不快感がにじみ出ていた。


「私はね、未だに戦争の火種はくすぶっていると思っている。国家滅亡を目論む、くだんのダークエルフもまだ捕縛されてはいないのだ。王の生誕祭を開くにあたり、不穏な因子は徹底的に排除しておかなければならない。……人間とエルフの不仲は、今に始まったことではないのだからな」


 そうして持ち出されるのは戦乱の魔女、フィニスの話だ。

 戦争終結から百年が経とうとも、この国に居る限りは忌むべき血族から逃れられはしないのだろう。


「という訳だ。すまないが魔力偽装の検査に協力してくれるかな? 強制はできないが、協力を断るというのなら相応の理由を聞かせてもらうぞ」


「そっ、その……。わ、私は……」


 アイアノアは心臓を鷲掴わしづかみにされている気持ちだった。


 初めから隠していないのならともかく、秘密にしておこうとしたのが裏目に出てしまっていた。

 エルフであることを偽り、王都へ入り込もうとしているなどやましいことがあると言っているようなものである。


 但し、アイアノアはそれよりも別のことをひどく気にしていた。


──だ、だめっ! 私がエルフだとばれてしまっては、ミヅキ様にご迷惑をお掛けしてしまう! 私が足を引っ張ってしまうなんて、あってはならないわ……!


 魔力を探知する方法で調べられれば、見た目を変化させただけの耳の偽装は簡単に暴かれてしまうだろう。

 そうなればエルフの仲間とみなされ、ミヅキたちは王都に入れなくなってしまうかもしれない。

 自分が原因でミヅキの邪魔をしてしまうなどアイアノアには耐えられなかった。


──こ、こうなったら……! 眠りの魔法でここに居る人間たちの意識を奪い、闇の精霊に頼って、暗黒の霧にまぎれて強行突破を……!


 彼女は切羽詰まり、追い詰められた。

 正常な判断ができず、あり得ない暴挙に出ようとしている。


 そんなことをしてここを突破しても、すぐに王都内で捕らえられるだけだ。

 なにせ、この検問所の向こうは人間たちの本拠地でもあるのだから。


「……人間たち、覚悟しなさい──」


 そう言い掛けた、そのときの彼女の顔は──。

 人間への敵意に満ちた、エルフの顔であった。


「あーっ! ちょっと待って下さいっ、検問官さんっ!」


 あわや、アイアノアの魔力が発動しようとしたそのとき。

 慌てて大声をあげながら、アイアノアとカーツの間に割り込んだのはミヅキだ。


「ミヅキ、様……?」


 ぽかんとする表情のアイアノア。

 目の前にはミヅキの後ろ姿があった。

 集中力が途切れ、魔力は放たれることなく収まり事なきを得る。


「君は……? ……人間のようだな、顔を見ればわかる」


「……どういう意味だよ」


 面食らっているカーツの前に立ちはだかったミヅキは不満げに毒づく。


 アイアノアのことは一目見ただけでエルフではないかと疑ったのに、自分のことはすぐに人間判定されるなんて文句の一つも言いたい気分だった。

 容姿端麗ようしたんれいなエルフに比べれば、確かにミヅキは普通の顔立ちかもしれないが。


「綺麗すぎるって。そんな難くせ付けるなんて、検問官さんもひとが悪いなぁ」


 と、不満をぐっと堪え、この場を切り抜けることを先決とする。

 アイアノアがエルフだとばれないために、ミヅキはとっさの行動に出た。


「この子がエルフかどうかなんてすぐわかりますよ。──ほらっ!」


「きゃっ?!」


 言うが早いか、ミヅキは後ろのアイアノアに振り返り、肩に手を回して自分のほうに抱き寄せた。

 不意を突かれてアイアノアはバランスを崩すとミヅキの胸へと倒れ込む。


 アイアノアは腕の中にすっぽり収まり、その体重を感じながらミヅキは得意そうな笑みを浮かべてカーツに言った。


「人間とエルフは仲が悪いんでしょ? だったら、こんな風に仲良しこよしはできないでしょうが。──なっ?」


「は、はい……」


 そうして目配せすると、間近のアイアノアは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 抵抗なく身を任せてくれるのを感じつつ、ミヅキは勢いのまま続ける。


「俺たち王都に来るのは初めてなんです。楽しい観光気分に水を差さないで下さいよ。……検問官さんなら俺たちの気持ち、わかってもらえるでしょう?」


 と、意味ありげに今度はカーツにも目配せを送った。

 意図が伝わったのか、カタブツの検問官の眉がぴくりと動く。


「ふむ、確かにな……。失礼、このお嬢さんは君の恋人か奥さんかね?」


 険しい表情から一転、鼻から軽いため息をつくとカーツは問い掛けてきた。

 それは詰問ではなく、彼自身の興味からくる質問である。


 ミヅキはにやりと笑い、迷わずに答えるのだった。


「はい! そうなれたらいいなって思ってる大事なひとです!」


「えっ、ええぇっ!? そんなっ、ミヅキ様っ!? ふわぁぁぁぁぁんっ!」


 しっかり真っすぐと言ってのけたミヅキの声より、アイアノアの驚いた動揺の声のほうがよっぽど大きかった。

 それでもミヅキは慌てるアイアノアの肩を離さず、力強く抱き寄せ続けていた。

 アイアノアもそれを拒絶せず、恥ずかしがりながらも受け容れている。


「……」


 そんな様子をじっと見ていたカーツにミルノが言葉を添える。

 それはミヅキとアイアノアの素性を保証する駄目押しであった。


「こちらの男性は、ウチの商会と新たに商売の付き合いを始めて頂く事業主様です。そして、この美しい女性の方はそれを支える親しいパートナーなんです。ギルダー商会が責任を持って身元と素性を保証致しますので、検問官さんのご心配に及ぶようなことはありませんとも」


 にこやかに言ったミルノから、再びミヅキとアイアノアに視線を戻すカーツ。

 と、その口許に初めて笑みが浮かんだ。


「……そうか、君たちの言う通りらしい。どうやら私の早とちりのようだ」


 鉄面皮てつめんぴの厳しい表情は一転して、人の良さそうな柔かいものに変わった。


「──第一、そのように花も恥じらう可憐かれんな仕草を見せられてはな。これでもまだ演技などと難くせを付けるようでは私の眼もふし穴だ。このお嬢さんはエルフではない。疑ってすまなかった」


 そう言って高圧な雰囲気に似合わず、礼儀正しく謝罪に頭を下げるのだった。


 カーツの言葉通り、頬を赤く染めてうっとりとしているアイアノアの顔は、面識のない者から見れば恋人か夫婦のものに見えてもおかしくはなかった。


「──通って良しッ! 妻や恋人は大切にな」


 その一声を最後に、ミヅキたちは無事に検問所を通過することができた。

 オウカの引くコンテナ車に乗り込み、見送りのカーツに愛想良く手を振る。


 そうして城壁の門の下をくぐり抜けると、ミヅキは息を吐きながら後部座席のアイアノアに振り向いた。


「アイアノア、調子を合わせてくれてありがとう。最高の演技だったよ」


「は、はい……。……ですが、演技、という訳では……」


「えっ? 何だって?」


「なっ、何でもありませんっ……」


 にかっと笑うミヅキに、アイアノアはまだ赤い顔をしてか細く返事をした。

 石畳を車輪が進み、ガタガタと揺れる音に小さな声はかき消される。


 かくして、ミヅキたちは無事に王都へと到着を果たした。

 後は予定通りに魚介類を仕入れ、トリスの街へ帰還するのみである。


 この検問所での出来事は、大いなる使命ともミヅキの計画とも何ら関係はない。


 但し、アイアノアにとっては──。

 これからの彼女の運命を決定付ける出来事の一つになるだろうことを、今はまだ知らなかった。



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