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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第276話 イシュタール王都へ2


「──ミヅキ、それにアイアノアさん、エルトゥリンさん……。聞いてほしいことがあります」


 時は少しさかのぼり、思い出されるそれは王都へ出発する朝のことだ。


 場所は冒険者と山猫亭前。

 冷凍コンテナ車が停車していて、それを引くオウカもどっしり待機している。


 コンテナ車に乗り込む前のミヅキに、パメラは静かに話し始めた。


「昨日の夜、キッキとよく話したわ。……それで決めたの」


 朝の日の光に照らされながら、心に決めた思いを伝える。

 愛娘のキッキと気持ちを通い合わせ、じっくり相談して出した答えだ。


「私たちは、ミヅキの気持ちを受け取ることにしたわ。それが、ミヅキのやらなければならないことのためになるのなら、謹んでお受けさせて頂きます」


 ミヅキの心遣いと施しは、おいそれと受け取るにはあまりに大それていた。


 当初、パメラはそれを受け取れないと断り、夜に呼び出したミヅキにその胸の内を伝えたのだった。

 しかし、最終的にはミヅキの思いを受け容れて、差し伸べられた救いの手を取る選択を親娘で決めた。


「そして、ミヅキのお世話になるのなら。──あなたたち二人にもきっと助けてもらうことになると思うわ」


 次にパメラは、アイアノアとエルトゥリンとも向き合う。


 使命に従うとは言え、それこそ宿の事情とは無関係なエルフの二人。

 ミヅキの気持ちを受け取ることは、二人にも助けてもらうことと同じである。


「だから、これからもどうぞよろしくお願いします」


「あたしからもお願いしますっ」


 パメラが深々とお辞儀をすると、隣のキッキも勢いよく頭を下げた。

 二人がそうして身体を折り、小さくなっている様子を見るのは忍びない。


 だからか、ミヅキはわざとらしく笑うと言い始めた。


「──あー、パメラさん。今更で申し訳ないんですけど、やっぱり気が変わっちゃいました。アイアノアとエルトゥリンにも手伝ってもらう手前、やっぱりタダって訳にはいかないかなって」


「ミヅキ、私たちは別に……」


「待って、エルトゥリン」


 白々しくも見えたミヅキの態度に、文句を言おうとするエルトゥリンをアイアノアが押し留めた。

 そんな彼女たちに頷いて応えると、ミヅキは先を続ける。


「俺たち、これからもパメラさんの宿を繁盛させていくんで、無事に帰ってきたらまた美味しいご飯をつくって下さい。腹空かして楽しみにしてますんで、よろしくお願いします。特に、エルトゥリンはパメラさんの料理のとりこだからな?」


「な、何よもうっ。……否定はしないけど」


 ちらりと視線をやると、エルトゥリンは鼻をふんと鳴らしてそっぽを向いた。

 パメラはそのやり取りを見て朗らかに微笑む。


「うふふっ、そんなのお安い御用よ。いつでも帰ってきてね」


 あくまでも無償で奉仕する訳ではない、というわかりやすい気遣いをパメラは受け取ってくれたようだ。


「美味しい料理をたっぷりこしらえて、あなたたちの帰りを待ってるわね。だから、気をつけて行ってらっしゃい」


 かくして、パメラの笑顔に見送られ、ミヅキら一行は王都へと出発した。

 力強くオウカがコンテナ車を引き、大きな車輪がゴトゴトと音を立てて回る。

 少しの間、トリスの街とはお別れだ。


「ママー、行ってきまーす! キャスー、ママのこと頼んだよー!」


「みんなー、いってらっしゃーい! 留守番は任せてちょーだーい! ミルノー、王都のお土産よろしくー!」


 オウカの背から後ろを振り向き、御者の役目を負ったキッキは手を振った。


 手を振る先にはパメラだけでなく、店を手伝いに来てくれたキャスも居た。

 同行するミルノにお土産のおねだりも忘れない。


 二人が旅の無事を祈って手を振る姿は、やがて見えなくなっていった。


「さぁてみんな、家に帰るまでが遠足だぞ。気をつけて無事に帰ってこよう。……って、なに? アイアノア、エルトゥリン」


 すっかりと冒険者と山猫亭を離れてから、ミヅキは自分にも言い聞かせて気合いを入れるように言った。


 すると、後部座席のアイアノアの笑顔と、エルトゥリンの無表情にじっと見つめられているのに気がついた。

 二人はそれぞれ思いを秘めた面持ちで、ミヅキに言葉を掛けるのであった。


「ミーヅキ様っ! 改めて、これからもどうぞよろしくお願い致しますねっ!」


「ミヅキ、昨日からかっこつけすぎ。……でも、悪くなかったよ」



◇◆◇



 そして、時は現在に戻る。

 日が落ちて暗くなる頃、街道から少し外れた平原のど真ん中でミヅキたちは野営の準備をしていた。


 月明かりだけで真っ暗な道を行くのは危険で、強行軍が過ぎる。

 冷凍コンテナを引くオウカも休ませてやらなくてはならない。


「はい、とってきたよ。活きの良いボーパルバニー。もうシメてるけど」


 と、たき火の光に照らされ、平原の彼方からエルトゥリンが帰還した。


 狩りの成果は上々で、手にやたら大きな兎を両耳を引っ掴んでぶら下げている。

 集団で獲物を追い詰め、鋭い牙でとどめを刺す兎の魔物、ボーパルバニーだ。


 但し、エルトゥリンに掛かれば、この程度の魔物は獲物でしかない。

 彼女の背中には同様の獲物がさらに数羽、縄で縛られていた。

 もうすでに下処理を済ませているらしく、何とも大猟な結果であった。


「いやはや、道中お食事はお世話させて頂くつもりだったのですが、これは思い掛けず豪華な夕食になりますねぇ。調理のしがいがありますっ」


 積み上がった獲物を前に、ミルノは感嘆しながら腕まくりをする。

 元より、ミヅキと同行するに当たり、持参した食事を振る舞うつもりだった。


 ちなみにお昼はパメラが持たせてくれたお弁当のパンを食べた。

 朝に焼いたパンの切れ込みに、香ばしい香りのソーセージを挟んだ軽食だ。

 エルトゥリンは狩りの途中で、適当な獲物を捕まえて昼食を済ませたという。


「よし、それじゃあ料理するかまどとか調理台を作るよ。アイアノア、悪いけどまた魔力を分けて欲しいんだ」


 野営をするなら必要となる設備を作るのはミヅキの役目だ。


 地平の加護の三次元印刷でかまどと調理台はもちろん、みんなが座る石のベンチや肉を焼く鉄板を、付近の地中に埋まる素材から作り出すことが可能だ。


 そのためには、まずはアイアノアと魔力を巡らせる必要がある。


「ミヅキ様、お願いがあります」


 と、いつものように神交法しんこうほうを執り行おうとアイアノアと向き合ったところ。

 彼女は首をゆっくり横に振った。

 微笑みを浮かべ、すっと手を差し出してくる。


「今回は手を繋ぐ体交法でよろしくお願い致します。神交法で心を通い合わせるのではなく、ミヅキ様と手を繋ぎたいのです……」


「えっ、いいけど……。多分、そこまで魔力も必要無いだろうし……」


 アイアノアが望んだのは手と手を結ぶ体交法であった。

 魂同士が繋がっている以上、この内丹ないたんでも充分な魔力を溜めることができる。


 ミヅキが伸ばした手を、アイアノアは積極的に取った。

 指と指とを絡ませる手の結び方は、まるで恋人繋ぎそのものである。


「あぁ、身も心も満たされます……。このところ、魂同士のお付き合いばかりでしたから、こうして触れ合うのは新鮮に感じます。ミヅキ様はいかがですか?」


「うん……。こういうのなんか照れるね……」


 アイアノアの細くてすべらかな指の感触を絡めた指で感じる。

 その指と手の平を通じて、じんわりと心身を満たすのは良質な魔力である。


 魂のありかを確かめた二人で行う体交法は、魔力を巡らすだけでなくお互いの思いさえ優しく溶け合わせてしまうのであった。


「手を繋ぎ魔力を共にしていると、ミヅキ様とより親密になれている気がします。恋人が居たことはありませんが、もし居たらこんな感じなのかもしれませんね」


「そ、そっか……。アイアノアになら、きっと素敵な恋人が現れると思うよ……」


「はい、そのときを心待ちにしております。──ね、ミヅキ様っ?」


「えっ、うー……。あっ、魔力ありがとねっ。もうこれで充分だよっ……」


 満ち足りて微笑むアイアノアを直視できない。

 ミヅキは逃げるみたいに手を離すと、そそくさと自分の作業に戻っていった。


 地平の加護を駆使し、地面からかまどを生やし始める。

 顔に浮かんだ回路模様の光で、頬が紅潮しているのを誤魔化せただろうか。


「ミヅキさんとアイアノアさんの手の繋ぎ方って何だかエッチですよね……。見てるこっちがドキドキしちゃいますよ……」


「ひ、人聞きの悪いこと言うなって、ミルノ……。ほら、怖いお姉様方に睨まれてるぞ……。さっさと仕事をやっちまおう……」


 横で荷物を出しているミルノが照れ笑いをしていた。

 但し、ミヅキはエルトゥリンだけでなく、キッキにまで白い目で見られてそれどころではない。

 背中に痛い視線をあえて無視し、ミヅキは黙々と仕事をこなしていった。


 天板が真っ平らのつるんとした石の調理台を作り、石のかまど上には地中から集めた砂鉄で精製した鉄の焼き網を乗せた。

 今回の獲物は大きめなので、かまどと焼き網も大型の物である。

 たき口には火の魔石を放り込み、充分な火力を確保した。


 ジュウウゥゥーッ……!


 漂っていた不穏な雰囲気は、鉄板の上で焼ける肉と油の音でかき消える。

 途端、野営の場は食欲をそそる美味しそうな匂いで満たされた。


「このもも肉の丸焼き美味いなぁーっ! 獣臭さを全然感じないじゃないかっ!」


「お褒めに与り光栄です。匂いを抑える香辛料を使ってますからね」


 ミヅキはかぶりついたボーパルバニーのもも肉の美味さに歓喜した。

 皮はパリパリで、その向こうから油と肉汁がじゅわっとにじみ出してくる。


 火の粉が舞い散る焼き網の前に立つミルノはにこやかに言う。

 ミルノの調理が功を奏し、獣臭は抑えられてほとんど感じられない。

 この世界にもナツメグに似た香辛料があるのかもしれない。


「んんーっ、美味しいね! エルトゥリン、今日の狩りもお疲れ様っ。あなたは私の自慢の妹よ」


「……こんなの大したことない。いつも通りよ……」


 じっくりと焼いた兎肉に舌鼓したつづみを打つアイアノアと、褒められて照れ隠しにそっぽを向くエルトゥリン。


 一口サイズに切り分けられ、石の皿に山盛りになった肉は、見た目はにわとりのもも肉だが味はむね肉に近い。

 身がみっちり詰まっていて、筋肉質な肉質で歯ごたえたっぷりだ。


「オウカ、お前もご苦労だったね。たんとお食べ」


 エルトゥリンがくるりと振り向いたすぐ近くには、おとなしく伏せたオウカの顔があった。

 用意された分の餌と、使われなかった部位をばりばりと骨ごと飲み込んでいる。


 その大きな顔をエルトゥリンに撫でられて、隷従れいじゅうしている訳でもないのに素直に従っているオウカはゴロゴロとのどを鳴らした。


 竜は肉や野菜、穀類はもちろん、ミネラルを含んだ土や石まで食べてしまう雑食性で、全体食をする生態だそうである。

 多めに獲物をとってきたのもオウカの食事のことを考えてのことだ。


「ミルノー、うちに来てよー。ママもミルノの料理の上達ぶりを褒めてたよっ」


「嬉しい申し出だけど、丁重にお断りさせて頂きます。僕はギルダーの旦那のもとで仕事をやりたいので……。本当にごめんね、キッキちゃん」


 別でつくっていたトマトのシチューを深底の皿によそいつつ、ミルノは申し訳なさそうにキッキのお誘いを断った。


 聞けば、ミルノの料理の腕はパメラを師とあおいでの賜物たまものだそうだ。

 いつかパメラのような料理人になりたいとは、ミルノの目標なのである。


「ちぇー、つれないのー。あんな奴のどこがいいんだか……」


「まぁまぁ、ミルノにだって都合があるさ。ほら、二人とも飲み物持ってきたぞ」


 不満丸出しに両手を頭の後ろで組むキッキの脇から、ミヅキがこちらも石製のジョッキを両手に持ってやって来る。


 なみなみと注がれているのは、パメラ特製の甘い果物ジュースだ。

 熱い火のすぐ近くで料理をして、汗をかいているミルノに差し出した。


「ああ、これはお気遣いどうも──、うわぁ冷たいっ!? ななっ、何ですかこれは……?」


「俺たちの秘密兵器、名付けて魔導冷蔵庫のおかげさ。持ってきた果物ジュースを、キンキンに冷やしてみたぞ。熱かったろうから美味しいだろ?」


 得意そうに笑うミヅキの前で、ミルノは目を丸くして耳をばたつかせ、ぐびぐびと飲み物をあおるのを止められない。

 よほど美味しかったのか、その表情は生き返ったみたいに爽やかだった。


「はぁー……。冬でもないのに、こんな出先で冷たい飲み物が飲めるなんて……。人間の貴族様並の贅沢ですよ、これ……」


 口に残る冷たさを堪能しつつ、ミルノは駐めてあるコンテナ車を振り向いた。

 そして、ため息交じりにミヅキの思惑の一端を理解するのだった。


「ははぁ……。何となく、ミヅキさんのやろうとしてることがわかってきましたよ。わざわざ王都まで足を伸ばして、この冷蔵庫で冷やして腐らないようにトリスの街まで荷を運ぶ。ギルダーの旦那の言った通りですね。お金の匂いがぷんぷんします」


「付いてきてくれてるミルノにはネタばらししておくよ。俺たちが王都から運搬してこようとしてるのは、ずばり魚だよ。海の幸をパメラさんに料理してもらって、トリスの街で出せるようにするんだ」


「あぁ、魚ですかぁ! トリスの街で海の魚料理が食べられるなんて……! しかもそれを料理するのがパメラさんとは……」


「いい考えだろう? 他の誰かがマネをしようにも、パンドラの魔法技術製の冷蔵コンテナがなきゃ王都から運んでこられない。トリスの街には王都から来てる人も大勢いるそうだから、故郷の味を懐かしんで食べに来てくれると思うんだ」


 不敵な笑みを浮かべつつも、ミヅキは子供っぽくにかっと笑った。

 そんな様子を見て、ミルノはすっかり感服した感じで大きく頷いていた。


「大変に良い着眼点かと思います。ミヅキさんには商人の才能もおありのようで。……旦那の言う通り、勇者にしておくのがもったいないほどです」


 ギルダーに聞かされていた通り、この勇者はただ者ではない。

 出会って間もない間柄だが、ミルノはミヅキの人となりを認めるのであった。


 そうして確信もする。

 このミヅキに肩入れをすれば、トリスの街が良い方向へと向かうだろう、と。



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