第268話 王都への同行者
「おはようございます、ミヅキさん。ご注文の品々、お届けに参りました」
「おっ、ミルノが来てくれたのかー。おはよー!」
明くる日の早朝、トリスの街の通りの一つ。
パメラの宿屋の前に、荷物を満載した大きな荷車が馬に引かれて到着していた。
使いの者は羊の獣人の青年、ミルノである。
「どうですか、見て下さい。重い荷物の積載に耐えられる大型の荷車ですよ。車輪も大きくて鉄製ですので、ミヅキさんのご要望に添えるかと」
「ああ、これだけ大きいなら申し分無しだ。頼んでた荷物も一緒に持ってきてくれたんだな。どうもありがとう、ミルノ」
馬から下りたミルノは、大型で立派な荷車を手を上げて示した。
お礼を言うミヅキは荷車だけでなく、荷台に載った荷物を見てうんうん頷く。
荷台にあるのは金属と木の建材、ミスリルの塊が少々、雪男ことミスリルゴーレムから採取した獣毛等々である。
「いえいえ、どういたしまして──、って、えっ?」
にこやかだったミルノの顔は豆鉄砲を食らったみたいになった。
一緒にいたエルフの女性、アイアノアがミヅキに無造作に寄り添う。
二人は近く顔を合わせたかと思うと、アイアノアのほうからミヅキの首に手を回して情熱的に抱き付いたではないか。
「アイアノア、苦しい……!」
「ミヅキ様がいけないのです。このような朝早くから私をその気にさせて……」
公衆の面前でこのひとたちは何をしているんだ、とミルノは呆然としていた。
これが神交法という、魔力を高め合う秘術だとは知る由もない。
とは言え、青い顔をしているミヅキは差し置き、赤い顔でうっとりするアイアノアの幸せそうな様子を見ていると、何だかんだと和んでしまうのであった。
「みんなが見てるから、この辺で勘弁してねっ」
「あっ、もう、連れないのですから……」
慌てた様子で離れるミヅキと、名残惜しそうなアイアノア。
そんな二人を白々しく見ているのは、もう一人のエルフ、エルトゥリン。
それと、ミルノとは馴染み深いキッキである。
「ミルノ、頼んでたゴージィ親分作の剣ってこれだよな?」
「あ、は、はい、そうですけど……」
荷台にあった剣を持ち上げ見ているミヅキに、ミルノは気を取り直して答える。
その剣はつい先日、ゴージィ宛てに注文のあった一振りのショートソードだ。
「それじゃ、これにひと手間加えてっと──」
呟くミヅキの顔に線模様の光が浮かび、着用している魔術師のコートが薄くエメラルド色に輝き始める。
尋常ならない量の魔力が集中しているのが目に見えてわかった。
かくして、訳もわからずぽかんとするミルノの前で、超常たる加護の権能が披露されるのであった。
『対象選択・《鋼のショートソードとミスリル鋼》・素材を分解、再構成』
『三次元印刷機能実行・《ミスリルショートソード》』
誰にも聞こえない地平の加護の声が、ミヅキの頭の中だけに響く。
魔力の光は鞘に収められた剣に集束し、ぼんやりと消えていった。
荷台に置いてあったミスリルの塊は心なしか目減りしている。
鋼製だった剣が、魔法銀との融合を果たした証拠である。
ミヅキは振り返り、完成した剣を両手で持ってアイアノアに差し出した。
「はい、アイアノアの代わりの剣だよ。エルトゥリンとの特訓で壊しちゃったから、今日からこれを使ってよ」
「姉様、ごめんなさい。素手ではミヅキの力を受け止めきれなくて……」
「ミヅキ様、お気遣いありがとうございます。遠慮無く使わせて頂きますね。エルトゥリンも気にしなくたっていいよ。二人の特訓に役立ったみたいで良かったわ」
後ろでエルトゥリンが小さくなりながら上目遣いに謝ると、アイアノアは微笑んで首を横に振る。
そして、剣の柄を握り、鞘から刃を引き抜いてみた。
アイアノアの目は見る見る驚きに見開いていく。
「ふわぁぁ、これはっ……。まるで宝剣のようです……」
「せっかくだから、剣の刃とミスリルを合成してみたんだ。ゴージィ親分の技術力とミスリルの特性が合わさった合金剣だよ。アイアノアは魔法を剣に伝導させるから丁度いいと思ってさ」
無骨な鉄色だったはずのブレード部は、淡い翠玉色の輝きを放っていた。
魔導に精通する者が見れば、一目に魔力がよく通りそうだとわかるほど、魔法との相性が優れている文字通りの魔法剣である。
「はぁ……。またそのような秘術をいとも容易く……。もう驚くのにも疲れてしまいましたとも……。それはそうと、ミヅキ様の剣は大丈夫なのですか? あのとき折れてしまったように見えましたが……」
ショートソードに緻密に結合したミスリルの剣に、アイアノアはため息をつく。
もう目の前の驚きよりも、時を同じくして破損してしまったミヅキの剣のほうが気になっていた。
「俺の剣は平気だよ。放っておけば自己修復して元通りになるからさ。──ほら、この通り!」
「あっ! ふわぁんっ……! も、もう、急に加護の力をお使いになるのはおやめ下さいまし……。近頃のミヅキ様は私の身体に無茶をさせすぎですっ……!」
ミヅキは無造作に何も無いところから不滅の太刀を引き抜いた。
鞘がある訳でもないのに、すらりという音がしたようだった。
折れたのが嘘だったかと思うほど、その刀身は元通りで鋭く美しい。
但し、神の力の一端である不滅の太刀を抜いたことで、思い掛けず魔力を大量消費させられ、アイアノアはびくびく身震いしてしまう。
「ああごめんよ……。だけど、この数日で神交法と加護の反動にもちゃんと応えられるようになってる辺り、さすがはアイアノアなんだよなぁ」
「はいっ、ミヅキ様が手取り足取り、優しく教えて下さった賜物ですともっ」
ミヅキが言うと、アイアノアは明るい微笑みで答えた。
初めて神交法を交わしたときから幾度となく修行を重ね、魔力を充足させてからの加護発動の流れがスムーズになり、生じる弊害は抑えられてきている。
まだまだ触れ合わないと落ち着かないところはあるが、今までのように意識が前後不覚になったり、ぶっ倒れてしまったりは無さそうだ。
「……はぁ、本当にキャスの言ってた通りだ……。ミヅキさんとアイアノアさん、すごく仲が良さそう……。人間とエルフなのに、信じられない……」
そんな様子にミルノはまだぽかんとしていた。
キャスに聞いたときは半信半疑だったが、目の前のこれは事実である。
獣人の彼から見ても、ミヅキとアイアノアの距離はとても近く見えた。
「ん? ミルノ、何か言ったか?」
「い、いえいえっ! 何でもありませんよっ、こちらの独り言ですっ」
ミルノの驚きをさっぱり知らず、ミヅキは荷台の荷物を見て満足そうだ。
頑丈で大きい荷車本体と秘密兵器を作る材料。
準備はすでに整っている。
ならば、もうここで作って仕上げてしまおう。
「よしっ、それじゃあこのままの勢いで作っちまうか! アイアノアのお陰で魔力は充分だ! みんなちょっと離れててくれよ!」
『素材を選択・《大型荷車と諸々素材》』
『三次元印刷機能実行・《魔石式冷凍コンテナワゴン》』
地平の加護の文字通りな、あり得べからず権能が発揮される。
金属を主体とした素材が空中にふわふわ浮いたかと思うと、本体となる荷車上で形になり融合していく。
ミスリル色の薄い光に包まれながら、あっという間にそれは完成してしまった。
「わ、わぁー!? すっ、すごいっ! これがミヅキさんの魔法……!」
ミルノは声をあげて驚き、そびえ立っている荷車の新しい姿を見上げていた。
平坦だった荷台には、四角い長方形の金属の箱が出来上がっていた。
それはもちろん、冷風を発生させる魔石が核となる冷凍庫である。
荷車の前部分にはひさし付きの御者台が設置されていて、後部には観音開きの扉が付いている。
進行方向に伸びた一対の轅と軛は、一頭立ての馬車のもののようだ。
「キッキ、こいつをオウカに引かせてみてくれ。動作確認をやってみたい」
「わかった! オウカー、出番だよー! こっちおいでー!」
振り向いたミヅキが言うと、待ってましたとキッキが声を張り上げた。
すると、街の通りの端にあった桃色の大岩がのっそりと動き出す。
もちろんそれは岩ではなく、控えさせていた地竜のオウカだ。
頭部に竜用のくつわと手綱が付いていて、背には複数人が乗っても大丈夫そうな立派な鞍が装着されていた。
主の呼び掛けに応じ、ミヅキたちの前にのっしのっしやってくる。
そうして大きな荷車を一瞥し、自分に与えられる役目を悟ったようだ。
「オウカ、すごい! 力持ちぃー!」
キッキの歓声が朝の街に響いた。
相当な重量がありそうな金属製の荷車をオウカは難なく引いていく。
この様子なら多少スピードを上げて走っても、オウカも荷車も問題なさそうだ。
またもこの異世界に存在しない技術が誕生した。
竜に引かせるこれは、荷台に冷凍コンテナを載せた貨物運搬用車両である。
これに王都で仕入れる予定の、新鮮な魚介類を積載して帰ってくる。
「オウカ、いい子いい子」
そばに立ち、オウカの顔を撫でるキッキはスマイル。
小さな主に褒められ、大きな地竜は目を細めて喜んでいるようだった。
ちなみにオウカはオスであり、愛らしい女性に可愛がられて嬉しいのは竜であっても変わらないのだろう。
今やコンビとなった少女と竜を見て、ミヅキは満足そうに笑みを浮かべた。
と、いつの間にか隣に立っていたミルノがこちらに視線を向けている。
「ミヅキさん、足と荷車が揃ったということは、もう王都へ行かれるのですか?」
「ああ、善は急げだ。明日にでも出発しようと思ってる」
「それでしたら、是非とも王都へは僕をお供させて下さい。品物の仕入れに行くのなら、ウチの商会を通して話を付けて差し上げます」
「おっ、ミルノ、付いてきてくれるのか! そりゃ助かるなぁ!」
「ミヅキさんは王都は初めてと伺いましたので、お世話をするようギルダーの旦那から言付かっております」
ミルノからの思ってもみない申し出にミヅキは表情を明るくした。
正直言われた通りで、行ったことのない都会の市場でどうやって仕入れをしようかはこれから考えなければならない課題であった。
それをギルダーの商会が面倒を見てくれるのなら心強く安心だ。
「地竜の御者はキッキちゃんでしょうから、その不在の間はキャスがパメラさんのお手伝いをすることにもなっておりますのでご安心を」
「何から何までありがとな! 恩に着るよ、ミルノ!」
そのうえキッキが留守の間は、あのキャスがパメラの宿に詰めてくれるそうだ。
労働力を取っていってしまうのも気掛かりだったため、ミヅキは二つ返事でそのありがたい話に飛びつくのであった。
「いえいえ、お気になさらず。……実を言うと、ギルダーの旦那はミヅキさんに恩を売って、貸しを作っておきたいんです。今後も懇意にさせて頂きたいので」
ミルノは涼しく笑うと、にこっと白い歯を見せた。
街の英雄であると同時に、パメラの借金を返したり高価なオウカを買ったりと、とんでもなく金払いの良い上客を捕まえたいギルダーの意思が感じ取れる。
ミヅキも口角をつり上げて笑った。
「それも好都合さ。多分、ギルダーの旦那には、俺もまだまだ世話になると思う」
「良いお返事が聞けて良かったです。それではまた明日の朝に」
気持ち良く商談が成立したと、ミルノは恭しくお辞儀をした。
と、上げた顔がこの場にいない人物を探している。
「──そういえば、パメラさんのお姿が見えませんが、お仕事中ですよね?」
「パメラさんなら中で配達の料理つくってるよ。挨拶していくか?」
店の外にはミヅキ、キッキとオウカ、アイアノアとエルトゥリンが集合していたが、パメラの姿だけがない。
今日も配達用の食事をつくっている最中だが、ミヅキ宛てに荷物の配送があると聞いたときの彼女の表情には、どこかかげりがあったような気がする。
「あ、いえっ、お邪魔しちゃ悪いんで僕はこれで失礼します。パメラさんによろしくお伝え下さい」
「ああ、また明日なー!」
そうしてミルノは爽やかな笑顔でもう一度お辞儀をすると、来たときと同じく馬にまたがって宿を後にした。
ミヅキも手を振ってその背を見送るのであった。
明日は朝一番から王都行きのちょっとした旅行となる。
今日の内に支度を済ませ、使命を果たす手段の一つを実行しなければならない。
しかしそれは、今夜に起こる一悶着を乗り越えた後の話でもある。




