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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第266話 秘めたる姉妹愛1


「エルトゥリン、エルトゥリン──」


 ミヅキは部屋のドア越しに呼び掛けていた。

 星の加護洞察を兼ねた特訓は中断し、アイアノアと共に宿へ戻ってきていた。


 帰りを待っていたキッキに聞いたところ──。

 エルトゥリンは物凄い勢いで帰ってきて、何も言わずに部屋に飛び込んでしまったのだという。

 それから部屋は静まり返り、少しの後にミヅキたちも帰ってきた。


「帰ってるんだろ? 入っても構わないか?」


 ドアをノックしてみるも部屋の中から返事は無い。

 ただ、廊下の床には水滴すいてきがところどころ落ちていて、濡れたエルトゥリンがここに戻ってきたのは間違いなかった。


「ごめん、入るよ」


 部屋にカギは掛かっていなかった。

 ドアを開けると、中は真っ暗で明かりはついていない。

 ただ、入り口から差し込む光でエルトゥリンの姿はすぐに見つかった。


「……」


 ベッドの横の床に膝を抱えて座り込み、顔を伏せている。

 案の定、びしょびしょの服はそのままで身体を拭いてもいない。


「……姉様は? ミヅキだけ……?」


「俺だけだよ。アイアノアは下で待ってる」


 顔を少しだけ上げると、エルトゥリンはか細い声で聞いてきた。

 答えつつ、ミヅキは部屋の中へと足を踏み入れる。


「……さっきはごめんなさい。急にミヅキをぶったり逃げ出したりして……。まだ特訓の途中だったのに……。反省してる……」


 思い掛けず秘密の記憶を覗いてしまったものだから、もしや怒っているのではと思ったが、返ってきたのはしおらしい声と言葉であった。

 とりあえず喧嘩にはならなさそうな雰囲気で、ミヅキはほっと胸を撫で下ろす。


「おっ、二人だけだからいつものつんけんな感じじゃなくて、素直なエルトゥリンになってるんだな。安心安心」


「茶化さないでよ。ちゃんと謝ってるのに」


 おどけてみると、むっとした声でエルトゥリンは言った。


 姉と一緒にいないときの彼女の様子はいつもと少し異なる。

 片ひじを張らず、少しは気を抜いた心持ちでいられるそうだ。

 普段の感じを刺々(とげとげ)しいと言われるのが心外なところを見ると、こちらのエルトゥリンのほうが本当の彼女なのかもしれない。


「まぁまぁ、そうにらむなって。まだ濡れてるじゃないか、風邪かぜ引くぞ」


『対象選択・《エルトゥリンの衣服》・効験付与・《乾燥》』


「ハァ、あったか……」


 エルトゥリンの冷えていた身体がほんわり温かくなった。

 ミヅキは地平の加護で、自分にそうしたようにエルトゥリンに効験を付与する。

 温風乾燥機で乾かされたみたいに、濡れそぼっていた服から水分が蒸発した。


 そのままミヅキはナイトテーブル上のランタンを持ち上げ、ホヤガラスを外して芯に向かってふっと火の息を吹き掛ける。

 最小限に絞ったドラゴンの炎の技能再現である。


「姉様がいないのに加護の力を使ってる。本当に魔法使いみたい」


「アイアノアのお陰だよ。を巡らせて心を通わせてるからできることなんだ」


 そっけなくも感心したエルトゥリンが言うと、ミヅキはランタンをテーブルに戻しながらにっと笑った。

 宿へ帰ってくる道中、アイアノアに魔力を分けてもらったと説明すると、エルトゥリンは表情を曇らせる。


「……あんな感じで姉様をよがらせているのね。とんだ魔法の使い方もあったものだわ。いやらしい……」


「人聞きの悪い言い方はよしてくれよ。そんなつもりはないんだけどなぁ……」


 苦笑いするミヅキは、今度は手を繋ぐほうのおとなしめなやり方だよ、と補足しておいた。


「……本当、いやらしいんだから……」


 エルトゥリンは氣の巡りを思い出す。

 とうとう、自分の身で味わってしまった。


 思わず大声をあげてしまうほどの心地よさだった。

 加護が使われる度に姉があんなのを感じさせられていたと知り、エルトゥリンはミヅキを軽蔑けいべつの目でにらむ。


「ちなみにエルトゥリンと繋がると、魔力じゃなくて生命力が循環じゅんかんするみたいだ。なんか凄く回復したよ。エルトゥリンはどんな感じだった?」


「しっ、知らないっ……! 馬鹿っ、ヘンタイッ!」


 ミヅキはもう開き直ったとばかりにあっけらかんとしていた。

 無頓着な言い方に、エルトゥリンは恥ずかしがってまた顔を伏せてしまう。


 実を言うと、ミヅキは神交法を繰り返して身体が順応してきていた。

 そのうえ、さっきエルトゥリンと交わしたのは体交法の一種である。

 効果は神交法より控えめだったのだが、それを言うのはやめておいた。


──神交法ならもっと凄いことになる、なんて言ったらまたビンタされるな。こりゃ必要があれば、エルトゥリンとも修行をしないといけないかもしれないな……。やれやれだ……。


「──ねえ、ミヅキ」


 先行き不安な思いに駆られていると、エルトゥリンがまた顔を上げた。

 ランタンの明かりに浮かぶ彼女の表情は不安げだった。


「……さっき、私の記憶を見たんだよね? 私の……。子供の頃の記憶を……」


 エルトゥリンが気にしているのは図らず見てしまった記憶のこと。

 勝手に覗いてしまった彼女の過去は、おせじにも明るいものとは言えなかった。


「ごめん、見たよ。地平の加護は発動すると、俺の意思は関係無く他人の心を覗いちまうからな……。デリカシーもプライバシーもあったもんじゃない」


「なにそれ、ミヅキの言うことはよくわからない。ただでも、幻滅したでしょ? 情けない私の過去を知って……。何の取り柄もない出来損ないのエルフだったのよ私はね……」


 謝りながらミヅキが答えると、エルトゥリンは自嘲気味じちょうぎみにそうこぼした。

 今は立派なエルフの彼女だが、少女の頃はとてもか弱かった。

 星の加護が無いのはもちろん、武術も狩りの腕も未熟極まりなかったのである。


「さっきの特訓のときだってそう……。自分だって初めは弱くて情けなかったくせに、ミヅキを弱すぎるとか散々偉そうなことを言って、恥知らずもいいとこよ」


「エルトゥリン……」


 強さにコンプレックスを抱いていた彼女だからこそわかる、弱い者の気持ち。

 今は強くなったからといって、弱かった自分に恥じ入るのは変わらない。


 ただそれも昔の話だ。

 人間のミヅキにしてみれば、本当に大昔のことでしかない。

 長い長い年月を掛け、弱さを克服して今の強さに至ったなら、それは賞賛に値する偉業であると思った。


「いいや、そんなことないよ。その頃に比べての今のエルトゥリンな訳だから、凄く努力したんだなぁって思ったさ」


「エルフの世界は実力主義だって姉様に聞いたでしょ? 強くならなきゃ生きていけなかっただけ」


「それでも凄いなって思うよ。その強さがあったからこそ俺はエルトゥリンに助けてもらえてるんだ。感謝してるよ」


「凄くないってば……」


「いや、凄い凄い」


「……ん、んぅ」


 ミヅキの重ねた言葉にエルトゥリンは声を詰まらせた。


 強くなったことを褒められるのは決して嫌じゃない。

 努力してきたのも本当で、それを認められるのも嬉しくない訳がなかった。


「……ミヅキは優しいね。人間にしておくのがもったいないくらい……」


 恥ずかしがってそっぽを向き、エルトゥリンは小声でそう漏らした。


 彼女とて、ミヅキが他の人間とは一線を画しているのは理解している。

 異種族間の軋轢あつれきを抜きにしても、エルフのことを気に掛けてくれている。

 だからなのか、エルトゥリンの閉ざされた心はゆっくり氷解を始めていた。


「もう見られてしまったし、黙ってても仕方ないから話しておくね。……私が強くなろうって思った理由──」


 エルトゥリンは自ら過去を語り出す。

 再び地平の加護を通じて、打ち明けられた情報が頭に流れ込んできた。


『誰かぁ、助けて……』


 少女時代のエルトゥリンが、同年代のエルフの男たちにいじめられていたとき。

 妹の助けを求める声に応え、森を駆け抜け、救済者は颯爽さっそうと現れる。


『こらぁー! やめなさい、あなたたちぃー! 大事な妹に変なことしたら、絶対に許さないんだからぁー!』


 勇ましく叫んで乱入してきたのは他でもない姉、アイアノアだった。

 妹を苦しめる男たちの前におどり込み、得意の風魔法を発動させた。


 質量を持っていると間違うほどの分厚い突風が、ひと一人を覆い尽くす大きさの塊になって次々と撃ち出される。

 エルトゥリンに乱暴を働こうとする若いエルフの男衆を、それこそ容赦無く打ち飛ばしていくアイアノア。


 衝突の風(エアインパクト)

 文字通りに衝撃波のような風のぶちかましだ。

 この頃から彼女の風魔法は、大人のエルフたちでさえ舌を巻く威力であった。


『エルトゥリン、大丈夫? 何ともない?』


『姉様っ……。うん、平気よ……』


 心ない男たちを追い払い、アイアノアはエルトゥリンを気遣っていた。

 里中に嫌われても、姉妹は二人きりの味方である。


『私がきっと守ってあげる。エルトゥリンは私の一人っきりの妹なんだから』


 たった一人の大切な妹を抱き締め、アイアノアは微笑んだ。

 優しく強い姉はエルトゥリンにとって唯一無二の存在であった。

 家族の愛情を越えた感情を抱いたとしてもおかしくはない。


『姉様、嬉しい……。私、姉様のこと、好き……。大好き……!』


『うふふ、私もよ。エルトゥリン、二人で頑張って生きていこうねっ』


 少女のエルトゥリンは表情を輝かせて姉を英雄視していた。

 同じく少女のアイアノアは、頼もしくも慈愛じあいの眼差しで妹を見つめていた。


「本当に大好き……。姉様……」


 記憶の流入が止まり、ふと我に返るとエルトゥリンは薄く微笑んでいた。

 普段は笑わない彼女だが、大切な姉を想うときは頬が緩む。


「姉様はね、私にとって誰よりも大事なひとなの。弱かった私をいつも守ってくれていた。父様と母様が死んで、自分だって辛いはずなのに、私のことを一番に考えてずっと面倒を見ていてくれた。姉様であると同時に、母様のようでもあったわ。……この上もない恩人よ」


 昔を懐かしみながら、エルトゥリンはすらすらと思い出を話した。

 無口な彼女が饒舌じょうぜつになるのはアイアノアのことに関してだけ。


「だから、今度は私が姉様を助けようと決めた。魔法が使えなくても、誰よりも強くなって姉様を守ってみせるって!」


 全ては掛け替えのない姉のため。

 受けた恩に報いるべく、自分にできる最大限でアイアノアの助けになる。


 守り、戦い、何もかも投げ出しても全身全霊で尽くす。

 それこそエルトゥリンが自らに課した真の使命である。



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