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第264話 地平の加護、総力戦


「それにしてもさ──」


 と、ミヅキはまだ身をくねらせているアイアノアのほうへ視線をやった。

 一旦、エルトゥリンとの特訓の手は止めている。


「二人は百年も前から生きてるんだよな。そんなにも長い間、アイアノアみたいな良い子を放っておくなんて周りに見る目が無いなぁ。いくらフィニスのことがあるって言ったってさ」


 男女間の交際経験が無いというアイアノアのことが気になった。

 うぶな反応を見る限り、本当に今までそういったことが無かったのだろう。

 それが理由で神交法の効果が良すぎるのはしだ。


 ともかく、自分好みなエルフの女の子が不人気なのが気に食わない。

 単純に彼女自身が奥手なだけかもしれないが、もう少し何とかならなかったものかと文句の一つも言いたくなる。


「人間の感覚で考えないで。エルフは百年や二百年くらい、独り者でいることなんて珍しくも何ともないんだから。外の世界に出ずに、生まれた里で寿命を終えるエルフは少なくないの!」


 エルトゥリンはむっとした感じで反論すると、ミヅキの見解を一蹴した。

 今度は表情を沈ませる。


「……ミヅキはわかってない。私と姉様はフィニス様と同じ血族……。忌み嫌われこそすれ、誰かに好きになってもらえる道理なんて無い……。ミヅキは、エルフのことを勘違いしている……。おめでたいくらいにね……」


 言葉の節々に怒りと悲しみがにじみ出ていた。

 種族差の壁は厚く高く、ミヅキの理解はまだまだ足りていないようである。

 フィニスの悪影響は深刻で、想像以上に根が深そうだ。


「……そんなになのか。軽々しいことを言って悪かったよ」


「いいのよ別に。だけど、あんなに美しくて可愛らしい姉様が嫌われたり、さげすまれたりするのは我慢ならないわ。何の可愛げも無い私なら話はわかるけど」


 エルトゥリンに気にした様子は無い。

 ミヅキに言われた通り、大切な姉が忌避きひされているのは腹が立つ。

 エルフ社会の常識はさて置き、そこだけはミヅキに激しく同意だ。


「何言ってんだ──」


 だから、アイアノアのことに言及していたのに──。

 不意打ちみたいなミヅキの言葉に、エルトゥリンは目を見張って驚いた。


「──エルトゥリンだって十分可愛いじゃないか」


「……ッ?!」


 びっくりしすぎて声が出ないほどだ。

 ミヅキの自然な言いように、エルトゥリンこの上もなく動揺した。

 男に可愛いだなんて言われたことは、生まれてこの方一度だって無い。


「も、もうっ! ミヅキはまた明け透けにそういう恥ずかしいことを言う……! からかわないでったら!」


 エルトゥリンは両目を閉じると下を向いて顔を隠した。

 きっと恥ずかしさで真っ赤になっているに違いない。


 色恋沙汰いろこいざた免疫めんえきが無いのはエルトゥリンも同じで、強さ以外のところを褒められたのはこれが初めてだった。


「からかってなんかないぞ。本当のことを言ったまでだけど──」


 ミヅキに冷やかす気持ちは無かったが、今が特訓の真っ最中だということは忘れていない。

 恥じらうエルトゥリンがよそ見をしている今こそ絶好の好機。


「──スキ有りっ!」


 本当に隙だらけのエルトゥリンめがけ、真上に振りかぶった剣を振り下ろす。

 はにかんだままの彼女に動きは無い。


 キィンッ! ぶぉんっ……!


 立て続けに響いたのは二つの音。

 ミヅキの手に衝撃としびれが瞬間的に伝わった。

 持っていたはずの不滅の太刀が消えている。


「いっ……!? え……?」


 ミヅキは目を疑った。


 目の前でビタリと止まっているこれは何だろう。

 ブーツの底面にしか見えない。


 一瞬遅れてぶわっと風が起こり、ミヅキの前髪を持ち上げた。


「──言っておくわ。ミヅキの剣なんて見てからでも余裕で避けられる。隙があってもなくても関係ない」


 ふさがれた視界の向こうから、エルトゥリンの冷徹な声が聞こえた。


 言葉が終わると同時に、空中から降ってきた不滅の太刀が背後の地面に突き刺さるどすっという音が聞こえた。


 エルトゥリンが喋り終えるまでの時間から、相当高く飛ばされていたようだ。

 いったい何をされたのか、地平の加護の洞察結果が教えてくれた。


──隙だらけのはずのエルトゥリンに斬り掛かったら、物凄い速さのカウンターで剣を打ち飛ばされた。そのまま回転する身体の勢いで後ろ回し蹴りが飛んできた。だから、俺の目の前にはエルトゥリンのブーツの底が突きつけられてる……。


 エルトゥリンに剣を払われた力が強すぎて不滅の太刀は宙を舞った。

 顔面すれすれ寸止めの回し蹴りを喰らえば、間違いなく首を飛ばされていた。

 文字通りな必殺の返し技に今さら肝が冷える。


「て、手は出さないけど、足は出すんだな……」


 軽口を叩こうとするがミヅキの声は裏返っていた。

 冷や汗を噴き出しつつ、異常な反応速度には舌を巻くしかない。


 隙があろうと星の加護には問題にならない。

 目視してからでも充分に対応が間に合ってしまう。

 小手先の技がエルトゥリンに通ることは絶対に無いのだ。


「あと、そのスケベなところもどうにかして。戦いの最中に雑念が多すぎる。私の脚なんか見てないでもっと集中しなさい」


 冷たく言われてぎくっとした。

 悲しい男のさがか、彼女が蹴りを放って静止している脚の付け根に目がいく。


 短めなスカートから健康的な小麦色の太ももとお尻がのぞいている。

 エルトゥリンは不機嫌そうにスカートを手で押さえると、足の爪先でミヅキの額をこつんと押して蹴倒した。


「か、返す言葉もねえ……」


 またも尻餅をつかされるミヅキは面目無さに立つ瀬なしだ。


 今の自分ではどうひっくり返ってもエルトゥリンに手も足も出ない。

 真っ向勝負はもちろんかなわず、不意打ちも通用しない。


 緩やかに膝を折り、足を戻すエルトゥリンを見上げつつ、ミヅキは決心をする。


──このままエルトゥリンと剣の稽古けいこをするのもいいけど、俺の目的は星の加護の洞察だ。……ここはいっちょ、ダメ元で勝負に出てみるか!


 もう残された手段は少ない。

 ただ単に修行をするのが目的ではない。


 星の加護の力を片鱗でも引き出せなければ洞察はまた失敗に終わる。

 雛月にどやされるのも愚痴を言われるのも、正直遠慮したいところであった。


「アイアノアっ、派手なやついくぞ! 大量に魔力を使うからよろしくっ!」


 ミヅキは勢いよく立ち上がると後ろ向きに軽やかに飛び下がり、エルトゥリンとの距離を取った。

 退いた場所に突き立っていた不滅の太刀を拾い上げて叫ぶ。


 今からやろうとしているのは、考えられる限り現状最高の攻撃だ。

 そのためにはアイアノアに大量の魔力を提供してもらう必要があった。


「えっ? ──ひっ! ひいいいいぃぃぃぃぃーっ!?」


 間髪置かずに地平の加護を解放すると、アイアノアの悲鳴があがった。


 カッ──!!


 薄暗い湖畔を照らす太陽の加護が真の姿を現す。

 黒と白の陰陽勾玉巴いんようまがたまともえの姿、太極図たいきょくずをその内に宿したのだ。


 魔力を丸ごと吸い出され、アイアノアは腰を抜かしひっくり返ってしまった。


「……ふわぁぁん、満たされたと思ったら、今度は空っぽにぃ……。私、ミヅキ様のおもちゃにされちゃう……」


 仰向けに夜空を仰ぎ、アイアノアは疲れと快感の入り交じった声を漏らす。

 望み通り、溜まった魔力を余さず吐き出す欲求が叶った訳だ。


「や、やばい! 思ったよりもコントロールが利かないっ!? 太陽の加護があっても全然安定しないぞっ……!」


 ミヅキはミヅキで、出そうとしている力の数々に圧倒されていた。

 この方法は破れかぶれに近く、地平の加護の暴走にも近い。


『対象選択・《勇者ミヅキ》・キャラクタースロットに特質概念多数挿入(インサート)

『記憶格納領域から召喚・《洞察済み対象全員(オールスター)》』


 単純明快に特質概念を総動員させる。

 キャラクタースロットにはまだまだ余裕があるのだから、ミヅキの力を上乗せし続けられるだけ上乗せしていく。


 洞察を完了させた対象たちが、異世界の彼方から揃ってやって来た。


『きゃーきゃっきゃっきゃっ!!』

『ウオオオオオオォォォォーーーーッ!!』

『頼もぉーーーゥッ!! アーハッハッハ!!』


 甲高い声で高笑いするのは、童子転身を遂げた化け狸の神、まみお。

 黒光りする筋肉の巨体を誇って猛り狂う、馬頭鬼めずきのシキ、牢太。

 馬頭鬼の相方、同じく豪壮で大きな勇姿、牛頭鬼ごずきのシキ、冥子。


 三者三様の概念体が次元の壁を越えて揃い踏み。

 ミヅキに力と技を集中して付与をする。


「えっ、なっ!? なに、なんなのこれはっ……!?」


 エルトゥリンは急に現れた異世界の来訪者に驚いた。


 特に牢太と冥子の巨大さは魔物そのものだ。

 発される魔の気配の強さを肌で感じていた。

 無論、三体の概念体の出現で、ミヅキの力が格段に増したのもわかっている。


『ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァーーッ!!』

『ガアアァァァッ!』


 魔物たちの咆哮ほうこうが夜のしじまに轟く。

 現れるのはまみおたちだけでなく、さらなる過去の脅威たちが姿を現した。

 出し惜しみはせず、持てる力をすべてこの一撃に乗せるため。


「今度はレッドドラゴンに、ミスリルゴーレムッ……!」


 続いて現れた奴らにもエルトゥリンは驚いた。


 異界の神獣。

 伝説の魔物たちが何もない空間に浮かび上がったのだ。


 ファイアーブレスにはいつも世話になっている、ダンジョン第一遭遇モンスターのレッドドラゴン。

 借金返済に冷蔵庫作成にと役立っている仇敵、雪男ことミスリルゴーレム。


「力の統制がまったく取れないッ! だけど、凄い力が湧き上がってくる……! ならっ、このまま行くしかねえっ!」


 もうすでに呼び出している清楽と剣藤、アイアノアの概念体も一緒だ。

 これまでにない最大の力を全身にみなぎらせる。


 しかし、ごちゃ混ぜ感が強すぎる概念体の集団は、個々のばらつき加減が酷い。

 武器や魔法で戦う者がいれば、肉体一つの魔物の力で戦う者もいる。

 概念体をまとめて付与してみて、これらを一つに統合するのは無理だと思った。


 但し、力任せにぶち当たるだけなら、このとりとめのない群体で問題はない。

 地平の加護の総力を挙げて、ただただ突貫あるのみである。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!』


 人とも獣とも取れない叫び声をあげながら、ミヅキと概念体たちが走り出した。

 何のひねりも工夫もない単純な突撃がエルトゥリンに迫る。

 力の波動が空気を震わし、地鳴りさえ起こしていた。


「ミヅキっ、凄いッ……! これならっ……!」


 エルトゥリンは身を震わせていた。


 相当な力の発現に、内に秘める力が目覚めようとしている。

 今の通常状態の防御力ではミヅキたちの総攻撃を受けきれない。


 星の加護が──。

 とうとう、そう判断を下したのである。


「──星形成ほしけいせい光輝天体こうきてんたい


 気がつけばエルトゥリンはそう呟き、その瞳を銀河色ぎんがいろに変えていた。


 星の加護が真の姿を現す。

 それは、ミヅキの力を「敵」として認めた加護自身の本能であった。


 エルトゥリンの白銀色しろがねいろの髪が肩口くらいまで伸びた。

 一瞬で全身を光の闘気が包み、比類なき絶大な力が発揮される。


「ミヅキ、ミヅキッ……!」


 彼女もまた、無我夢中むがむちゅうとなってミヅキに向かって飛び出した。


 渾身を込めて手のショートソードを振るう。

 何かが光ったとしか思えない剣の一撃が、不滅の太刀の刀身とぶつかり合った。


 ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァン……!!


 それはもう剣と剣の衝突音ではなかった。


 前へ突き進もうとするエネルギー同士が真っ向から激突した。

 力はすぐに強いほうから弱いほうへと流れていく。


「あ、星だ……」


 ミヅキは夜空に光り出した星を見ていた。


 身体中を包む無重力感を感じながら、後ろに向かって仰向けで吹き飛ばされる。

 周囲の様子がやけにスローモーションに見えていた。


 これは、当然に帰結する結果であった。


 エルトゥリンは突撃に合わせ、空中に発生させた光の弾を連射していた。

 あれは星の加護が力を解放したときに発射する、星屑撃ほしくずうちだ。

 輝く弾丸が呼び出した概念体をことごとく打ち砕き、消し去っていく。


 手には感覚が一切無かった。

 握っていたはずの不滅の太刀はすでに無く、どこかへ飛ばされてしまった。

 打ち合った瞬間、刀身は見事に折られて砕け散った。


 星の加護をまとったエルトゥリンの一撃は強すぎた。

 自らが振るった姉の剣、ショートソードは粉砕して形すら残っていなかった。

 並の武器では星の加護の力に耐えられない。


 バッシャアアアアアアアアアアアアァァァン……!


 ミヅキが一直線に吹っ飛ばされた先には夜の湖が広がっている。

 何度か湖面を水切り石みたいに跳ねた後、ミヅキの身体は水中へと没した。

 大きな水柱が上がり、巻き上がった水が辺りに雨さながらに降るのであった。


──へへっ、星の加護の本気、引き出してやったぞ……。どうだ、雛月……。


 湖に叩き込まれる間際、ミヅキは確かに見ていた。

 星の加護が覚醒を果たし、雄々しいオーラに包まれたエルトゥリンの姿を。


 天に向かって全力で伸ばした手は──。

 ぎりぎりのところで星に届いたのだ。


 ゴボゴボ、と泡が立ち上るくぐもった音が遠く聞こえる。

 真っ暗な水中をゆっくり沈みながら、薄れる意識でミヅキはそう思った。


『ミヅキ、よくやったね。星の加護の解放、よぉく見させてもらったよ』


 四肢を投げ出し、ぼんやりと夜の淡い光を水面に見上げていると、頭の中に雛月の声が響いた気がした。

 待望する星の加護洞察が叶い、地平の加護は心浮く本性を現す。


『……但し、進捗率しんちょくりつ25パーセント、ってとこだけどね』


 水を差す雛月の言葉にはげんなりである。

 これだけ苦労してその有様とは、とミヅキは物言わずぼやいた。


「……」


 ちゃんと思考できたのはそこまでであった。

 全ての力を使い果たしたミヅキには、もう水中から脱出するのは無理だ。


『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・《仮死状態》』


 おぼれた経験があるお陰とは思いたくないが、地平の加護はミヅキを守るために生命維持を付与した。


 身体は強制的に仮死状態に陥り、一時的に呼吸を必要としなくなった。

 これでしばらくは窒息することなく持たせられるはずだ。


 後は他力本願ながら、アイアノアとエルトゥリンに救出を任せるしかない。

 意識が、途切れる。



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