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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第261話 星の輝きは遙か高く1


 空は夕暮れから夜の訪れを見せる色に変わり始めていた。

 ミヅキたちはトリスの街の西側にある、人気の無い湖畔こはん雑木林ぞうきばやしに来ていた。

 林と言っても開けた場所が多く、昼間なら散策に来るのも良さそうな場所だ。


「ミヅキ、本気なの? 星の加護を使う私に戦いの稽古けいこを付けて欲しいだなんて」


「本気さ。そのためにわざわざこんな人気の無い場所を選んだんだ。ここなら思う存分暴れられるだろ?」


 ミヅキの申し出に、エルトゥリンは目を丸くして驚いている。

 しかも、要求はそれだけではない。


「私がミスリルゴーレムと戦ったときの、解放した力を引き出すつもり……?」


「ああ、そのつもりだよ。単刀直入に言うけど、俺は星の加護を自分の力にしたい。地平の加護で洞察して、エルトゥリンと同じ強さを手に入れたいんだ」


「私が代わりに戦うんじゃ駄目なの? どんな敵が来たって全部やっつけてあげるのに……。ミヅキがわざわざ危ない目に遭う必要なんて無い」


「エルトゥリンの気持ちは嬉しいんだけど……。ほら、今朝言ったろ? 俺は他の異世界にも行かないといけないから、一人でも戦える力が欲しいんだ。身近に居て強くて頼れるのはエルトゥリンだけなんだよ。だから頼む、この通り!」


 ミヅキは手を合わせて頭を下げた。


 エルトゥリンへの願いは星の加護洞察を前提とした戦いの特訓だ。

 それも、通常の星の加護ではない。

 ミスリルゴーレムを圧倒した解放状態の力を我が物とすることが目的である。


 この世界での戦いなら、いっそ彼女に全て任せてしまうのも手かもしれないが、神々の異世界、はたまた現実世界での戦いを考えるとそうもいかない。

 やはり雛月の狙い通り、ミヅキ自身が星の加護を身に付けるのが一番なのだ。


「ハァ……」


 ため息をつくエルトゥリンには、ミヅキの言葉を全部わかってはあげられない。

 但し、それは大した問題ではなかった。


「鍛えてあげるのは構わないよ。強くなりたいミヅキの気持ちはよくわかるから」


 神妙な面持ちで頷くと、エルトゥリンはミヅキの願いを受け容れる。


「だけど……」


 しかし、気持ちだけではどうにもならない問題もある。

 感情を込めない声で、星の加護の担い手は淡々とショッキングなことを言った。


「馬鹿にするつもりなんてないから気を悪くしないで。今のミヅキじゃ、弱すぎて星の加護がその気にならないの。解放に見合う強さの相手じゃないと、私の加護は応えてくれない」


「そ、そっか……。わかってはいたけど、エルトゥリンから見ると俺はそのくらいのレベルでしかないんだな……。たはは、参ったな……」


 へこんだ様子のミヅキを見て、エルトゥリンは表情を曇らせる。

 自分より強さの劣るミヅキを軽んじる訳はなく、強くなりたいという願いに応えたくない訳でもない。

 胸に込み上げるのは、思い掛けず受け取ってしまった温かな思い。


「……ミヅキの望みは叶えてあげたい。素敵な贈り物をもらったんだもの……」


 誰にも聞こえない小さな声でぽつりと呟いた。

 今朝にもらったミスリルの髪留めのプレゼントを思い出す。

 戦士の自分には似つかわしくないと思っていた、可愛らしくも初めての贈り物。


『ミヅキに優しくしてあげて……。ミヅキはとてもいい子よ……』


 ミヅキと加護を触れ合わせ、夢心地な心で聞いたもう一人の自分の声。

 あの声に言われずとも、ミヅキの人となりはもうよくわかっている。

 使命の勇者でなくとも、苦手な人間であろうと、言う通りにしてあげたい。


「稽古なら付けてあげる。ミヅキの今の力がどのくらいか見せて。できる限り本気で来てちょうだい」


「よし、そうこなくちゃ! ──アイアノア、ごめん、また神交法しんこうほうを頼むよ」


「あっ、はいっ。今回もよろしくお願い致しますっ」


 そうと決まれば、何はともあれミヅキ自身の魔力を充実させる必要がある。

 もうお決まりのアイアノアとの神交法だ。


 目と目を合わせ、ついでに手をぎゅうっと握り合い、お互いの心身に良質な魔力をぐるぐる巡らせて練り上げる。


「ふわぁぁーん……。またみなぎっちゃうぅ……!」


 若干、元気のない鳴き声をあげたアイアノアと魔力を高め合い、ミヅキが行うのは不滅の太刀を抜き、肉体をシキへと変えることだ。


『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・神降ろし・《シキみづき》』

『女神日和のこしらえ・《不滅の太刀》・洞察済み記憶格納領域より召喚完了』


 ミスリルコートが夕闇ゆうやみの中にぼうっと薄緑色の光を放ち、ミヅキの顔から全身に光の回路模様がざぁっと走る。

 その手には一振りの白刃、神剣の不滅の太刀が握られていた。


「アイアノア、ありがとう。もう休憩してていいよ、お疲れ様」


「……ハァ、ハァ……。はぁい、そうしますぅ……」


 地面からせり出した岩の上に座り込み、随分とお疲れな様子のアイアノア。

 さすがに一日四回もの神交法はやり過ぎのようである。

 心地良く魔力が巡るのはいいとして、身体はもうへろへろのくたくたであった。


「エルトゥリン、お待たせ。それじゃ、始めようか」


「まったくもう、姉様に無茶をさせて……。もういいから、早く掛かってきて」


 疲労しているみたいだが、お肌つやつやで幸せそうな顔をするアイアノアに複雑な気持ちを覚えつつ、エルトゥリンはミヅキに向き直った。


「お、おう……!」


 と、いよいよ星の加護洞察のための特訓が始まろうとした矢先。

 ミヅキは剣を構えた格好のままで、なかなか動き出せないでいた。


「どうしたの? いつでもきていいよ」


 小首を傾げるエルトゥリンに、ミヅキは困り顔をしている。

 普通ならどうしていいものかと迷う状況に間違いない。


「うーん、自分で頼んでおいてなんだけど、素手の相手に本気で斬り掛かるってのはちょっとな……」


 エルトゥリンは何の構えを取ることなく、だらんと両手を垂らして立っている。

 対してミヅキは不滅の太刀で武装しており、何より今の肉体は強力なシキのものに変わっている。


 この状態なら、丸腰の相手に斬り掛かるのをためらっても仕方がないかもしれないのだが──。


「できない? ……じゃ、覚悟が決まるようにしてあげる」


 静かにそう言うと、エルトゥリンはミヅキの目をじっと見つめた。

 にわかに空気が冷え、重くなった。


 エルトゥリンが、その気になったのである。


 ざわざわざわっ……!


 瞬間、辺りの森が大騒ぎを始めていた。

 木々に止まっていた鳥たちが総出を挙げて逃げ出し、飛び立っていく。

 恐れをなした悲鳴のような鳴き声が薄暗い空に不気味に響いた。


「ぐ、うぅっ……」


 身に突き刺さってくる怖気おぞけと危機感に、冷や汗が全身から噴き出した。

 うまく呼吸ができず、目眩を感じて視界がぐるぐる回った。


 エルトゥリンに殺気を向けられればみんなこうなる。


──なんて殺気だよ……! エルトゥリンがその気になりゃ、いつでも俺をどうにだってできる訳か……! シキの強い心がなかったら気絶してるぞ……!


 ミヅキの身に掛かるのは信じられないほどの殺意と重圧である。

 今なら腹を見せて転がり、即座に服従したオウカの気持ちがよくわかった。


 やらなきゃやられる──。

 本能的にそう思ったら身体が動いていた。


「うっ、うおぉッ……!」


 当てられた殺気に堪えきれず、ミヅキは丸腰のエルトゥリンに斬り掛かった。

 真上に振りかぶった不滅の太刀をまともに振り下ろす。

 エルトゥリンに回避しようとする素振りは一切なかった。


 ぱしッ!


 何とその動きの無造作なことだろうか。

 エルトゥリンは高速で迫る剣の刃を、事もなげに片手で受け止めてしまった。

 抜き身の刀身を素手で、である。


「……あっ、エルトゥリンッ! 大丈夫かっ?!」


 反射的に剣を振るってしまったミヅキは顔を青ざめさせた。


 不滅の太刀が和の刀剣と同様の刃物なら、その切れ味は包丁やカッターナイフの比ではない。

 ただでさえ刃物を素手でつかめば大怪我となってしまうのに、それが刀剣となればエルトゥリンの行動は正気の沙汰さたではなかった。


「……」


 ただしかし、剣の刃を握りしめる彼女は平然としている。

 痛がった様子は全く無い。

 それどころか──。


──う、動かない……! ただ剣をつかまれてるだけだっていうのに……!


 岩山か鉄の塊か、巨大で重い物に剣を差し込んでしまったかのようだ。

 押しても引いても剣はびくともしない。


「手加減がいらないのがわかったでしょ? この肉体は髪の毛一本に至るまで星の加護の守護下にある。私に攻撃は通用しないから遠慮は一切いらないわ」


 エルトゥリンは冷たい眼差しで言い放つ。

 そうしてミヅキが剣を引くのに合わせ、つかんでいた指をぱっと離した。

 渾身の力を込めて引いていたため、堪らず後ろに尻餅をついてしまう。


「痛てっ……! た、確かによくわかったよ……」


 呻くミヅキはそびえ立つばかりの迫力のエルトゥリンを見上げる。

 ただ立っているだけなのに、向けられた必殺の気合いに気を失いそうだ。


 もちろん、不滅の太刀を握っていた手の平には傷一つ付いていない。

 星の加護が宿主に与える鉄壁の防御力である。


「ミヅキの加護は戦った相手の力を自分のものにできるんだよね。星の加護を使わせてあげたいんだけど、この力は私に手を抜いたり、わざと負けたりするのを許してはくれないの……」


 ミヅキを見下ろしたまま言うエルトゥリンの表情はどこか申し訳なさそう。

 使命を共にする仲間に協力したい気持ちはやまやまだが、そう簡単にはいかない理由が星の加護にはある。

 安易な道を選ぶことを他ならぬ加護自身が許さない。


「だから、都合良く真似をさせてあげられない。ミヅキの実力でものにしてもらうしかない。しっかり本気で協力するから、ミヅキも私を全力で攻撃して」


 この力が欲しければ力づくで勝ち取れ、と星の加護が言っている気がした。

 まるで地平の加護の、雛月の意思に呼応しているかのようだ。


「お手柔らかにね……」


──普通に優しく接すれば、エルトゥリンに触ること自体はできる。これまでだって握手をしたり、肩を抱き寄せたりしたことはある。……嫌がられて投げ飛ばされちまったけど……。


 何もエルトゥリンに触れられない訳ではない。

 嫌悪されながらも触れ合うことを許してもらえていた。


 しかし、戦闘状態となり、星の加護を顕現けんげんさせるとなると話は別だ。


──今のままじゃ、エルトゥリンが強すぎて洞察ができない。確固たる敵意を込めて相応の威力で挑まないと星の加護は眠ったまんまだ。今の俺の全力で、少しでもエルトゥリンの力を引き出さないと……!


 ミヅキは星の加護を洞察しなければならない。

 そのためにはエルトゥリンとの力量差を埋め、星の加護と実際に戦ってその能力に拮抗きっこうする必要がある。


 どんな相手でも洞察して模倣もほうしてしまう地平の加護だが、強さに差があり過ぎると効果を発揮できないのは大きな弱点でもあった。


 そういう意味では、星の加護のような強すぎるだけの能力は天敵とも言える。

 初めて出会ったときにアイアノアが言っていた。


『あの力は決して何者にも帰順しないまつろわぬ星神の顕現。どんな恐ろしい魔物であろうと、エルトゥリンを傷つけることは叶いません』


 星の加護をまとうエルトゥリンは絶対無敵で縦横無尽じゅうおうむじんだ。

 ただただ強く、思う存分自由に力を振るう。

 従わせたいならこちらも力を示す他はない。



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