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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第257話 魔導冷蔵庫、爆誕!2


「これはずばり、──冷蔵庫れいぞうこという機械です」


 ミヅキの地平の加護は、パメラの宿に文明の利器りき、冷蔵庫をもたらした。

 ついに実質的に、現代の科学がこの異世界に持ち込まれる。


「別名、氷冷蔵庫こおりれいぞうことも呼ばれる物の応用型かな。上側の部屋に庫内を冷やす魔石を設置して、下側の冷蔵室の食べ物を冷やす仕組みなんだ。実際に氷を使う場合ならわらやおがくずで覆ったり、地下室とか涼しい場所で保管したりしないといけないけど、魔石で冷やす分にはそんな心配はいらない」


 ミヅキの住む現実世界の昔の話。

 電気を動力とした電気冷蔵庫が普及する以前、貴重な氷を手に入れられる裕福な人々に愛用されていたのが、氷を使った冷蔵庫なのである。


 このいわゆる魔石冷蔵庫は、氷冷蔵庫をモデルとしたミヅキ考案の装置だ。

 形はまるで飲食店などにある業務用冷蔵庫そのものであった。


「だけどさ、ここに置いとくんならただの箱じゃあ冷たい空気が外に漏れちゃって、中身が冷えたままにならないんじゃないか?」


 冷蔵庫に顔を突っ込んでいたキッキがひょこっと振り返った。


 周囲が常温である以上、本体自体に熱が伝わってしまうと、中身を冷やした状態が維持できるかどうかは怪しいところであった。

 しかし、ミヅキは自信満々に答える。


「そこは大丈夫だよ。この冷蔵庫はステンレスパネルで出来てるし、外側と内側の間に獣毛や木炭の断熱材を詰め込んであるから保温性は抜群さ。ドアパッキンにはシート状にしたコルク材を取り付けてて、扉には磁石を埋め込んでるから開け閉めもしっかりできるし、気密性も問題無い」


 庫内を冷やすことできるのなら、次は断熱性と保温性と気密性が求められる。

 内側の冷気を外に漏らさず、外の温度の影響を受けにくくする特性がすでにこの冷蔵庫には備わっていた。


「ちなみにステンレスってのは、鉄とクロムとニッケルを合わせた合金鋼ごうきんこうなんだ。断熱性に優れてて、さびにくい性質を持ってるから冷蔵庫にはもってこいの素材なのさ。ゴージィ親分の店で、含有されてる鉱石を見つけたから分けてもらってきたんだ。地平の加護の物作り能力と、太陽の加護の完成度を高める能力があれば、正確な比率で合金をつくることも問題なく可能だった」


 ステンレス鋼の登場は近代に入ってからと言われており、中世時代を背景にするこの異世界には存在しない合金だろう。

 クロムは鉄よりも酸素と結びつきやすい特性を持っているため、鉄より先に酸化して不動態皮膜ふどうたいひまくを形成し、この膜がステンレス表面を覆ってさびを防ぐ。


 という、ステンレスについて軽く説明をしたものの、異世界の女性陣は唖然とした感じだったので、パンドラ由来の未知の金属としておいた。


「肝心の冷やす機能を持たせた魔石はもちろんミスリル製だ。冷気を発生させて、風を送る魔法の効果を付与してある。風の魔法はアイアノアから、冷気を出すのはダンジョンで出くわした魔物、ガーゴイルから拝借はいしゃくしたものだよ」


「あっ、それではこれは、地平の加護の魔法を合成させる力を込めた魔石、という訳ですかっ? と、とんでもない魔法技術の結晶ですよ、これは……」


 ミヅキの腕にしがみ付いたままのアイアノアは、ようやく説明に理解できるところが出てきて声をあげた。

 理解が及ぶがために、その常識外れな魔導の技術に驚きを隠せない。


「よくわかんないけど、それって凄いの?」


「凄いなんてものじゃないわ……。キッキ、私たちは今、この国で、いいえ、この世界で初めての魔法が誕生する瞬間に立ち会っているのかもしれないの……」


 目をぱちくりさせ、よくわかっていない顔でキッキは母親を見上げる。

 同じくその凄さを理解できるパメラは、震える手を娘の肩に掛けた。


「わ、私も同感です……。長い歴史のある私たちエルフでも、このような魔導器まどうきは知りません……。パメラさんの(おっしゃ)る通り、未知の魔法技術に間違いはありません」


「何でもありね。ミヅキの加護の力は」


 アイアノアは驚きと歓喜の入り交じった声で、エルトゥリンは呆れた声でミヅキの魔法の凄まじさに感嘆するのであった。


 ただ、当の本人はため息をついている。

 キッキ以上に凄さを実感できていない。


「みんな大げさだなぁ……。魔法の力を使って、食べ物を冷やす機械をつくっただけじゃないか。誰か思いつきそうなもんだと思うけどな」


「……相変わらず、ミヅキ様の魔法に対するお考えは奔放ほんぽうが過ぎます。パンドラの魔素を魔導器まどうきの動力に変換できる魔術師なんて、国中を探してもおそらくミヅキ様だけですよ、本当に」


 間近でミヅキの顔を見つめながら、アイアノアもため息をついていた。


 魔石をつくり、魔法を合成する。

 それだけでも、最高位の魔術師でなければ不可能な芸当である。


 なのに、それらの技術を結集して冷蔵庫を生み出してしまうミヅキは、明らかな異端者いたんしゃであった。

 そして、同時に特異点とくいてんでもあるのだ。


「俺だけの技術か……。意図してそうつくったとはいえ好都合だな。加護の力は全部パンドラのおかげってことにして、この冷蔵庫の機能も限定的にしておきたいんだ。俺の目的は技術革新を起こすことじゃない」


 しかし、特異点であるミヅキは世の変化を望まない。


 常識や法則を逸脱いつだつして、世界に変革をもたらす特別な存在であるが、与える影響は最小限に留めたいと考えている。


──動力は言うまでもなく魔法の力だ。しかも、パンドラの魔素の届く範囲かエネルギー源となる魔石が無いと動かないようにしてある。基本的にトリスの街限定の技術にしておけば、悪用しようと持ち出しても大した意味はない。まぁ、それでもどうしたって監視の目には止まってしまうだろうけどな。


「ミヅキ様、どうされました? そのような難しい顔をされて……」


「あ、いや、何でもないよ」


 不思議そうなアイアノアにさりげない笑顔で返した。


 何でも包み隠さず打ち明けるとは言ったものの、伏せなければいけない秘密があるのも事実であった。


「パンドラと言えば、ちょっとイメージが悪いんだけど、この冷蔵庫の材料になったミスリルも、断熱材に使った獣毛も、あの雪男からとってきたものなんだ」


「ゆ、雪男……! パパの仇……」


 ミヅキが言うと、キッキはさっと顔色を変えて冷蔵庫を見上げた。

 中核となっている魔石と、内外を遮断しゃだんしている断熱材の獣毛は因縁の相手の物。


「雪男こと、ミスリルゴーレムの成れの果てがこの冷蔵庫だ。せめてもの罪滅ぼしに、これからは散々こき使って、俺たちの役に立ってもらおうじゃないか」


「なんか複雑だなぁ……。そんな奴の身体の一部がウチにあるだなんて」


 しかめっ面のキッキの肩に、静かに微笑むパメラが手を置いて首を横に振った。

 母と顔を見合わせて、すっきりしない娘は口をつぐんだ。


「ちなみに冷蔵庫の隣のこっちのは冷凍庫れいとうこだ。冷蔵庫よりもずっと低い温度で冷やせるし、なんてったって氷をつくることができるぞ。しかも急速冷凍機能付きだ」


 銀色の角張った業務冷蔵庫のすぐ横には、同じ形の機械が並んでいた。

 冷蔵庫と違い、庫内を氷点下18℃以下に保てる冷凍庫である。

 急速冷凍とは、30分以内に氷点下5℃以下にできる機能のことを指す。


「冷たーいっ! おんなじ飲み物なのに、全然のどごしが違うーっ!」


「こ、こんな贅沢ぜいたく、王様や貴族様だって味わえないわ……。信じられない……」


 おおむね一時間後、冷凍庫のわかりやすいありがたみが発揮されていた。

 キッキは満面の笑みで感動に叫び、パメラは文明の利器の力に驚愕している。


 冷凍庫があるなら、水を入れておくだけで出来上がるのは、氷だ。

 ついでにつくったガラスコップに、いつか飲んだ柑橘系かんきつけいジュースを注ぎ、急速製氷機能でできたキューブ状の氷で冷たい飲み物を楽しめる。

 カラン、と氷がグラスの中で涼しげな音を鳴らしていた。


「んんーっ、冷たぁい。美味しいね、エルトゥリン」


 冷えた飲み物を堪能したアイアノアが振り向く。

 エルトゥリンは何も言わずに一気に飲み干し、目をキラキラとさせていた。


「すっげぇー! あたしんちの倉庫が、氷の洞窟みたいになっちゃったー!」


「これで食べ物の長期保存ができるぞ! いつかみたいな、食べきれないドラゴンのしっぽも捨てなくて済む訳だ!」


 ぴょんぴょん飛んで喜ぶキッキを見て、ミヅキはにやりとした。


 冷蔵庫と冷凍庫の作成で、食品を長持ちさせることが可能となった。

 種類多く食材を保存しておけるので、幅広く料理のメニューを出せるようになり、飲食店業として業務を広げられる。


 ミヅキは改めてパメラに振り返った。


「パメラさん、これと同じ物を荷車にぐるまを乗っけて仕入れに行きます。そうすれば今朝に俺が言った計画を実行できる訳ですけど、どうです? いけそうですか?」


「……これならいけるわね。王都に行って、冷やしながら腐らさずに持って帰ってこられる。ミヅキ、あなたの言った通り、──この街で海鮮料理かいせんりょうりが出せるわ」


 パメラは答えた。

 料理人と商売人の真剣な顔をして。


 それは、この宿を盛り上げようとミヅキが考えた異世界攻略法である。


 実を言うと、いつか兵士長ガストンと話したときからこの作戦を考えていた。

 地平の加護が思い返させてくれるのは、酔ったガストンの上機嫌な台詞せりふだ。


『しかし、ミヅキ殿たちが獲ってきてくれたこのかに料理は絶品だな。こっちじゃ、海鮮料理は食べられないから故郷の味が懐かしいよ』


『俺もそうだが、ここいらの兵士は王都の出の者たちが多いんだ。イシュタールの王都は大きな港湾都市こうわんとしでね。豊富な魚介類が織りなす料理の数々は絶品だぞ。もちろん、パメラさんの料理も絶品だがな、ははは』


 イシュタールの王都は港湾都市であり、漁業が盛んに行われているそうだ。

 ガストンをはじめ、王都からトリスの街に来ている人の数は多い。

 長く滞在すればするほど、故郷の味が恋しくなるに違いない。


──冷たい飲み物や食べ物も充分魅力的だけど、本来の需要じゅようを供給してあげることが重要で、そこまで突飛とっぴな現代の技術や料理は必要ない。この世界にあるものを、必要に応じて正しく提供してあげれば事は済むはずだ。


 異世界への干渉は最小限にし、現地の人々の需要を満たす──。

 というのがミヅキの目論みである。


 他の店はもちろん、近隣の集落にも冷蔵庫も冷凍庫も無い以上、独占状態の商売が可能となる。

 取り扱う品物は、海の新鮮な魚である。


──捕捉ほそくだけど、魚の鮮度は落ちやすいんだ。水分量の多さ、肉質の脆弱性ぜいじゃくせい、内臓やエラがそのままなのが問題になる。だけど、急速冷凍なら魚の細胞を壊さず、うま味成分を閉じ込めたまま保存ができる。さらに、マイナス20℃以下で24時間以上冷凍しておけば寄生虫を死滅させられる。食の安全の確保は、この異世界の背景に絶対に合うはずだ。


 過去を改変させる進むべき未来を決めた。

 それからというもの、ミヅキなりに色々と勉強して知識をつけてきたのである。


 ただがむしゃらに進むだけでなく、確かな理屈で使命に臨む。

 それはいわゆる、ミヅキのこだわりのようなものだった。


「さぁて、後は王都に行くための足の確保だけど──」


「──うぇーいっ! ミヅキっちいるーっ!?」


 と、ミヅキが次なる手段について言おうとした瞬間。

 ドアベルがカランコローンッと鳴り響き、底抜けに明るい声がやって来た。


 入り口扉を派手に開け放ったのは、キツネギャルの獣人、キャスであった。

 仕事着そのまま、ウェイトレスの格好だ。


「あ、パメラさん、キッキ、こんちわー! おひさしー!」


「なんだキャスか……。びっくりしたなぁもう」


「こんにちわ、キャス。久し振りね」


 キャスはキラキラな笑顔で手をぶんぶん振っている。

 急に現れたキャスに、キッキとパメラは親しげ。

 当然のように、彼女らは顔見知りのようだ。


「ミヅキっちー、馬市うまいちの準備できてるってー! 案内するよー!」


「タイミングばっちりだ! よーし、行くぞー!」


「ええ、行きましょうっ! ほら、エルトゥリンも一緒にっ」


「うん、わかった」


 キャスのしらせは王都へ行くための足、馬を手に入れられる市場への案内だ。


 ミヅキは頷いて外へ向かい、アイアノアとエルトゥリンもそれに続いた。

 朝に依頼してから午後にはもう準備を整えてくれている辺り、ギルダーもミヅキの力になるため奔走ほんそうしてくれたようだ。


「あっ、あたしもいくー! いいよね、ママっ?」


「あ、キッキ……」


 猫の耳をぴんと立て、キッキは手を上げた。

 そうしてパメラの返事を待たず、ミヅキたちの後についていった。


「……いってらっしゃい」


 扉が閉まり、パメラの声はドアベルの音にかき消された。

 外の声はすぐに遠ざかっていく。

 彼女はぽつんと一人になり、店内には静寂せいじゃくが訪れた。


「ハァ……」


 何とも言えないため息が漏れる。


 振り向く先には、食量庫に設置された見慣れない大型の機械。

 何気なく冷蔵庫の扉を開け閉めしてみると、嘘みたいに冷やされた風がパメラの顔をひんやりとなでた。


 これは夢ではない。

 勇者を取り巻く事態は、どうやらそこかしこで動き出しているらしい。

 うねりは大きく、この街全体を飲み込んでいくに違いない、そう思った。


「……」


 パメラ自身、もうその流れに巻き込まれていることに何を感じているのだろう。

 何故か彼女の表情は、言うほどには浮いたものではなかった。


「うはー、うわさは本当だったんだー……」


 と、その頃。

 先に外に出ていたキャスは、後ろについてくるミヅキがしっかりとアイアノアと手を繋いでいるのを見逃さなかった。


 しかも、指と指を絡め合わせた、恋人繋こいびとつなぎというやつである。

 これには噂好きの街の住人でなくとも邪推じゃすいをせざるを得ない。


「人間とエルフと獣人の三角関係じゃんっ! パメラさんを狙ってるはずなのに、アイアノアっちまではべらせて! ミヅキっちの浮気者ー! きゃー!」


 などと、興奮して色めき立っていた。


 これはいい土産話みやげばなしができたとばかりに、後で支配人のギルダーや同僚のミルノに教えてやろうと、キャスはニヤニヤほくそ笑む。

 こうして噂は噂を呼んで、変な方向へと話が伝聞でんぶんされていくのであった。



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