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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第255話 魔法銀の魔術師


「──悪いなミヅキ。すまねえが、何も教えてやれねえんだ」


 ゴージィは語らない。

 やるせなさげに口を固く閉ざしてしまう。


「ゴージィ親分……?」


「本当はよ、ミヅキになら何でも話してやりてえんだがな……。お前さんは雪男を倒して、アシュレイの仇を討ってくれた街の英雄だ」


 ゆっくりと目を開けてミヅキを見た後、その視線は遠くを見るように天井のほうへと向けられた。

 重苦しいため息と共に、どうにもならない事情を語り出す。


「──亜人戦争絡みのあれこれには、箝口令かんこうれいが出てる。おかみから直々(じきじき)のお触れでな。だから、お前さんも迂闊うかつなことは言ったり聞いたりしねえほうがいい」


 ミヅキの胸はどきりとした。

 間接的に、とうとうその影響力が自分のところまで届いてきたからだ。


「俺も弟子どもを大勢抱える身だ。おいそれとお上に逆らっちゃあ、ここで商売をやらせてもらえなくなる。情けねえ限りだが、どうかわかってくれ」


 こちらに視線を戻すと、ゴージィはすまなさそうに言うのだった。


 思わぬところで行く手をはばんできたものである。

 ミヅキはその張本人であろう者たちの名を口に出した。


「お上っていうのは、領主様の、──セレスティアル家?」


「ああ、そうだ。この街だけじゃなく、国全体でも同じだ。あの戦争のことは、今や禁忌きんきとされてて話しちゃならねえんだ。……特に、俺みたいな事情通はな」


 ゴージィは肩をすくめて首を左右に振る。


 いくらゴージィが国を代表する冒険者だとしても、国の決められたルールや為政者いせいしゃの命令は聞かなくてはならない。

 自分だけならともかく、弟子や他の者に迷惑を掛け、巻きぞえを食わせるのではおいそれと逆らうことはできない。


 出されたお触れは──。

 百年前の戦争に関わる事柄について、触れるな、嗅ぎ回るな、である。


「そうでなくとも、俺ァ……。いや、何でもねえ」


 ゴージィはまだ何かを言いたそうにしていた。


 地平の加護に頼らなくてもわかる。

 彼はきっと、誰にも言えない秘密を抱えているのだろう。


 未来のアイアノアがわざわざ名指しで、ゴージィを頼るよう示したのには何か意味があるはずだ。


「そっか、なら仕方がないね。……って、アイアノアいい加減離してくれー」


「だめでちゅよ。良い子だからおとなしくしてまちょうねぇ」


 ゴージィと物語の核心に迫っている最中なのに、アイアノアときたらまだミヅキを捕まえていて頬ずりをしていた。

 赤ちゃん言葉も健在で、力いっぱい抱き付かれているので身動きできない。


「こっちもこっちで仕方がないな……。よし、太陽の加護は出たまんまだ。早速、この魔法銀の外套(ミスリルコート)の出番だな」


『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・神降ろし・《シキみづき》』


 早速と、作りたてな装備の出番が訪れた。

 コート内の微細なミスリルが魔石の役割を果たし、充填された魔力を解放して地平の加護を発動させられる。


「キャーッ、激しいーっ! 優しくして下さいましーっ!」


 神々の世界の力を呼び出したことで、浮かんだままの太陽の加護は陰陽勾玉巴いんようまがたまともえの姿を現し、アイアノアの魔力を猛烈に消費させた。


「できた! ちゃんとシキになれてる!」


 胆力たんりょくが高まり、みなぎる力はさらなる異世界の力、シキの権能だ。


 ミヅキの目はミスリル色に光り、眼球は魔石のように魔力を放出している。

 衣服はシキの外装に変換されず、コート自体に回路模様の光がさっと走った。

 あおいオーラが噴き出し、ミヅキは神の戦士への変身を遂げたのだ。


「アイアノア、手荒なことしてごめんよ。よっこらせ、と!」


「ふぁぁん、ミヅキ様のいじわるぅ……」


 二人まとまってごろんと横に転がり、体勢を入れ替えてアイアノアの下に回る。

 その両脇の下辺りをつかんでお互いの身体を引き剥がすと、そのまま足腰の力だけで軽々しくひょいっと立ち上がる。


 抱き付いたままだったアイアノアを、丁重に足から床に下ろして立たせた。

 さすがはシキの膂力りょりょく脚力きゃくりょくで、彼女の体重など問題にしない。


「……んんっ、この魔力が吸い出される強引な感じ──、はっ!?」


 と、魔力を大量に消費したショックで、ようやくアイアノアは我に返った。

 ふわふわ夢見心地ゆめみごこちだった間、自分がしでかしたことを思い知る。


「えっ!? あっ、えっ……!?」


 自分を見る白い目のゴージィの呆れ顔と、やれやれ感いっぱいなミヅキの困り顔を交互に見て、アイアノアの顔はぼわぁっと一気に赤くなった。


「ふわぁんっ! わ、私っ、また我を失ってミヅキ様にいかがわしいことをっ! 申し訳ありませぇんっ……! 猛省もうせいいたしますぅっ!」


 すぐさまミヅキの腕にかじり付き、泣き出しそうな顔で許しを請いだした。


 赤ちゃん言葉で迫り、服を脱がしたり着せたりするのは、いくら神交法しんこうほうの副作用だとしても失礼にも限度がある──。

 などと思っているだろうアイアノアは、しょんぼりしてこの世の終わりみたいに落ち込むのであった。


「そんなに落ち込まないでよ……。言った通り、神交法を練習して修行を重ねれば、しっかり気を保ったまま魔力を高められるようになるからさ」


「はぁい、精進しょうじんいたします……」


 小さくなるアイアノアのことは一旦そっとしておき、改めてミヅキはコートだけでなく、ズボンを穿いて、付属のブーツを着用する。


 全身をミスリル装備で固め、気を取り直してもう一度、地平の加護を使う。

 再びとオーラを噴き出し、ミヅキはすっと腰に手をやった。


『女神日和のこしらえ・《不滅の太刀》・洞察済み記憶格納領域より召喚完了』


 音も無く抜き払い、頭上に掲げるのは神剣、不滅の太刀。


「よし、不滅の太刀も問題無く抜けた! 魔力の消費も差し支えない! アイアノアのほうも問題無さそうだね」


「大丈夫です……。きっとこの指輪のおかげだと思います……」


 ミヅキは得意そうに振り向いた。

 弱り顔のアイアノアが指輪をはめた手を掲げている。


 その頭上の太陽の加護は、覚醒状態の太極図たいきょくずを表したまま。

 神々の世界の力を使っているのに、魔力状況や体調に不具合は起こっていない。


──成功だ! ミスリルを織り込んだおかげで、このコートが魔石の役目を果たしてくれる! アイアノアに分けてもらった魔力を神交法で増幅して蓄えておけば、パンドラの外でも地平の加護を機能させられるぞ!


 狙い通りの効果を新装備から得られ、ミヅキは満足の笑みを浮かべた。


 アイアノアと共に行動し、太陽の加護がある限り──。

 魔力の供給不足が弱点だった地平の加護を、常に万全な状態で使用できる。


「へぇ、信じられねえくらい薄い刃だな。よく切れそうな業物わざものじゃねえか。どれ、ちょっとよく見せて──」


 ふと、ゴージィが不滅の太刀を見て、興味深そうに目を細めている。

 こんな薄刃うすばの剣は見たことがなく、鍛冶屋かじやの本分が刺激されているようだ。


「んん……?! なんだその剣、何かいていやがるな? ミヅキ以外に使われるのを嫌がってるみてえだ。触るのはやめとくわ。呪われたくねえからな」


 ただしかし、ゴージィは伸ばし掛けた手をすぐに引っ込めた。


 不滅の太刀の白刃はくじんに潜む、神めいた何かに気付いた。

 長年、多くの武具を見てきた彼にはわかるのだろう。


 この神剣を生んだ女神の意思は、ミヅキ以外に触れられるのをひどく嫌がる。


「の、呪われるって……。ゴージィ親分まで……」


「やれやれだ! エルフと人間のいちゃいちゃなんて気味悪ぃもん見せたり、そんないわく付きの業物持ち込んだり、もう腹ぁいっぱいだ! ほれ、用事が済んだんならさっさと帰った帰った!」


 盛大なため息をついて、ゴージィは店の奥へと引っ込んでいく。

 用が済んだとばかりな無愛想な背中に、ミヅキは慌てて声を掛けた。


「あ、ゴージィ親分、お金……」


「お代はいらねえよ。ごちゃごちゃと色んな物を混ぜ込んじまって、その魔術師のコートはもう売り物にならねえ。俺の技術が役に立ったんなら何よりだよ。そんじゃ、俺は仕事に戻る」


 ちらりと振り返ったゴージィはにやりと笑っていた。

 代金を支払おうとするミヅキにひらひらと手を払って見せる。

 元より、彼はミヅキから金銭を取ろうとは思っていなかったのだろう。



「パンドラの踏破、しっかりやんな。──魔法銀の魔術師(ミスリルウィザード)さんよ」



 そして、最後にその名を口にした。

 このとき、初めてゴージィがその二つ名でミヅキを呼んだ。


 勇者という、他にも居るかもしれない誰かを指す名前ではなく──。

 ミヅキだけを指し示す通り名である。


 隣のアイアノア、ゴージィ本人。

 あるいは工房に居る彼の弟子たち。


 そのいずれかが時間を変え場所を移し、ミヅキの二つ名を言い広めていく。

 魔法銀の魔術師(ミスリルウィザード)の名が知れ渡るのは、果たしていつの日になるだろうか。


「またパメラさんとこに食事に来て下さい。近々、とびきり美味い料理を出すつもりなんで! ゴージィ親分、ありがとうございましたっ!」


 店の奥に向かって叫ぶと、億劫おっくうそうな返事が返ってきた。

 一礼して店を後にするミヅキの背中に、金槌かなづちを打つ音が響く。


 こうして、ミヅキは地平の加護と抜群の相性の装備を手に入れたのであった。



◇◆◇



「あのぅ、アイアノア……?」


「はい、何ですか?」


 そして、その帰り道のこと。

 ミヅキの目的は一旦は完了し、次の用事の前に宿へと戻る。


 二人はゴージィの武具店を出て、建物がのきを連ねる街の道を歩いていた。

 昼も近い時間になり、街はそれなりの人の往来風景おうらいふうけいを見せている。


「ちょっと、距離が近すぎない……?」


「何か問題でもありますか?」


 それなのに、アイアノアときたらミヅキの腕にしがみ付いたままである。

 両手でしっかり捕まえて、すぐ隣をべったりとくっついて歩いていた。

 周囲からの好奇の眼差まなざしを向けられ、刺さる視線がいい加減に痛い。


「ほ、ほら、街のみんなが見てるよ……? 恥ずかしくない……? だから、そんなにくっつかなくても……」


「恥ずかしくたって構いませんっ。……こうしてミヅキ様におすがりしていないと私、きっとおかしくなってしまいます。また、ミヅキ様を困らせますよ?」


「うぅ、それはちょっと……」


「それに、神交法を繰り返してみて発見もあったのです。ミヅキ様に触れていると、不思議と心が落ち着いて、意識を保つことができるみたいなのです」


 アイアノアの言う通り、少なくとも今は前後不覚になっていない。

 彼女は続けて言った。


「魔力を生み出すうえで、神交法は奥義であるとお見受けします。そうなら、これを汎用的はんようてきな体交法へ落とし込み、順応させるとうまくいきます」


「もうそんな風に理解できてるのか……。さすがは魔法が得意なエルフ……」

 

 弱り顔で感心するミヅキに、アイアノアはすまし顔でつんと答えた。


「ですから公衆の面前で、私がはずかしめを受けないようご協力下さいましっ。元を正せば、ミヅキ様の神交法が原因なのですからっ」


「ア、アイアノアだってやる気になってくれてたじゃないか……。そりゃ、神交法の効果には驚いたけど、気をしっかり持ってればそんな風に気持ちが抑えられなくなるなんてことはないからさ……」


「いいえっ、やっぱり半分はミヅキ様が悪いんですっ。このような素晴らしい術をさずけて下さり、私は身も心もとろけさせられとりこになってしまいましたっ。責任をお取りになって、私の気持ちが落ち着くまでこの手を離してはダメですからねっ」


「わ、わかったよ。それじゃあ、恥ずかしさも半分こしようか……」


「はいっ! 是非ともそうして下さいましっ!」


 怒っているように見えるアイアノアだが態度は真逆だ。

 すがり付いたミヅキの腕をぎゅうぎゅう抱きしめ、身体を預けている。

 少しでもミヅキと密着する面積を増やそうと、しなだれかかっていた。


──参ったな……。魂の相性が良すぎるのも考え物だぞ……。アイアノアと仲良くなれるのは嬉しいけど、こんなところ夕緋に見られたら殺される……。


 今ほどここが異世界で良かったと思ったことはない。

 結婚を迫られ、強制的な約束を結ばされたときの夕緋の恐ろしさを思い出す。


──普段は可愛くて綺麗きれいで、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いてくれるのに……。スイッチが入っちまった夕緋はどうしてあんなに怖いんだ……。それに比べて、ちょっと性格がぶっ飛んでて、何回か死にそうな目に遭わされたけど、アイアノアと居るほうが安心できる……。──なんて思っちゃいけないよな……。


 ミヅキはぶるるっと身震いした。

 めったなことは考えるものではない。


──そういえば領主様にも見張られてるんだったな。こんな恥ずかしい姿を見られてるのはたまらんなぁ……。そうでなくても俺やアイアノアは目立ちまくってるのに、やれやれだ……。


 ギルダーとゴージィの話にも出てきた貴族様、領主様の影。


 雛月は気をつけろと言った。

 この世界における確かな権力と実行力を持つ者との接触について。


 未来のアイアノアは言った。

 もうミヅキの存在は気付かれていて、あちこちから監視の目が光っていると。


──真面目な話、亜人と敵対してた人間の代表に、今の俺たちはどう映っているんだろうな……。最も険悪なはずの人間とエルフが、仲よさそうにしてる光景はさぞ珍妙ちんみょうに見えてそうだ……。


 いつか領主との謁見えっけんの際、この状況をどう説明したものか。


──まさか、大のエルフ好きだから、なんて言う訳にはいかないしなぁ……。一応は人間の立場で話をしなきゃいかんだろうな。どっちにしても、領主様がどういう出方をしてくるかによるけど……。


「ふわぁぁん……。私、何だかとっても安心しちゃう……」


 ミヅキが頭を悩ませていると、とろんとした顔でアイアノアは呟いた。

 油断をするとすぐ我を失いそうである。


「……まぁ、今はそんな先のことを考えても仕方がないな」


 自分と同じく、安心感を覚えているアイアノアを微笑ましく思いながら。

 そうして、二人は宿への帰途きとに付いたのであった。



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