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二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~  作者: けろ壱
第7章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅢ~

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第252話 獅子と羊と狐2


「どうぞ、ごゆっくりー。……ぷぷっ、ミヅキっちとアイアノアっちって面白おもしろっ」


 給仕に戻ってきたキャスが、テーブルに湯気立ゆげだつ紅茶を出した。

 その頃にはアイアノアは静かになり、すまし顔で姿勢良く座り直していた。


 何だか脱力したみたいに見えるミヅキとギルダーを尻目に、キツネギャルはおかしそうにくすくす笑って去って行く。


「あっぢぃッ……! こらぁッ、キャスー! 俺ァ猫舌ねこじただって何度言ったらわかるんだぁ!?」


「さーせーん、オーナー! くすくす……」


 かと思えば、熱い紅茶を口に運んだギルダーの情けない怒鳴り声が響き、キャスはいたずらっぽく舌をぺろりと出していた。

 わざとらしく悪びれる様子は、彼らの騒々しい日常を思わせる。


「まったく……。そんで、今日はどうした? 俺に何か用か?」


「あ、ああうん、ちょっと頼みがあってさ」


 しばらくガルル、と唸っていたギルダーだったが、気を取り直してミヅキのほうに視線をよこした。


 今日、ギルダーに会いに来たのにはもちろん理由があった。

 そうしてミヅキは目的の一端を語る。


王都おうとに行きたいんだ。だから足がほしい。大きめの荷車にぐるまを引っ張れるくらい、力の強い奴がさ」


「王都って、イシュタール王都か。ってことは、馬が欲しいって訳だな。しかし、王都なんかに行って何をする気なんだ?」


 ギルダーはフゥンと鼻を鳴らした。

 ミヅキの目的地は、この国の中心であるイシュタール王都である。


 計画の前段階として、王都へ行くための交通手段が必要だ。

 その手配をギルダーに頼み、思い描いた異世界攻略に着手していく。


「ちょっとした商売を試してみたいんだ。そのためには、王都で仕入れをする必要がある。だから、ギルダーには馬とかを扱う業者さんの斡旋あっせんをして欲しい」


「一応聞いとくが、何のためにそんなことをするんだ?」


 問い掛けるギルダーだが、いぶかしんだり、揶揄やゆしようとしたりのつもりはない。

 何のためにそんなことをしようとしているかは、何となく予想できていた。


 と、それには代わりにアイアノアが答えた。

 もうすっかりと彼女の機嫌は元通りで、いつものしとやかさを取り戻している。


「ミヅキ様はパメラさんのお店を繁盛はんじょうさせるおつもりなのです。ギルダー様、あなたと約束をされた通りに……。いいえ、それだけではありません。ミヅキ様のお考えが実現すれば、トリスの街全体の将来が明るくなっていくはずです」


「最終的にどうなるかはやってみないとわからないけど、これもパンドラの地下迷宮踏破(とうは)のための前準備なんだよ。きっと悪いようにはしないから、どうか協力してもらえないかな?」


 返答は予想通り、いや、どうやらそのさらに上をいっているらしい。

 パメラの助けになるだけでなく、街全体のことを考え、そのうえで伝説のダンジョンの攻略を見据えているという。


「ミヅキ、お前、あのときの話を本気で……。本当にパメラの店の面倒を見る気があるんだな……」


 ギルダーは神妙しんみょうな顔をしてミヅキを見下ろしていた。

 あのときの頼みをミヅキは覚えていて、それを実践しようとしている。


「ギルダー様、私からもお願い申し上げます。使命を果たすため、何卒なにとぞミヅキ様をお助けになって下さいまし」


 隣のアイアノアもギルダーに頭を下げた。

 この計画が使命遂行に繋がると、彼女は信じて疑わない。


 ミヅキもアイアノアに習っておじぎをした。

 それを見てギルダーは大きく頷いた。


「わかった! そういうことなら俺に任せてくれ!」


 力強くそう言って、分厚い胸板をどんと叩く。


「ちょっと時間をくれ! 夕方までには間に合わせる。近々、馬市うまいちを開く予定なんで、先にミヅキに馬を見せてやる。ちょうど貴族様用に上玉じょうだまを用意してたところだ。こっちにも回してもらえるようクチ聞いてやるよ」


 それは願ってもないギルダーの計らいだった。

 ミヅキも期待通りな展開に胸を膨らませる。


 貴族様──、とは噂のセレスティアル家のことだろうかと思いつつ。


「ありがとう、ギルダーの旦那。話が早くて助かるよ。で、頼みはまだあってさ。色々と買い物の注文もしたいんだけど、頼んでも大丈夫かな?」


「おう、何だ? 何でも言ってみろ」


 今度のミヅキの用事は、王都への交通手段の確保だけではない。


 ある物を作り出す必要があった。

 それをパメラの宿に備え付け、さらに王都に向かう際にはトリスの街からの遠路えんろを運んでいかなければならない。

 さっきの言葉通り、王都からの仕入れのためである。


「この前預けた雪男の戦利品を含めて、今から俺の言う物をパメラさんの店に届けてもらいたいんだ。代金はもちろん、仲介料とか手間賃とかは支払うからさ」


 ミヅキはギルダーにそれら材料の発注を掛ける。


「俺が欲しいのは──」


 まずは、以前に打倒を果たした伝説の魔物、雪男ことミスリルゴーレムから獲得したミスリル鉱石と、全身に生えていた上質な毛材である。


 続いて、鉄や銅といった金属類と、木材などの建材だ。

 馬を買おうとしているのだから、引いてもらう荷車にぐるま自体も必要だった。


「へぇ、荷馬車にばしゃはわかるが、他の品物はいったい何に使う気なんだ?」


「それは企業秘密ってやつだよ。ある物をつくるんだ。きっとみんなびっくりすると思うよ。多分、この国には存在しない初めてのものになるはずだからさ」


 眉をひそめるギルダーに、ミヅキはにやりとした笑みで答えた。

 同時に、ミヅキのその発言には重大な意味が含まれる。


 これまで導入には及び腰だった、この世界に存在しない利器りきをとうとう作り出すということだ。

 地平の加護の権能と、太陽の加護のサポートがあればそれは可能となる。


「もったいぶりやがるなぁ、楽しみになってくるじゃねえか。わかった、引き受けたぜ。この後すぐに手配してやるよ。──って、何だよその顔は?」


 二つ返事で快く引き受けてくれるギルダーに、ミヅキは目を丸くしていた。

 意外に思う、というほどではないが、とんとん拍子びょうしな状況に少し驚いている。


「話が早くて本当に助かるんだけど、やけに気持ち良く引き受けてくれるんだなって思ってさ。パメラさんとキッキのことだから、ちょっとは嫌な顔されたり、邪魔されたりするかなとは思ったんだけど……」


 ミヅキのすることで、パメラとキッキがうまくいくようになれば、もうギルダーの世話になることもなくなる。

 パメラにぞっこんで、度々(たびたび)ちょっかいを掛けていたギルダーとしては、面白くない状況のはずではあったが。


「何をすっとぼけたこと言ってやがる。俺を頼れると思ったからわざわざ足を運んだんだろうが。それによ、持つモン持ってるって知れた上客に、贔屓ひいきができなきゃ商人として失格だ」


 ギルダーはミヅキの要らない心配を笑い飛ばした。


 ミヅキは上客で、のある商談をしている最中だ。

 結果がどうあれ、私情などは挟まない。


 伊達だてに商工会の会頭をやっている訳ではない。

 ギルダーにも、商人としての矜持きょうじがあった。


「邪魔なんてするかよ。ミヅキのやることでパメラやキッキが幸せになるんなら、……俺ぁ、それでいいさ」


 それでも、諦めた風なふてくされ感と、どこか寂しそうな様子は──。

 ギルダーの人間臭さを妙に感じさせるのであった。


「ギルダー、やっぱりあんた見かけによらずいい男だな」


「うるせえな、見かけは関係ねえだろ」


 ギルダーという人物の人となりを再確認したミヅキは満足そうに笑った。

 良い香りのする紅茶をすすりながら、自ら思い描いた計画に自信を感じる。


──ありがたいなぁ、みんなが俺を助けてくれる。勇者だなんて持てはやされるのはむずがゆいけど、良いことをすれば自分にも良いことが返ってくる。絶対にそうなるとは限らないけど、このサイクルは大切にしないとな。それに──。


 ミヅキは思い出していた。

 現実世界にて、未来のアイアノアから告げられたカギとなる言葉を。


『商工会会頭を務められているギルダー様は商い事を牛耳るだけでなく、街の方々にも広く顔の利く方です。ギルダー様のお悩みを解決して、良好な関係を築ければ必ずやミヅキ様の力になって下さるでしょう。そのうえ、ギルダー様と結ばれた絆はやがてトリスの街全体を救う希望の道へと繋がるのです』


 ミヅキの街を救う行動の範疇はんちゅうには、このギルダーも含まれている。


 事を上手く運べば、その結果はいずれ自分へと返ってくる。

 情けは人のためならず、という言葉の通りに。


「それじゃギルダー、色々よろしく頼んだよ。俺たち、これからゴージィ親分とこに行くからそろそろおいとまするね」


「紅茶、ごちそうさまでした。それでは失礼致します」


「おう、そんじゃまた後でな。せいぜいしっかりやんな!」


 商談を成立させ、ミヅキとアイアノアは席を立った。

 ギルダーも立ち上がり、玄関扉のところまで見送りにくる。


 やがて二人が去り、重い音を立てて扉が閉まった。

 と、いつの間にかギルダーの後ろに、ミルノとキャスが立っている。


「勇者っていっても、なんかフツーな感じだったね。どっかいいとこのおぼっちゃんみたい、ミヅキっち」


「人当たりの良さそうな御方だね。伝説の雪男を倒すくらいだから、もっと強面こわもてで屈強な感じを想像したけど、キャスの言う通り育ちの良い貴族様みたいだ」


 噂に聞いていた勇者に拍子抜ひょうしぬけした様子のキャスは、両手を頭の後ろで組んで目をぱちくりとさせていた。

 それはミルノも同じで、ミヅキが噂通りの強さとは信じられない感じであった。


「だけど、ミヅキっちってオーナーの恋敵こいがたきなんだよね? 勇者が相手じゃ不利なんじゃなーい? しかも、パメラさんってば人間好きだしー」


「キャス、しーっ……。旦那に聞こえるよっ」


 ミヅキがパメラの借金を肩代わりした話はもう知れ渡っている。

 保護してもらった恩があるとは言え、大の男が女のためにそこまでするのだから、そういう尾ひれがついても何もおかしくない。


 パンドラ踏破を目指す勇者ミヅキは、美人で薄幸はっこうな女主人パメラと恋仲こいなかになろうとしているのではないかと、噂好きの街の人々の間でささやかれている。


「ん、あれ? でも、アイアノアっちはミヅキっちと仲良しこよしだって言ってたよね……? っていうことは──。わぁー、なんか複雑だー」


 但し、先ほど高らかな仲良し宣言をしていたアイアノアのことを考えると、色めき立つ噂も別の見え方をし始める。

 勇者は恋多こいおおき人間の男性で、獣人の女性どころか、エルフの女性にさえ想いを届かせようとしている節操無せっそうなしなのかもしれない。


「はーっ、やれやれ……。いいか、ミルノ、キャス、何かあったらミヅキにはできるだけ協力をしてやれ。あいつはすげえ野郎だ。一口に勇者だなんてくくりにゃ収まらねえくらいにな」


 そんなこんなで心中複雑なギルダーだったが、ミヅキへの協力を惜しむ気は無い。


「ミヅキさんのこと、随分と買ってるんですね。旦那のおめがねにかなうなんて、何かもうけ話のにおいでも嗅ぎ取りましたか?」


 少し驚いた顔をしているミルノがギルダーを見上げている。

 ここまで他人をほめているのは珍しい。


「へへっ、それもあるが、まあちょっとな……。とにかく俺は外に出てくる。店は頼んだぜ」


「はい、留守は任せて下さい」


「はーい、オーナー。いってらー」


 手を挙げてぶらぶら振ると、見送りの二人の声を背にしてギルダーはそのまま扉を開けて外へ出て行く。


「……」


 店の表に出ると、ギルダーはまぶしい日差しを見上げて目を細めた。


 ゴージィの武具店へと向かったというミヅキたちの姿はもうない。

 閑散かんさんとした通りを遠く眺め、黒いふちの口を開いた。


「……本当に、お前の言った通りなんだな。──アシュレイ」


 それは思わずもれた彼の独り言だ。

 今は亡き、かつての友人が言っていたことをふと思い出す。


『ギルダー、今回ばっかりは何だか悪い予感がする……。俺様の予感はよく当たるんだ。悪い予感であればあるほどな……。だからギルダー、お前に伝えておくことと、頼みたいことがある。……ギルダーを見込んでの話だ』


 勇ましい話し方に似合わず、童顔どうがんな冒険者の彼はそう言った。


 10年前──、あれは切羽詰せっぱつまった状況だった。

 パンドラの異変が起こり、魔物の大暴走モンスタースタンピードを思わせる大量の魔物が発生した。


 街と家族を守るため、妖精剣のアシュレイは戦いにおもむく。

 その際に、ギルダーはアシュレイから言葉を託された。


『俺様がパンドラから聞いた予言と、──いつか現れる勇者のことだ』


『……万が一、俺様にもしものことがあったら──』


 そうして、交わした最後の言葉の意味はしばらくわからなかった。


 10年の歳月が経ち、エルフたちが勇者と呼ぶ、得体の知れない人間の男がパンドラの近くで見つかった。

 人間の男はミヅキといった。


 パメラが進んで保護を買って出たのも、くだんの予言に関係があるのかもしれない。

 何せパメラもアシュレイも、王国きっての冒険者で、パンドラを最も深く潜った者たちだ。


「アシュレイよぉ、縁起えんぎでもねえ言い方しやがって……。お前の遺言ゆいごんを聞く羽目になっちまったじゃねえかよ……」


 ギルダーは目を細めたまま呟いた。


 アシュレイは何かを知っていたのだろう。

 いわく、それはパンドラの予言とやらで、勇者ミヅキに関する秘密である。


「……」


 但し、そんなことは関係無い。

 友の言葉と願いをギルダーは遵守じゅんしゅする。

 いよいよと、ミヅキがその機会を与えてくれたのだから。


──ミヅキが本物の勇者だってんなら、俺にはやらなきゃならねえことがある。……これは、俺とアシュレイとの約束だからな。




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