第250話 エルフ、ハートを解き放つ2
部屋に訪れたエルフ姉妹に迫られ、ミヅキは色々な意味でどきまぎしていた。
彼女らは魅惑のバストをさらけ出し、至って真剣な思いを語る。
「ミヅキ様、これが私たちの加護の源です。里を旅立つときに族長様より授かりました。これらは決して、容易に手に入るものではありません。太陽と星の加護の強さが物語るように、極めて希少性の高い秘宝中の秘宝なのです。……そして、これらはミヅキ様のおつくりになったものととてもよく似ているのです」
アイアノアは加護の本体に、ミヅキの手を触れさせたまま言葉を続けた。
先ほどのプレゼントのやり取りを経て、確かに気付いたことがあったのだ。
「ミヅキ様の地平の加護は、パンドラの地下迷宮ゆかりの力であると考えられます。先ほどミヅキ様が加護を用いてつくられた指輪などから、私とエルトゥリンの加護と同じ性質を感じました」
「さっき俺がみんなに贈った物が、太陽と星の加護と同じ……?」
目を丸くしたミヅキの問いに、アイアノアは、はいと答えた。
女性陣に渡したのは、魔石作成の技術を応用してつくったものである。
確かに、パンドラの地下迷宮の魔力が元になっているのは間違いない。
「……だとすると、太陽と星の加護もパンドラの地下迷宮と何か関係があるのかもしれません。そんな私たち三人が今こうして集まり、奈落の最果てを目指す使命を帯びている……。これは単なる偶然でしょうか?」
「言われてみれば確かにな……。前から思ってたけど、太陽の加護って本当に地平の加護のためにあるような加護だよな。地平の加護を目覚めさせてくれたのも、太陽の加護のお陰だった。あんまり深く考えなかったけど、それって二つの加護が同じもので、俺たちが出会うのもあらかじめ決められてたって風に考えられるのか」
「族長様はエルフの神より加護が授けられたと仰っておいででしたが、もしかしてエルフの神はミヅキ様にも何か関係がおありなのでしょうか……?」
「太陽と星の加護は、族長のイニトゥム様から渡されたもので、アイアノアもエルトゥリンもエルフの神には会ったことがないんだったね」
ミヅキにアイアノアはゆっくり頷いてみせた。
その神妙な顔を見つつ、謎めいた神の存在に思いを巡らせる。
──エルフの神っていうのは、あくまでエルフたちの崇める神って意味で、全く別の存在だっていう可能性もある。そのうえ、地平の加護と同質の加護をつくれて、パンドラの地下迷宮に関係がある奴……。
「……例えば、この身体の本当の持ち主、──創造主とかな」
やはり、考えつく先に思い浮かぶ正体はそれしかなかった。
地平の加護などというイカサマ能力をつくった創造主なら──。
同じく規格外の、太陽と星の加護をつくれても不思議はない。
この符号はおそらく偶然ではないだろう。
「族長様は私たち姉妹に神託を伝え、加護を与えて下さっただけでした……。他のことはとうとう最後までお話し下さりませんでした……」
アイアノアは思いにふける表情で独り言のように話した。
ぽよんぽよん。
「使命に不満や疑いがある訳ではないのです。ミヅキ様を助け、パンドラを鎮める大いなる役目を授かったのはとても光栄なことです。フィニス様をお止めする使命を果たす覚悟もできております」
彼女は真剣そのものに使命に向き合っている。
ぷるるんっ。
「私は確かめたいのです。心を躍らせていると言ってもいいです。このままミヅキ様と共に行けば、きっと使命以上のとてつもない運命が待ち受けている……。そう思うと胸がドキドキしてしまいます。……ミヅキ様もそう思いませんか?」
大真面目な顔のまま、アイアノアはミヅキに問い掛けるのであった。
たわわな胸を、ふよんふよんとはずませて──。
「お、俺も違う意味でドキドキしてるよ……。早く胸をしまってくれないか……」
そんなものを目の前でゆさゆさ揺らされ、ドキドキするなというほうが無理だ。
魅惑の谷間を見せつけられ、そっちが気になって話が全く頭に入らなかった。
思いを巡らすのに没頭しすぎて、アイアノアは胸を放り出しているのをすっかり忘れていたようだ。
こういうときの彼女は、本当に性に対して無自覚である。
「あっ、私ったらついお話に夢中になってしまって……。いつまでもはしたない姿を晒してしまい、大変失礼を致しまし──、きゃっ?!」
「ミヅキ、姉様から離れなさいっ! 見過ぎだし、触り過ぎっ!」
と、ちょっと驚いた顔をしてほんのり顔を赤らめるアイアノアを押しのけ、無理やりミヅキとの間にエルトゥリンが割って入ってきた。
そして何を思ったのか、姉に負けず劣らずな立派なバストを突き出してくる。
「どうせ触るのなら私のにしておきなさいっ! 神聖で高貴な姉様の胸に比べれば、私の胸なんて安いものなんだからっ!」
頼まれて着いてきて、仕方なく言う通りに服を脱いだまではいいが──。
またしても始まろうとしている、二人ののいちゃいちゃに我慢ができない。
これ以上大事な姉の胸を触れられては、嫉妬でおかしくなってしまいそうだ。
事実、エルトゥリンの気は動転していたに違いない。
『チャンスだ、三月っ!』
すると、すかさず感情を込めた声を頭に響かせる雛月。
『おっぱいに貴賎なんてあるもんかっ! これは星の加護に触れられるまたとない機会だよ! しっかり入念に触っておくんだぞっ! 手触りや肌の質感、やわらかさや温かさ、全ての感触が情報になる!』
待望の星の加護を洞察できるとなればこの好機に全力を挙げる。
地平の加護は本格的に活動を開始し、ミヅキの顔に回路模様の光が浮かんだ。
星の加護は絶対に必要不可欠で、一刻も早く洞察すべき権能だ。
だから、ミヅキだって覚悟を決めた。
「──わかった! エルトゥリン、ちょっとだけ我慢しててくれ!」
『あっ、但し優しく触れるんだよ!? 女の子の胸はデリケートなんだから、絶対に乱暴にしちゃ駄目なんだからねっ!』
くどいようだが、あくまで星の加護に触れるだけである。
断じておっぱいにではない。
「んぅっ……! くすぐったい……。触り方、いやらしっ……」
雛月に導かれるまま、ミヅキは半ば強制的にエルトゥリンの胸元に触れる。
青い宝石はひんやりしていて、すべすべの感触も太陽の加護と同じだった。
但し、加護は底無しの深遠さを思わせる。
今はとても静かにしていて、戦いのときのような激しさは微塵にも感じない。
一筋縄ではいかないのは触った瞬間にわかった。
「……ハァハァ、恥ずかしい……」
急に真剣になったミヅキに胸をまさぐられ、エルトゥリンの顔を真っ赤っか。
引き締まった胸筋と腹筋とは裏腹、均整の取れた形の両乳房は綺麗で美しい。
ただ、恥ずかしさにに身をくねらせる姿はとても艶めかしかった。
「ねぇ、ミヅキ……。そ、そろそろ触るのやめ──」
触れられている感触と、ぎらぎらさせるミヅキの視線に耐えかねて、エルトゥリンが小さく悲鳴をあげようとしたそのときだった。
胸元の青い宝石に接しているミヅキの指先から何かを感じた。
──えっ? これはなに……?
地平の加護の洞察中は、ミヅキからの干渉を受ける形になる。
その副次的な効果として、逆にエルトゥリンの側からもミヅキの心に触れることになるのである。
いや、このときエルトゥリンが覗いたのは、正確にはミヅキの心ではなかった。
──ミヅキの中にも星の加護を感じる……。どうして……?
まだ洞察は済んでいないはずなのに、すでにミヅキの中に星の加護を感じる。
エルトゥリンが触れていたのは自分のものと同様の神秘である。
神秘は自然と心に入り込んできて、心象の存在は確かな姿を現すのだった。
──なに、これ? ミヅキの中に、私がもう一人……?
エルトゥリンが見たもの──。
それは、もう一人の自分であった。
いつの間にか辺りは宿の部屋ではなく、白い何もない空間に変わっている。
これはミヅキたちの加護が見せる、時間の止まった精神の中の世界。
そこでエルトゥリンは正面に向かい合って、自分と顔を突き合わせていた。
赤い掛け襟の白衣と、鮮やかな緋色が目を引く袴の巫女装束姿の自分。
それはミヅキが断じた、未来のエルトゥリンである。
ぽかんとしていると、未来の自分が微笑みかけてきた。
『ミヅキに優しくしてあげて……。ミヅキはとてもいい子よ……』
まるで自分ではないみたいな素敵な笑顔で、巫女のエルトゥリンは言った。
言葉の意味を理解すると同時に、気持ちが溶けて意識があやふやになる。
ミヅキは先の現実世界において、他ならぬ未来のエルトゥリン自身から星の加護の欠片を受け取っていた。
その奇跡のお陰で、魔都と化した神巫女町から脱出することができた。
現在のエルトゥリンが触れたのは、そのときの記憶の残滓であろう。
「ミヅキはいい子……。ミヅキはいい子……」
エルトゥリンはぽやんとした表情になっていた。
ぶつぶつと言いながら、前のめりにミヅキとの距離を詰める。
かと思えばすごい力でその両肩を捕まえ、愛おしそうに抱きしめた。
はだけた胸はそのままで、ぎゅうっと。
さっきまでの及び腰が嘘のようであった。
「まあっ、エルトゥリンったら……!」
「エ、エルトゥリン、どうしたんだ?」
普段の妹らしからぬ熱烈な抱擁に、アイアノアは色めき立った声をあげる。
思いもよらずエルトゥリンと触れ合い、ミヅキも何が起こったのかわからない。
じっくり洞察できたのは星の加護だけではない。
硬くたくましい筋肉とは違い、押し付けられたエルトゥリンの胸の膨らみはちゃんとしたやわらかさであった。
「さっきは恥ずかしくて言えなかったけど──」
胸の谷間にミヅキの頭を抱き寄せ、宝物を大事にするように優しく撫でる。
唇を耳に近付け、エルトゥリンは小さな声で囁いた。
「──髪留めの贈り物、ありがとう……。嬉しかったよ……」
それはさっき言えていなかった、ミヅキへの感謝であった。
初めて男性からプレゼントを受け取り、素直な気持ちをぼんやり言葉にした。
心象的なもう一人の自分に触れたことで、純真さが心を満たした。
そうでなくとも、普段はつんけんして冷たいするエルトゥリンだが、憎からず思う相手から素敵な贈り物をもらえば嬉しくないはずがなかった。
「エルトゥリン?」
「ミヅキ、ミヅキ……」
ただ、エルトゥリンの愛情表現は留まるところを知らない。
星の加護がある種の暴走状態に陥って、前後不覚になっている。
「ミヅキ……。私と、キスしよ……」
「わぁっ!? それは駄目だって! って、ものすごい力だなあ……!」
エルトゥリンはとろんとして唇をすぼめると、急にキスを迫ってきた。
万力かそれ以上の力で頭を両側からがっしり掴まれ、全く身動きができない。
両手を突き出して身体を離そうにも、岩山でも押し返そうとしているのかと錯覚するくらいびくともしない。
こんな圧倒的な力でキスをされそうになってはどうしようもなかった。
と、あわや絶対強者のエルトゥリンに唇を奪われそうになったそのとき。
「──え、……はっ?! なっ、なにすんのよっ!?」
すんでのところでエルトゥリンは我に返った。
そうして、眼前のミヅキの顔に反射的なビンタを放つ。
当然回避不能だったところ、まともに頬を打たれてベッドの上まで吹っ飛ばされてしまった。
「ぎゃあっ!? 何でだよっ?! こっちの台詞だよっ! あぁ、意識が……」
硬いベッドに頭から突っ込み、一度はがばっと起き上がったものの、ミヅキは目を回してそのままばたんと再びノックダウンするのだった。
「……はあはあ、危なかった……! わっ、私までミヅキの魅了にやられるところだった……。なんて強力な暗示なのかしら……」
肩で荒い息をつきながら、エルトゥリンは恐れをなしていた。
アイアノアと同じように、危うく自分もミヅキの術中にはめられそうになったと思い込んでいる。
「きゃあ、ミヅキ様っ! エルトゥリン、何てことをするの!?」
「ウヒャー!? アイアノア、胸しまってくれえ!」
気を失いかけていると、猛烈に刺激的な感触を受けてミヅキは飛び起きる。
何度目になるかわからない妹の乱暴で傷付いたミヅキに、アイアノアが飛びついてきて抱き上げた。
しかし、彼女はたわわなおっぱいを解き放ったままだ。
今度はアイアノアの胸に顔ごと捕まえられ、これでもかとずっしりした柔肉を押し付けられてしまう羽目になった。
これでは逆に、ミヅキが魅了され虜になってしまうのも時間の問題だ。
「しかも、今は駄目だってーっ! アイアノアーっ!」
さらに、今のミヅキは地平の加護を全開で発動中だ。
顔を回路の線模様で光らせ、強制的に身体中を巡る良質な氣に悲鳴をあげた。
神交法でアイアノアの魂との経路を結び、地平の加護が稼働しているなら──。
肌と肌の繋がりが起こすのは正常な体交法である。
「ふわぁんっ! ミヅキ様ぁっ、お顔でぐりぐりなさらないで下さいましぃっ! そんなにされたらっ、胸の形が変わってしまうではありませんかぁー!」
案の定、ミヅキとアイアノアの身体を洗練された魔力がぐるぐる回る。
房中術の効果が発揮され、二人は天にものぼる心地よさを味わった。
殊更、衣服越しではない、生のおっぱいの谷間に顔を沈められる衝撃たるや筆舌に尽くしがたく、それはもう半端なかった。
「お、押し付けてくるのはそっちだろうー!」
イヤイヤと言う割に、自分からは決して離してくれないアイアノア。
そんな彼女の胸の中で、ミヅキは必死になってもがいていた。
なんともはや、慣れない房中術を乱用するものだから、めくるめく効果にすっかりとおぼれてしまっている有様だ。
「ふわあぁ、こんなこといけないのにぃ……! でもぉ、ミヅキ様とこうしていると心地よい魔力が満ち溢れてきてしまってぇ……! 離したくありませぇんっ! もっともっと抱き締めていさせて下さいましぃー!」
「く、苦しいっ! 死ぬう、助けてくれぇー!」
但し、我を忘れたアイアノアに囚われたミヅキへの仕打ちは、またしても命を危ぶませるものだ。
性懲りもない絶体絶命の渦中にて、ミヅキは嬌声混じりなアイアノアの意思表明を受け取るのであった。
「ミヅキ様ぁ、私っ、いっぱいいっぱい頑張りますからぁっ! ミヅキ様とエルトゥリンと一緒にぃ、きっと使命を果たしましょうねぇっ! そしていつの日か、私たちの運命の秘密を解き明かしましょうっ! ふあぁぁぁぁぁーんっ!」
「わかった、わかったからっ! 頼むから離してー、アイアノアーっ!」
ベッド上でもみくちゃになっている二人を、横目で睨むエルトゥリン。
赤らんだ頬はそのままで、複雑な表情を浮かべていた。
「もう、ミヅキの馬鹿……!」
エルトゥリンの声ににじみ出るのは、言葉にできないいら立ちであった。
すぐ近くで、ミヅキとアイアノアの騒ぎ声が不協和音みたいに上がっている。
収拾の付かないドタバタ劇は見るに堪えない。
しかし、エルトゥリンは心ここにあらずで、二人の騒ぎは聞こえていない。
「あっ……」
何気なくスカートのポケットからこぼれ落ちたものが床に転がる。
それはさっきミヅキからプレゼントされたミスリルのヘアピンだ。
慌てて拾い上げ、手の中のそれをじっと見つめている。
「……」
感情に青い瞳を揺らし、少女そのものに物思うのであった。
「うわあ! 何やってんだよ三人とも?!」
騒ぎを聞きつけたキッキが部屋の様子を見に来てくれなければ、ミヅキの運命はどうなっていたかわからない。
部屋に入ったキッキが見たのは、訳のわからない壮絶な状況だった。
半裸のエルフ姉妹が居て、妹のほうはセンチメンタルな様子で物思いにふけり、姉のほうはベッドの上で腫れた顔のミヅキを締め上げ、半殺しにしている。
「アイ姉さん、そんなにしたらミヅキが死んじゃうよっ! エル姉さんも見てないで止めてくれよー! ママー、助けてー!」
キッキの助けを求める悲鳴で、ミヅキはこの後パメラに救出されることになる。
正気に戻ったアイアノアとエルトゥリンは反省し、揃って平謝りをする。
どうやらこれで、命からがらの事態は収まったようである。
しかし、ミヅキは神交法の強力さに、今後のことが思いやられると盛大なため息をつくのであった。
三巡目の異世界転移は、何だかのっけから色々あった気がする。
未来からの使者だったあのエルフ姉妹、創造主を名乗る自分からの謎の伝言。
神交法に始まったプレゼント騒ぎを経て、ミヅキは迷宮の異世界攻略の手立てを力強くみんなに語った。
こうしてようやく。
ミヅキは本当の意味で旅立ちの一歩を踏み出したのだ。




