第249話 エルフ、ハートを解き放つ1
「──って感じで、これが俺の考える今後の計画だ。見立て通りにいくなら、多分この街を中心として、大きな人の流れをつくることができるはずだ」
朝食を共にしながら、ミヅキはこれからの計画を一同に語っていた。
加護の権能を全面的に頼りにし、迷宮の異世界攻略に大胆な一歩を踏み込む。
温かいミルクと香ばしいパンの漂う香りの中、ミヅキは振り向いた。
「どうですかね、パメラさん? 商売歴の長い専門家に意見を聞きたいです」
テーブルのそばに立つパメラは、ミヅキの話にぽかんとしていた。
常に落ち着いた雰囲気の彼女にしては珍しく、驚いた風に猫の耳を動かす。
「……えっ、あっ、そうね。どうやるのかはわからないけれど、もしもそんなことができるのなら大勢のお客さんをトリスの街に呼べるようになるかも……」
「すっごい話だなぁー! ミヅキが言うと、ほんとにできそうな気がするよっ! あたしは信じるよ、勇者ミヅキがこの街を救ってくれるってさ!」
キッキは満面に期待を浮かべ、目をきらきらさせている。
勇者なんておとぎ話、誰も信じてないとやさぐれていた頃が懐かしい。
「よしっ、それじゃあ善は急げだ! すぐに準備に取り掛かるから、アイアノアとエルトゥリンはいつでも出られるよう支度しといてくれ。俺も一旦部屋に戻るからまた後でね」
「はいっ、わかりましたっ! これは忙しくなりそうですねっ! エルトゥリン、私たちもしっかりミヅキ様をお助けするわよっ!」
「……う、うん……」
ごくごくとミルクを飲み終え、ミヅキは意気揚々と立ち上がった。
やる気に満ちあふれるその様子に、アイアノアも一緒に嬉しくなる。
急に同意を求められ、エルトゥリンはびくっと肩を震わせた。
この日、勇者ミヅキ一行は大きく動き出す。
これまで集めた情報と、物語の因子を元として本格的な行動を開始する。
「あっ、ミヅキ、あのね──」
と、部屋に戻ろうと2階への階段を上がろうとするミヅキの背中に声が投げ掛けられた。
振り向くと、そこには物憂げな顔をしたパメラが立っている。
「……」
やはり何かを言いたそうにしていて、何かに迷っている風に見えた。
ミヅキとてパメラの様子がおかしいことに気付いていた。
一方的な申し出に口を挟まず話を聞いていてくれたものの、彼女はずっと気持ちを抑えていたように思う。
「……ううん、何でもないわ。パンドラの地下迷宮踏破の使命、頑張ってね」
だからこのときも、パメラは笑顔を取り繕って何も言わなかった。
パメラは何かを思い煩っている。
それがわからないほどミヅキも子供ではないが、譲れない目的のためにもう止まる訳にはいかない。
「はい、頑張ってきます。俺に全部任せておいて下さい、パメラさん。きっと色々なことがうまくいくようにしてみせますから!」
「気をつけていってらっしゃいね。ミヅキ」
もうパメラはいつもの優しい母の顔に戻っていた。
笑顔でミヅキの視線を切ると、厨房のほうへ戻っていく。
「……行ってきます、パメラさん」
その背を見送り、ミヅキも踵を返して部屋へ戻るのであった。
これから繰り広げる、いかにもな物語の展開が驚きであればあるほど──。
このやり取りは後を引くことになるが、ひとまずそれは後で考えるとしよう。
独りよがりではこの計画は完遂できない。
そう肝に銘じながら。
「姉様、姉様……」
と、その頃。
テーブルを立とうとするアイアノアに、か細い声が掛けられる。
それは、おろおろと慌てた表情のエルトゥリンのものだった。
「エルトゥリン? そんなに不安そうな顔をしてどうかした?」
「姉様、教えて……。私、どうしていいかわからない……」
目を瞬かせる姉に、妹は手のそれを差し出した。
「……これどうしよう? 私、こんな贈り物なんてもらったことない……。しかも男からだなんて初めてで……。……こんなの、困る……」
エルトゥリンのそろえた両手の上にちょんと乗っていたのは、薄い碧色のミスリルのヘアピンセットだった。
ミヅキから受け取ったはいいが、どう扱っていいかとずっと悩んでいた。
何よりこれは、エルトゥリンにとって、初めての男性からの贈り物だった。
「私にはきっと似合わない……。戦うしか能の無い私なのに、普通の女の子みたいなおしゃれをするだなんて、こんなおかしなことはないわ……」
自分は勇敢なエルフの戦士だという自負がある。
だから戦士を志して以来、女としての自分を意識するのを久しく忘れていた。
それが思わぬ贈り物をもらってしまい、急に男女間の気恥ずかしさが目覚めてしまったようである。
「そっ、そうだ、姉様が使って。綺麗な姉様にならよく似合って──」
「──駄目よ。それは、ミヅキ様がエルトゥリンを思っておつくりになったものよ。だから大切にしなくっちゃね。それに──」
と、困惑する妹を、姉は優しい微笑みでたしなめた。
精強な戦士であると同時に、同じエルフの女性として認めていることがある。
それはずっと昔から変わらない。
「似合わないなんてそんなことはないわ。心配しなくてもエルトゥリンは可愛くって綺麗よ。自信を持って大丈夫なんだからっ」
「ね、姉様っ……!」
屈託のないアイアノアの言葉に、エルトゥリンは顔を真っ赤に染めた。
その表情には本当に予想できなかった驚きと、嬉し恥ずかしの気持ちがいっぱいであった。
「髪飾りの贈り物はね、これからも長く一緒に居たいって意味が込められてるの。博識なミヅキ様のことだもの。きっと意味を理解したうえで贈って下さったのよ」
「……ん、んぅ……」
肩をすぼめて背中を丸め、エルトゥリンは小さくなってしまった。
落とした視線は手の髪飾りに注がれる。
アイアノアから顔が見えなくなったが、もっともっと赤くなっているのだろう。
「それよりも着いてきて、エルトゥリン。ミヅキ様に少しお話があるの」
言い残し、アイアノアは先にテーブルを立った。
妹の可愛らしい反応に、機嫌良く2階への階段へ向かっていく。
「……私が可愛い? 姉様ったら、冗談ばっかり……」
そんな背中を上目づかいに見上げ、エルトゥリンは口を尖らせた。
「男が女にこんなっ……。すっ、素敵な贈り物をするだなんて……。どう受け止めていいか私にはわからない……」
もう一度、手の中のヘアピンをじっと見つめる。
その困り顔は間違いなく乙女のものだった。
「長く一緒に居たいってそんな……! ミヅキは私のこと、好きなのっ……!? まさか私とも結婚を考えてっ……! あっ、あっ、あり得ないっ!」
バチバチッ、と星の加護のオーラが漏れ出している。
あわや感情と一緒に色々なものが爆発してしまいそうだったが──。
アイアノアがミヅキの部屋を訪ねるというので自分も慌てて席を立った。
姉妹は似た者同士だ。
アイアノアが楽観的で能天気なら、きっとエルトゥリンにも通じるところがあるに違いない。
男女間のやり取りに免疫がなく、姉の心配をしている場合ではないくらい純粋で危うい。
その危うさは暴走にも似たトラブルを生むことになる。
それはミヅキに女難として、遺憾なく降りかかるのであった。
◇◆◇
「ミヅキ様ぁ、少しよろしいですかぁ? エルトゥリンも一緒ですぅ」
「ああ、どうぞ入って。カギかかってないよー」
部屋で着替えを終える頃、ドアの向こうからアイアノアの声が掛けられた。
特に何も考えず返事を返すと、二人が部屋に入ってくる。
多分、後から入ってきたエルトゥリンが後ろ手にドアを閉めた。
「二人とも、どうしたんだ? もういつでも出発できる感じかな?」
意味ありげな微笑みを浮かべ、アイアノアはゆっくり近付いてきた。
その背中に隠れるエルトゥリンは、うつむき加減で落ち着きのない感じだ。
かと思うと、二人はとんでもない行動を取り始める。
「……」
ぷちっ、しゅるしゅる……。
無言のまま、アイアノアはいきなり上着を脱ぎ始めた。
彼女の服は、襟元を外すと左右に開くタイプのもので、がばっと前をはだけさせ、白い下着に包まれた大きな乳房を露わにした。
アイアノアの魅惑のバストが、目の前に揺れながら現れる。
「うわわ、駄目だってアイアノアっ! エルトゥリンが見てるぞっ!」
突然の悩殺的な光景にミヅキは焦った。
但し、アイアノアよりも後ろのエルトゥリンが気になって大慌てである。
さっき受けたお仕置きが心底に身に染みていた。
アイアノアのこんな姿を見てしまっては、どんなひどい目に遭わされるかわかったものではない。
「んんっ……!」
しかし、エルトゥリンの行動も予想外のものだった。
どういう訳か彼女までもが服を脱ぎ始めたのである。
赤らめた顔をそらし、アイアノアと同じく衣服の前を勢いよく開いた。
姉に負けず劣らずの大きな胸が、ばるるんっと放り出される。
「エルトゥリンまでっ! 二人ともどうしちゃったんだよ……?!」
固まってしまったミヅキの前に──。
澄ました笑顔のアイアノアと、恥ずかしそうに震えるエルトゥリンのあられもない下着姿が披露された。
姉妹で違った下着を着用していて、アイアノアがホルタービキニ風のもので、エルトゥリンはチューブトップ風に白布を巻いている。
「ミヅキ様、ミヅキ様──」
謎の緊張感の中、アイアノアがずいずいっと距離を詰めてくる。
さらに近く、ミヅキの前にはち切れそうな柔肉が押し付けられた。
いったい彼女たちはどうしてしまったのだろう。
もしやこれは、朝から色々と勘違いをさせてしまい、何らかの仕返しを受けている真っ最中なのかもしれない。
などと思っていると。
「どうか、ご覧下さいまし」
「えっ……? そ、それはっ──」
当たり前だが、アイアノアが見せたかったのは立派なバストではない。
胸の谷間の少し上辺り、前胸部に緑色に光る小さな物体がある。
それは周囲の皮膚組織と融合していて、白い肌と一体化していた。
「──太陽の加護と、星の加護の本体か……」
まぶしい柔肌を見ないようにして、ミヅキは呟いた。
アイアノアにはエメラルドカットの碧の宝石が。
同様にエルトゥリンの胸にも、マーキスカットの青いサファイアを思わせる宝石が埋め込まれていた。
それらは彼女らの力の源であり、太陽と星の加護の本体である。
ミヅキは魔石のようだと感じ、雛月も魔石によく似ていると発言していた。
「どうぞ、触って確かめて下さいまし。ミヅキ様に私の加護をもっと知って頂きたく思います。より近く、より深く、理解し合いたいのです」
「さ、触れって言われても……」
無邪気な笑顔で大胆に迫られ、今度はミヅキのほうが赤面してしまう。
不思議な緑の宝石も気にはなるが、どうしたって魅力的な胸の膨らみのほうが気になって仕方がない。
「遠慮なさらず、さあ──」
「あっ、ちょっと、アイアノアっ……」
もたもたしているとアイアノアに手を取られ、胸へと押し付けられてしまった。
「ふぁんっ……。うふふ、ミヅキ様、触り心地はいかがですか?」
「あ、あったかくてすべすべしてる……。って、加護のことだからね!」
やっぱり色っぽい声を出すアイアノア。
感想はあくまで太陽の加護について、である。
おっぱいについてではない。
──もうアイアノアと太陽の加護は洞察済みだって思ってたけど、直に触ってみるとより一層理解が深まる感じがするな。神交法で心まで繋がった訳だし、アイアノアとは何があっても仲良くやっていけそうな気がする。……あっ、いやいや、使命の話だからな、念のため!
アイアノアの人となりをよく理解して、パートナーとして仲は深まった。
憧れのエルフの美女というだけでない。
使命達成にひたむきな彼女には、ミヅキも心を動かされたものだ。
惚れた腫れたやらは別として、今後も仲良くしていきたい気持ちは本当だった。




