第246話 ドキドキッ! 神交法の神秘2
『気魂接続・対象選択・《エルフ、アイアノア》・性霊同期完了』
地平の加護が、アイアノアとの同期完了の復唱をした。
これで神交法を取り交わせる条件をクリアーしたことになる。
「よし、繋がった! アイアノアの心の一部、確かに預からせてもらったよ!」
「ふわぁ、ミヅキ様のお心を私の中に感じますっ。とっても身体が温かいですっ」
気付けば周囲の風景は、冒険者と山猫亭の店内に戻っていた。
但し、アイアノアにはさっきよりも世界が明るくなって見える気がした。
ミヅキに心を開き、閉じがちだった自分の気持ちが外に顔を出したからだ。
事実、浮遊する太陽の加護の光は明らかに強く眩しくなっていた。
「じゃ、行くよ……! 神交法、発動だっ!」
満を持して、神々の異世界から伝えられた房中術の奥義が発揮される。
ミヅキの瞳に、アイアノアの瞳に、円環の光がぐるんっと浮かんだ。
瞬間、二人の間を堰を切ったかのような氣の奔流が巡り、ほとばしる。
「はぅんっ!? ふわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーんっ……!」
たまらずアイアノアは絶叫していた。
電流が流れたように全身をびくびく震わせ、天井を仰いで弓なりに背をそらす。
身体中を洗練された魔力が物凄い速さで出たり入ったりして、その度に細胞一片一片が活性化しているのがわかる。
予想だにしなかった強く激しい刺激が全神経を駆け巡った。
これまでの加護同士の触れ合いとは、比べものにならない心地よさに歓喜する。
それはそれは、もう天にも昇る気持ちよさであった。
「ふぁっ、あぁっ、あああァァ……! もう駄目ぇぇぇ……!」
足腰に力が入らなくなって、膝がかくんと折れてしまう。
そのままアイアノアは後ろ向きにぶっ倒れた。
ただただ、その表情はとろけきって満ち足りたものであった。
「あっ、危ないっ! アイアノアっ!」
ひっくり返るアイアノアを庇おうと、ミヅキは思わず抱き付くも、その場に共々尻餅をついてしまった。
ミヅキ自身も、身体を打つ魔力の波に興奮を抑えきれない。
図らずもアイアノアと密着して、さらに気持ちが昂ぶってしまっていた。
「す、凄いなっ、頭がくらくらする……。相変わらず刺激的だなぁ、神交法は……。大丈夫か、アイアノア?」
「……ハァ……」
二人は向き合ったままで、ミヅキは膝を崩して座り込み、アイアノアもお尻を床につけてぺたん座りをしている。
ミヅキは目をちかちかさせながら、うっとりした顔のアイアノアと神交法の威力を共有するのであった。
そして、新たなる発見を体感して驚いていた。
──日和としたときより、アイアノアとするほうが遙かに効果が高いじゃないか! 素人の俺でもわかるくらい身体中が魔力で満たされてる! これはあれか……? 説明はできないけど、神交法にも魂同士の相性みたいなのがあるってことか?
それが本当なら、これまで感じたことのないこの絶大な効果は、アイアノアとの相性が抜群であるという証拠でもある。
憧れのエルフ美女との、思い掛けないマッチングに嬉しいやら照れるやら。
「イヤぁ、離れないでくださいまし……」
「アイアノアっ? どうしちゃったんだ?!」
しかも、ミヅキがそう感じているなら、それはアイアノアも同じのようだ。
ミヅキが起き上がろうとしたところ、いつの間にか両手を首に回されしっかり捕まえられている。
「ミヅキ様ぁ……」
恍惚とした表情の彼女は、ぽわぽわと夢見心地で正気とは思えない。
さっきの心象空間ではないが、ミヅキをお気に入りのくまのぬいぐるみだと思っているのか、抱き付いて頬ずりまでしている。
「なななっ、なにやってんだよ、二人ともっ……!? なんかやらしーぞっ!」
ミヅキとアイアノアが密着してはらはらさせられ、今度は大声をあげて二人して抱き合っているのを見せられ、キッキまで顔を赤らめ騒いでいる。
と、そんな娘にそっと目隠しをするのはパメラ。
「ミヅキ、仲が良いのはいいことだけど、そういうのはお部屋で二人きりのときにしてちょうだいね。……キッキにはまだ刺激が強いわ」
何が起こっているのかよくわからないが、二人が仲良しこよししているのはわかったみたいで、困り顔で微苦笑を浮かべていた。
兎にも角にも、キッキに見せるにはちょっと相応しくない光景だ。
「ミヅキ様ぁ、私、とっても幸せな気持ちですぅ……。やっぱり、口づけいたしましょう……? 是非ともそうしましょう……」
「ア、アイアノア……?!」
さらに、気持ちが盛り上がった前後不覚のアイアノアは、唇をすぼめると躊躇無くミヅキの顔に迫ってくる。
思いもよらず、今度はミヅキに貞操の危機が訪れていた。
しかし、そうは問屋がおろさない。
「だっ、駄目だって、アイアノアっ──、ぐぇっ!?」
「何してるのっ!? 離れなさいッ!」
寝起きのトラブルのときと同じく、首根っこを思いっきり後ろに引っ張られる。
目の前で展開される、目も当てられない光景にエルトゥリンは我慢の限界だ。
「ミヅキッ、許さない! 姉様に何かしたわねッ!?」
無理やりアイアノアから引き剥がされ、怪力で持ち上げられたままエルトゥリンと顔を突き合わせられる。
彼女は当然ながら、かんかんに怒っていた。
どう見たって大事な姉にミヅキが何かをしでかし、おかしくしてしまったと映っただろう。
「へ、変なことはしてないよ……。俺はただ……」
「ただ、何よ!? ……ん? えっ?!」
後ろ襟を掴まれ、宙ぶらりんのミヅキの顔を睨み付けていたエルトゥリンは、ふと何かに気付いた。
その視線はゆっくり下に下げられ、ミヅキの下半身に注がれていき──。
「……ッ!? ──ミヅキッ、最ッ低ッ!」
かぁっと顔色を真紅に染め、エルトゥリンは驚きと共に叫んだ。
問答無用のスーパービンタが振るわれる。
バッチィィィーンッ!!
「うっぶぅぅぅぅぅぅッ……!?」
顔が変形するくらい平手打ちを叩き込まれ、床と水平に吹っ飛んでいくミヅキ。
またも椅子とテーブルを薙ぎ倒して、派手に壁際まで転がっていった。
「そんなところをそんな風に元気にさせてっ! 言い逃れはできないわよっ!」
「ご、誤解だってぇ……! ちょっと待ってくれ……!」
「問答無用! ミヅキィッ、お仕置きよッ! 覚悟しなさァいッ!」
「うぎゃあああっ! だっ、誰か助けてくれぇーっ!」
エルトゥリンの怒りは収まらず、瞬時に距離を詰められ追撃される。
胸ぐらをつかんで引き起こされ、ミヅキはさらなるお仕置きのビンタを食らう羽目になったのであった。
アイアノアの気持ちが盛り上がったのと同様で、ミヅキも元気はつらつになってしまっていたのが原因だったのは言うまでもない。
魔力問題を解決させるのと並行して、神交法に免疫をつくる必要もありそうだ。
「──はっ!? わ、私ったらいったい何を……!?」
と、惚けた顔をして床に座っていたアイアノアは、はっと我に返った。
ミヅキと目を見合わせていたら、突然気持ちが昂ぶって意識が飛んでしまった。
ぼんやりしていた記憶は徐々に、鮮明に思い出される。
「あっ……!」
かつてない心地よさを覚えて夢中になり、大声を張り上げてしまった。
自分の身体に起こった出来事を理解して、アイアノアはこれまで以上にぼわんっと顔を真っ赤にしてしまうのだった。
「ハァハァ……。恋人同士でもない男性とこんなっ……。こんなことになっちゃうなんて……! な、なんてはしたないのっ……?」
──魅了に対する耐性は効いてる……。私たちエルフには状態異常は通じないはずなのにどうして……? もしかして私、自分からミヅキ様を受け容れたというの? ミヅキ様のお気持ちを、魂と同じ深いところで認めてしまったんだわ……。
「いやぁん、ふわぁんっ……。これでは、もうお嫁に行けませんっ……」
頭のてっぺんから湯気を出すほど恥じ入り、両手で顔を覆ってかぶりを振る。
さっきのは何らかの魔法に掛かった訳ではない。
自ら望んで、心の奥底までミヅキを迎え入れたということだ。
言葉の上では了承したつもりだったが、まさかこんな恥ずかしいことだったなんて思いも寄らなかった。
「えっ……? あぁっ!? 大変っ、ミヅキ様ぁっ!」
と、アイアノアは耳をぱたたっと動かして何かに気付く。
顔を上げると、知らずうちに始まっていた大騒ぎにびっくりしてしまう。
壁際に追い詰められ、馬乗りになったエルトゥリンに組み敷かれ、抵抗できずに平手打ちの猛攻を受けているミヅキの可哀相な姿があった。
「よくも私の大事な姉様に変な術を掛けたわね!? 仲間の私たちにはそんなことしないって信じてたのにっ! 絶ぇっ対に許さないんだからッ!」
「ご、誤解だぁー! もう勘弁してくれぇっ! ぎゃああぁーッ……!」
右手で左頬を打たれ、左手で右頬を打たれ、やり過ぎ感が半端無い。
ミヅキの顔は真っ赤に腫れ上がり、痛々しすぎることこの上ない。
「エ、エル姉さん、そのくらいで勘弁してやってくれよ……」
「ミヅキもきっと反省してるわ……。許すのも、女の懐の深さよ……?」
おろおろとエルトゥリンを止めようとするキッキとパメラだが、そんな声が届いている様子は無い。
怒れるエルフの恐ろしさに、戦々恐々《せんせんきょうきょう》と怯えるしかなかった。
「やっ、やめなさい、エルトゥリンっ! 私なら大丈夫よ! そ、そんなに叩いたらミヅキ様が駄目になってしまうわ!」
事態の深刻さにアイアノアの顔色も、赤から青にさぁっと変わっていた。
但し、当の大事な姉の声ですら、今のエルトゥリンには聞こえていない。
依然、暴虐の折檻は続いていた。
「やめなさいったら! 私の言うことが聞けないのっ?!」
言うことを聞かないエルトゥリンに、アイアノアも思わず声を荒げた。
このままでは冗談抜きで、本当に使命の勇者に命の危機が及んでしまう。
そう思った瞬間、彼女は劇的な現象を無意識に発生させていた。
ビュオオオオォォォッ……!! ガタガタガタガタガタッ……!!
締め切っていた店内に関わらず、突風のような強い風が急に吹き荒ぶり出した。
窓という窓が振動して激しく音を鳴らし、椅子もテーブルもひっくり返る。
キッキとパメラの悲鳴が風音に混ざって聞こえた。
「キャッ!? なにっ? 身体が動かない……!」
驚きの声はエルトゥリンのもの。
ミヅキを叩いていた手が、振り上げたままビタリと止まっていた。
まとわりついて動きを封じているのは、目に見えない風の気流であった。
これは、アイアノアによる風魔法の束縛である。
「姉様、凄い……。私の力を止められるなんて……」
「本当、凄いわ……。い、今のは私がやったの? とてつもない魔力の出力……。まるで、パンドラの地下迷宮の中に居るみたい……」
自分で発動させた魔法のはずなのに、アイアノアが一番驚いていた。
パンドラの地下迷宮等の魔力が高まる場所に居る訳でもないのに、心身の奥から湧き上がってくる魔力の大きさが通常時の比ではない。
これこそ、まごうことなき神交法が高めた魔力の威力である。
お陰でエルトゥリンを鎮められ、瀕死のミヅキを救出することができた。
「あ、ありがとう、アイアノア……。助かったぁ……。もう俺は駄目かと……」
力無く肩を落としてあぐらをかいて座るミヅキを、アイアノアも隣に膝を付き治療している。
風の回復魔法、エアヒールの効力もいつにも増して効果が高く、ミヅキの可哀相な腫れた頬が見る見るうちに元に戻っていく。
「すっ、凄いですこれっ! 今までで一番魔力が高まって、すごくすごーく身体が絶好調です! ミヅキ様っ、いったい私と何をなさったのですかっ?」
アイアノアは興奮して顔を近付けてくる。
絶好調になったのは魔力だけではなく、気持ちの面でも上々の様子であった。
きらきら迫る顔にたじたじになりつつ、ミヅキは房中術の奥義を語り出す。
「ええとね、今のは神交法って言ってね。お互いの肉体を触れ合わせず、心と心を通わせて氣を、いや魔力を練る魔法みたいなものなんだ。しかも、手を繋ぐ体交法より神交法のほうが効果が高いんだ、難しいぶんだけね」
「しんこうほう……? 心と心とを通わせる……」
「俺の加護はパンドラの地下迷宮の中でなら魔素のお陰で制約無しに使えるけど、ダンジョンの外に出たり離れたりすれば途端に魔力が尽きるし、魔法の制御も一人じゃできなくなる。アイアノアには助けてもらわなくちゃならないけど、その度に手を繋いだり、身体のどこかに触ったりしなきゃいけないじゃ不便だろう」
「そ、そうですね。手を繋ぐならまだしも、いつかみたいにお尻に触れられるのは恥ずかしいですし……」
いつかのきのこ食べすぎ事件でのお尻体交法を思い出し、アイアノアは恥じらいの微笑みを浮かべた。
事実、あの体交法に始まり、雪男の打倒に成功し、神々の異世界を介して神交法の会得に至ったのだから、あながち無関係とも言えない。
二人が秘術の基礎を理解していたからこその結果なのである。
「……と、とにかく、神交法をやれば魔力を分けてもらうだけじゃなく、俺とアイアノアの間で氣を循環させて、さらに良質で大きな魔力を生み出すことができるんだ。危険な場所に居るときや敵と戦ってる最中も、目を合わせるだけで発動できるから、アイアノアの安全も確保できる言うことなしの奥義なんだよ」
「わかりました……。とても素晴らしい術のようですね……。でも、でもっ……」
説明を聞き終えたアイアノアは納得して大きく頷き、身体をうずうずとさせる。
そして、切なげな表情をして逸る気持ちでミヅキに訴えかけた。
「ああっ、このみなぎる魔力、発散させないとどうにかなってしまいそうです! ミヅキ様、早くして下さいまし! 私と加護の力をお使いになってぇっ!」
両肩を抱いた格好で、今にもはち切れそうになっている魔力に震えている。
気を抜けば大量の魔力を無秩序に放出してしまいそうだ。
そうしないと、どうにもこうにも気持ちも身体も落ち着かない。
しかし、その前にちょっとした問題もあった。
「……はっ?! ででっ、ですがっ、ちょっとだけ待って下さいましぃ……」
そう言って、弾かれたみたいな勢いでがばっと立ち上がる。
アイアノアは何かまずいことに気付いて慌てている風であった。
「……す、少し、部屋に戻ってもよろしいでしょうか……?」
「えっ、どうかした? あっ、もしかして体調を悪くしちゃったかな……?」
ミヅキは立ち上がり、初めての神交法を終えたアイアノアを心配する。
すると、彼女は何度目かわからない恥じらいを表情に浮かべた。
かぁっと赤面して、言いづらい身体の変化を告白するのであった。
「あのうそのう……。し、下着を、換えてきたいのですっ……。は、恥ずかしい、言わせないで下さいましぃ……。ふわぁぁぁん……」
もじもじとスカートの裾をつかみ、内股をすりすり擦り合わせ、アイアノアは羞恥の鳴き声をあげるとミヅキの前から走り去っていった。
うろたえるその後ろ姿を見て、ミヅキはため息交じりにぼやく。
「あぁー……。当たり前だけど、男の俺も元気になるんだから、アイアノアだって色々と敏感になるのは当然だよね……」
「アイ姉さん、調子悪そう……? なんか凄く色っぽかったけど」
階段を上がっていったアイアノアを見送るキッキは不思議そうな顔をしている。
神交法を経た男女の身体に何が起こったのかを想像するに、年端のいかない少女のキッキには少し早いようだ。
「ミヅキ、説明しなさい。姉様のあれとミヅキのそれはどういうことなの?」
いら立ちを隠さず不機嫌なエルトゥリンに指差され、睨まれる。
ミヅキはささっと股間を両手で隠して、びくびくしながら言うのだった。
「これは神交法の副作用っていうか……。魔力を増幅するだけじゃなくて、身体が元気で健康な状態になっちまうんだ……。手っ取り早く、男と女が仲良しになれる近道っていうか何ていうか……」
「あらまぁっ、とっても素晴らしい魔法ねぇ。……でも、ミヅキ。キッキには使わないでちょうだいね?」
「えっ? えっ? どういうこと? 教えてよ、ママー」
終始笑顔のパメラだったが、神交法の詳細がわかるとすっとキッキの姿を隠して立ちはだかった。
キッキのような少女相手でも、神交法が額面通りに発動するかは別として、大人の事情に子供を巻き込むのは大変に忍びないことである。
「ミヅキ、ほんっと最低……!」
頬の筋肉をひくつかせながら、エルトゥリンは吐き捨てるように言った。
アイアノアの魔力問題を解決する方法だとわかっていても、ふしだらに過ぎるミヅキのやり方には賛同できない。
アイアノアが戻るまで、気まずい空気が漂う中、ミヅキはずっとエルトゥリンに睨まれ続けるのであった。
──うぐぐ……。いい方法だと思ったんだけどなぁ……。本来は邪念を持たずに、清く正しく相手を思いやる内丹術らしいけど、どうにもこうにもそういう気持ちが抑えきれずに盛り上がっちまう……。俺もアイアノアも、修行が足りない証拠なんだろうなぁ……。やっぱりエルトゥリンを怒らせちまったし、キッキの前で神交法をやったのはさすがに配慮が足りなかったなぁ……。
仕方が無いとはいえ、結局は別の形でアイアノアに負担を強いてしまい、結果的にエルトゥリンにも不興を買ってしまった。
子供なキッキの前で房中術の奥義を披露したことには、デリカシーの無さを痛感せざるを得ない。
にこやかにしているが、パメラだって内心では怒っているかもしれない。
──みんな、俺、反省してます……。心の底からごめんなさい……。埋め合わせはすぐにやるから、大目に見て許してやって下さい……。ここからは本当にみんなのためになることをやってくから、どうかよろしく……。




